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いつものように遅い朝食を取っていると、スチュアートが呼びにきました。
どうやら、父親が呼んでいるようです。
ですが、私は出された朝食はすべていただくことにしています。
父親だって、私が食事中なのは知っていたでしょうから、待たせても問題はありません。
「グリード殿下の謹慎が解かれることになった」
思っていたよりも長かったですね。
謹慎と言っても、部屋に監禁されているわけではなく、不必要な外出を禁止されていただけらしいです。
剣術や乗馬の稽古、気晴らしの散歩などで外には出ていると、聞いてもいないのに父親が説明してきましたから。
逃げ出したりしないよう、監視の目も増やされたとも言っていましたね。
「それで、側近選びを再開するとのことだ」
「……まだやるのですか」
つい、呆れたことを隠さずに口にしてしまいましたが、父親は気にする素ぶりはありませんでした。
それに、参加しろとでも言われるのかと思っていたら、陛下から私は好きにしてよいとお許しが出ていると言います。
それを聞いて安心しました。
「殿下もまだ幼い。貴族の子供たちと語らうことは、教育の一環でもある」
父親は、私に参加して欲しいのでしょうか?
頭の片隅に、私を跡継ぎにとでも考えているのかもしれませんね。
「はぁ。学園へ上がられるまでに、少しはまともになるといいですね」
しかし、私にとって王子のことは他人事ですし、まったく関係ないですよね。
それを素直に言うのもあれなので、父親を慰めるために思ってもいないことを告げてしまいました。
「お前が教育するというのも手だぞ?」
意趣返しのつもりなのでしょうか?恐ろしいことを言いますね。
同じ年の女の子から教育を受けなければならないほど落ちこぼれだと言っているも同じですよ。
それこそ、不敬だと言われてしまうでしょう。
「申し訳ありませんが、どうでもいい王子より、ねこ様とのお昼寝の方が大事です」
陛下ならまだしも、あの王子を敬う気持ちはこれっぽっちもございません。
そんな人に割く労力はないのです。
不敬だとわかってはいますが、父親は怒ることなく、苦笑いしながら仕方ないなと言いました。
言ってみたものの、父親も忠誠を捧げるに値しないと、心のどこかで思っているに違いありません。
自分ができないことを娘にやらせるような、非道な親でなくてよかったです。
◆◆◆
王宮に着くと、父親と別れ、私はエリセイ様の部屋に向かいます。
ここ最近は、ねこ様を探すと必ずエリセイ様の部屋にいたからです。
私が来る日を、ねこ様はなぜが知っているようなのです。
不思議ですよね。
エリセイ様の部屋に向かう途中で、会いたくない人に捕まってしまいました。
「お前の言う通り、他の者と交流を持とうとしなかったことは反省している」
王子は私の前に現れるなり、そう告げました。
……よくわかりませんが、反省できただけでもよかったのではないでしょうか。
二歳の妹と比べるのもなんですが、妹は反省すらできませんから。
「だが!ティレニア・ライフィック!お前には絶対に負けないからな!!」
言うだけ言って、走り去っていきます。
廊下を走ると怒られますよ。
それに、負けないってなんのことですか?
別に勝負も何もしていないでしょう。
王子の突拍子もない行動に首を傾げつつ、エリセイ様の部屋に向かいました。
案の定、ねこ様はエリセイ様の部屋にいました。
すでに食事を終えたのか、今は窓辺の特等席で丸くなっています。
綺麗な丸ですが、頭をどこにしまい込んでいるのでしょうか?
不思議な体勢で寝ることの多いねこ様ですが、ねこ様の寝姿を見ていると、なんだかほっこりします。
穏やかな空気の中、エリセイ様が淹れてくれた紅茶を楽しみます。
「そう言えば、グリード殿下の謹慎が解かれたようですが、ティレニア様は交流会に参加されなくてよいのですか?」
王宮で働いているエリセイ様ですから、王子の動向なんかもすぐ耳に入ってしまうのでしょう。
私は、陛下にお許しをいただいていることを説明し、先ほど王子に捕まったときのことを話しました。
すると、エリセイ様は笑うのを堪えるような顔をされましたが、堪えきれずに声を出して笑ったのです。
「失礼しました。僕の想像にすぎませんが、殿下はティレニア様に嫉妬をなさっているのでしょう」
「嫉妬ですか?」
私は、なぜ王子に嫉妬されるのか理解できませんでしたが、エリセイ様が一つ一つ説明してくださいました。
一つ目は、自分は王子という立場なのに、周囲が私を優先していると感じているのだろうと。
エリセイ様は仕方のないことだと言います。
今現在、私はねこ様のお気に入りで、なおかつ、ライフィック家のご令嬢なのだからと。
それを言うなら、エリセイ様もねこ様のお気に入りで、聖級魔法師でしょうと言えば、僕は大人ですからとかわされました。
同じ年の女の子というのが、劣等感も刺激されるらしいです。
……男の子は面倒臭いですね。
「それに、ライフィック家は特別です。敵に回す選択は、陛下ですらできないと思われますよ」
我が家は、そんなに恐れられている家だったのですか。
父親が無愛想なのも、一因かもしれません。
……私も人のことは言えませんが。
二つ目は、陛下が私の肩を持ったことです。
つまり、王子は父親に見捨てられたと感じたのではないかと言われました。
我が子より他人の子を庇ったことが衝撃だったのでしょう。
「ですが、私は陛下から誠意を示していただきました。陛下は父親としてではなく、一国の王として、王子に対じしていたのではないのですか?」
その差異を感じ取れないのであれば、王子は王の何を見ているのかと問いただしたいですね。
「えぇ、陛下は本当によき王です。今回の件は、殿下にとってもよい経験になったでしょう。独善的独裁的では、この国の王として認められませんから」
エリセイ様の目が本気です。
王子が愚王になったとき、エリセイ様はどうなさるおつもりなのでしょうか?……まさか!?
「どうしましたか?」
我ながら恐ろしい想像をしたものです。
まぁ、王子がだめだったとしても、他に継承権を持つ方がいらっしゃいます。
それに、王妃様もお若いと聞いているので、これから男の子が生まれるかもしれませんし。
あと一つは、ただ私に敵わなかったことを根に持っているのではと。
それは、王子としての矜持や負けず嫌いからきているのでしょうと、エリセイ様は言います。
「本当に、男の子とは面倒臭い生き物ですね」
「僕からしたら、女の子もそうですけどね」
本来、男女とは相入れない存在なのかもしれません。
それからは、魔法の話に花を咲かせ、いつの間にか寝落ちして、帰る時間になるという、いつも通りの一日となりました。
ただ、王子は本気で私に負けたくないようで、真面目に勉学を励んでいるらしいです。
今まで、家庭教師の先生方から逃げ出すことも多かったとか。
父親よ。そんな情報、私はいりませんよ。