第9話 天才鍛冶職人とその同居人。
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ノっスノっス。
一応の忍び足。であるのだろうが。
その足裏を支える廊下は結局、遠慮がちに苦悶の声を発していた。その人物の体重を考えれば無理もない。
肥満という訳でも高身長であるわけでもない。むしろ低身長だし体脂肪率もきっとそれほどでもない。
身長の割にガッチリとしていて…いや、し過ぎているのだ。そんな増量され過ぎた自身の筋重を考慮してなのか、この男は屋内ではいつも忍び足である事を心掛けている。
繊細(?)な足の運びに合わせて揺れる髭はもう、毛と言うより大きな塊にしか見えない。そのヒゲがゆっさゆっさと揺れるだびに巨大な顔面中に幾つも交差して刻まれた傷跡が、引っ張られ、引き攣れる。
薄暗い廊下でこんな姿の者と鉢合わせたら気弱い御婦人ならぱ悲鳴→卒倒→失禁のコンボを決めること間違いなしだ。
そんなコワモテだ。キングオブコワモテ…とまではいかないが。この街に怖い顔自慢はまだ他にいる。
……ああ、そのコワモテの話はまた今度。
「おいおいおいおいなんじゃぁこりゃぁ…」
呆然として呟くこの強面ドワーフはエコノセール随一の腕を持つと言われる鍛冶師である。名はガラハッド。その姓を何故だが誰も知らない。
彼は新作の剣が出来上がったので試し斬りをしようと、久しぶりに裏庭へとやって来たのだったが…。
目の前には解体された魔物の素材が所狭しと並べられていた。ドワーフ特有の横幅のある体格にさらにと『小山』と称されるほど迫力満点な筋肉を増量して在るガラハッド。これでは足の踏み場もない。試し斬りどころではない。
「ぁんにゃろぅ…」
こんなことをするのは『同居人のあいつ』しかいなかった。
ドガドガドガッ!
ドワーフらしい大袈裟な足音が本領発揮とばかりに廊下全体に響き渡る。辿り着いた先は同居人の部屋だ。ノックもなしにバンと開け放ち、
「おいこらこのバカ弟子裏庭のありゃなんじゃいっ!」
と息継ぎなく重低音でまくし立てながら乗り込んでみると…
「お…」
『同居人の弟子兼義肢装具士』こと、ジンは、何やら作業中であった。【スキル】によるものなのかいつもはやたらと勘の良さを発揮するジン。なのに今は乗り込んできたガラハッドに気付いた様子もない。
あれほど騒がしく登場してこれでは馬鹿みたいである。
「ち…っ」
忌まわし気に舌打ちをしながらも。
一流の職人である彼はジンの作業に注目した。これほどの集中をもってなされる業に見るべきものがないはずもなかったからだ。
技術に対しては誰よりも貪欲であろうとする彼の姿勢がそうさせた。それに、盗める技術は遠慮なく盗む。この同居人とはそういう間柄でもあったから。
(何度見てもまぁ繊細なやっちゃそれになんじゃいありゃどういう基準で選り分けとんだか皆目わからんこのワシが悔しいのぅ…)
虚飾を一切省き実のみを追い求めてきたこの漢独特の職人魂がそうさせるのか、彼は脳内ですら息継ぎをしていない。そんな男がこれ程までに感嘆を示すというのは殆ど無い事だった。
まぁ、そんなガラハッドであるからこそ、この謎多き男をこの店に置いているわけなのだが。
ジンは『義肢装具士』である。
なので今造っているものは当然の『義肢』だ。
今はその義肢の部品になるであろう筋繊維を精製している最中であるらしい。その素材として選ばれたのは多分試験場に並べられていた魔物の筋であるのだろう。
随分とボロボロになった筋を敢えて使おうとしているようだが…使える状態のものを選り分けたまでは分かるが、それをまた更にと選り分けている。
それがどういう基準で選り分けられているのか、この熟練を極めたと言われる鍛冶師にすら理解及ばぬ領域であることが、ガラハッドは悔しいと思ったのだ。
悔しいと思う反面、そのガラハッドの目には嬉色が浮かんでいるのであるが。
ジンは選り分けられた筋に、また別の魔物から選り分けたのであろう筋を何種類か重ね合わせていく。
