第10話 副団長の女子力。
いつも有難う御座いますm(_ _)m
演習の最中、隊の統制が乱れた。それは些細な揺らぎのようなものであったが、騎士団長であるジャスティンが見逃すはずもない。なので
「演習であろうが集中を乱すなっ!命の危険は何処にでも潜んでいるぞっ!頼みとする仲間を危険に晒す事だってあるっ!」
なんていう激を飛ばしてみるのだが、
(一体、どの口がそれを言うのだこのバカ団長め……)
我ながら締まらないなと思ってしまう。すると。
「団長…。」
声をかけられた。この場にいないはずの声だった。
少々柔らかさに欠けるが間違いなく、女性の声。
「!…む。イクリースか。」
どうやら先程統制が亂れたのは休みを取っているはずの副団長が突然現れたからであったらしい。
皆、『あれ』からずっと気にしていたのだろう。その証拠に団員の全てがある一点を見つめていた。ジャスティンもそうだ。それを見ずにはいられない。
「その…腕の具合はどうだ?」
「はいっ!凄いですっ!この『腕』っ!」
屈託なく答えるイクリース副団長。
それがかえって痛ましく思えた。
副団長の、筋肉質ながらも女性らしくしなやかな『右腕があった場所』を全員が見ていた。そこには、装着されていたのだ。
生身の腕とは明らかに違う、『義手』が。
イクリースはその視線に応えるように、健在さを見せようと義手を動かして見せる。なるほど、素晴らしい動きだ。全く違和感がない。しかし……
「イクリースよあの時は──「あ!領主様より伝言を預かっておりますっ!何でも伝え忘れていた…との事で」──む。なんだ。」
『あの時は──すまなかった。』そう言いたかったのだが、伝える相手であるイクリースにその言は遮られてしまった。
多分…故意なのだろう。これ以上団長としての権威を失ってはならないと言いたいらしい。
「あ。…その…ギルド方面への『手続き』は済ませたのかと…」
(『手続き』……?ああなるほど…)
領主マイスからの伝言は恐らく『冒険者達との連携を無視し、抜け駆けをしたことについて、ちゃんと冒険者ギルドの支部に赴き、謝罪申し上げたのか?』というものだったのだろう。
団長の権威を失墜させぬようジャスティンの口を塞ぐため、慌てて『領主からの伝言』を利用したイクリースであったのだろうが、その内容がかえってジャスティンの対面を傷付けてしまうものだったとさらに気付き、咄嗟に出たのが…『手続き』という言葉であったのだきっと。
(全く…こいつらしい。)
このようにして、…正しいかどうかは別にしてだが…全力で騎士団長を補佐しようとするこの副団長の気遣いには、いつも助けられてきた。だからその気遣いを不意にするわけにもいかない。
「分かった…。」
どうやら騎士団長に真意が伝わったらしい事が分かってホッとしつつ申し訳なさそうにするイクリース。
そんな副団長の顔を見ると、重かった背が少し軽くなったように感じた。そしてそれはジャスティンにとって、良いきっかけにも思えた。
(これは踏ん切り……というやつだな。)
なので
「今から直ぐに向かうとしよう。…復帰早々すまんが指揮を引き継いでくれるか?……くれぐれも団員達がたるまないよう、厳しくな。」
(イクリースの失われた利き腕…あの義手…悔やんでも悔やみきれん…だが彼女の思いを無駄にも出来ぬ…今少し甘えさせてもらうことにしよう。……すまぬな。イクリース…)
「……はっ!右腕復活の記念です。この際『鬼の副団長』なんて異名を新調してみるのもいいでしょうっ!」
彼女を囲む団員が「うへぇ」と呻く。だがその表情はどれも嬉しそうだ。
勇ましく逞しいほどの快活。そして愛おしさを感じずにいられない存在感。その柔らかい元気に励まされ、ジャスティン騎士団長はギルドへ向かう重い足取りに弾みをつけるのであった……が、その背にまた、同じ声がかかる。
「あ…団長殿…ギルドに行ったついでに髪を切ってみてはいかがでしょう?最近少し前髪が伸び過ぎているようですし。あの…評判の店があるのですが…」
