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時折、王子によくわからない絡まれ方をしつつも、エリセイ様に魔法のことを教えてもらい、ねこ様とお昼寝をすることが習慣になりました。
ですが、今日は久しぶりにねこ様が迎えにきてくれたのです。
「今日は、別の場所でお昼寝なさるのですね?」
なぁーと可愛らしい声で肯定されたので、ねこ様のあとについていきます。
私が一緒のときには、一度も通ったことのない道です。
父親とエリセイ様のおかげで、王宮の構造もだいぶ把握できましたが、この先は後宮ではないでしょうか?
我が国の後宮は、王族の居所となっています。
他の国では王妃だけでなく、側妃や愛妾まで後宮で暮らしていると聞いて驚きました。
我が国では一夫一妻が法により定められており、陛下とて守らなければならない定めなのです。
ねこ様は歩みを緩めることなく、後宮の庭へと入っていきました。
さすがの私も気後れしたのですが、早く来いというふうに鳴かれては、行くしかありません。
人の気配はなく、ただ静かすぎる庭です。
後宮の建物にも結界が張ってあり、王族と後宮に勤める者以外は入れないらしいです。
結界を張ったエリセイ様が仰っていました。
庭を進むと温室が見えてきました。
温室がお昼寝場所なのかと思いましたが、どうやら違ったようです。
日差しもきつくなり始めた季節に、温室の中でのお昼寝は安眠できそうにないですものね。
ねこ様の目的は温室の横にある、植物で作られた東屋でした。
これも魔法なのでしょうか?
私の腕よりも太い幹がうねうねと複雑に絡み合い、柱や椅子、小さな机を形取っているのです。
屋根にあたる部分には濃い緑の葉が生い茂り、太陽の光を浴びています。
ねこ様は机の上に乗り、早速寝る体勢です。
私は机の上に乗るわけにはいかないので、ひとまず椅子に座りました。
そして、ねこ様がここをお昼寝場所にしている理由がわかったのです。
心地よい風が、私の髪を遊びます。
止むことなく、そよ風が吹き抜ける東屋。
ここは、風の通り道なのですね。
風の音に耳を傾けていると、いつの間にか眠気がやってきました。
そのまま眠気に身を任せようとしたときです。
「にゃー」
ねこ様とは違う声のような気がして目を開けると、ジッとこちらを見つめるものと目が合いました。
東屋の縁に前脚をかけて、顔を覗かせていたのは、別のねこ様でした。
顔の模様が大変可愛らしいねこ様です。
一度顔を下げると、音もなく木々でできた縁を飛び越えてきました。
お顔を見たときにも思いましたが、やはり三毛猫でしたね。
みけねこ様はねこ様が寝ている机に飛び乗ると、匂いを嗅ぎ、ねこ様の毛繕いを始めました。
ねこ様はうっそりと目を開け、みけねこ様を認識すると、尻尾でペシペシとみけねこ様をはたいています。
どうやら、お二方はお知り合いみたいです。
みけねこ様もここをお昼寝場所にしているのでしょう。
ねこ様はみけねこ様をあしらうと、再び目を瞑ってしまいました。
あしらわれたみけねこ様は、気にする様子もなくこちらに来ると、私の膝の上で丸くなり、動きません。
ねこ様方には、警戒心というものはないのでしょうか?
それとも、私が寝床に見えているのですか?
「みけねこ様のお昼寝場所、一緒に使わせていただきます」
「にゃーん」
せっかくなので、みけねこ様を撫でさせてもらいます。
みけねこ様のお顔は、綺麗に三色にわかれているのですが、右が黒くて左が赤茶、目から下が白となっています。
なんだか、帽子をかぶっているようで、凄く可愛いんですよ。
脚先とお腹の部分が白く、背中は赤茶と黒のまだら模様。
毛はねこ様より短いようで、するするとした肌触りです。ですが、より体温を感じますし、筋肉の動きもわずかですが感じ取れました。
気持ちのいい風とみけねこ様の体温のおかげで、どこかに行ってしまった眠気が戻ってきました。
◆◆◆
目が覚めると、変わらずみけねこ様がいました。
私が起きたことに気づいたのか、みけねこ様は私の膝の上で伸びをします。
そこで初めて気づきましたが、みけねこ様、オスだったのですね。
可愛らしいお顔なので、メスだと思っていました。
三毛猫のオスって、凄く珍しいと聞いております。
流行りの物語でも、主人公を助けるねこ様が登場しますが、三毛猫のオスでした。
他のねこ様より強い力を持っているとされていますが、本当のところはどうなのでしょう?
