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第31話 夜の終着。



 オヌグルマン通りの中間あたり、角を曲がって寂れた小路を少し行くと『食道一直線』という名の店がある。


 ジンはそこにも用があってこの通りをやってきたのだった。店先に手押し車を停め、のれんをチョイとめくりあげると


「いらっしゃ〜〜い。あらジンちゃんじゃないのちょっと待ってお待ちになって〜」


 店主から声をかけられた。目ざとい。

 エプロンを手ぬぐい代わりにしながらカウンターを迂回して近付いてくる。店主…もとい、遠近感を大いに狂わす異次元のコワモテさんが。


 目の上、眉があるはずの場所には眉がなく、代わりにデコボコとして盛り上がって在る肉の(ひさし)があり、その下には頬骨の突き出しとそれを鎧う瘤のような肉の台座があって、それらに挟まれた眼窩の全ては影に隠れてしまっている。


 そうして出来上がった脅威的な奥目のせいで、なんと瞳はその影に埋もれて見えない状態だ。その奥目の最奥から爛々とした眼光だけをコチラに届けてくるのだから大変に怖い。


 それ以外の顔面筋のどれもがボゴボコと盛り上がっている。それに似合うようにしてか唇もやたら分厚く逞しく、その中に時折見え隠れする歯並びの良さがかえって威圧感を増す働きをしているのは皮肉な事だ。


 そのような…ある意味類稀なる顔面のパーツ達が集合し、複雑な陰影を生み出しながら、ただでさえバカでかいのであろう頭蓋骨を更にとバカでかく見えるようにして鎧っている。


 その恐怖過ぎる巨大顔面の頭部には毛の一本も生えていない。なんとかして顔を小さく見せようとしての本能的な苦肉の策であるのかもしれないが、眉毛までが皆無であるのだ。スキンヘッドはコワモテ感を倍増させる材料にしかなっていなかった。


 首から下はまさに平均的。中肉中背であるのだが、その顔面のあまりな兇器さ加減と巨大さ加減によって、容積比による錯覚だけでなく力負け感が物凄く、手足が短く小さく見えてしまってる。なんせ、180の身長にして4等身であるのだ。察してあげて欲しい。本人にしてみれば『神の悪戯も大概にしろ!』なのである。


「あら?……珍しいわねこのオーガってもしかしての変異種なんじゃないかしら?」


 そしてこのようにオネエ言葉までも駆使してくるのだから、ノガード兄弟の弟、カルチャーレ=ノガードがのれんをくぐり切らずに逃げ出してしまったのも頷けるというものだ。まさにキングオブコワモテ。


 ただ弁護させてもらうならば…


 こんな容姿に生まれてしまった彼に、笑顔を向けてくれる者は少なかった。

 相手が親でさえ滅多に笑顔を見せてもらえなかった彼は、ある日数少ない友人に手製の料理を振る舞う機会を得る。

 その料理を一匙口に入れた友人の…なんとも暖かい笑顔を見て速攻で開眼。それからは脇目も振らず料理道を駆け上ることになった。そうして至高なる料理の腕を身に着けたのである。


 しかし……顔が怖いのだ。めちゃくちゃに怖い。なので普通の通りに店を構えても客は殆ど来なかった。だからこのオヌグルマン通りの路地裏に店を構える事になったのだ。


 何故なら、ここに住む遊女達は客として理想的であったからだ。彼女達はこんな風貌の彼を見て怖がるどころか、その生い立ちの過酷さを慮ってさえくれた。味の良し悪しにも怖がることなく奇譚のない意見もくれた。

 そして夜の仕事の過酷さによりまみれた垢を、この店の料理を食すことによってフワァとした笑顔で吹き飛ばし、活力に変えてしまう彼女達の力強さを見るのも、彼にとっては最上の喜びなのであった。


 彼の名前は アージェント=アグリキッジュ。

 一応…ヒューマだ。


 アージェント(遊女達からはアンジーと呼ばれている。このオネエ言葉も彼女達と交流する内に身についたものらしい。)は解体されたカンニバルオーガの素材をつぶさに見て…


「うん。おミソ(脳ミソのこと)とモツ(内臓のこと)…あとこの立派な角なんかは薬膳料理なんかに使えそうね…一体どんな効果が引き出せるのかしら……ふふ。興味深いわね。」


 血抜きされ、解体され、手押し車の上にオドロオドロしく並べ立てられたオーガの素材を見ても平気な顔をして品評するアージェント。


「えっと……あとはカイナ(腕肉のことらしい)ね。何なのコレ?こんな引き締まってて柔らかい不思議肉、見たことないわ…うーんどうやって調理しようかしら。ぬぅふふふ……腕が鳴るわねぇ。」


 怪しい含み笑いが漏れているが気にしないであげてほしい。『どんな魔物でも死ねば食材』というのがアージェントのモットーなのである。


「え?おミソとモツ以外はどれも使うの?ああ…全部は使わないのね?なら取り敢えず今日はウチに置いていったら?これ全部…結構珍しい呪いにかかってるみたいだし…防腐処理するついでに解呪もしといてあげるから。ウフ。その代わり、使った後でまだ余るようならウチにも回してね?」


 そしてこのようにしてジンに対しては最大限の便宜を図ってくれる。一応言っておくが、口調が怪しいけどもアージェントはノン気である。

 それに、料理人の彼にしてみれば、珍味とされつつ一般的な調理法が確立されず敬遠されている…そんな入手困難な高級食材をジンが卸してくれるというのは望むところであり、ジンにしてみてもギルドだと買い叩かれる恐れのある素材を驚くような高値で引き受けてくれるアージェントの存在は多いに助かっていた。


 この二人の関係は謂わばウインウインというやつなのであった。



 本日もう一話投稿します。


 次話は18時投稿予定です!



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