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第28話 イケズ。


 アウトリア王国に属するエコノセール領。

 

 その中心に在る巨大交易都市エコノスをグルリと囲う城壁の上には多くの兵士達が詰めている。

 夜陰に紛れ魔物を始めとする外敵が侵入しないか警戒しているのだ。その中で西門を担当して警備する兵士の一人が誰にも聞き取れない小さな声で呟いた。


「くそ…嫌なんだよな…ここ担当するの。なんと言ってもサボれねえし…」


 警備するエリアは兵士長を含めて持ち回り制となっている。

 そうやって全てのエリアの特徴を熟知しておけば、どこに配置されても万全の警備、防衛をすることが出来るからだ。


 といっても、


 実際の現場に立つ者というのは『どのようにして楽をするか』にコミットするものである。

 それが効率向上に向けた気概であるなら問題はないのだが、今の所ジャスティンのカリスマは兵士団末端までは届いていない。

 なので実際の所、一部の兵士長を除いた兵士団員の殆どは『目的意識が希薄なまま仕事をこなす』という姿勢であるのが現状だ。

 『モチベーションなき惰性の仕事』なんてものは業務内容が単調であろうと無かろうと手応えが薄いものになってしまうのは当然。それに馴れてしまえば『手応え』など、邪魔なだけ。


 という訳で『手応え』があり過ぎる外門周りに配されてしまった兵士達は大抵、さっきのような愚痴をこぼす。


 このエコノスには都市運営の都合上、冒険者を多く必要としているのは前述した通りだ。そして冒険者というものは依頼によりその仕事内容は変則的であることも前述した通り。

 

 この2点を踏まえ、このエコノスでは冒険者達にある程度の便宜を図る必要性が出てくる。


 城門を閉めた時間帯に冒険者が帰還しても入場を許可してやる事も、その便宜の一つ。


 よってこの城門エリアに配された時ばかりはサボる事は一切許されない。


 何故なら、帰還した冒険者がソロであっても城門を開けなければならないからだ。

 ただ城門を開けるだけでも結構な面倒事であるのに、入場者受け入れの際は相応数の兵士が門外へ出て警戒しなければならなくなるし、夜間という危険な時間帯である以上、審査を念入りにしてからでないと入場者の受け入れを許可する事もできない。


 そして審査が終わってやっと然るべき手順で門を閉める事が出来て…『はあ…やっと…』と思えば……また入場を求める者が間も悪くやって来たりして。


 『この馬鹿野郎が……』


 そんな言葉を噛み潰す。……ということを繰り返さなければならなかった。


 そういう訳で、兵士長殿にしてみれば責任が重く面倒事が多いこの場所の指揮を取る時ばかりは、大変にご機嫌が悪くなる。


 少しでも気を抜こうとする兵士がいたなら激を飛ばすし、その際少しでも気に入らぬと思ったなら即刻、査定になんやかやと筆を走らせる。そして慈悲を挟まず上層部へと報告を上げるのだ。


 という訳で、兵士達にしてみれば外門周りの警備というのは理不尽なレベルで嫌な事尽くめな当番なのである。


 であるのに。


 ゴオリ、ゴオリ。


(あ。あの野郎…)


 手押し車を引く音。

 しかもかなりの積載量だと判る重い音。

 それは聞き覚えのある音。

 つまり毎度の事。


 『深夜にしか帰って来ない…とっても面倒臭い常連さんのお出まし』を告げる音だった。


(毎日毎日いい加減にしろよこの『死神』野郎…)


 ジンだ。


 ジンは『死神』と呼ばれ世間一般に疎まれる存在であったが、騎士団長ジャスティンの影響もあり、騎士団ではさほどでも無い。まあ『死神』という不吉なる認識の全てが払拭された訳ではないが。


