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( あんなに先に、いってるよぉーーーーー )
坂村は、どんどん前を、歩いていく。
周りは、住宅街。
ここは、あちこが通っていた、中学校の学区ではないので、あまりよく知らない。
坂村はといえば、時々は振り返って、少し待っててくれているようだが、かれこれ10分は、歩いているだろう。
しかもあち子にとって、これは歩くというより、小走りに近い気がする。
もういい加減、疲れてきたので、あち子は、回れ右をして、一人帰ろうかと、思った時だった。
前を歩いていた坂村が、立ち止まっている。
待っててくれているのだろうか。
しかたなく、あち子は坂村のところまで、小走りでいった。
坂村が、立ち止まっているところまでいくと、あち子は、ぜいぜいしながらいった。
「 もう歩けないよー。いったいどこまで行くのー 」
あち子は、さも全力疾走したかのように、肩で息をしていた。
「 ここ!。俺んち 」
「 はあぁ________! 」
あち子は、女子にあるまじき、声をだした。
というのも、目の前には、瓦が乗った高い壁が、ずっ~と続いている。
あち子は、歩くのをやめて、思い切り目の前の壁を、凝視してしまった。
少し先には、一般家庭には大きすぎる、瓦がのった立派な門が、でんと立っていた。
坂村はどんどん門の中に入っていく。
あち子も、続いて入ろうとしたが、ふと何か見えた。
門を入ってすぐ脇に、なぜか石の仏像が、立っている。
( ぽちは、入れるのかなあ? )
ぽちが、何者かはわからないが、大丈夫なんだろうか。
そう思ったとたん、いろいろなことが、思い至った。
( 坂村は、ぽちが見える。けれど、怖がっているように見える。
もしかしたら、ぽちを、成仏させる気なんじゃないだろうか。
お経を読むか、お札を貼るとか、ぽちが危ない!! )
そう思ったとたん、あち子は、もときた道を、引き返そうとした。
しかし肝心のぽちが、あち子の肩を離れて、ふわふわと門の中に、入っていくではないか。
アチ子は思い切り叫んだ。
「 ぽち!_______ 」
*****
そして今、なぜかあち子は、ぽちを肩に乗せて、坂村の自宅の玄関の前にいた。
もちろん、坂村とともに。
「 さっきは、大声を出すから、あせったよ。これが、逃げ出したのかと思ってさ。 」
もちろん、坂村が言ったこれとは、ぽちのことである。
『 まさか鈴井が、逃げ出そうとするとはな 』と一人、まだおかしそうに、笑っている。
先ほどまでは、どこがおかしかったのか、肩を揺らして、大笑いしていたのだ。
「 坂村君に、ぽちが、成仏させられるんじゃないかと思ってー 」
あち子は、面白くなかった。
さっきは、本当に焦ったし、全力で、逃げようと思ったのだ。
しかしである。
ぽちは、平気で門をくぐるし、別に何ともなようである。
どこからか、線香のにおいも、漂ってくる気がするが、ぽちは、何ともないように見える。
門も大きいが、後ろにそびえている家も、大きかった。
両側を、生垣で囲われている石畳が、続いている先に、純日本家屋が、でんと立っていた。
玄関も立派だ。
二人が、玄関に入ろうとしたとき、後ろから声がした。
「 あっくんー 」
二人同時に、後ろを向けば、まるで日本人形のように、きれいな顔をした、女の人が立っていた。
「 佐和子さん。 」
「 こちらは彼女? こんにちは、木下佐和子です。
あっくんのお兄さんの、幼馴染なの。 」
日本人形のような、きれいな人、木下佐和子さんは、笑顔で言った。
「 違うよ、ただの同級生。 」
なぜか、坂村は、佐和子に焦ったようにいっている。
はたから見れば、まるで浮気がばれて、言い訳しているかのような焦り方だと、あち子は黙ってみていた。
「 ばあちゃんに、話があって、呼んだんだよ。佐和子さんこそ、兄貴とデート? 」
「 まあそうなの、大変ね。今日は慎一君と、映画にいくの。じゃあ、ごゆっくりね 」
佐和子さんは、坂村にそういうと、もう一度あち子のほうを、いたわるような目をしてみてから、にっこり笑うと、先に玄関に入っていった。
「 きれいな人....... 」
あち子が、思わず言ってしまうほど、ゆりのように、たおやかな、凛とした感じの、人だった。
坂村のほうを、ふと見れば、坂村は、佐和子を、切なそうな目で、ずっと追っていた。
( リアルで、こんな目する人、初めて見たよぉ。漫画しか見たことなかった。
現実だと大変だね。なんだかせつないねぇ~。 )
「 切ない恋してるんだねぇ~。 」
思わずあち子がこぼすと、坂村は、はっとしたように、あち子を見た。
まるでさっきまで、あちこの存在を、忘れていたかのように。
そして、あち子の言葉に、気が付いたのか、坂村は言った。
「 あの人は、兄貴の恋人。仲いいんだ。 」
そういった坂村は、すごく寂しそうだった。
しかも、さっきのあち子のいった言葉を、訂正しようとも、思っていないようだった。
( イケメンでも、片思いするんだ... しかも失恋決定か... )
あち子が、そう考えている間に、坂村は一人、玄関に入って、行ってしまった。
ぽちはといえば、なぜかもう玄関に入っていて、ふわふわ漂っていた。




