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ねこ様とお昼寝できるのは嬉しいのですが、王宮へ行くたびに王子と会わなければならないことが憂鬱です。
今日も王子のお友達選びなのですが、最初と比べると人数が減っていました。
挨拶のとき以外、しゃべったことのない私が残っているのはなぜですか?
それに、今日も監視されているようです。
やっぱり、勝手に抜け出すのがまずいのでしょうか?
それならば……。
「殿下、ご歓談中に失礼いたします」
数人の男の子たちと話していた王子に声をかけました。
「なんだ?」
今まで、自分から話しかけてきたことのない私が動いたことで、少し警戒されているようです。
「少しの間、退室してもよろしいでしょうか?」
「……あぁ。別に構わない」
意表を突いたのか、返答に間があった王子ですが、眉間に皺を寄せて許可くださいました。
おそらく、内心では失礼なやつとでも思っているのでしょう。
何を言われても、私の父親のように無表情でいないと、悪い人たちに手玉に取られてしまいますよ。
私には関係のないことなので、忠告はいたしませんが。
一礼をして王子から離れると、小さなざわめきが起こりました。
王子がいるのに退室するなんて、という非難でしょう。
気に留める必要もないため、堂々と扉から出ていきます。
王子の許可があるので、警備の者も侍女も動こうとはしません。
楽勝でしたね。
すぐに庭に出る通路を見つけ、いろいろと散策をしてみます。
ねこ様の姿がないので、諦めて東屋に向かおうとしていたら、花々の間からねこ様が顔を出しました。
「なぁーん」
まるで見つけたと言わんばかりの様子に、つい口が綻んでしまいます。
「今日はどちらでお昼寝をなさるのですか?」
そう尋ねると、ねこ様はこっちだと言うように踵を返しました。
ねこ様のあとを追って、どんどん庭の奥に入っていきます。
庭の端っこに、庭を区切るためか大きな木々がありました。
その中でも一番大きな木の下に行くねこ様。
ここが今日のお昼寝場所なのですね。
ねこ様に倣って、木の下に寝転がります。
目に優しい木漏れ日、そよぐ風と葉擦れの音。
とても癒される空間でした。
「とても気持ちのいい場所ですね」
まさに、お昼寝にはうってつけです。
ねこ様も丸くならずに、四肢を伸ばして寝ています。
これは、私も大の字で寝るべきですね。
少々はしたないですが、人もそう来ない庭の奥です。
それに、お昼寝に比べたら、些細な問題でしかありません。
大の字になって、目を閉じます。
あまりの気持ちよさに、すぐ眠ってしまったようです。
ザリザリとしたものが、頬に当たる感触で目が覚めました。
どうやら、ねこ様が舐めて起こしてくれたみたいです。
起き上がると、遠くから私の名を呼ぶ声がします。
東屋にいなかったので、捜索されているのかもしれません。
「お昼寝の時間は、あっという間に過ぎてしまいますね」
名残惜しくもありますが、お別れの時間です。
汚れを手ではたき落とし、見苦しいところがないかを確認して、ねこ様に挨拶をします。
「また、ご一緒できると嬉しいです」
「なぁーん」
ゆっくりと揺れる尻尾が、またねと言っているようでした。
◆◆◆
「まだ行かなければならないのですか?」
また、王宮から招待が来たと父親に言われ、不服を申し立てます。
「陛下がお前のことを気に入ったようでな」
まったく嬉しくないのですが。
陛下のお考えもよくわかりません。
王子と仲良くなって欲しいのであれば、毎回抜け出すことを何も言ってこないのはおかしいですし。
ねこ様のため、というわけでもなさそうです。
今日も今日とて、王子に一時退室を許してもらうために声をかけました。
一応、周囲を観察できるくらいは滞在していますが、もういいでしょう。
王子は興味のない子供のことは完全に無視していました。
気の合う男の子数人と会話するのはいいのですが、他の子供たちと交流を持たないのは、王子としてやってはならないかと。
私にちょっかいをかけてきた令嬢も残っていましたが、王子に話しかけることはしていませんでした。
今も王子を窺うだけで、最初の勢いはどこへやら。
「貴女は毎回どこかへ行かれているようですが、殿下に対して失礼すぎるのではないですか?」
王子の許可を待っていると、側にいた男の子が先に口を開きました。
「失礼、ですか?」
許可をいただいているのに、失礼にあたるのでしょうか?
「そうです!」
男の子は、何がどう失礼に当たるのかを説明はしてくれませんでした。
ただ、他のご令嬢を見習えと。
「時は有限ですのよ?なぜ、興味のない方に付き合わねばなりませんの?殿下だって、興味のない方とは交流を持とうとはされていらっしゃらないでしょう?」
「なっ……」
言い返されると思っていなかったのか、男の子が驚いています。
王子が私のことを失礼だと思っていると匂わせれば、怯えるとでも?
