第2話 騎士団長、死神に追われる。
急ぎ走り抜けていく。
騎馬兵のみで統一された一団が。
後方に舞うは砂塵。
身に着けるは揃いの甲冑。
後方にたなびかせるは緑で染められた揃いのマント。
彼らはこの地、エコノセール領に所属する騎士団である。
その中でも精鋭の100騎だ。
精鋭と呼ぶに相応しく、美しい隊列を崩さないまま駆け抜けていく。
その先頭には他とは違う赤いマントの男。
顎の部分が逞しく発達していて、金の長髪と青の瞳が印象的。『美丈夫』と呼んで相応しい男だった。その逞しい顎に相応しい雄々しい声が
「副団長!…ヤツはついて来ておるのか!まだ!」
馬蹄の音を掻き分け響く。
声を発したその男はこの騎士団の団長であった。
彼の名はジャスティン=クルセイア。
騎士団長ジャスティンの声は後方で馬を走らす女性の騎士に
「…ぇ、あ。…はっ!」
騒音に負けず伝わった。彼女は理解したようだ。…声に含まれていた不機嫌さまでも。なので若干慌てつつ、
「、どうだっ! 件の殿方はまだ隊についておるかっ」
と、低音を意識しつつ女性らしく良く通る声で復唱、後方に伝令を飛ばした。
くるくるとした栗毛を兜の中に丸々と収め、愛くるしい顔をなるべく厳つくあれとしているこの小柄な女性騎士は、副団長であるらしい。名はイクリース=メイボルト。
側面の哨戒を担当する騎士からはすぐさまが応答が返ってきた。そのスムーズな連携には満足する彼女であったが…
「…そうか。わかったっ」
『…きっとこの情報は団長の機嫌を更に悪くすることだろう…』そう思い、辛うじて凛々しくあった顔を愛らしく曇らした。だが、情報というのは正確に伝えねばならない。
「団長殿!あの 『死神』 殿はその……まだ後ろにっ」
「そうかっ(……まったく、)」
実は、部下にわざわざ聞かずとも…『彼』が付いて来ているだろうことは騎士団長には分かっていた。
(なんだって言うんだ…あの男…)
それでも聞かずにはいられなかったのだ。
今先頭で馬を走らせている彼からは馬群と砂塵が邪魔になるので最後尾を見る事は叶わない。だから部下を使って確認した。
『自分の目で確認するのが面倒であった』という理由ももちろんあったが…しかし本音を言えばただ単に『見るのも嫌』なだけだったりする。
「まったくもって忌まわしい…」
そう言いつつもだ。
どうしても気になってしまうのだ。
なので隊列からワザワザずれるようにして並走。
…結局は自分の目で後方を確かめようと…。
そんな挙動不審な騎士団長殿に
「…団長、殿?」
イクリースもつい声を掛けてしまった。
「む、いや…」
ジャスティンの生返事は馬蹄の音に噛み砕かれた。何と返事をされたのか聞き取れず、それを気にする副団長を他所に
(あ〜、…いるな。やはりまだいた…)
ジャスティンは遂に、視界の中にそれを収める。
(…『死神』め。)
さっきから『死神』と口にされているが、これは伝説で語られる『本物の(?)死神』のことを指して言っているのではない。彼らはとある男の事を指して『死神』と呼んでいるのだ。つまりこれは仇名というやつだった。
その男というのはこの騎士団が拠点とする都市、エコノスの住人である。まわりからは『まるで死神のようだ』と影で噂され、不吉とされた男。そうしていつしか『死神』などという物騒かつ不名誉な呼び名が定着してしまった…らしいのだが───
お察しであろうがこれは、先程とある少年の義手を交換してやっていたあの、『義肢装具士』のことである。
『死神』の異名持つ『義肢装具士』。
彼は一体何故、
騎士団の後を追っているのか──。
ジャスティン=クルセイア騎士団長は今、騎士団員100騎を率い速度を一定に保ちつつ、かつ先を急いでの行軍中である。
ただ、全速とまではいかない。各馬の機動力差を考えれば隊列を保つにはこれが限界であろうギリギリの速度。行軍とはそういうものである。
この行軍の目的は…言わば『抜け駆け』だ。
そう、『抜け駆け』を成功させるための行軍なのであるからして、『もっと馬の足を速めたい』という気持ちは…当然としてある。