なんだか歯切れ悪く、そんなことを薦めてくるイクリースを見て。
「む…ぅむ。」
『そんなことは今でなくとも良かろうに。』そう思うジャスティンであったが、今は彼女に頭が上がらないので軽く返事はしておくのだった。
·
·
·
·
·
·
·
·
·
とかなんとか……副団長の心遣いを足がかりにやっとの思いで勇気を振り絞り『ここ』までやって来たのだが。
「は〜………。……気が、重い。なんだかもう、早くも帰りたい。」
深い溜め息。
今ジャスティンは交易都市エコノスの中心部、噴水広場の片隅に立っている。
此処はエコノスの中心にあり人混みが凄く、彼はいつもと違って完全に一般の人として埋もれていた。その人混みの中にはやたらと冒険者達を見かける…。
正直言ってそれだけでもう大変に居心地が悪い。帰りたい。帰って団員をしごきたい。この際はけ口になってもらいたい。
でも領主命令である以上、逆らえない。だから辛うじて逃げずにいる。逃げずに辛うじて『敵陣?』を直視…している。でも直視に留めてしまう。足踏みばかりしてしまう。
ジャスティンが立つそこは、冒険者ギルドエコノス支部の、すぐ目の前であった。
(うーむ。流石の冒険者ギルド。流石の最良立地条件。……何なんだコレ。毎度毎度思ってしまうんだが。コレって“えこ贔屓”というやつじゃぁないのか。なんと妬ましい…どうしてもそんな風に思ってしまう自分なのである。)
それは間違った見解だ。
騎士団員は治安維持のため巡回する役目を持つ。ここに人材の宝庫である冒険者ギルド支部がある以上、同じ中央に陣取る必要もそれ程ない。
実際詰め所も門だけでなく城壁各所に設けられていて、それぞれに騎士団を補佐する兵士団までが詰めている。
犯罪者が現れた場合、人材が豊富にいる冒険者ギルドが斥候職の者を放ってそれら犯罪者を内側から炙り出し、外壁から取り逃がしがないよう城壁は騎士団が固める…という、最近誰かさんのせいで課題となっている『連携』も想定されての配置である。
(騎士団長である自分がこんなところにずっと立っていても誰も訝しんでいない。気にもしていない。…というか気付いていない?微妙な関係性である筈なのに、だ。これはギルドや冒険者達にとっては騎士団など眼中にないという深層心理の顕れなのではないか……?)
うん。それも間違った見解……
つか目立たないようにといつも着用している騎士団正規の甲冑を脱いで、正装とはいえ普段殆ど身に着けない布製の服しか着てこなかったのはジャスティン。君ではないか。
それに中々勇気を出せずにギルドに入れないでいるのもそっちの都合。なんだかもう殆ど言い掛かりである。
(う……っ!)
思わずと心中で唸ってしまうジャスティン。
ヘタレ騎士団長がウジウジとしている内に、やって着たようだ。あちらさんから。
彼女。
かの女性が、
近づいて、
くる。
『天敵』。
ジャスティンにはそう見えた。
『門はいつも開け放たれている』のキャッチフレーズに違わず、冒険者ギルドには扉すらない。戸枠だけがある。
年中無休で職員が交代制で営業しているので戸締まりなど必要としないから…なのだとか。
冒険者達の仕事が依頼によってその内容も金額も時間帯も変わってしまうのだからしょうがなくこうなっているという説もある。
とにかくそういった訳でギルド支部の内部は戸枠を通して外から丸見えなのであった。
カッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッカッ…
おお…くる。
そして…ああ、きた。
今、戸枠をくぐった。
そして、
ギルド支部の玄関前。
カカッ!
一人の女、仁王立つ。
「久し振りですね。ジャスティン=クルセイア騎士団長殿。」
世間で言う所の女子力とはまた違うかも笑
この人ってあまりキャラ立ちとか考えず裏表なしに描いてますが。
私的に『こういう子に嫌われたら凹むなあ〜』というイメージ厳守でこの副団長さんは描いてます。かと言ってリアルにこんな人いるかって言ったらいない笑
皆さん的にはそんな人っていませんか?