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さすがに、面倒臭いから行きたくないとは言えませんでした。
鬱々とした気持ちは、体を動かすとなくなっていたので、気分を晴らす効果もあるのだと身をもって知りました。
体を動かしていなければ、満足にお昼寝もできなかったかもしれません。
ザックとの訓練、お昼寝、勉強と、考えないようにしていたら、あっという間にお茶会の日が来てしまいました。
いつもより着飾り、母親の隣にいるというのは落ち着かないものですね。
そもそも、母親とこうして出かけるのも初めてではないでしょうか。
「ミーティアも一緒に連れていきたかったわ」
そう呟いた母親に、私は何も返しませんでした。
父親に口うるさく言われたではありませんか。
王妃様の招待状が届いたことを知った妹は、自分も行きたいと主張しました。それはもう、以前と同じく父親につきまとい、おねだりを繰り返す妹でしたが、父親はけっして許しはしませんでした。
そこで、妹は自分に甘い母親に訴えたのです。
母親は父親を説得しようとし、逆に父親から怒られてしまったらしいです。
招待状は私宛てで、子供だけでは不安にさせるので母親もご一緒に、というようなことが添えられており、母親は付添人なのだと。
父親は、王妃様に無礼をはたらく気かと、母親を威圧していたとスチュアートが言っていました。
それでもなお、私が望んでいると言えば、王妃様も無下にはされないはずですと食いついた母親。
父親はしつこい母親に、切り札としてあのことを詳細に説明したのです。
妹が王宮に行ったあの日。王子様に会いたいと癇癪を起こし、壊したもろもろの賠償にあてた金額を聞いて、ようやく母親も諦めました。
そんな妹ももう五歳。落ち着き始めるかと思いきや、変わる様子はありません。
「令嬢たる自覚を促すようなたしなみをさせてはどうですか?」
まぁ、私は刺繍なんてしようものなら、即お昼寝してしまいますけど。
「ミーティアは動き回っているときの方が、生き生きしていて可愛らしいもの」
母親も貴族の娘として、何が必要かくらいは理解しているでしょうに。
それとも、自分ができなかったからこそ、妹にやらせてあげたいと思っているのかしら?
でも、将来苦労するのは妹なんですけどね。
王宮に到着すると、王妃様付きの侍女が迎えに来てくれました。
彼女についていくと、私も来たことのない、王宮深部の部屋に案内され、室内にはすでに二人の女性と王子がいらっしゃいました。
「お招きありがとうございます。サウィナ・ライフィックと娘のティレニアにございます」
「よく来てくださいました。サウィナ様とはいつぶりかしら?」
生成色の清楚なドレスを着た美女が王妃様のようです。
母親と少し会話してから、私へ視線をくださいました。
「お目にかかれて光栄です。ライフィック家の長女、ティレニアでございます」
「ティレニアさんにずっとお会いしてみたかったのよ」
と、美しい微笑みをくださった王妃様。
王子が言っていたことは本当だったのですね。
席に着く前に、もう一人のご夫人を紹介されました。
ラヴェンチ伯爵夫人、つまり、カルル様の母君です。
「いつぞやは、息子が大変失礼をいたしました」
「謝罪はカルル様からいただいておりますので、お気になさらずに」
それに昔のことですし、私自身、もう忘れかけていました。
まぁ、王子と一緒にいる、あの失礼な男の子を見ると思い出してしまいますが。
「ティレニアさんは、ねこ様と仲がよろしいのでしょう?どうやって仲良くなったのか、教えてくださる?」
王妃様にそう問われたのですが、どうやってと言われても説明ができません。
「特別に何かをしたわけではないのです。ただ、お昼寝をご一緒させていただいただけで……」
それより、ねこ様の話題になったとたん、王子が緊張しているように感じるのですが。
「殿下、大丈夫ですか?」
「……あのときを思い出してしまって」
あぁ。ラヴェンチ伯爵夫人が謝罪し、王妃様がねこ様の話をしたことで、ねこ様に威嚇されたときのことを思い出されたようです。
王子にとっては苦い思い出になってしまいましたね。
「ふふふっ。あれ以降、グリードもすっかりいい子になってしまったわね。ねこ様のおかげかしら」
「うちのカルルも同じですわ」
上品に笑い合うお二人ですが、子供の成長を喜ぶ気持ちが強いのだと思います。
王子も恥ずかしそうに母上とねめつけていますが、王妃様には敵いません。
我が家とは違い、良好な親子関係だということが伝わってきました。
「それで、ティレニアさんは王宮でお昼寝以外、何かなさっているのかしら?グリードはお友達ができてから、めっきり相手してくれなくて」
「殿下はよき王になろうと励んでおられるようですから。わたくしも、エリセイ様に魔法を教わっているのですが難しくて」
エリセイ様のお名前のせいか、皆様が驚いておられます。
しかし、母親も驚いているのはなぜでしょう?
