第12話 あの時。
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無言を貫こうとしたジャスティンであったのだが、彼にとって此処は勝手分からぬ冒険者ギルドである。
なのでそんな試みは直ぐに破綻した。
「おぉ?ようっ!『団長殿』じゃねえかっ!えれぇ珍しいんだがっ!今日はどうした?」
「あぁ?おお!そりゃ丁度いいやこの前は俺ら出遅て申し訳ねえことしたと思ってたんだけどよっ!改めて礼を言うぜ。キマイラ討伐有難うなっ!」
カウンターバーになんだか見た顔がいるなと思っていたら、先の事件でキマイラを倒した後に現れた、冒険者による討伐隊のリーダーと、副リーダーであった。名は確か…ノガード兄弟と言ったか。
「なぁ、『ジンの旦那があのキマイラを殴り殺した』って話を小耳にはさんだんだが?それってマジか?」
「そうそれなっ!騎士団の方も一人も死なず無傷の帰還で俺達も心底驚いたんだけどよっ!やるじゃん!って!」
「おう、そうだな!騎士団も凄え。でもあん時はなんだかピリついてて詳しく聞けなかったんだが。だからあれからずっと悶々としてたとこなんだがっ!」
「おう。兄貴が言う通りだぜ。だからあの時の話を詳しく聞かせて欲しいんだけどよっ!」
盗賊団の頭のような悪党ヅラを二つ並べて、屈託なく交互に話し掛けてくるノガード兄弟。悪気がないのは辛うじて分かるのだが……実のところあの戦いは全滅していてもおかしくないほどの無策無謀の愚行であった。
ジンというあの義肢装具士には大変な負担をかけた。キマイラは殴り殺せるような生易しい化け物ではなく、彼ですら死にかけた場面があったし、騎士団員だって死人こそ出なかったものの副団長の利き腕という、
『無用な犠牲』までも払ってしまった…。
そう、騎士団長としては誇れる部分など何一つない戦いであったのだ。あれは恥でしかないと思っている。なので語る言葉などなかったのだ。それを察してか…
「いや、自分は…」
とノガード兄弟から贈られる賛辞を否定しようとしたジャスティンを遮るようにして、ミーニャが前に出る。
「シュトーゼン。カルチャーレ。あなた達はいつになったらパーティ申請するのです。いつもいつもほぼニコイチで行動しているくせに。ロビーが嵩張って鬱陶しいことこの上ないです。それに今、団長殿は私に用があってここにおいでなのです。その手を煩わせるという事は私の邪魔をするということ………………これ以上の言葉が必要ですか?」
これは…ミーニャは、助け舟を出してくれた…のだろうか。ていうか『これ以上の言葉』というのは『肉体言語』のことなのだろうか?何故自分はそれを察してしまったのだろうか?
助け舟に混乱するという情けない騎士団長なのであった。
(いや、やはり知らないでいい…特に『肉体言語』の部分は。とてもとても恐ろしい事な気がする。)
結局それ以上の事を言わずジャスティンは押し黙る事をチョイスした。
一方であいも変わらずの『姐御の唐突』に怯えたノガード兄弟の兄、シュトーゼンは
「ねえよっ!ねえからっ!ねえって!だから姐御っ!その握り込んだ拳をほどいて欲しいんだがっ!?」
この慌てよう…やはり肉体言…
「いやこの場合、俺は悪くねえと思うんだけどよっ!兄貴が無遠慮に声かけちまうもんだからつい……っそうだ。兄貴が悪いんだっ!」
必死な弟。一体何を想像したのか、いともたやすく兄を切り捨てた。
「ああ?そりゃぁズルいぞ弟っ!」
兄にしてみればそれは当然の抗議。しかし
「い、嫌だ…嫌だあ!兄貴が悪りんだっ!全部兄貴が悪りいっ!それでいいんだっ!」
弟はもう引き返せないレベルで混乱を極めている。
「おま…っ」兄絶句。
結局さっき以上に騒がしくするノガード兄弟なのであった。なので…
「…必要………なようですね?」
ピシャリ。というかピキリ。いやユラリ?…ゾクリ?
(寒いっ!これは…冷気?)