重ね合わせたそれを纏めて引っ張り、伸びない程度の状態で固定具に挟み込んだ。
その固定具は回転式で、クルクルとハンドルを回すと合わされた筋は拗じられ撚られ、一本の筋繊維が出来上がる。
筋繊維はそれぞれ用途に違いがあるのか、何種類かの薬品に分けられ、漬け込まれていった。
そうした細かい作業を何回も繰り返し、それらを数種類の筋繊維を組み合わせ何束か作りわける。部位ごとであるが、これで人工筋肉の出来上がりである。
そしてこの後は、同じく薬品に漬け込んでいたのであろう、魔物の骨から削り出した人工骨と人工関節を取り出し、先程の人工筋肉を使って繋ぎ合わせていく。魔物素材から削り出した外殻がそれらを覆う。
こうして完成する義肢は使用者の魔力を動力にして動かすことが出来る。
その際、使用者の魔力が義肢の使用に耐えられない程に少ないなら、各関節に埋め込んだ魔石に術式を組み込んで魔力運用の効率を上げたり、
それでも駄目なら【魔力増幅】などのスキル自体を魔石にエンチャントしたりと、天才的な錬金術の業まで必要になる。
気にするべきは使用者の魔力事情だけではない。要はバランスというやつだ。右腕の義手を作るとするなら左腕と重量やサイズだけでなく力加減までもある程度は釣り合わさなければならない。
部位ごとでもそうだ。手首から先がやたら重すぎたり上腕の力が弱すぎたり強すぎたりなど、前後左右上下において重さや筋力の不均等があると違和感が生まれてしまう。
そうした事に対応して繊細な調整をした結果、全身の筋力に連動して義肢は動かす事が出来る。
とにかく絶妙な加減なのだ。
それが全ての部品を作成する際で要求される。
これは本人以上に使用者の肉体を熟知出来なければ成し得ない芸当だ。凡人が手掛けるには準備段階で『健康なまま残った四肢』を部位ごとに切り分け内部構造を確かめ重量を計るというグロテスクな準備が必要となるほどの。
それをしないで目分量でやってしまえるには何らかの秘密があるのであろう……例えば【スキル】。
しかも、この複雑怪奇な作業をジンは独りでこなしている。そのためにはさらにと【スキル】が必要とされるはずだ。この奇跡のような義肢を造り上げる迄に一体幾つのスキルを身に着け、それらを一体どれ程に熟練させなければならないのか…
…『天才鍛冶師』の呼び名をほしいままにしてきたこのガラハッドですら、皆目見当がつかないでいた。
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これは、異世界でのお話。
失態を演じたとある騎士団長は領主の顔色を伺った。
その領主はとある商人に助言を求め、空振った。
その商人が見つめる先には……いや、彼はなんも考えていないのかも知れない。
── 一方、
やっと本業である義肢製造に熱中するこの物語の主人公、ジンは、人並み外れていかついドワーフ鍛冶師に見つめられている事には、最後まで気付かないでいた。
このドワーフは店を開けるのも忘れ、弟子の作品が完成するまでを見守ってしまったのだった。
この頑固親父丸出しなドワーフは、このけしからんバカ弟子が大好きなのであろう。
けしからんもんはけしからんが、それを上回って余りある愛すべき点を、この青年の中に見てしまっでいるようだ。
かと言ってこのドワーフにだって知らされていない。
この義肢装具士を紹介してきた大商人からも、詳しい話は聞いていない。
義肢装具士の素性が、どのようなものであるのか。
何故喋れないのか。
一体何処でこのような技術を身に着けたのか。
いや、このような神業を可能とするスキルがどうやったら身につくのか。
結局のところ、この天才鍛冶親父にとってもこの義肢装具士は謎な存在であるのだった。
ただ、『謎であること』がこのドワーフにとってそれ程大した問題ではなかった…それだけの事。
結局のところ、今日も異世界街の義肢装具士は正体不明なままなのである。
この鍛冶師のオッサン。好きなキャラです。
最近ドワーフ好きな自分に気付きましたw
なんかドワーフって物語的緩衝材としてえらく有能な気がしてます。