第30話 なろ倫厳守イケズ♡
「んふ……」
先程まで腫れ上がっていた目元に艶が戻り…
細工麗しい指先の動きが復活し…
薄い衣服からはみ出すように強調された胸元を見ればもうすでに悩ましい。先程あった傷口の数々が、まるで無かったかのようだ。
遊女というのは逞しい。
逞しいついでに…
「…ねぇ…ジンさん…」
それらが放つ鈍いテラつきが、瞬時にして油分を倍増させ、輝きを増した。
「ねぇ…どう…?私…まだキレイ…?」
肉の芯から男の健気を引きずり出すべくして在る、ありとあらゆる手練手管。
それを完装すべく女道を乗り越えてきた者のみが醸せる色香が、壮艶に立ち昇り始める。
並の胆力しか持たない男であったなら桃色で統一された異界にいつの間にか迷い込んでいた…なーんてゆー錯覚さえ覚えたであろう。
ここまでのレベルになると男にしてみればもはやツワモノ、いや、『刺客』と呼んで不足ない。
「今日こそ…ねぇ」
声音に纏わる湿度までもがジュルと音を立てそうなほど増して…
「その引き締まった身体に溜まりに溜まった色んな色々を溶かしてあげて ねぇ… しぼりつくしてあげて ねぇ… ごっくん ぁぁ… 飲み干してあげちゃいたい んふ… なぁんて、心から思ってしまう私なの」
エロい。
「 ぁん… 勿論お金なんて要らないわ はふ… ええジンさんになら何だってしてあげ … あ … ん … 言ってて濡れてきちゃったぁ…ぁは…もぅ…ジン…さん………」
脳天を痺れさそうとするかのような。
甘い囁き。熱っぽい溜息と共に。
その甘さは劇物レベルの危険物質を孕んでいる。
誰が言ったか、
げに恐ろしきはオンナなり。
だが。
「あ、ん…もぅ、ジンさんのイケズ。」
ジンはそれを、スッと礼儀正しく頭を下げてかわすだけだ。…なんとも勿体ない。……え?…ぃゃゴホン。
「あんた!何抜け駆けしようとしてんのよジンは私が…。」
こうなるとさっきまで同調の涙を流していた遊女だって黙ってられない。参戦だ。当然の権利のように噛みついていく。
「そう言うあんたもジン様をナニ呼び捨てにしてるのよイイ加減わきまえなさいよこのアバズレ。」
別の遊女までが何故か参戦。
「雑魚共は引っ込んどきな。ジンのあの顔を良い感じで鳴かせられるのはこのアタイのテクだけさ。」
また新たなネクストチャレンジャーが参戦。
「煩いわねっ。あんたの衣装奇抜過ぎるのよ。一体何世代先を見越したファッションなのよそれっ。」
バトルロイヤル的様相を呈するのである。
「囀るのもいい加減にしときな小娘共が。……ジンは私のもんなんなんだからさ。」
果ては娼館の女将までが参戦表明だ。これ放っとくと何Pになるんだろ。え?ゲフゲフン。
「「「「いや女将さんあんたも歳考えなよっ!」」」」
手練れ達は全員がもう既に暗黒面に飲み込まれている。これは割と毎度の事である。実に羨ましくて恐ろしい。
「あ〜〜〜んだとゴラァ!?……あ…ねぇジ〜ン〜、あんな事言われた〜〜ん。わたし怖いい〜ん。ね…慰めて?(コテン)」
「「「何それマジキモいんですけどっ!」」」
先程門前で繰り広げた兵士達とのやり取りを思えばこのギャップ。物凄い。オヌグルマン通りでのジンはエラい人気なのである。
しかしそれら狂騒的なラブコールの全てにジンは『ペコリ』。
『なんでもない。』という例の顔で礼儀正しくお辞儀をし、辞退するのであった。とんだ色男ぶりである。氏ねばいいのに。
「「「「あ〜〜〜〜〜〜んもうっジン(さん)のイケズ♡」」」」
しかし遊女達にはそんな何気ない所作一つ取ってもジンが相手だと堪らないらしい。
この現実離れしてガッツき感がないのも、無言貫くジンには妙に似合って見えるからだろうか。
いや……人間の穢れた部分、その表も裏も奥までもを避けられず見せられてきた彼女達には、どうしようもなく分かるのだ。
ジンというこの漢が晒されている不遇の謂われなさや、理不尽さが。それでもと信念を曲げず生きる事の厳しさもだ。
…だから、彼女達の総意はこうだった。
『『死神…?とんでもない。天使でしょ。』』
……そんな暖かい理解を示してもらえる幸福を『何でもない』の向う側で密かに有り難く思いながら、ジンは手押し車を引き、今日も去っていくのである。
ジンの夜。まだ終わらない。