第17話 何でも、する。
勇気貰えばもらうほど力発揮できます。
有難う御座います。m(_ _)m
「実は…この店を畳んで親戚がいる村に移り住む予定なんですよ。」
急に語り出した店主の話を聞けば、この幼女は店主の娘であるらしい。なので勿論結婚もしていて奥方もいる。いや、いた。
奥方の年齢はこの主人とそう離れていなかった。高齢のため母体に危険が及ぶと産婆には忠告されたが、待望の子供ということもあり高齢出産に踏み切ってようやく授かったのがこの娘であるらしい。
しかし奥方は産後に体力を酷く落としてしまい、去年遂に体調を大きく崩し他界してしまったのだそうだ。
……そして悪いことは重なるもの。
奥方を亡くした失意を紛らわすために、たまたま気分転換で馴染みの者に会おうと立ち寄った田園地帯で、滅多に現れぬ筈の魔物に襲われその結果、ハサミを持つためにある利き腕を失ったんだそうだ。
「あの装具士の旦那から義手を買ったんですがね…。義手でハサミを握る理髪師なんてなかなか信用しちゃあもらえませんよ…おかげで客足もめっきりと減っちまって…」
魔物から救ってくれたのはその装具士であったらしいのに、
「しかも高い金払ったってのに義手が馴染まねえのか、前よりも格段に腕が落ちちまう始末で。」
何故か店主はジンの事を良く思っていないようであるのが、ちらほらと窺える。
この世界での散髪というのは、自分でしたり、家族や友人や恋人や同僚に頼んで済ますというのが、わりと一般的だ。
そんな風潮の中で客を呼び込む為には、素人では決して真似出来ないような高度で繊細なカット技術が必要とされる。そうでなければ商売として成り立たない。
確かにその技が損なわれたと言うなら死活の問題であったことだろう。
「だからもう店を畳んじまって親戚がいる村で農家でもしようかって矢先に…」
その上で更にと、あのキマイラ騒動だ。
どうやらキマイラによりモース3頭を失ったあの村が、この主人の親戚が住む村であったらしい。だから
「そのキマイラを騎士団が討伐して下さったって聞きまして、娘と共に『お詫び』とお礼を。……と言うのが…」
話を聞くとどうもジャスティンが邪推だと断じたあの妄想は現実にあったことらしかった。
妻を亡くし、腕を亡くし、天職と信じて力を注いできた仕事までも無くし、義手を買ったことでかなりの大金も無くし、実際にこの主人は
『騎士団のヤツラは何をやってやがんだ!』
と、周囲憚らずくだを撒いていたんだそうだ。それを傍で聞いていた幼い娘は『きしだんしゃまはなにのおちごとをちていぅんだろぅ?』…となり、
ただ素朴に湧いたその疑問を運悪くも騎士団長であるジャスティンに投げかけてしまい、
しかもたまたま機嫌が悪かったジャスティンは娘を泣かせてしまった。
これがジャスティンにトラウマを植え付けたあの出来事の真相であったらしい。
「俺ぁ腕も職も金も失いやしたがね。騎士団の皆さんはモース3頭の犠牲で村を救って下すった。そのお陰で俺も村の世話になれる。娘も食わせてやれる。だから……」
店主は……殊勝に謝ってはいる。
誠意をもって礼を言ってくれてもいる。
その内容で結局知らされたのは、こんな幼い娘の耳に入ってしまうほど、騎士団の無力が巷で囁かれていたという事実。
ジャスティンの想定は最悪の形で当たっていたという、知りたくなかったその事実。
だが不思議とジャスティンは、あまりショックを受けなかった。
素直に白状してくれたからではない。
幼女を泣かした事を思えばお互い様だから…
…というのは勿論ある。だが『それで』という訳でもない。
その言葉の中に、この店主が抱えるジンへのわだかまりを感じたからだ。
ジンの事を思えば、頭の中で、胸の中で、魂があるであろうこの身の中芯で、あまりにも多くの思いと想いが去来してしまう。だからだ。
