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屋敷からの移動は、馬車ではなく馬にすることにしました。
ザックに乗せてもらい、軽く駆けさせます。
妹が一人で出ていったとしたら、子供の足なので遠くまでは行っていないでしょう。
「ティレニア様はミーティア様の行きそうな場所に心当たりがあるのですか?」
「そうね。おそらくだけど、あそこを目指しているんじゃないかしら?」
そう言って、王宮を示します。
あれだけ父親に駄目だと言われたにもかかわらず、諦めていなかったのだと思います。
「王宮ですか。しかし、貴族の幼いご令嬢が一人で歩き回っていたら、誰かが目撃していてもおかしくはないはずですが……」
ザックの考えもわかりますが、ここは貴族たちが屋敷を構えている地域です。
出歩いている者といえば、用事を頼まれた使用人か屋敷に食料などを運ぶ商人くらいでしょう。
それに、あの妹ですから。
「あの子が大人しく道を歩いているとは思えないわ。まっすぐ王宮を目指して、道なき道を行っていたとしたら?」
お転婆すぎて、木登りすらこなしてしまうそうなので、可能性は高いと思います。
「ここからまっすぐって……あそこは神域の森ですよ!?」
「えぇ。急いだ方がよさそうね」
神域の森は、王宮に隣接するように広がっています。
森と言うには小さいのですが、この森がここにあったから我が国ができたとされており、神域として大切に守られているのです。
神域の森に向かう道中に、妹の姿がないかと周囲に目を凝らしていました。
貴族の屋敷自体は敷地を壁で囲ったりして、警備が厳重ですので入り込むということはないでしょう。
しかし、その家に代々仕える使用人の家などは壁の外にあるのです。
警備の質も屋敷とは格段に落ちますので、迷い込んでもおかしくはないとザックが教えてくれました。
妹ならば、迷い込むと言うよりは、近道感覚で侵入していそうですけど。
さすがに私たちは無理ですので、とにかく森の周辺で探すことにしました。
神域の森も、王宮の延長で警備されておりますので、高い壁に囲まれております。
「さすがにこの壁を登ることはないと思いますが……」
「そうね。祭殿の方に行ってみましょう」
この森は、祈りを捧げる場所として、国民に親しまれている場所でもあります。
祭殿が設けられている一角は、玻璃で仕切られており、森の中が見えるようになっています。
天気のいい日は、玻璃が木漏れ日を反射して、とても幻想的な光景が見られるそうです。
祭殿には神官が常におりますし、隣は警備に当たる軍人の詰所なので、問題が起こることもありません。
人目もあると思いますので、誰かが妹を目撃しているかもと期待しました。
神官様や警備の軍人に尋ねてみたものの、幼い子供が一人でいるのは見ていないと。
もし見かけたら、すぐにライフィック家に知らせて欲しいとお願いして、祭殿を離れました。
「読みが外れたようね」
「ですが、神域の森に入れる場所が二ヶ所、ありますよね?」
ザックの言う通り、神域とはいえ、出入りができる場所はあります。
一つは正門とされている、王族しか通ることのできない場所です。
もう一つは、神域の管理を任されている者たちが使用する場所です。
しかし、本来はどちらも堅く閉ざされているはずです。
「念のため、そちらも確認してからにしましょう」
その言葉に頷いて、馬を駆けさせようとしたときでした。
「ティレニア嬢!?」
突然、名前を呼ばれ、声のした方を見ればカルル様がいらっしゃいました。
「カルル様、御機嫌よう。本日はお祈りにいらしたのですか?」
すぐ側に祭殿があるので、お祈りだろうと思って聞けば、予想外の答えが返ってきました。
「いえ。殿下の命にて、ミーティア嬢の捜索の手伝いを」
カルル様も子供と呼ばれる年齢ですので、お一人ではなく大人の従者たちと一緒です。
まぁ、余分な者もいますけど。
「お前、また妹をいじめたのかっ!」
いまだに自己紹介すらしない失礼男の発言に、ザックの体がこわばりました。
「ザック、あれは無視していいわ。殺気、漏れているの気づいてる?」
「わざとです。ティレニア様がそう仰るなら、手出しはしません」
あちらには聞こえないよう、小さな声でやり取りをしていましたが、どうやらそれも気にくわないようでさらに騒ぎ出します。
この数年で、相手にするだけ無駄だということを学びました。
「カルル様、殿下の命とはいったい?」
「殿下は、ミーティア嬢の行方がわからないことを心配されておりまして、ご本人が探しにいくと言い始めてしまい……」
「まぁ……」
さすがに私も驚きました。
まさか、王子が妹のことをそれほど気にかけていたとは。
「まぁ、陛下方に殿下が動かれてはより騒ぎが大きくなると説得されて事なきを得ましたが、代わりに我々にお願いされたというわけです。私たちなら、ミーティア嬢の顔も知っていますし」
王子が市井に下りられるとなれば、護衛の数も増えるでしょうし、もし犯罪に巻き込まれているのであれば、犯人を刺激しかねませんからね。
止めてくださった陛下方には感謝です。
「妹のためにありがとうございます。カルル様もご用事があって王宮にいらしていたのではないですか?」
「いえ、今日は母の付き添いでしたので。アレは無理やりついて来てしまいましたが」
私が失礼男の存在を丸っと無視するので、最近ではカルル様もそれに合わせてくれるようになりました。
カルル様は事あるごとに失礼男を諌めていますし、私と会わないよう配慮もしてくださるできた方ですのに。
失礼男は、ご友人にもどれだけ迷惑をかけているのか理解できないのでしょうね。
殿下の命があったとしても、カルル様もまた貴族の子息ですので、捜索する範囲は王宮周辺のみと言われているそうです。
ならば、ここは彼らにお任せして、私たちは街に向かうことにしました。
「ティレニア嬢、お気をつけて」
「カルル様も、命があるとはいえ、無茶をなさいませぬよう」
そして別れたのですが、あのまま残っていればと後悔しました。
王子、いろいろとごめんよ(笑)
ヴァシリーはおバカなゆえに書きやすくて気に入ってます(言い方w)