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朝食を終えると、スチュアートが旦那様がお呼びですと、迎えに来てくれました。
お願いした件のことだと思います。
それよりも妹が飛び出していったのですが、放っておいていいのですか?
朝食を食べてすぐに動けるというのは、我が妹ながら凄いです。
私には無理です。苦しくて動きたくありませんから。
食後のお茶を楽しみながら、妹の行く先が少し不安になりました。
先日までは、王子に感化されたのか、王子様のお嫁さんになるっと意気込んでいましたのに。
使用人たちの、殿下に相応しい行動をという小言のせいで、諦めてしまったのでしょうか?
できれば、王子のお嫁さんを目指して、おしとやかになって欲しいです。
スチュアートに付き添われて、父親の執務室へ向かいました。
許可を得て入室すると、見たことのない少年がいたのです。
少年と言っても、青年になる前といった感じですので、私よりもずっと年上ですが。
「ティレニア、彼がお前に護身術を教えるザックだ」
そう紹介された少年は、人当たりのよい笑顔で、よろしくお願いいたしますと頭を下げました。
日に焼けた肌は平民のように見えますが、振る舞いに品があります。
「失礼ですが、ザック様はおいくつですか?」
「使用人のようなものですので、どうぞ、呼び捨てください」
教えていただく身ですから、呼び捨てはどうかと思いますが、本人が望んでいるなら仕方ないですね。
「わかりました」
「それと、僕の歳は十三になりますが、小さい頃より一通り仕込まれておりますので、ご安心ください」
仕込まれているという言い方に違和感を覚えましたが、選んだのは父親です。信じましょう。
「ザックはお前の護衛も兼ねる。実力は私が保証しよう」
軍人の長である父親がそう言ったということは、若いのにかなり強いことがうかがえます。
「ザック、よろしくお願いいたします」
「はい。では、早速参りましょう」
急なことに驚きました。
私、食事したばかりなんですけど。
スチュアートも、その前にお召し替えを、なんて言っていますし。
「今日は、お嬢様がどれだけ動けるのかを見るだけですので、安心してください」
それは安心なのでしょうか?
とりあえず、やるしかないですね。
◆◆◆
動きやすい服に着替え、ザックと一緒に庭に来ました。
「まずは、怪我をしないよう軽い運動から始めます」
真似をしてくださいと言われ、ザックの動きを見て、同じように動きます。
腕を伸ばしたり回したり、足を曲げたり飛び跳ねたりと、それだけでも息があがりました。
「では、全速力で走ってください」
言われるがまま、庭の端から端まで走ります。
全速力と言われましたが、途中で呼吸が苦しくなり、歩くのと変わらない速さになってしまいました。
「座り込まずに、呼吸を整えてください」
す、座ってはいけないのですか。
足が震えてしまっているのですが……。
ザックは優しそうな見た目をして、とても厳しい方でした。
全速力で走ったあとには、どんなに遅くてもいいので走り続けることをやらされたのです。
足がもつれて転びそうになったときは、いつの間にか側にいて支えてくれましたが。
それよりも、まだ走らないといけませんか?
