第7話 領主の苦悩。大商人のアドバイス。
領主館。その中にある執務室。
いつもは綺羅として目を楽しませてくれるているはずの、この部屋を飾る様々な調度品達。
それらが今日はまるで違う物であるかのようにジャスティンには見えていた。
鈍く光って重圧もたらす、効果装置であるように。
それは何故かと言うと
「だから…何故。騎士団単独で向かったのかね…。」
エコノセール領領主、マイス=デン=エコノセールから詰問されていたからだ。
騎士団長ジャスティンは潔く語れるような言葉を持ち合わせていなかった。だから全てか重く見える。
「はっ。申し訳ありません。」
これしか言えない。
「 ……………………。 」
領主による無言の圧力に対しても
「全ての責は自分にあります。」
これが精一杯だった。なので
「話にならんな…。よい。もうさがりたまえ。」
こうなる。
「は…っ」
肩を力なくし落としたまま退室する際も
パタン…。
消沈しっぱなしな騎士団長の心を代弁するかのように、戸までが侘びしい音をを立てた。そしてその音を合図としたかのように
カチャ…
また別の扉から入室してくる者があった。
その者を見やりマイスは言う。
「全く、『あちらを立てればこちらが立たず』というのはこの事だ。君が推したあのジャスティンですらあの有り様だよ。」
言われた男は「ふむ…」と言いながら軽く首肯するだけ。
「やはり騎士団と冒険者の両翼で防衛にあたるというこの体制は無理があるのだろうか…。」
言われた男は「どうでしょうな…」とまた軽く返事するだけ。
「こうして領主の視点で見ればつくづくと解るというものだ。冒険者ギルドが持つ過剰な力。その頼もしさの裏に潜んだ厄介さというものが。」
一見すればただ騎士団が冒険者ギルドの功績を妬んで先走っただけだ。
冒険者ギルドの方はと言えば、ただ与えられた依頼をこなしているだけ。そして自由な気風の冒険者達はそれ以上の気遣いなどする義理などないわけで。
騎士団と冒険者が別に、深刻なほど反発し合っているわけでもない状況。取るに足らない問題であるようにも思える。
ただ『連携』が出来ていないだけなのだと。
だがそれは大きな間違いだ。被害があれだけで済んだのは運が良かった。実際は騎士団の精鋭部隊は全滅してもおかしくはなかった。それほどの事態であった。
騎士団精鋭が全滅した後に冒険者が到着したところで、相手はあのキマイラだ。取り逃がしていたかもしれない。いや、取り逃がしていただろう。散々な被害を出した後でだ。
そして村々の被害は広がるばかりであったはずだ。そうなってしまえばどうなっていた?悲惨極まりない連鎖が待っていた。
騎士団維持には金がかかっている。団長を含む精鋭部隊が全滅したとなれば、それを再編しても急ごしらえの弱兵だけでは使い物にはならない。
今まさに、必要としているこの時に使えない弱兵。それを一から鍛え直さねばならないという矛盾。そんな矛盾に、大掛かりな時と金を早速投入しなければならないという、さらなる矛盾。
冒険者ギルドにしたって送り出した精鋭の何人もが死んでしまえば大きな損失だ。失った『質』を補填するためにはどれ程の『量』が必要となる?
