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人々が見上げる先には、大きくなった姿のゆき様とらい様がいました。
ゆっくりとゆき様が視線をさまよわせ、私と目が合うとなぁーんと一鳴きされたのです。
それで、ねこ様たちが私を探していたのだとわかりました。
「憲兵隊のみなさん、ねこ様が降りられるよう、場所を作ってください」
呆けた表情でねこ様を見上げていた憲兵隊らに声をかけると、私の指示に従っていいものかと互いの顔を見合います。
ねこ様たちがわざわざ私を探しにきたということは、私に関係のある何かが起きたということです。
悠長にしている時間はないはず。
「ライフィックとして命じます。今すぐ、ねこ様が降りられる場所を作りなさい」
ライフィックの名が効いたのか、憲兵隊は急いで人々を下がらせて、広場の中央部分を空けました。
そこにねこ様たちが降り立つと、周りから歓声が上がりました。
私は、ねこ様たちの側に向かいたかったのですが、ねこ様に興奮する人々が壁となり近づけません。
見かねたザックが、強引に人々をかき分けてくれましたが、それを不満に思った男性がザックに怒鳴ります。
「おい、てめぇ!無理やり割り込むんじゃねーぞ!」
男性の怒りはもっともです。しかし、今は相手にしている状況ではありません。
「道をお譲りください。ねこ様はわたくしに用事があるようですので」
周りの人たちにも聞こえるよう、大きな声ではっきりと告げます。
「ねこ様がお前みたいなガキになんの用が……」
「馬鹿、やめろ!貴族様だぞ!」
妹の騒ぎから見ていたと思われる人が、その男性を止めに入ります。
騒ぎを聞きつけた憲兵隊の方々も、道を空けるよう言ってくれたおかげで、あとはすんなりと進むことができました。
人の群れを抜け、ゆき様に駆け寄ります。
「ゆき様、らい様、どうなされたのですか?」
「なぅぅぅぅ」
いつもより低い声です。
機嫌が悪いというより、警戒や威嚇したときと同じだと感じました。
そして、ゆき様が頭で私の背中を押すのです。
まるで、乗れと言わんばかりに。
「背中に乗ってもいいのですか?」
「なぁん」
「それは構わないのですが、私の護衛のザックも一緒によろしいでしょうか?」
何が起こっているのかわかりませんが、ここでザックと離れてしまうのは得策ではないでしょう。
なので、ゆき様に尋ねたのですが、らい様がザックに近寄っていきました。
どうやら、らい様がザックを乗せてくれるみたいです。
「ありがとうございます、らい様」
「にゃー」
ザックに乗るように伝えると、困惑した表情を浮かべています。
神の眷属であるねこ様に乗るなど、畏れ多いと思っても仕方ありません。
「ザック、大変なことが起こっているの。貴方の力を貸してちょうだい」
らい様も早く乗れと、尻尾でザックを叩きました。
「ねこ様、失礼いたします」
地面に寝そべるようにして身を低くしたらい様に、軽々と飛び乗るザック。
一方の私は、ゆき様の尻尾に助けられながら、なんとか背中に乗ることができました。
そして、ねこ様たちは一気に空へと駆け上がります。
風は感じるのに、とても安定しているのが不思議です。
ねこ様の力のおかげでしょうか?
落ちる心配はしなくてもいいようで、安心しました。
ねこ様たちが向かっているのは王宮の方角です。
王宮で何かあったとして、私を迎えに来た理由はなんなのでしょうか?
考えにふけっていると、ねこ様の目的地が王宮でないことに気づきました。
眼下に見えるは神域の森。
ここでいったい何が……。
神域の森に降りると、ザックが気をつけてくださいと注意を促してきます。
「血の匂いがしています」
「血?神域を血で穢した者がいると?」
私にはわかりませんでしたが、どんな状況であれ、神域を穢すことは許されません。
神域を管理する魔法師ですら、怪我をし、穢すことがないようにと治癒薬を持ち歩くよう定められているほどです。
周囲を警戒しつつ、ねこ様のあとについていくと、人の声が聞こえてきました。
ねこ様たちも毛が逆立ち、威嚇しています。
不届き者が神域を穢したのですね。
「ザック、相手が何者であれ、血を流さずに倒して」
「もちろんです。神の怒りにふれることはしません」
やはりザックを連れてきて正解でした。
私だけだったら、血を流さずになんて無理ですから。
「そういえば、王宮に知らせた方がいいのではなくて?」
「ですが、ここで離れるのも危険かと」
「どうにかして、神域の森に異常ありとわかれば……」
そうすれば、神域を管理している魔法師たちが、王宮から駆けつけてくれるでしょう。
「おい!こっちに人がいるぞ!!」
見つかってしまいましたか。
「ティレニア様。一度だけでいいので、神域の外にいる者たちが気づく魔法を使ってください」
あ、魔法という手がありましたね。
しかし、どの魔法を使えば、外にいる人たちが気づいてくれるのでしょうか?
「ねこ様はティレニア様をお守りください」
言うだけ言って、ザックは不届き者たちの方へ走っていきました。
そのあとをらい様が追います。
「あれ、ねこか?」
「死体でも見たこともないくらい高値で売れるぞ」
と、愚かとしか言いようのない会話をしていますね。
そんな愚か者は、ザックが成敗してくれましたが、森の奥から次々と不届き者が現れています。
急がなくてはなりませんが、エリセイ様の補助がなくても発動できて、なおかつ神域の外まで届く魔法といえば何があるのでしょうか?
魔法で神域の森を傷つけるなんてことになってもいけませんし。
悩んでいると、不届き者を尻尾で張り倒すらい様の姿が、ほのかに光っているのが見えました。
可視化するほどの高い魔力をまとっているとは、神の眷属であるねこ様だからですね。
……ねこ様の魔力は、神域のものと同じ。
同質であれば、どんなに高い魔力でも外では感知しづらい。
つまり、私の魔力であれば、すぐにわかるということです。
魔法ではなく、魔力を神域の外に送ればいいのですね!
ただ、無闇に魔力を放っても流れるだけですから、大量の魔力を一気に放出しなければなりません。
それをしてしまうと、私の体がもたないのは明らかです。
ですので、一定量を送りつつ、自分の限界も見極める方法を考えましょう。
神域の外への最短距離は、おそらく真上です。
この木々を抜けて、さらに上まで魔力を送っても、弱すぎると思います。
魔力は体内にあるときは血のように循環し、外に出れば風のように流れる。だからこそ、魔力を操り、想像する力が重要なのだとエリセイ様は仰っていました。
魔力を留めておくことはできないので、魔力が流れる方向も合わせて、明確に思い描くのです。
「ゆき様、お力をお貸しください」
魔力を操るには集中力がいるので、周りが疎かになってしまいます。
エリセイ様は呼吸をするかのように魔力を操っていますが、私では何かあっても対処できませんので、ゆき様にお願いするしかないのです。
「なぁーん」
ゆき様に体を預け、自分の中を巡っている魔力を手のひらに集めます。
そして、細い管が蔦のように伸びるのを思い描き、管を伝って魔力を上へ上へと送ります。
木々を抜け、さらに上まで届いた魔力を、今度はクルクルと回転させていき、風船のように膨らませるのです。
魔力が止まることのないよう、慎重に大きくしていき、もう無理だというところで霧散するように弾けさせました。
お昼寝のおかげか、まだ魔力に余裕はありましたが、操る技量……いえ、想像力が足りなかったのです。
ですが、王宮にいる優秀な魔法師たちなら気づいてくれるでしょう。
特に、私の先生であるエリセイ様は、大陸一の聖級魔法師なのですから。