だが全騎全速の行軍などを敢行すれば現状美しく保たれているこの隊列は散々にバラけ、見るも無残なものとなるだろう。
騎士団は武力集団ではあるが、冒険者達とはその性能の本質は全く違う所に在る。
冒険者と言えば『一攫千金』だ。それを夢見てその稼業に足を踏み入れた弱者などは早々に淘汰され、強き者のみが生き残る。
では騎士団は?と聞かれたなら『安定収入』と答える。このようにして、冒険者達と騎士団は入口からして違うのだ。
正義に燃えて入団する者もいるにはいるが、それは圧倒的少数派。そんな志は入団してから育つもので、地方領の騎士団というのは、個としては弱い人材しかいないもの。
そんな弱兵が集団として団結、各々の微力を結集させ『全にして精強なる個』として動けるようになるまで鍛え上げる。
個の力を伸ばすのはそれからだ。そういった統率性と機動性こそが騎士団の強みなのである。
それを徹底させるため、『規律を重んじるように』とジャスティン自ら手本となりこの騎士団を鍛え上げてきた。そんな団員達に向かって隊列を乱す結果になる指示を出すなどは、言語道断。
…まあ言い方を変えれば、『融通が効かない』という事でもあるのだが。
と言う訳で、こうして逸る気持ちと一緒に速度を抑えながら行軍しているジャスティンなのであった。
………とは言えだ。
………こちらは、馬である。
人間の駆け足ではないのだ。
あの『死神』氏はそれについてきている。
何にも乗らず、素の駆け足で。
しかもかれこれ半刻以上も。
今見た感じでは…
(ふむ…一応息を荒くしているようであったが…)
何故ついて来れるっ?
呆れた健脚ぶりだった。
というか…
もはやあの執念には薄気味悪さすら感じられる。
(『薄気味悪い』…か。さすがは『死神』と呼ばれるだけはあるな。)
まあ…領民の守護を任務とする騎士団独特の職業病というやつだ。騎士団長であるジャスティンには『不吉の前兆を耳にすれば取り敢えず調査させる』という癖が身についてしまっている。
であるので『死神』などと物騒な呼び名で呼ばれている者がいると聞けば直ぐに調査させるというのは、当然の成り行きであった。
そしてその調査の結果、『死神』と呼ばれるあの男が原因で誰かが死んだ訳でもなく、誰かが何らかの被害を受けたわけですらない…という事を、ジャスティンは既に知っていた。
(それどころか…)
そう、分かっているのだ。
彼が高潔なる魂の持ち主である事を。
かつ理不尽なほど不遇な男であるということも。
上がってくる報告を聞けば聞くほど、同情を禁じえない。
(同情?いや、これは共感というやつだ。)
……正直、もう一人の自分を見ているような気までしていた。
(いや、それも違うな。これは…嫉妬なのか?彼は自分なんかとは違う。共通するのは『報われていない』というその一点だけで……彼を見れば…ほら。何という揺るぎのない…何なんだあの顔は…『何でもない』って風の顔。………あれに比べたら、自分なんて…)
そこまで自嘲が進むと決まって聞こえてくる声があった。頭の中で。……それは無垢なる、なんとも可愛らしい女の子の声。
『きしだんしゃまは、なんのおちごとをちていぅの?』
本当に可愛らしい…
何の邪気も無い質問だったのだ。
それを自分は…
『ふ…ふえ、ふえぇぇ〜ん、ご、ごえ…ごえんなしゃ…ふええぇぇ〜ん』
こんな可哀想な泣き声に変えてしまった。そしてその泣き声が頭の中で響いた後、決まって頭の中を巡る想いは…
(いつからだ。いつから自分は、こんなにも卑しくなったのだ……)
自身の不甲斐なさ。
それを痛感し、
それを起因とした焦燥に駆られる。
その果てなる結果で今馬を走らせているのだ。
これが最善の策ではなく、功を焦っての選択であるとハッキリ自覚した上でだ。
雄爽としたその速度とは裏腹に、悶々とした気持ちに駆られ、惨めなるかな。それに従いひた走っているのだ…。
このようにしてサブキャラ目線で主人公の義肢装具士の正体不明を少しずつ剥がしていく。そんな物語です。
壁lω`*)〈気になる方はブクマボタンプッシュ♪