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国王視点です。
問題が起きたと報告を受けると、ため息しか出なかった。
娘と一緒に来ていたイヴァンに仕事を手伝わせていたのだが、彼はそれ見たことかというような顔をしていた。
常に無表情な男の変化がわかるのは、限られた人しかいないが。
とりあえず、話を聞くために、息子と息子と行動を共にしていた子供たちを呼ぶ。
少々時間がかかったが、子供たちはいまだにぐずっていた。
「グリードよ、何があったか説明できるか?」
よほど怖い思いをしたのか、私が声をかけても心ここにあらずの様子だ。
「グリード」
今一度、強く呼びかけると、ねこ様がと呟いた。
「誰か、説明できる者はいるか?」
そう呼びかけると、警備の者が名乗りをあげた。
「ティレニア様の警護についていた者です」
イヴァンの娘であり、ねこ様に気に入られている少女だ。
王宮の中とはいえ、危険がないとは言えないので人をつけていたが、それが役に立ったようだな。
彼が言うには、ティレニア嬢はいつものようにねこ様と合流すると、ねこ様が気に入っておられる場所の一つ、噴水へ向かったと。
もちろん、退室の許可を得てだ。
それからしばらくすると、息子たちがやってきた。
警備の者は、噴水の方に行かないよう忠告したが、王子が一緒なのだから、どこに行ってもいいだろうと言ってきたらしい。
そして、息子も通せと命令した。
ティレニア嬢を見つけると、ねこ様の邪魔をした無礼者となじり、ティレニア嬢が反論したら、手を出そうとしたようだ。
それで、ねこ様を怒らせたと。
至近距離でねこ様の威嚇を浴びれば、そりゃあ恐ろしいわな。
息子が漏らしても仕方がない。
警備の者にティレニア嬢がどうしているのかと聞くと、ねこ様と昼寝をしているという。
ティレニア嬢も図太いというか、何事にも動じないのはイヴァンにそっくりだな。
「ティレニア嬢が起きたら、ここに呼んでくれ。決して起こすなよ?起きるまで待つように」
ここで、私が呼んでいるからと起こしてしまえば、息子の二の舞だ。
ねこ様の機嫌を損ねるのはよろしくない。
「あいつを罰するのですか?」
ようやく落ち着いたのか、息子がそう尋ねてきた。
どうしてそう思ったのか、理解できなくはないが……。
それを諭すのが親の役目であろう。
「なぜ、ティレニア嬢を罰せねばならないのだ?」
「なぜって……あいつはわたしにもねこ様にも無礼を働きました!」
そして、いつも出ていってしまうこと、今日はこんなことを言われたとまくし立てた。
そちらの方も報告は受けていたが、息子はティレニア嬢の言葉を理解していないということだな。
「私は無礼だと思わないが、ティレニア嬢の言葉を無礼だと思う者はいるか?」
周りの者に聞いてみるが、誰一人として意見を言う者はいなかった。
私が最初に無礼ではないと言っているのだから、それに否を言うのは覚悟がいるだろう。
言葉を失い、顔色が悪くなっている息子だが、権力とはそういうものだ。
「お前は説教と言ったそうだが、説教とは相手を思っての言葉だ。ティレニア嬢は、お前のことなど一欠片も興味ないだろうよ。つまり、彼女はただ事実を述べただけだ」
ティレニア嬢が言う通り、時間は有限だ。
その時間をどう使うのかは個々の選択しだいだが、息子の側近選びのように、権力に逆らうことができずにという場合もあるだろう。
「私は言ったはずだ。多くの者と言葉を交わし、気の合う友、支えてくれる友を探せと」
「父上の言う通りに……」
「したとでも?毎回、同じ者たちとしか会話をしていないと報告を受けているし、ティレニア嬢もそう言った。別に、お前がそれでいいのであれば、なぜもっと早く言わなかったのだ?この者たちにしますと」
息子が決断を伸ばし伸ばしにし、それなのに他の者と交流を持たなかった。
ティレニア嬢はそんな状況に嫌気がさしたのだろう。
息子に声すらかけてもらえない子供たちにも、その時間があれば昼寝をすることも、何か学ぶこともできるのだから。
王族であるなら、それを態度で示せ。
ティレニア嬢はそう言っているのだが、息子には伝わらなかった。
「ですが、誰も何も言ってこなかったので!」
息子がこんなに馬鹿だったとは。
もっと厳しく躾ける必要があるな。
「当たり前だろう。子供たちは、親から言い聞かされている。王子に失礼のないように。何を言われても笑顔で答えなさいと。親が側にいない状況で、王族に対して声をかけれる者は少なかろう」
それを配慮して、自ら声をかけに行くべきだった。
公務で外に出たときに、民の方から声をかけよとでも言うのか?