 だが外門警備に携わる兵士団からは影で罵詈雑言を振る舞われる存在であった。


 外門に配されなくても耳にするのだ。

『死神は今日も午前様だった。』という噂を。

 それを聞いた兵士達のほぼ全員がこう思う。


『けしからんっ!』と。


 例えそれが職務の内であろうと何故かの大義名分が成立してこう思ってしまうのだ。



『面倒かけやがって!』と。


 ジンが夜間に素材収集をする理由を知れば


『あ〜そうなの?そりゃ大変だな〜』ぐらいは思ってくれるかもしれない。


 でもそんな事は当然、殆ど知られていない。

 と言う事は兵士達だって知らない。

 ジンは常に無言であるのだから。

 深夜の外出の理由を知れ渡らないのも、しょうが無い事ではある。


 ……という訳でジンに応対する際の兵士達の対応は少々と言わず意地悪だ。


「そこで止まれっ!」


 城壁の上から声が掛かり、素直に手押し車を止めるジン。


「この夜更けに誰であるかっ!答えよっ!」


 闇夜ではある。


 だが魔導具のサーチライトでジンの姿は確認出来るはずだ。…が、わざとそれをせず誰何している。

 常連であるのだから、姿さえ見ればすぐ判別出来るだろうに…それに誰何してもジンは喋って返す事が出来ないのだ。


 つまり兵士達はジンが立ち往生するしかないことを分かってこのような事をしているのだ。全く、意地の悪い事だ。


「答えられぬ者を通す訳にはいかんっ。無言を貫こうと言うなら射る事もやむを得んが良いかっ!」


 今日この西門の番を担当する彼ら兵士達を管理する立場にある兵士長ですら、その様子を見てニヤニヤとしている。つまり兵士達による一般市民への苛虐を黙認している。


 しょうが無いのでジンは自身の素性を明かす為の道具を腰袋から出そうとした。すると足元に。


 ヒュン!グサッ!


 威嚇を表して射られた矢が、足元の地面に深々と突き刺さる。


「貴様っ!応答もせず何を不穏なっ!これ以上怪し気な行動を取ると言うならやむを得んっ!次は当てるぞっ!それで良いなっ!」


 姿形の確認もしてくれない。こちらは喋る事が出来ないのに応答する事ばかり迫られる。

 応答出来ないから身を証明する道具を取り出そうとすればそれすら許されない。


 一体、どうしろと言うのか。


 …なんて風に狼狽える事をジンはしない。

 毎度の事だと正面から受け止め正面から無視をする。


 「貴様…っ!」


 ジンは制止する声を無視し、躊躇らうことなく腰袋から取り出したそれを口に加えた。


 ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ高く大きく響くホイッスルの音。リリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ 「う、うるさいっ!何だそれっ!その音止めろっ!今何時だと思って…っ」 リリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ 「馬鹿者っ!市民の迷惑を考えぬかっ!ほら貴様達もっ!早く光を当てて確認せよっ!は、早くっ!」 リリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッッ!!


 このようにしてようやくこの押し問答に決着つけるべく兵士長などは口を挟むのだが…これは毎度の事だった。


 当番制なので毎日人が変わる。

 であるのに先程のようなイケズな対応と情けない反応は皆同じ。こうまで量産性を見せつけられると小者臭までも物凄く感じてしまう。


 ちなみにこのホイッスルは…


 ジンが夜間に帰還する際、このようにして兵士達からの嫌がらせを必ず受けているという事を知ったジャスティンが『けしからんっ!』として用意させたものだった。


 このホイッスルが耳にとどく度に、ジャスティンだけでなく、騎士団の誰かは兵士団員のイケズを知る事が出来る…という仕組みだった。


 残念ながらこのようにしてジンをイジメた兵士長を含む兵士達は、交代時間を過ぎた後で早速、昼を過ぎるまで騎士団長殿直々にこってりと絞られる事になる。


 そうして絞られ、疲労困憊を極めた者達にジャスティンはマインドコントロールの手際もかくやという具合でキッチリと口止めしていたりする。『この抜き打ちの修正を他者にバラした者には厳罰を処する』とまで言って。


 実は…この際ジンをダシにして普段中々手が回らないでいる兵士団への修正もやってしまおうという腹であるジャスティンなのであった。


 これではジンが良いように利用されているようにも見え…というか、実際ジンは利用されているのだろう。





 ………が。





 ジンはジャスティンが想像する遙か上を行く嫌われ者なのであった。




 なのでジャスティンは毎日兵士達を絞らなければならなくなっている。


 そうなると他の仕事にも影響が出る。

 時間は圧迫され睡眠時間が削れる。

 なのでここの所の騎士団長殿はかなりの寝不足であったりする。


 そして…そうなる事が実は分かっていたジンだったりもするのだった。


 という訳で兵士団にしろジャスティンにしろジンにしろ…

 結局のとこ『どいつもこいつも』というやつである。


 みんなそれぞれそれなりにイケズなのであった。


【ホントに…何処行っっっても嫌われて…なんだかジンに同情すんのももう飽きてきちゃった……】


 このようにしてバッドまでもがまぁまぁのイケズなのであった。


 言われたジンは肩をまた…ほんの少しひくつかしてしまうのである。

 


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