(きっとあのジンという男は、人に忍び寄る不吉が…見えているのか…察してしまうのか…ともかく、分かってしまうのだろうな…)
キマイラの一件でそれを確信した。でなければあんなにも必死に馬の足に追いすがろうなんてしない。あんなにも必死に、命を懸けて戦うことなど、ありえない。あの時、彼はどうやってか騎士団に死相を見たのだ。
彼は、見えてしまったそれを看過出来ない人なのだろう。
きっと、目に映る不幸をなんとしても阻止しようと日々奮闘してきたのだ。
だが、全てを救う事なんて無理だ。
人にそんな事は出来ない。
神でもなければ…いや、神だって、それは無意味な行為と知っているからこそ、自然のままに任せているのではないか?そんな無茶にジンは手を出してしまっている。
救い切れず、目前で亡くした命だっていくつもあったろう。
救い切れず、手足のどれかを失い絶望する人々を何人も見てきたことだろう。
その苦しみはどれほどのものなのか……想像を絶するものがある。
なのに人々は、そんな彼を忌まわしいとした。
『死神』と呼んだ。
『死神』などと物騒な名で呼ばれる者がいると聞けば、騎士団長という立場上、調査させずにいられない。だからジャスティンは知っていた。調査結果を見て知っていた。ジンが死神と呼ばれるようになった経緯を。
災厄の場面に必ず居合わす彼の事を見て、『もしやあの者こそが災厄の元凶であるのではないか』と誰かが囁いた。
欠損した肉体に義肢を与えられても、『こんな高額な代金を請求するというならそれは悪徳であろう』と誰かが罵倒した。
『もしかしたら義肢を売りつける為にわざと遅れて来たのでは?』と誰かが影で噂した。
『そもそもこの災厄は義肢を売りつける為の彼の自作自演なのだ』と誰かが見当違いに確信した。
中には、そのどの嫌疑も信じず、彼が潔白献身の人なのではないかと思う人もいた。
でも、自身の身内が救われなければ『何故自分達の事は助けてくれなかったのか!何故もっと早く来てくれなかったのか!』…そう言って彼を責めたてるというケースもあったんだそうだ。
そうやって『死神』という名前は定着していった。
「なんということだ…………。」
深く深く、『生まれて初めて』と言える程に深い溜め息をジャスティンは吐いた。
ジンの報われなさを憂いて吐いた溜め息ではない。
彼に同情する資格など、誰も持たない。
それは彼の高潔なる魂を愚弄する行為でしかない。
一応、『騎士団長』という人の上に立つ立場であるジャスティンだ。わきまえている。
もしそれをする事が許される者がいるとするなら、それは彼と同じステージに立つ者だけだ。少なくとも、自分如きはまだそのステージには立っていないと。
なら何故、ジャスティンは溜め息を吐いたのか。あんなにも深く。
ジャスティンは気付いてしまったのだ。
目の前にいる理髪店店主。
『見るべきものが見えておらず』
『誰かの想いに気付いてやれず』
『まだ全てを出し切らず諦めつつある』
そんな、この男は…
きっと『もう一人の自分』であるのだと。
ジャスティンはちゃんと見ていなかった。
領主であるマイスがどんな思いでジャスティンを信じようとしてきたか。それは、火を飲むような勇気を要したはず。
ジャスティンはちゃんと気づけていなかった。
副団長がどんな思いで自分に付いてきてくれているのか。それは命を投げ打つ覚悟を以て…。
ミーニャがどんな覚悟で職務に当たっているのか。頭を下げる必要などなかった。彼女は面子など眼中にないのだ。彼女は最優先すべきが何であるのか分かっていて、それを自分に気付かそうと、わざわざ骨を折ってくれた。あの義肢装具士に会わそうとここへ導いた。
ジャスティンはそんな様々な想いを知らずにここに来た。本当にすべき事が何かを考える事を諦めていた。
何やかやと事情ばかりを整理して暗に言い訳ばかりして、功名に走ったあの出来事は自分の欲であったと真正面から認めることもせず、騎士団長としての資格云々などと悩む事ばかりに囚わていた。