父親から聞いていないのですか?
「もしかして、もう魔法が使えるのかしら?」
「まだ安定しておりませんので、エリセイ様がいらっしゃるときだけという条件でなら」
「エリセイ様の弟子、ということでしたら、その歳で魔法が使えるのも納得ですわ」
私の答えに、ラヴェンチ伯爵夫人がそう仰いましたが、弟子なのでしょうか?
どちらかと言えば、先生と教え子ですけどね。
エリセイ様が穏やかで優しい性格をしていますので、師匠って感じがしないのです。
師匠と言えば、ザックのお師匠様のような破天荒な印象ですし。
王妃様が気さくに話題を振ってくださるおかげで、楽しくおしゃべりをしているときでした。
静かに現れた侍女が、王妃様に何か耳打ちをして雰囲気が変わったのです。
「サウィナ様、ライフィック家から至急の使いが来ているそうよ」
それだけで、我が家で何かあったことがわかります。
母親は王妃様に断りを入れ、席を外しました。
「悪いことでなければよいのだけど……」
と、王妃様も案じてくださっていましたが、母親が戻ってきてもたらされたのは、一大事の報せでした。
青ざめた母親がなんとか絞り出して、王妃様に告げます。
「ミーティアが……末の娘の行方がわからないと。大変申し訳ございませんが、わたくしたちはここでお暇させていただきたく」
「まぁ!わたくしたちのことは気になさらず、すぐにお戻りなさい」
王妃様のご厚意に甘え、礼だけをして急いで屋敷に戻りました。
◆◆◆
「スチュアート!どういうことなの!」
母親は出迎えたスチュアートを睨みつけます。
「申し訳ございません。ミーティアお嬢様は庭で遊ばれていたのですが、側付きが離れてしまったせいで……」
「お母様、落ち着いてください。それで、捜索にどのくらいの人数を出しているの?」
ただ騒ぐだけでは、状況を把握できません。
スチュアートによると、陣頭指揮は父親がとっているとのことだったので、問題はないでしょう。
屋敷にいる使用人も最低限を残し、みんなが探しに出ているそうです。
それに、都にいる配下と含みのある言い方をしていたので、何かしらの力を使っているのかもしれません。
「ザックを呼んでちょうだい。わたくしも探しに出ます」
「危険です。ティレニアお嬢様まで何かあっては……」
「そのための護衛でしょう。それに、ミーティアを知っている者が探した方が早いわ」
私の意思が固いとわかったのか、スチュアートが引き下がりました。
母親は私が妹を探しにいくことを不審がっていましたが、今は説明している暇はありません。
自室に戻り、街に出る準備を整えます。
侍女のカーチェが用意してくれた服は、本当に質素な、平民が着る服だそうです。
着替えをしながら、妹がいなくなったときの状況を説明してもらいました。
側付きが離れたのは、妹が果実水を飲みたいと言ったからだそうです。
もちろん、事前に用意していたものがあったのですが、桃の果実水の方がいいと言われたため、厨房まで取りにいった隙にいなくなったと。
それで、妹が狙ってやったのではないかと思いました。
我が家の警備に穴があったのかもしれませんが、警備が厳重な貴族の屋敷に明るい時間から忍び込んで、折りよく側付きがいないときに誘拐できるとは思えません。
妹が自ら出ていった可能性の方がはるかに高いのです。
着替えが終わると、ザックがいろいろなものを持ってきました。
靴、帯革、髪飾り、指輪、見たことのないくらい小さなナイフ。
「これらにはすべて、暗器を仕込ませてあります。非常時には、自分の身はご自身でお守りください」
「あら、ザックが守ってくれるのではないの?」
「もちろん、全力でお守りしますよ。しかし、戦いにおいては絶対ということはありません。最悪の場合を想定してのことです」
確かに、私が人質になったりしたら、ザックは思うように戦えなくなりますね。
ザックの忠告を受け入れ、暗器が仕込まれているという装飾を身につけていきます。
靴底の側面に隠しナイフ、帯革には太い針、髪飾りには細い針、指輪には突起状のものがついていました。
簡単に使い方を教わり、指輪は見た目にそぐわないので隠しの中に入れて、必要なときに使うことにします。
「さて、我が家のお姫様を探しにいきましょう」
「お嬢様もお姫様だということをお忘れなく」
ザックにそう返されましたが、私はお姫様と呼ばれるにあたいする人格ではないですよ。