「みけねこ様もこの王宮に住んでいらっしゃるのですか?」
後宮という、王宮の一番奥まったところにいたということは、その可能性が高いと思います。
今までお会いしなかったのは、ねこ様と共有しているお昼寝場所が少ないからでしょう。
「にゃぅ」
私の質問を肯定するように短く鳴くと、私の手をぺろぺろと舐めたのです。
ザラザラとした感触ですがくすぐったいです。
王宮に、ねこ様がお二方いたとは知りませんでした。他にもいらっしゃるかもしれませんね。
私が区別をつけるためにも、何か呼び方を決めたいのですが、不敬にあたらないか心配です。
「ねこ様、今度からゆき様とお呼びしてもよろしいですか?」
おそるおそる、そう申し出てみました。
新雪のごとく真っ白なねこ様ですから、ゆきというお名前が似合うと思うのです。
ねこ様は机から降りてこちらに来ると、みけねこ様をどかして、私の手に頭を擦りつけてきます。
どうやら、気に入ってもらえたようです。
「にゃぅぅぅぅ」
みけねこ様が不服だと訴えるように、低い声で鳴きました。
もちろん、みけねこ様のお名前も考えていますよ。
「みけねこ様はらい様とお呼びしたいのですが、いかがですか?」
らいという名前は雷から取りました。
みけねこ様の背中には、黒い雷のようにジグザグした模様があるのです。
「にゃーん」
いいよと言っているのか、ゆき様とは反対側の手に前脚を乗せてくれました。
肉球の感触が直に伝わってきます。
思っていたよりは硬いと感じましたが、なんとも言えない幸福感があります。
「らい様も、また一緒にお昼寝してくださいね」
らい様と約束をしましたが、そろそろお暇をしなければなりません。
ねこ様方と一緒とはいえ、いつまでも後宮にいるのはよくないでしょう。
お昼寝が終わったら、すぐに出るべきです。
「私はお暇させていただきます。また、見つかると騒がれそうですから」
「なぁーん」
「にゃう」
すると、ゆき様とらい様が東屋から出て、こちらを見つめます。
知っている場所まで、送ってくださるみたいです。
お二方のあとについていきながら、後宮の庭の風景を楽しみながら歩きました。
王宮の庭とは違い、華やかな花は少ないですが、この穏やかな雰囲気はとても好ましく感じます。
おそらく、王妃様の趣向なのでしょう。
いまだお会いしたことはありませんが、王妃様のお人柄が偲ばれますね。
王宮の建物まで戻ってくると、ちょうど交流会が終わった時間だったようです。
見たことのあるご令嬢や、王子の周りにいた男の子たちが歩いていました。
「あっ!お前っ!!」
真っ先に私に気づいたのは、私に掴みかかろうとした男の子です。
相手をする義理はないので、黙礼だけして通り過ぎようとしました。
「お前のせいでっ……」
「馬鹿、やめろ!ねこ様がいらっしゃるんだぞ」
確か、私のことを失礼だと言った方です。その彼が、男の子を羽交い締めにして、制止してくれました。
何事かと、周りにいた方々の視線が私たちに集まることまでは防げません。
騒ぎに興味を引かれた者たちが足元のねこ様に気づくと、感嘆の声をあげたのです。
ねこ様方は、私を守るように彼らの前に立ちふさがります。
「ゆき様、らい様、大丈夫ですわ。陛下のご命令を破るようなことをすれば、家に責が及びますもの」
王宮に来るくらいですから、陛下のご命令は耳にしているでしょう。
実際、彼らはすぐに顔色を変えました。
しかし、王子と一緒にいた子供たちも謹慎していたはずなのですが、何も学んでいないのでしょうか?
「子供とはいえ、王宮にいるときは家を代表しているのですよ。短慮をおこせば、ご両親が窮地に立たされることをお忘れなきよう」
「そんなむずかしいことを言っても、おれはごまかされないからなっ!」
「だから、お前は黙っていろ。ねこ様、ティレニア様、先日のことも含め、申し訳ございませんでした」
男の子を羽交い締めにしたまま謝罪されるという奇妙な状況です。
ですが、この方はちゃんと理解されているようなので、謝罪を受け入れました。
「みなさん、こんなところでどうしたのですか?お迎えの方がお待ちですよ」
羽交い締めされた男の子が制止を振り切ったところで、誰かに声をかけられたのです。
振り返って見れば、知った顔でした。
「エリセイ様、申し訳ございません。お邪魔でしたね」
大人数で廊下を塞いでいたので、他にも通れなかった方がいたかもしれません。
「エリセイって……聖級魔法師の?」
小さな声でしたが、誰かの呟きがしっかりと聞こえました。
ですが、エリセイ様はそれに答えることなく、私と視線を合わせるために膝を折ってくださいました。
「ティレニア様は今日はどちらに?」
「後宮の木々で作られた東屋の方にいました」
「あぁ、それでみけねこ様がご一緒なんですね」
エリセイ様はらい様のことをご存知だったようです。
なんでも、らい様はめったに姿を見せることがないらしく、エリセイ様も陛下からみけねこ様が後宮にいると教えてもらったとか。
エリセイ様と話していると、今度は父親が登場です。
なかなか戻ってこない私を探しにきたようです。
「親たちが待っている。早く行きなさい」
去るに去れなかった子供たちに、父親が帰りを促します。
ですが、男の子を羽交い締めにしていた子だけが残ったのです。
「ぼくはカルル・ラヴェンチと申します。ヴァシリー、ティレニア様に失礼なことを言ったやつには、しっかりと言い聞かせておきますので」
ラヴェンチ伯爵家のご子息でしたか。
確か、何代か前の王妃様がラヴェンチ家のご出身でしたね。
「カルル様のご誠意、嬉しく思います」
あの短慮な男の子がどこの家の者かはわかりませんが、このままでは私以外にも失礼なことを言いそうですから、しっかりと手綱を握ってもらいたいものです。
カルル様と別れの挨拶をして、エリセイ様が大変ですねと労ってくださいました。
「みけねこ様、ねこ様用のお食事を用意しておりますので、よろしければ僕の部屋にもお立ち寄りください」
「にゃーん」
食事と聞いて、らい様は嬉しそうに鳴きます。
そして、エリセイ様も部屋に戻られるとのことでしたが、エリセイ様のあとをらい様が追いかけていかれました。
ゆき様はしばらくらい様の後ろ姿を見送っていましたが、ゆっくりと同じ方向に歩き始めます。
「……みけねこ様、本当にいらっしゃったのか」
二人きりになると、父親がそう呟いたので、らい様がオスであることを教えました。
父親は何も言いませんでしたが、少しだけ変化した表情は驚いているようでした。
いつも、誤字報告ありがとうございます。