ザックに励まされながらも走り、本当に足が動かせなくなるまでやらされました。
「お嬢様は運動が苦手のようですね」
「苦手というか、こんなにたくさん動いたのは初めてです」
走ることしかしていませんが、真剣な表情のザックに言われました。
やはり、私には向いていないのでしょうか。
「そうでしたか。では、少しずつ体力をつけていきましょう。それと並行して、体を柔らかくしてきます」
「体を柔らかく、ですか?」
体のどこを柔らかくするのだろうと首を傾げると、彼は手本を見せてくれました。
立ったまま上半身を前に倒せば、顔が足につきそうになるほど深く曲がり。足を広げれば、そのまま下がっていき横真っ直ぐに。
「体が柔らかくなると、動かせる範囲が広くなるのです。そうすると、変わった動きもできるようになりますよ」
すると、ザックは上半身だけを後ろに倒し、片手をついたと思ったら、素早く足を蹴り上げた上に体を捻って元の体勢に戻ります。
「敵の攻撃を避ける際に大きく動きすぎると隙になりますが、意表を突くこともできるのです」
確かに、戦い半ばで変な動きをされたら驚くでしょう。
しかし、これほど身軽に動く私、というものが想像できません。
体を柔らかくする方法を教えてもらい、毎日することを約束させられました。
私が上半身を前に倒しても、指先すら地面につかないので、先は長そうです。
そのあとは、護身術が具体的にどういったものかを見せてもらいました。
襲いかかってくる敵の攻撃を上手くかわす技術だそうです。
掴まれた腕を解く方法、後ろから抱きつかれたときの対処法、縛られた縄から抜け出す方法など、たくさんありました。
「一番確実なのは、急所を攻撃することです。例えば、目に向かって砂を投げつけたり、頭を何かで殴ったり。男性だと特に効くのがここです」
ザックが示したのは、普通なら口にするだけではしたないと言われてしまう場所でした。
「そこを攻撃するとどうなるのですか?」
「お嬢様には想像もつかないくらいの痛みで、悶え苦しみます」
ザックは経験したことがあるのか、思い出すだけで苦しい顔をしています。
そんなに苦しむのなら、やらない方がいいのではと言ったら、自分の身が危ないときに敵の心配はいらないと言われました。
それもそうですね。
そして、それらを見せられたからには、私ができるようにならないといけないってことなのでしょう。
早まったかもしれないと、少し後悔していると、使用人のカーチェがお昼だと呼びにきてくれました。
意外にも、結構時間が経っていたことに驚きです。
せっかくなので、ザックと一緒に昼食をいただきましょう。
昼食を一緒にと言うと、ザックはとんでもないと拒否されてしまいました。しかし、スチュアートに協力してもらって、なんとか席に着けさせることに成功したのです。
食事をしながら、ザックがどこで育ったのかなど、幼い頃のことを尋ねました。
すると、ザックが師匠と敬う方の話をしてくれました。
その師匠は凄い方で、師匠について国内だけでなく、他国も旅をしていたそうです。
「師匠はおかしいと言いますか、変な人なんです」
口ではそう言いつつも、思慕が感じられました。
本来なら、ザックはその師匠と旅をしていたかもしれません。
父親の命令があったとしても、師匠のもとを離れて来てくれたのだと思うと、申し訳なく感じると同時に、頑張らないととやる気も出てきたのです。
昼食後、ザックは自分の鍛錬をすると言うので、見学することにしました。
まだ大人になっていないザックが扱うには、少し大きい剣を操る姿に美しいという言葉しか出てきません。
不釣り合いのように見えて、剣が体の一部だと錯覚するほど、自由自在に動かしています。
そういえば、ねこ様と共に戦う勇者様のお話がありましたね。
ザックを見ていると、その話を思い出しました。
ザックの隣には、ゆき様よりらい様の方が似合いそうです。
「……様。お嬢様」
いつの間にか眠ってしまったようで、ザックの声で目を覚ましました。
「そろそろ屋敷に入られた方がいいですよ」
まだ陽も出ていて暖かいので、外でお昼寝をしていたいのですが。
私が不満に感じているのがわかったのか、ザックは優しく諭してきました。
「今日はたくさん動いたので、お嬢様に自覚がなくとも、体は疲れているのです。寝台で寝る方が、体も休まります」
多少の違和感は、疲れが原因なのでしょうか?
今日は初めてのことだらけだったので、精神的にも疲れているのかもしれませんね。
ここは素直に、ザックの言うことを聞いた方がよさそうです。
「わかりました。部屋でお昼寝することにします」
鍛錬を終えたザックと一緒に屋敷に戻り、部屋に着くとすぐにベッドの中に潜り込みました。
普段よりも眠いと感じるのは、体を動かしたおかげですね。
結局、お昼寝どころか、翌朝まで起きることができませんでした。