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街はたくさんの人で賑わっていました。
王のお膝元である都ですから、国中から人が集まっているそうです。
「話には聞いていたけど、本当に凄いわね」
「こんな状況でなければ、いろいろとご案内できたんですけどね」
いろいろなお店があって、美味しそうな匂いもしていて、妹のことがなければ楽しみたかったです。
「次の機会にお願いするわ」
できれば、学園に入る前に実現させたいですけど。
まずは、何か情報が入っていないか確認もかねて、憲兵隊の詰所に向かうことにしました。
憲兵隊は大きな街の治安維持を行う領軍の部隊です。
妹が見つかったという吉報が入っていることを願いましょう。
詰所に向かっていると、ザックが呼び止められました。
ザックと同じような年頃の男性なので、知り合いなのかもしれません。
「ちょうどよかった。この先でお嬢様らしき子供を見たと」
「本当か!?」
なぜ、この者が妹の失踪を知っているのかしら?
……スチュアートが言っていた、父親が雇った者だとしても、若すぎます。
「その場所に案内してください」
彼が何者であれ、ザックの知人であれば悪い人ではないでしょう。
とにかく今は、妹を確保するのが先決です。
「畏まりました」
ザックの知人に先導され、街の中心部と思われる、大きな広場へとやってきました。
ここは食べ物の屋台が集まっているのか、果物や野菜、魚に肉だけでなく、片手で食べられるものも売っています。
香ばしい匂いや甘い匂いに興味をそそられますが、食いしん坊な妹も釣られたのでしょうか?
そんな賑わいのなか、一角に人だかりができていました。
何やら男性のわめき声が聞こえます。
「このガキ!勝手に商品を食べやがって!」
「おいてあったもの!!」
見つけました!
妹の声に間違いありません。
ザックとその知人にお願いして、人をかき分けて妹のもとへ急ぎます。
「躾がなってねぇガキだな!痛い目みねぇとわからねぇのか!!」
妹が痛いと泣き叫んでいます。
早く助けないと。
人の群れを抜けると、妹が巨躯な男性に吊られていました。
片腕を掴まれ、痛い痛いと訴えている妹。
「その手を離しなさい!」
「あ゛ぁん」
「私はその子の姉です。それ以上妹を傷つけるなら、容赦はしませんよ」
そう告げると、男性は妹を仲間と思われる人物に向かって投げたのです。
「容赦だぁ?てめぇもガキだが、いいか。お前の妹は、俺の店から盗んだんだ。罰せられるのは当たり前のことなんだよ!」
妹のことですので、目の前にあったものをそのまま口にしてしまったのでしょう。
物を手に入れるためには、お金が必要だということも理解できていない子ですから。
「それはしっかりとお詫びさせていただきます」
ザックに目配せすると、巨躯の男性にお金を渡してくれました。
それを受け取ったにもかかわらず、男性はにやにやと笑い、妹を返す素ぶりすらしません。
「これっぽっちでお詫びとはね」
「銀貨三枚でも不満とは、強欲な人ですね」
ザックが大きな声で言ったのは、周りの人に誤解されないようにするためでしょう。
こちらはちゃんと償う意思はあるのだと。
金額を聞いて、集まっていた人たちがざわめきました。
「俺の店は、子供に食わせるのがもったいないくらい、いい素材を使ってんだ」
それとこれとは話が違う気がしますが……何を言っても無駄ということですか。
ならば、こちらも多少強引に行かせてもらいます。
「私が気を引いておきますので、貴方に妹をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「……御意に」
父親に雇われているのだとしたら、契約外のお願いだったのかもしれません。
父親に言って、契約金を上乗せしてもらわないといけませんね。
ザックの知人は、流れるように人の合間に消えていきました。
「ですから、妹が食べてしまった商品の代金と、迷惑をおかけした分の金額をお渡ししましたよね」
「ガキに商売の邪魔をされた迷惑料が銀貨三枚は安すぎるだろうと言っているんだよ、お嬢ちゃん」
「だそうですが、皆様、安いと思われますか?」
