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時が経つのは意外と早いもので、季節が変われば私は九歳になります。
ザックに教えを乞うようになって二年以上になります。
体力もつき、できることも増えました。
しかし、いまだに泥のように眠ることができません。
ザックの教え方が上手いのでしょう。
最初の日以来、限界まで動くことはなかったように思います。
まぁ、寝つきは凄くよくなったので、成果がないわけではないのですが。
よかったことはもう一つ。
体を動かすようになって、自分の魔力を感じることができるようになったのです。
最初はむずむずとしたものだったため、何かにかぶれたのだろうと思っていました。
今思えば、むずむずしていたのは肌ではなく内部ですね。
何気ない会話から、エリセイ様が気づいてくれました。
体を動かすようになり、魔力も一緒に循環しているのだろうと。
当時は、体を動かすことと魔力がどう関係しているのかわからなかったのですが、今なら理解できます。
人は無意識に、体を動かすときにも魔力を使っているからです。
そのため、エリセイ様から本格的に魔法を教えていただくことになりました。
私はお昼寝が好きということもあり、魔力がすでに平均以上あるとのこと。
その状態で、無意識に魔力を使っては危ないとエリセイ様が仰ったのです。
「エリセイ様は、いつご自身の魔力に気づかれたのですか?」
ふと、気になって尋ねてみました。
「僕は五歳だったと思います。ちょっと記憶があやふやで。でも、学園に入るまでは、毎日が凄く楽しかったことは覚えていますよ」
エリセイ様の幼少期ですか。
楽しかったということは、私のようにお昼寝ばかりではなさそうです。
「どのようにお過ごしだったのですか?」
「とにかく寝る子だったけど、起きているときはたくさん本を読んで、気になったことは外に調べにいって。退屈なんて感じたことはありませんでした」
図鑑に載っている虫を見つけたら、ずっと観察して、気づけば庭先で眠っていたり。屋敷を抜け出して、街を冒険しているうちに迷子になって、公園で寝こけていたり。
なかなかやんちゃな幼少期をお過ごしだったようです。
私と違い、体を動かしていたおかげで、魔力に気づくのも早かったのですね。
「ですが、どうして体を動かすと魔力も動くことが知られていないのでしょう?」
『よく眠る子供は大成する』という言葉を誰しもが知っているように、このことも知られていておかしくはないと思うのです。
「僕たちのように、好きなだけお昼寝ができるのは貴族だからです。平民にとって、子供も働き手ですから、高い魔力が育つほどお昼寝させてあげられないのが現状です」
収穫期になると、夜通し働いている農村もあると聞いたことがあります。
ですが、農村に限ったことではないのですね。
「そして、貴族は嗜みとして以外、体を動かすことをしません。つまり、知っていても実感できる状況が少ないので、広まらなかったのですよ」
私もザックから教えてもらうまで、体を動かすといったら礼儀作法を学んでいるときくらいしかありませんでしたね。
「ですが、貴族の子息は剣術などを学ばれるのでしょう?」
現に王子やその側近候補たちも六歳から剣術を学んでおり、まだ幼いながらも将来は有望だと言われているようです。
父親の弁なので、どこまで本当かはわかりませんけど。
「貴族の子息が全員というわけではありません。国境に面している領地を持つ貴族か、王族に近しい高位貴族のみです」
そして、王族や高位貴族は、修めなければならないことが多いので、魔力が育ちにくいそうです。
「だから、僕たち魔法師がお仕えしているんですけどね」
エリセイ様が言うには、下位貴族や裕福な商家の後継でない者が魔法師になることが多いと。
「ティレニア様も魔法師に向いていると思いますよ」
そう言われて、それもいいかもしれないと思いました。
貴族の女性が働くことは少ないですが、あるにはあるのです。
もちろん、一番は家のために嫁ぐことですが、我がライフィック家は血筋にこだわっていません。
もし、妹が王子に嫁ぐ、なんて奇跡が起これば別ですが、ライフィック家に相応しい者が現れるまで、働くというのも面白そうです。
私が興味を示したのがわかったのか、本格的に魔法を学んでみませんかと言われました。
しかし、エリセイ様は国一番の魔法師です。お仕事も忙しいのに、これ以上私の世話をさせるわけにはいかないと断りました。
「今まで、楽しくおしゃべりしていた時間を勉強の時間に変えるだけです。最初のうちは、基本ばかりですので退屈かもしれませんが、眠たくなったら今まで通りお昼寝してください。魔法師に大切なのは、何よりも魔力ですから」
と諭されては、強く断ることができませんでした。
ですが、そのおかげもあって、今では簡単な魔法を使うことができるようになりました。
エリセイ様が側にいないときは、使うことを禁止されていますけど。
魔力を循環させると、体が軽くなるし、ぐっすり眠れるので、とても重宝しています。
◆◆◆
いつも通り王宮に来ると、なぜか王子ご一行に捕まりました。
「ティレニア嬢、久しぶりだな」
「お久しぶりでございます、殿下」
しばらく見ないうちに、品格が出てきたように思います。
「相変わらず、ねこ様とご一緒なのか?」
「はい。今日もこれからお昼寝をご一緒させていただこうと」
今日はエリセイ様がお仕事でいらっしゃらないので、ねこ様たちとたくさんお昼寝する予定なのです。
「そうか。これから母上のお茶会があるので、ティレニア嬢もどうかと思ったのだが……」
王子の母親ということは、王妃様ですよね。
王妃様のお茶会に、招待されていない私が一緒になどと、本気でしょうか?
「お誘いは嬉しいのですが、王妃様に招待されていない私がご一緒するわけには参りません」
「いや、母上がティレニア嬢に会ってみたいと言っておいでだったから」
王子は母親の願いを叶えたいというお気持ちだったのでしょうが、だからといってついていってしまえば、礼を欠くことになります。
「いずれ、お会いできると思います」
今はまだ、社交に関わっていませんが、学園へ入れば嫌でも関わらずにはいれません。
あそこは小さな社交場とも呼ばれているようですし、適齢期になれば公式行事にも参加させられるのですから。
「相変わらず、失礼な奴」
小さな声で呟いたつもりでも、聞こえていますよ。それとも、わざとでしょうか?
カルル様に叩かれていますが、この方も成長しませんね。
他の皆様は、王子の側近候補として励んでおられるというのに。
「礼を欠いたのは私のようだ。今度、正式に招待させて欲しい」
この王子の、王族としての態度は油断なりません。
以前を思うと、ずいぶん成長されましたが、やりづらい相手にもなってしまいました。
「えぇ。そのときにはぜひ」
だって、王族に相応しい態度でこられると、私も侯爵令嬢として振る舞わねばなりませんから。
ライフィック家の名を汚すことがないよう、気を張るのは疲れるのです。
そんなやり取りがあった数日後。
我が家に王妃様からの招待状が届きました。
王妃様が主催するお茶会に母親と私を招待すると。
王子、できればもっと期間を空けていただきたかったです。
いつも、誤字報告ありがとうござますm(_ _)m
なんか、だんだんと王子が不憫になってきた……。