あれは…取れるはずだった手段、その全てを諦める口実にしていただけだった。
(…恥ずかしい。
さっき自分はジンに向かってこう言った。『何で床屋の真似事などしておるのか』と。
決まってる。
『出来る全部』をしようとしていたからだ。
まだ救おうとしていたからだ。
この理髪店の店主を。
そう思えば、全ての事に合点がいく。
何故、店主の言いつけを守らず、客を相手に奇抜な髪型を試して見せたのか。
何故、彼の商売とは全く関係ないあのきめ細やかな泡を開発し、わざわざ商業ギルドで試験まで受けて登録したのか。
そもそも、何故彼が理髪店の仕事をしていたのか。
何故、今、此処にいないのか。いつの間に消えたのか。そんなに急いで何をしようとしているのか。
全てを理解した。であるなら、この店主の事を責めたり、見下したり、説教したり、彼の考え違いを正そうとする事すら、間違いだ。あの義肢装具士の思いは、そんなものを素通りしてただ一点だけに向かっている。
『救える者は救いたい。』その一点だけに。
これは買い被りであるのかもしれない。
彼は特殊な癖の持ち主で、もしかしたら趣味感覚で首を突っ込んでいるだけの変わり者であるのかもしれない。
そんな酔狂だと思われて仕方ないほどの無謀なのだ。彼がしてきた事は。している事は。
だが、もしそうであってもだ。
この理髪師は『もう一人の自分』
そう気づいてしまったのだから。
(ならば、救わねばな。)
「店主よ。もし、理髪師という仕事に……まだ少しでも未練があるというなら。待つのだ。報われる時が、きっとくる。その時まで待ってみるのだ。大きな力が貴方を救おうとしているのが、私には見える。」
「?……はぁ…?」
何を言ってんだ?という顔の店主。
「謝ってくれたなら、礼を言ってくれたなら、信じてもみて欲しい。この『見える』力に助けられ、私達はキマイラさえも討ち滅ぼせたのかもしれない。」
「?……はあ…。」
ジャスティン、赤面っ。
自分でも何を言っているのか分からなくなりながらも必死でデタラメを捻り出した。これは思った以上に恥ずかしかった。
ただ言い訳をさせてもらえば……それは、沢山の事を学ばせてくれたあの、ジンと言う名の青年を秘かに手助けしたいと思っての行動だった。
だが予想だにしなかった。この時の発言をきっかけに彼はこんな二つ名で呼ばれる事になる。
その名も『ラッキーアイ』
後日、自身がそう呼ばれている事を知ったジャスティンが『はうああ〜やめてくれ〜』と悶たことは余談だ。
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「きしだんしゃまー!ばいばーーいっ!」
ブンブンと全力で手を振る幼女に手を振り返す。無事仲直りを果たす事も出来た。新しい髪型もお気に入りだ。そして今後の課題も見えてきた。なんと気持ちの良い日だろう。そう思いながらの
騎士団宿舎までの帰り道。
ミーニャに言われた事を思い出し、ジャスティンは夜の賑わいに湧く店の並びを、一つ一つ静かに見守り、立ち止まり、時に立ち寄り、ゆっくりと歩いた。
どの場所にも当たり前に生活があって、悲喜こもごもが垣間見えて、そして、生きていた。誰も彼もの中に命の灯りが見えて興味深く、視えたそれらは、いつも以上に貴いものに思えた。
思いながら、側頭部と後頭部に心地よい夜風を感じ、この髪型にした義肢装具士を思い出しもして、
「お前は…何でもするのだな。出来る事は、何でも…全部。本当に…なんという……。」
言いながらまた思う。自分にそれが出来るだろうかと。
…出来るか。出来ないか。
…ジャスティンがその時どう思ったかは、その後の彼の行動が教えてくれる。
ジンの日常の大変さが解る回でした。
ジンを陰ながら応援してえ…
そう思った方はブクマ宜しくです(*´ω`*)