騎士団長の脳内で危機管理センサーがサイレンを鳴らした。
「だからねえってぇっ!」「ねえんですぅっ!」
ノガード兄弟は慌てて訂正した後、ムングと両手で自らの口を塞ぎそのまま静止するのであった。
それを見てなんだか…『キモ可愛い』という言葉の意味を少しだけ知るジャスティン……いや、それは勘違いだジャスティン。
「……分かればいいのです。そのまま兄弟仲良くしていなさい。ただし人に迷惑かけることなく。」
そんな捨て台詞を残してその場を離れるミーニャ。それについて行くジャスティン。…を無言で見送るノガード兄弟。
「っぷはぁー……それにしてもなんだ?えらく肩を落として行っちまったんだが『団長殿』は。」「だな。俺にもそう見えたんだけどよ…」
……結構気の良いノガード兄弟なのである。
そしてそんなノガード兄弟の悪気ゼロな気さくさによって、ジャスティンは思い出してしまっていた。
───あの時───。
副団長の混属性魔法【轟雷招獄】により、キマイラが怯んだように見えたあの時。
ジャスティンの視界の端に映った。
吹き飛ばされ、重傷を負った筈の義肢装具士が。
何故か彼は走っていた。何故か走れていた。
もう回復したのか。
物凄いスピードだ。
止まる様子もない。
それを見て、
『もしやまたも接近戦を挑むというのかっ!』
『なんたる無謀っ。先程の拳骨はたまたま上手くいっただけなのだ!』
『このキマイラは巨大。なのに俊敏。その尾は自律して動く大蛇。接近出来る死角などはないのだぞ?』
『ここは大人しく武技などの遠距離攻撃に徹すべき!』
『せめてもう少しキマイラが弱体化するまでは…っ!』
『なのに、何故だっ!』
様々な思考が脳内を駆け巡り、かの義肢装具士を罵り制止しようとしていた。今思えばあれらはただの『言い訳』だった。
実のところ、彼はは確信したのだ。『死神』という異名を持つその義肢装具士が手に持つ剣を見て、確信していた。
『この男はきっと、キマイラを殺してしまう。』
ただの拳骨で蹌踉めかせたのだ。あの、キマイラを。
その手に剣が握られればどうなる?
死神の魔手はきっと、かの化け物の命の芯に届くだろう。
そうして無事、キマイラは討伐される。
『死神』の手によって。
『そんなことは許されないっ』
もう既にジャスティンは見てしまっていたのだ。
身を削るほどに愛してきた『我が騎士団』が理想的に機能し、この弩級の魔物、キマイラを完封してのけた勇姿を。
皆半信半疑ながら騎士団長である自分の指示についてきてくれた。そしてそれに応えてくれた。そんな自分達がやっと掴みつつある自信を、栄光を、この男はいとも簡単に奪い去ろうとしている。
情けないが、これが彼の本音。
そして心の底から湧いた本音というのは時に、衝動に直結する。気付いた時にはもうジャスティンは動いてしまっていた。
『あの死神よりも先に騎士団がこのキマイラを倒す!団の中でこの化け物にトドメが刺せるのは自分だけだ。ならば───』と。
「団長殿っ!」
副団長が叫ぶ声が聞こえた気がした。
なのに、止まれない。
その代わりであるかのように…副団長の慌てた声に動揺したのか騎士団員全ての連携、その精密な動きがほんの、ほんの一瞬、止まった。
精密機械を止めるのは簡単だ。
その歯車の中に、投じてやればいい。
小っ端の一つでも。
………まさか自分がその小っ端になろうとは。
皮肉にも騎士団の精密なる統率を崩したのはそれを課し、鍛えてきた騎士団長本人であった。
こうなると尚更止まれなかい。全体行動の邪魔をしてまで、団員全ての命を危険に晒してまで、自分は飛び出してしまったのだ。
(ここでトドメを刺さなければ!誰かが──)
────唐突な衝撃。
(ぐぅ…っ!)
遅れて、熱。
もしかしたらあのキマイラはずっとこの時を待っていたのかもしれない。
熱の正体は尾の先端である大蛇の口から放った熱線。
自分は…すんでの所でかわすことが出来た。
直撃を…免れた?
あの熱線が直撃していれば即死していた。
いや直撃するはず…だった。
何故…かわせた?
副団長。イクリース。
イクリース=メイボルト。
最も信を置く部下。
彼女が折角の魔法を解除してまで駆け付け、突き飛ばしてくれたから…か……?……なんだ。その彼女の右腕…が、おかしい。
無い…………………
………………いや、無いということは無い。
あった。
空中に。何故。
イクリースの腕はその身体から離れている……何故…。
キマイラが放った熱線に裂かれた?そして
彼女の腕は
( 切り落と…された、のか? )
……さらなる追い討ち。
がヂンっ!絶妙のタイミング。
キマイラの巨大な顎。
噛み合わさった。
それに合わせて副団長の腕が掻き消える。
熱線と噛み付きという、過剰な連続攻撃。
それを見れば分かる。
キマイラは何が何でもジャスティンを殺すつもりであったのだ。それ程に追い詰められていたのだろう。騎士団全体による波状攻撃に。
それを瓦解させるには、やはりこの集団の頭を殺す以外にない。あの魔物はそう判断したのだ。
ジャスティンは改めて理解した。
その騎士団の連携を崩したのが団長である自分自身なのだと。
(なんという…あるゆる全てが自分の過失で起こってしまった。自分のせいで、イクリースは…イクリースは…)
キマイラが噛み付いた場所は、丁度ジャスティンがいた場所。副団長の腕は、運悪くもその場所で落下する最中だったのだ。
つまり、ジャスティンの身代わりとなって副団長の腕はキマイラに喰われ…消失したのだ。
(もはや治癒する事は…なんという…)
戦闘中だというのに。
目の前に『絶対絶命』があるというのに。
あの時のジャスティンは…
副団長の腕。その行方ばかりに気を取られていた。
ジンくん死んでません笑
ちゃんと生きてます(回想だけど)。