第14話 え。何してんの?
第二章突入です。
「だからなんでお前が、ここにいるんだよ…。」
都市エコノスにある、とある理髪店の前、騎士団長ジャスティンはひとり立ち、呟き、そして聞いていた。
「だから旦那そうじゃないんだってっ!…ったく!わっかんねえ人だなぁ!あんたもぉ…!」
この理髪店の店主らしき中年の男性がそう怒鳴りながら杖を床に突き直すのを。
ドンッ!
「ひ…っ」
その音が予想以上に大きかったため、髪を切られていた客がビクッと肩を揺すって声を洩らすのを。
「ああお客さん、そんな風に動いてたら耳ちょん切られちゃいますよ?なんせ素人同然なもんでこの旦那は。」
「ヒィ…!」
あれで精一杯の愛想を振り撒いているつもりなんだろうか?不穏過ぎるワードを幾つも並べ立てられた女性客の方はその動揺をまたも肩の動きで表現しつつ声を上げるのであった。
怒られていた男は髪を切りながら無言で、ペコリ。
「ヒ…ッ」
冷静にお辞儀をしてカット作業を継続する。すると
「だあっから!んああもう!違うんだってのっ!!」
カァンっ!
「ヒぁィ…ッ」
我慢ならないという気持ち。それが頂点に達したのか店主は遂に、男がカットするためハサミを持っていた義手に、杖を叩き付けた。とんでもない危険行為だ。女性客もそれに合わせて「ヒイ」である。
その弾みで義手から放れすっ飛んでいくハサミが天井に、
カッ!!
突き刺さった。
「イヒイイイイイイイイイイイイイイイ!」
青ざめ引き攣った声を上げまくる女性客。
青筋立てる店主。
そしてペコリ。
またも冷静にお辞儀をする、ハサミを手放した男。
そんな様子が店の外まで聞こえてくる…。
「い、嫌だ。絶対に嫌だ…。」
こんな店で髪を切りたくない。
ジャスティンはそう思いながら、思い出していた。
「 ────ときに騎士団長殿。」
ギルドを去ろうとしていたその間際、ミーニャに声を掛けられた。
「ギルドと騎士団が歩み寄る。これは記念すべき日となるはず。この際です。その鬱陶しい前髪もついでに切ってしまうべきなのでは?…と私などは思うのです。
それに、貴方がこのようにして巡回以外で街を見るなどそうそうないことでしょう。ここから少し歩きますがいい理髪店を知っています。そう、この機会です。街の見物がてら、是非寄ってみられるといい。」
そう言ってその店に辿り着くまでの地図まで書いて寄越されたら、もう行かないわけにもいかなかった。
何と言っても、ミーニャからはギルドを代表しての謝罪まで受け取っている。そんな今だけは、何を言われようと全てを無碍になどできる訳もない。
なので、言う通りにここまで来たのだが……。
(何だか逆に追い込まれているような…?いや、気のせいか。ん?そう言えばイクリースも同じような事言ってたしな…ん?確か彼女が言っていた『評判の理髪店』もこんな店名であったような…)
とか色々思いつつ実際に来たのだが……。
いたのだ。
今や最大のトラウマと言っていい存在が。
義肢装具士の男が。
あの、ジンが。
ジンが何故だか理容師の真似事をしている。
そしてこの理髪店の店主であろう男に何故だが怒鳴り散らされていた。
「ヒイイイイイイイイ……」
ちなみに女性客の方は引き攣ったその悲鳴を定着させつつあった。
ミーニャが『お見事』と言ってジャスティンを持ち上げ自身の名誉とギルドの威信までも投げ売って謝罪してみせたのは、実は彼女が描いた絵図の内であった。
全ては騎士団長の中に潜在するギルドへの反発心を削ぎこの場所へ導く為の布石。
彼女も憂いていたのだ。
両陣営が図らずとしているにも関わらず確として在るギルドと騎士団の摩擦なき摩耗。確執なき隔意。
それにより起こる様々なもはや看過出来ないほど深刻化しつつある不具合。いつか大量の人命が損なわれてしまう。そんな危機感。先日のキマイラ事件ではそれがわかり易く顕現した形だ。もう一刻として猶予はない事態であることが判明した。
それに、互いにモヤモヤとしていながらもだからこそ決定的効果のある打開策を見いだせず、ズルズルと現在まで引き摺ってきたこの気持ち悪い状況を、ずっと何とかしたいと思ってもいたのだ。
実は領主のマイスや大商人のロンプフェーダ、更には副団長のイクリースまでも抱き込んでの話合いをして、情報収集をもう既に済ませていたミーニャなのである。
今回の騎士団長の失態を逆に良い契機と考えたミーニャは一気に片付けてしまおうとしている。都市エコノスを支えて来た歴代の人物達が頭を悩ませてきたこの難題を。
彼女は荒事に特化しただけの暴君ではないのだ。
人の心というものを熟知し、
このような謀も得意とする。
肉体も、心も、頭も、切れている。
だから我が強い筈の冒険者達が付いてくる。
だからこその『姐御』。
そして彼女が『烈腕』と呼ばれる所以でもあった。
ただ荒療治の場としてこの理髪店を選んだことはミーニャ以外の誰も知らない。いや、副団長は知っていたが。
…ロンプフェーダは…いや、彼についてはよくわからない。彼は存在自体が謎だから。ああ勿論ギルド支部長は全くの蚊帳の外だ。
そして、何故そうしたのかについては誰も知らされていない。というか、ジン自身はそんな事が水面下で進行している事など、全く知らないでいる。
ただこの状況から察するに彼女はこの、ジンという青年の事を知っていてかなりの信頼を寄せているのではないだろうか。
これは、切れ者で有名な彼女ですらどうして良いか分からないでいるこの問題の解決をジンに託したという事なのだから。
言ってしまえば丸投げ。しかもジンはこの事を知らない。めちゃくちゃである。
何でもこなして器用に見えて実は人間関係において誰よりも不器用極まるこの義手の青年に敢えて、ミーニャは賭けてみたいと思っている。それが何故なのかは…自分でもよく理解出来ていないのだろう。
強いて言うならミーニャには天然自然野生の勘のようなものがあってそれをけっこう重視してもいた。
一方、そのようにして各方面から秘かにその動向が注目されている事に未だ気付かないでいるこの鈍感系騎士団長殿は、
カラン…。
「し、つれいする。」
副団長とミーニャ上級職員の顔を潰してはならぬと真っ正面からの大不本意をなんとか飲み込んで、そして遂に、足を踏み入れたのである。カオス渦巻くこの理髪店へと。
第二章はこの床屋の親父と騎士団長が中心になって進行します\(^o^)/