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「なぁーん」
ねこ様と合流すると、早速ついてこいと言うように歩き始めました。
いつもなら庭に向かうのに、今日は王宮内部に入っていきます。
不思議に思いながらねこ様の後ろを歩きますが、すれ違う人は誰も気に留めません。
陛下が通達してくれたおかげでしょう。
どんどん王宮の奥の方へと向かっていますが、私がいてもいい場所なのでしょうか?
不安を感じていると、ねこ様は扉の前で止まり、カリカリと引っ掻いています。
すぐに扉が開いたので、普段からねこ様が通われている場所なのですね。
「どうぞ、ねこ様」
中から出てきた男性が、ねこ様を招き入れました。
だからといって、私もなどと言う勇気はありません。
困惑したまま廊下に立っていると、男性が私を見てどうぞと言ってきました。
「よいのですか?」
「えぇ。ねこ様が気に入っておられる、ライフィック侯爵家のお嬢様ですよね?」
「はい。ティレニア・ライフィックと申します」
私のことを知っていて招いてくれるという男性に名乗り、礼を取ります。
「これはご丁寧に。僕は魔法省魔法管理管轄部のエリセイ・ジィフォーグです」
その名を聞いて驚きました。
勉強の進んでいない私ですら知っているお名前です。
この国一、いえ、大陸一と言われている魔法師なのです。
「ジィフォーグ様とは知らず、失礼いたしました」
魔法師は、魔力を操って様々な現象を起こします。
その力は日常のちょっとしたことから、敵国の大軍を一瞬で滅ぼしたりと、多種多様な使い方があるのだとか。
もちろん、それらは魔力量に左右されるので、魔法師は魔力量に応じて階級分けがされています。
エリセイ・ジィフォーグ様は、歴史上数人しかいない聖級魔法師なのです。
「エリセイと呼んでください。それに、僕の家はしがない子爵なので、畏まる必要はありません」
「ご実家の爵位は関係ないと思いますが?」
生まれ持った才能という部分もあるとは思いますが、それを磨き、努力されたからそこ、聖級に相応しいと認められたのです。
凄いのはエリセイ様本人であって、家の爵位で態度を変えるなんて失礼なことはできません。
なので変えるつもりはないと、私の意見を述べると、エリセイ様は驚いた表情をなさいました。
「なんか、照れちゃうな」
花が綻ぶようにとは、このことを言うのでしょう。
見ているこちらも温かくなる笑みを浮かべてくださいました。
エリセイ様の顔立ちが男臭くなく中性的で、物腰の柔さかもあり、とても可愛らしく思えます。
「なぁー」
ねこ様の、何か催促するような声で、私たちはまだ廊下で話していたことに気づきました。
「これは失礼。ねこ様も待ちくたびれているようなので、どうぞ中に」
招き入れられた部屋は、とても広い部屋でした。
研究か何かをされているのか、大きな机の上には見たこともない道具がたくさんあります。
そして、圧倒されるのが本の数です。
高い天井まで届く本棚が、部屋の壁全面にあるのです。
奥の方に目を向けると、小さな調理場と部屋に似つかわしくない立派な寝台が。分厚い天幕や見たことのある枕には親近感を覚えました。
どうやら、仕事場と私室が一繋ぎになっているようです。
ねこ様はジッとエリセイ様を見つめます。
執拗にエリセイ様を目で追っています。
エリセイ様は苦笑しながら、調理場から器を出し、カラカラと音を立てる何かを用意しました。
それをねこ様の前に差し出すと、ねこ様はすぐに口をつけます。
カリッカリッと気持ちいい音がしていますが、固い食べ物なのでしょうか?
「それはなんですか?」
音の軽さからして、水分もほとんどなさそうです。
食事の器とは別に水の器を用意していますし。
「僕が自作した、ねこ様の食事です。気に入ってくださったようで、お昼寝ついでに食べにきてくれるんですよ」
つまり、エリセイ様もねこ様のお気に入りなのですね。
エリセイ様は私にも香りのよい紅茶とお菓子を用意してくれました。
「エリセイ様はこちらの部屋でお仕事をなされているのですか?」
「えぇ。僕は一人で気ままにやるのが性にあってますから。ねこ様のように、眠たくなったら昼寝して、少しずつ高位魔法の想像のしかたを書いているのです」
「想像のしかた?」
魔法は魔力があれば使えるものですよね?
疑問に思って質問しようとしたら、ねこ様がこちらにやってきました。
長椅子の背もたれに乗ると、すべての脚をだらんと垂らします。
そんな体勢で、お腹は苦しくないのでしょうか?