集まっている人たちに尋ねますが、巻き込まれたくないのか、誰も返事をしてくれません。
ですが、この場合はそれでいいのです。
「誰も安いと思っていないようです。つまり、相応の額ということですね」
「舐めたことぬかしてんじゃねーぞ!」
「いい加減、お気づきになったらどうです?貴方はご自身で、幼い子供の過ちを許すことができず、私のような子供にまでお金をせびる器の小さな男だと言っているのと同じですよ」
私がここまで強く言えば、集まった人たちからも声が上がりました。
大人げないと。
「このガキっ!!」
怒りで頭に血が登ったのか、顔を真っ赤にして、殴りかかってこようとする男性。
即座に、ザックが動きます。
男性のことはザックに任せて、私は大きな声で憲兵隊を呼ぶように、周囲の人たちにお願いします。
視界の隅で、ザックの知人が妹を抱き上げているのが見えました。
これで一安心と言いたいところですが、まだ他にもお仲間がいたようです。
そのうちの一人が、私に向かってきます。
なぜか周囲の人たちから悲鳴も聞こえましたが、気にすることなく、襲ってきた男性を躱しました。
隠しから、ザックにもらった指輪を出しましたが、かすり傷をつけたくらいでは逆上するだけかもしれません。
とりあえず今は、躱すことに専念しましょう。
今までの訓練の成果か、体格差を利用した躱し方で凌げています。
襲ってくる者たちは、ザックよりは動きが洗練されておらず、大振りで無駄が多いように思いました。
ですが、私の方もまだまだ無駄があるのでしょう。
呼吸が上がって、動きが鈍り始めました。
目の前の男から、一撃をもらいそうになりましたが、寸前のところでザックに助けられました。
「ティレニア様、下がって!」
邪魔にならないよう距離を取ると、襲ってきた男が吹き飛んでいきました。
大の大人を吹き飛ばすほどの力が、どこからきているのか不思議です。
「憲兵隊だ!どいてくれ!!」
ようやく、憲兵隊が到着したようです。
彼らは瞬く間に男たちを制圧しましたが、戦っていたザックも取り抑えられてしまいました。
「その者はわたくしの護衛です、解放していただけませんか?」
「君は?」
「わたくしは、ライフィック家長女のティレニアと申します」
そう言って、我が家の紋章が刻まれた懐中時計を見せます。
我が家の紋章は、剣と盾を持った巨人です。
王家の守り人を象徴しているらしいですよ。
「このような格好ですが、妹を探しに護衛とともに参ったのです」
妹が行方不明だという知らせは、憲兵隊の方にも届いていたようで、すぐにわかってくださいました。
「しかし、なぜこのような騒ぎになったのですか?」
事の発端は妹ですので、こちらに非があったにせよ、彼らが償いを受け入れず、暴力に訴えてきたのだと説明しました。
「ですが、詳しいことはここにいる皆様にお聞きください。その方が公平でしょう。ですが、あの者たちが罰と称して幼い子供を痛めつけようとしていたことだけはお忘れなく」
関わっていない者たちから聞いた方が、物事を正しく認識できると思います。
しかし、貴族を嫌っている者たちから歪められる可能性もあります。
まぁ、それで私たちが罪に問われるようなことはありませんが、あの男たちの罪が軽くなるのは許せません。
妹を乱暴に扱ったことに対しては、しっかりと罰を受けてもらわないと。
「畏まりました。して、妹君は見つかったのでしょうか?」
「えぇ」
たくさんの群衆の中から、あの協力してくれた青年を探します。
私の視線に気づいたのか、青年が妹をしっかりと抱えてこちらにやってきます。
「ミーティア、けがはない?」
いまだに泣きじゃくっている妹に声をかけると、さらに泣き声が大きくなりました。
「……ねーだまぁぁ」
「大冒険だったわね。お父様もお母様も、ミーティアの帰りを待っているわ」
「おうぢかえるぅぅぅ……」
あれだけ怖い思いをしたので、父親と母親が恋しいのでしょう。
帰らないとごねられなくて、少し安心しました。
妹を宥め、ザックとともに帰路につこうとしていると、周囲の様子がおかしいことに気づきました。
「おい、あれって……」
誰かが上空を指差します。
ざわめきはどこまでも広がり、私も上を見上げて驚きました。
「ねこ様?」