「殿下も殿下ですわ。交流がわずらわしいのであれば、側近候補を決めてしまえばよろしいのに。子供とはいえ、貴族の子息令嬢も暇ではありませんの」
特に私はお昼寝の時間を割かれるのが大嫌いです。
王子のご機嫌伺いは、王子にはべりたい者だけがやってください。
「お前に説教をされるいわれはない。さっさと出ていけ」
お説教のつもりはありませんでしたが、そう受け取るのであれば、それらしい言葉の一つでも言っておきましょう。
「耳に心地よい言葉しか吐かない者たちといるのは楽でしょう。ですが、その先に待っているのは、愚王の称号でしてよ。それでは、失礼いたします」
少しすっきりしました。
同じ歳の子供とはいえ、腹芸ができなくてはね。
王族としての才覚も見せられていないのに、王族として敬うことはできません。
それくらい、自覚してもらわないと。
さて、ねこ様を探して、お昼寝しましょう。
いつものように庭に出て、ねこ様を探していると鳴き声が聞こえてきました。
声がする方に歩いていくと、大きな噴水がありました。
その噴水の縁に、ねこ様がすでに寝そべっています。
どうやら、今日はここでお昼寝するみたいですね。
しかし、縁が細いので私は無理です。
ねこ様の側まで行き、どうやってお昼寝するかを思案します。
と言っても、縁を枕代わりに寄りかかる、くらいしか思いつきませんでしたが。
早速、縁に小さな猫を置いて、形を整えます。
机のようにうつ伏せで寝るより、頭を預けるくらいがいいですね。
少し眩しいですが、それも外でお昼寝する醍醐味です。
時折、ねこ様の尻尾が顔に触れてきます。
くすぐったいですが、嫌ではないのでそのままにしましょう。
それにしても、噴水の側なのに、凄く静かです。
チロチロと、水が流れる音が微かにするだけ。
他の噴水は、もっと音がしていたので、ここの噴水が特別なのでしょう。
ねこ様のお昼寝を邪魔しないように設計されたのかもしれませんね。
水の音を聞きながら、心地よい睡魔に身を委ねたときでした。
「あっ!あいつ、ねこ様のお昼寝をじゃましてますよ!!」
「本当だ!なんてやつだ!殿下、こちらです」
王子たちはなぜこの場所に来たのでしょう?
というか、お昼寝の邪魔は、絶対に許しませんよ!
うっそりと起き上がると、ねこ様がこちらを見ていました。
心配、してくれているのかもしれません。
「何を騒いでいるのですか?」
「お前がねこ様のじゃまをしているからだろ!」
人を指差すとは、失礼を越えていませんか?
それとも、お互い名乗る前なら、問題ないとでも思っているのでしょうか?
「邪魔をしたのは貴方たちの方です。せっかくねこ様が気持ちよくお昼寝をされていたのに」
私のお昼寝も台無しにしてくれましたし。
「無礼なお前が先にねこ様にちょっかいをかけたんだろ!おれたちはねこ様のために……」
「お黙りなさい。事実を自分の都合のいいようにしか見れない者が、ねこ様のためになどと、英雄気取りですか?ねこ様が嫌だと思われたら、私はすでに追い出されています」
私がねこ様の側にいれたのは、ねこ様が許したからだとわからないのですか?
「英雄気取りだと!!」
頭に血が上りやすい性格なのか、周囲が制止するのも聞かずに、掴みかかろうとしてきました。
ふわりと空気が動いたと思ったら、いつかのように目の前に白いものが。
「フシャァーー!!」
王子たちを威嚇するねこ様に、王子たちは悲鳴すらあげられずにいるようです。
さらに、ねこ様が目に見えない速さで前脚を振り下ろします。
そこでようやく体が動いたのか、泣き叫びながら逃げていきました。
また、呼び出しされそうですが、邪魔者はいなくなったのです。
お昼寝の続きをしましょう。
噴水に戻ると、ねこ様は大きいままで寝そべります。
その大きさだと、縁には乗れないので、地面にごろんですよ。
「なぁーう」
その声音はどこか不機嫌そうではありましたが、なぜか来いと言っているように聞こえたのです。
意を決して、ねこ様のお腹に寄りかかます。
すると、今度はゴロゴロと低い音を鳴らしながら、私の顔を舐めてきました。
普段の大きさならなんともないですが、さすがにヤスリを当てられているように痛いです。
ねこ様に身を預けるように、柔らかな毛並みに顔を埋めると、ねこ様は諦めて毛繕いに移ってくれました。
天日干しをした布団の匂い。どんな高級な毛布よりも優しい肌触りの毛並み。呼吸するたびに動くお腹と、トットットットッと速い心臓の音。
今までで、一番安らげている気がします。
本当に、極上のお昼寝場所ですね。
ねこ様を怒らせると怖いのだ!