「魔法を使うには想像力も必要なのです」
どういうふうに想像力が関係してくるのか、さっぱり理解できません。
「例えば、火を灯す。小さな火を想像すればいいので簡単ですよね」
エリセイ様の指先に、小さな火が揺らめきます。
初めて魔法を見ました。
「では、この王宮を壊すとしたら、どんな魔法がいいと思いますか?」
これは、火繋がりで大きな炎を出すということでしょうか?
でも、火事にはなるでしょうが、壊すとは違うと思います。
それに、魔力は無限ではありませんから、効率よくやらないと壊せないですね。
「そうですね。大きな柱を壊したら、重みで崩れるのではないでしょうか?」
何かの本で読んだのですが、建物を建てるときは、土台を作ってから柱を立てると。そのあとに枠組みのなんとか……くらいで寝てしまったようです。記憶にありません。
ですが、土台と柱が建物にとって重要であるのは間違いないでしょう。
「その柱はどのように壊しますか?」
楽しそうに質問を続けるエリセイ様。
私も真剣に考え込んでしまいました。
柱ですので、倒すことはできますよね?
でも、王宮に使われている大きな柱となると、どれだけの力が必要でしょうか?
斬る?木ならまだしも、石でできた物を斬ることってできますか?
外側から無理なのであれば、内側からとかどうでしょう?
「柱を内側から破裂させることは可能なのでしょうか?」
「いい着眼点です。王宮の柱は石でできていますが、大きな石を整えて重ねているのです」
エリセイ様は失礼と席を立つと、戻ってきたときには石を二つ持っていました。
なぜ部屋に石が?
「このようにすれば、ね」
不規則な形だった石が、目の前で綺麗な円柱の形になっていきました。
そして、一つは中心に突起があり、もう一つは穴が空いています。
それを重ねることによって、柱にしているようです。
「接合部分は別の物で補強しますが、内部にはわずかな空間がありますよね。そこに魔法を発動させれば……」
ポンッと軽い音がすると同時に、石が砕けました。
砕けた石は、綺麗にエリセイ様の手のひらに収まっています。
飛び散らないように魔力を調整されたのでしょう。
「ですが、魔法には属性というものがあります。土の属性を使えば、ほら」
手のひらの砕けた石が、溶けるように形を崩し砂となってしまいました。
「王宮や高位貴族の屋敷では、建物全体だけでなく、柱や梁にも結界を施すので、壊すのはほぼ不可能ですけどね」
とは言っても、エリセイ様なら壊せそうです。
王宮に結界を張ったご本人なのですから。
「このように、魔法を手段とするのであれば、何がどうなって、どんな現象が起きるのかを詳細に思い描かなければなりません」
「凄いです!」
私が魔法に喜んでいると、エリセイ様も喜んでくれました。
そして、魔法についていろいろと教えてくれるのですが、徐々に瞼が重たくなっていきます。
どうして、柔らかな声音の方のお話って眠くなるのでしょう?
魔法のことをもっと知りたいので、我慢しようとしているのですが、ついに頭がカクリと落ちてしまいました。
「ティレニア様、眠たかったら、長椅子に横になってください」
「でも……」
「魔法の話なら、いつでもできます」
そう言いながら、薄い毛布をかけようとしてくれるエリセイ様の優しさに甘えることにします。
「約束、ですよ?」
なんとかそう口にしたものの、エリセイ様の返事を聞くことなく眠ってしました。
◆◆◆
王宮に行っても、私はねこ様のあとについていくだけなので、その日のお昼寝場所は到着するまでわかりません。
しかし、ねこ様が私のために選んでくれているような気もしています。
私を見つけると、必ずエリセイ様のもとへ行くからです。
エリセイ様にお邪魔ではないかと尋ねましたが、私がいない日はねこ様が来なくなったと、少し寂しがっていました。
「十日空くこともよくありましたし。ティレニア様と一緒に来るということは、王宮の者たちに邪魔をされたくないと思っていらっしゃるのかもしれませんね」
エリセイ様が仰るには、この部屋自体に強い結界を張っているということでした。
その結界は、エリセイ様が部屋に招いた者でないと通れないそうです。
ねこ様が初めてこの部屋に来たときは、その結界を壊して入ってきたと仰っていましたが。
さすが、ねこ様です。
エリセイ様とも仲良くなると、彼もよくお昼寝することがわかりました。
お話の途中で私が寝てしまい、起きるとエリセイ様が寝ているということが何度もあったのです。
姿が見えないときは高い確率で寝台にいます。
エリセイ様もねこ様のお昼寝仲間だったわけです。
ねこ様とエリセイ様のおかげで、少しずつですが魔法の知識もついてきました。
早く、魔法が使えるようになりたいですね。