国の行事のときならいざ知らず、普通は不敬罪になるやもと恐れるものだ。
だからこそ、私たち王族が声をかけ、貴族や民からの言葉を聞かねばならない。
「正しいことを言う者、嘘をつく者、言葉巧みにすり寄ってくる者、口さがない者、いろいろな人がお前の周りに集まってくるだろう。しかし、説教をし諌めてくれる者がいれば、たとえ間違えたとしても、正すことができるのではないか?」
時間はかかるかもしれないが、いいところも悪いところも言い合えるような友情を築いて欲しかったのだ。
それが、玉座という重圧がのしかかってきたときに、支えとなってくれるからな。
「他者の言葉を聞き、吟味してから動く。それができなければ、この玉座に座る資格はない」
とは言っても、無能でも玉座に就くことはできる。
傀儡の王が玉座にいれば、ずる賢いやつらが台頭しやすく、そうなると国は荒れるが。
私は王に必要なのは、人の本質を見抜く力だと思っている。
無能な王でも、能力のある臣下が集えば、国は動かせるとな。
「さて、お前たちはこれで一つ賢くなったわけだ。王族として、貴族として、どう振る舞わなければならないのか、謹慎の間、じっくり考えること」
だが、身分が持つ権力の恐ろしさは、しっかりと感じてもらうぞ。
「それから、お前たちは忘れているようだが、彼女、ティレニア嬢は、ここにいるイヴァン・ライフィック侯爵の娘だからな」
とたんに顔色が変わったのは親の方だったが、誰に喧嘩を売ったのか、帰宅したら聞かされるだろう。
王の剣、王の盾。絶対的忠臣を誓うライフィック家は、建国当初からこの国を陰日向に支えてきた。
表の顔は、我が国の軍組織の長。裏の顔は、存在が幻とされている暗殺集団の頭領。
よって、ライフィック家は血ではなく、表裏両方の武闘集団をまとめられる力量を持つ者が選ばれる。
それを知っているのは私と宰相のみだが、イヴァンは表の顔だけで、十分に恐れられている。
あいつ、容赦ないからな。
グリード以外の者を退室させると、グリードは目に涙を溜めて私を睨んできた。
「父上は、どうしてあの娘ばかり庇うのです!」
「彼女の発言が納得のいくもので、面白いからだ」
イヴァンが面白がるなと凄んできたが、どこを取っても面白いだろ。
「どうやったら、あんな子に育つんだ?」
興味本位で聞いてみたが、なかなか答えが返ってこない。
どうした?と声をかけると、とんでもないことを言われて驚いた。
「起きている娘としゃべったのは、数えるほどしかありません」
いくらなんでも、それは大げさだろうと思ったし、そんなに忙しかったかと、記憶を掘りおこしもした。
イヴァンが、部下が優秀だから仕事は少ないと言っていた記憶がある。
私も、大して仕事を振っていないし、酷いわがままも言っていない。
つまり、屋敷に帰って、妻子との時間は十分に取れているはずだ。
「いつも、眠っていますので」
よく昼寝する子だなとは思っていたが、屋敷でも四六時中寝てるってことか?
家族とのふれあいなしで、あんなふうに育ったと!?
それにしても、長時間眠れるものなのか?
ねこ様のような体質というのであれば、少し羨ましいな。
たまにでいいから、もう寝れないっていうくらい寝てみたい。
お子ちゃまたちはお漏らししちゃったので、綺麗にするために時間がかかっていました(笑)