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第18話 全部。


 今話も宜しくです(*´ω`*)



「うふ。確かに可愛らしいわこのカット。ご主人有難うね。はいお代金。お釣りはいらないわ。」


 と言われ渡された(金額丁度の)代金を受け取って


「有難う御座いやす。」


 店主はお辞儀をした。


「………これで同じ土俵に上がれたわぃ…髪型一つで人の彼氏を奪ったあの女……絶対見返しちゃる。…あんなんよりもっとええ男捕まえたるんじゃ…ケケッ今に見とれや…ブツブツブツ…。」


 …という女子力(フォース)の暗黒面にあてられ、この都市に渦巻く恋のバトルロワイヤルの凄惨さを垣間見てしまったこの理髪店の店主は…


「あ。次のお客様どうぞー。今日はどうしやすか?ああ先程のお客様と同じ『落とし髪』で。承知いたしやした〜。では早速」


 全く動揺もせず次のお客を迎えるのであった。…プロである。

 

 そして彼の『義手』が握るは、


 髪切り用のハサミ。


 彼は今も店を畳んでいない。

 ジンはもうこの店には来ていないのに。

 そう、今や彼自身がカットしているのだった。


  ショキショキショキ…


 背後にてズラリと並ぶ沢山の椅子は、既に順番待ちのお客の腰で埋められていた。大繁盛しているようだ。


 『落とし髪』というのはジンが考案した髪型なのであるがそれは知られていない。だが評判が評判を呼び、『男を落すのにうってつけ』とされ、いつしか『落とし髪』と呼ばれるようになり、今やこの店を代表するヘアスタイルになっていた。

 肩までのショートをわざと左右非対にすることで生まれる、狙いすまされて在る魅惑的不安定さ。

 それが男の庇護欲をそそるとして主に10代後半から20第後半の女性に人気沸騰中のスタイルなのである。


 男性向けには騎士団員達により『団長カット』と命名され、あの『幸運が見える目(ラッキーアイ)』で有名な騎士団長にあやかりたいと少年青年中年問わずに人気となったヘアスタイルがある。


 他にも沢山の斬新な髪型が生まれていて、しかもその全てがこの店が発祥の地とされており、今やこの理髪店はエコノスに『理髪店ムーブメント』をもたらした立役者としてカリスマ化していたのだった。


 『あ?オカンに切ってもらってんの?それダッセ。』と言いたがる年端もいかぬ子供達までがどうやってか金を貯め、殺到して来るのだ。そんな呆れた繁盛ぶりだった。まあ、一番呆れているのはこの理髪店の店主であったのだが。


(まあ、切ってるこの俺が本当にはまだ分かってねんだよな。旦那が考案した髪型の良さが。でもよ……)


 どうしょうもなく、今更になって分かってしまった事なら、沢山あった。


(俺ぁ、あの旦那に、救われたんだなぁ…きっと…)


 何故、あの義肢装具士は暇を見ては店に寄って、勝手に店を開けて、勝手に客の髪を切って、しかも勝手な髪型に仕上げて見せたのか。


 この、『理髪師専用の義手』を開発する為だったのだろう。あれほど義手に感じていた違和感が、今や全くと言っていいほど無くなった。今や全盛期…いや、それ以上に不自由なくハサミが扱えている。


 あの義肢装具士は自ら客の髪にハサミを入れてみることで、この義手を開発するためのヒントを集めていたのだ。毎回急にいなくなっていたのも、掴んだヒントを早速と義手に活かすべく試行錯誤するため。


 あの義肢装具士が怒られながらもあえて奇抜な髪型を披露して見せたのは、『あの店の店主は義手であるから』という風評被害を払拭するため、そのイメージを凌駕するほどの斬新さをこの店に付加するためだった。


 更には、その為にこれら斬新なカットには欠かせない『斬新な整髪料』のレシピまでも置き土産にして………そしてパタリと来なくなってしまった。


 礼を言いたくて会いに行っても、いつも忙しく何処かを飛び回っていて不在だ。そんな忙しい日常の中でこの店に通ってくれたのかと、また胸打たれたものだった。

 

 それもこれも、全部を救うためだった。

 自分達の、全部を。


 この店と、この店に未練して絶望していた自分と、そんな自分に育てられなくてはならない可愛そうな娘と。

 …そう、全部。


 全部救いたいと欲張ってくれて、

 自ら出来うる全部をしてくれていたのだ。


(はは…切れてる。なあ、俺、髪…切れてるよ。旦那…)


 自分はプロでなくてはならない。

 プロとは何であるかをまだ理解など、きっと出来ていない。それでも、あの人はそれを見せてくれていたような…そんな気がするから。

 だからどんな瞬間も手元と心をおろそかにしてはいけない。そう思う。でも、あの義肢装具士の事を思えば…視界が滲んで仕方がなかった。


(く…そ…俺ぁ、ホントに…)


「おとうちゃ…泣いてぅのぉー…?」


 足元を見れば、愛する娘。妻の忘れ形見。


「なな何で泣く?こんなに繁盛して、喜んでんだぞぉお父ちゃんはぁ!そうだ。喜んでんだ!ええ?どうだ。喜んで髪を切るお父ちゃんは、すげーカッコいいだろう?」


 思えばこの幼い娘には随分とカッコ悪い父親像を見せてしまっていた。妻を亡くした痛手はまだ消えていないが…それでも、だからこそ、頑張らねば。踏ん張らねば。そう思う。


「うん!しゅげーかッくいいっ!」


 可愛らしい返事が返ってきた。

 よしよし、頑張れる。踏ん張れる。


「…でもきしだんしゃまもしゅげーかッくいいっ!」


(う…若え方がやっぱ良いのか…。)

 まあ頑張るけども。踏ん張るけども。

 少しよろめいた。


 「でもね。」


 …そう、『でもね』だ。

 娘はこうも言ったのだ。


「でもね。『ぎしそうぐしのだんな』がいっとーしゅげーかッくいいのぉっ!』


 娘の想いはどうやら本気らしい。何故ならいつもの舌足らずの中、懸命になって『義肢装具士の旦那』の部分だけはと、ハッキリ発音している。


「……ふふ…はっ!そうだな!確かに旦那はカッコいいっ!」


 娘の、漢を見る目の確かさを知り、逆に喜ぶ理髪店店主なのであった。


 そんな親子のやり取りを見ていた周りのお客は………眉をひそめていたのだが。

 どうやら『義肢装具士=死神』というあの噂は随分と根強いものであるらしい。かく言う自分も、その噂を信じる一人であったのだ。客達を責める立場にない、というのも分かっている。


(これほどの嫌われようなら嫁の来手なんざ、きっとないんだろうなぁ……なんなら、娘が成人した時にはもらってもらうのも……いいのか?)


 そんな馬鹿なことを想像してみる。


 ……ジンはきっと『お義父さん』などと呼んでくれない。腹が立った。


(いいや!やっぱ駄目だっ!どんなに恩があってもそれは話が別ってもんだっ!)


 と勝手に心の中でガナリながら。


 今もお客の髪にハサミを入れられる…その幸福を噛みしめる店主なのであった。


  


 ブクマ、感想、勝手にランキング投票。


 待ってします(*^^*)/

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