キマイラ討伐に集められる冒険者の数はただの数倍では効かなくなるだろう。
なぜなら弱体化しきった騎士団からは、協力が見込めないのだから。その上で即座に魔物の討伐が叶うとは限らないという現実がある。
それに、村々の防衛を完備しながら並行して魔物討伐に向かう部隊を編成するなど、土台無理な話なのだ。
きっと討伐部隊が翻弄されている間に、防衛の人員が足りていない村々から狙われる。良いように蹂躪され、防衛隊と討伐部隊両方の冒険者達はいたずらに消耗していき、ギルドも他部門にまでは人員を回せなくなっていく。
そう。この都市を回すための人手までが足らなくなる。交易には護衛が必須なのだ。碌な護衛も付けず商団を出発させるなど狼の群れに子羊を束に括ってリボンを添えるが如き無謀行為だ。
となると商人達はそれを恐れ次々と手を引く。流通はストップする。それが何日続くかも分からない。
他領に救援を求めるにしても、それが到着するまで何日かかるか分からない。しかもその救援に報いるのにも金がいる。
全体を合算すればどれほどの損失となる?…考えたくもない。
(…恐ろしい。)
そうだ…ちょっと考えただけで分かってしまうこれら諸々をあの騎士団長は忘れ独断に走った。これは看過できぬ大問題であるのだ。
(通常なら決して許せぬ失態だっ!普通なら団長の首を切るだけでなく実際にギロチン刑にかけてもおかしくないほどのぉっ!しかし……)
…そう、しかし。
このようにして財務と軍務両方に目をやらねばならない領主という立場であるからこそ、マイスには分かってもいた。
冒険者と騎士団。この領地にはその両方が欠かせないということは勿論、その両立が難しく、それが出来ないこの状況が如何に根深いものであるのかも。
これはジャスティンが未熟というわけではない。彼の代になって噴出した問題ではないのだ。
冒険者は必要だ。この交易都市を回す為には彼らは打って付けの人員なのだ。彼らは生活と立身の為、金を始めとする成果が欲しい。
騎士団ももちろん必要だ。秩序を保つ為だけに存在する厳粛なる武力集団。それがなければどんな土地だって荒廃するだろう。彼らはその誇りと存在意義を守る為に名誉を欠かせないものとする。
それぞれは別の方向を見ているだけ。
別に憎み合っている訳ではない。
ただ、両機関の仕組みが上手く噛み合わないだけ。
深刻でないように見える。
他愛も無い問題であるように。
(だからこそ厄介なのだ。よくわからないモヤモヤとした事柄であるほど、効果的な解決策を見いだせないものなのだからな…しかもこの問題が拗れた先に直結するのは……金や名誉の問題では済まないのだ。直結しているのは人命の損失なのだ。領民の命なのだ。)
これはこのエコノスが交易都市として栄え始めたその瞬間から発生し、連綿として続いてきて、なのに放置せざるをえなかった絶妙な難しさを孕む問題であったのだ。
入室して来た男にはそんな深刻な話を振ったつもりであった。しかしその答えは…
「あの騎士団長殿はああ見えてカリスマのある人物…」
『そうだろうか?』と首をかしげるジェスチャーのマイスを無視し、男は言った。
「しかしああも気分を落とされていてはそれも宝の持ち腐れ。ふむ。あの鬱陶しい前髪も原因の一つでは?切れば少しはものの見方も変わるでしょうに。」
やっとマトモに口を開いたかと思えばこう結ばれた。その
アドバイスはマイスにしてみれば見当違いも甚だしいもの。だからマイスも、
「………はあ?」である。
(ロンプフェーダ……君は何を言っているんだい?ジョークのつもりならそれは失敗だ。場違いだ。)
そう言いたい気持ちを必死で抑え込むしかない。
このロンプフェーダ=マヘンドラーという『大商人』は、とにかく奇妙な事で有名な男で、その発想は奇抜、言動は今のを見てわかる通りに奇天烈。しかし必ず誰よりも結果をだす。そうした正と負を合わせた実績から『奇卿』などと仇名されている。
なので正直なところ遺憾ながら、マイスが一番に信頼を寄せざるを得ない相手なのであった。だからやっとの思いで遠慮を利かし、言葉を飲み込んだのだ。そして諦める。
これは哀しいことだが、わりと毎度の事だったから。
「はああ〜〜…」
溜め息だって出るし、こんな風に思いもする。
(そういえばコイツとも話にならないんだよなあ〜…)
『もしかしたら自分は、とんでもなく孤独なのかもしれない…』とも思い、『領主とはそういうものだ…』とまた諦観の位置へと心の腰を落ち着ける苦悩の領主、マイス=デン=エコノセールなのであった。