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ゆき様は、本日もお姿が見えませんでした。
ですので、エリセイ様に相談しに来たのです。
すると、縄張りの見回りに行っているのだと教えていただきました。
ねこ様は神の眷属ですので、国を守ってくれているとも言われています。
つまり、ゆき様の縄張りはこの国ということです。
国中を見て回るのであれば、長期間いらっしゃらないのも頷けます。
そして、同じく王宮にいるらい様も、別の時期に見回りをしているのだろうと。
らい様は滅多に人前に姿を見せないそうなので、憶測にすぎないそうですが。
ゆき様とらい様は番、もしくは兄弟で、この国を縄張りにしているのだと思われているようです。
すべてが憶測なのは、それほどねこ様のことが判明していないからだとか。
エリセイ様の部屋には、ねこ様に関連する本がたくさんあります。
魔法が専門のエリセイ様ですが、ねこ様のことを調べるのが趣味なんだそうです。
エリセイ様は本当に博識でいらっしゃるので、お話を聞かせていただくのが楽しみなんです。
ねこ様のお話を聞かせていただいていると、どなたかが訪ねてこられました。
扉のところで何かやり取りをしたあと、戻ってきたエリセイ様が申し訳なさそうに言います。
「急な仕事が入ってしまいました」
普段、エリセイ様がどんな仕事をしているのかは知りません。
守秘義務があるようですので、エリセイ様から語らない限り、私から尋ねたことはないので。
エリセイ様が仕事に向かわれるなら、私はお暇しましょう。
そう伝えると、なぜか引き止められました。
「本当にこの部屋にいてもらってもいいんですよ?」
遠慮しないでくださいと言われましたが、さすがに主がいない部屋でのうのうとお昼寝はできません。
「いえ。せっかくですから、図書館に行ってみようと思います」
王宮の図書館には、たくさんの本が揃っているそうです。
図書館の一階部分は、王宮に入れる者であれば誰でも利用できます。
地下一階は、利用許可が下りた貴族のみが閲覧できる希少本が揃っていて、地下二階は陛下のみしか入ることができないそうです。
なんでも、歴代の国王陛下が残したという日記が保管してあるとか。
国政に関わるものから夫婦喧嘩の愚痴まで、人に見られてはいけないことが書いてあるそうです。
エリセイ様がそれを知っていることが不思議なんですけど。
「そうですか。では、ティレニア様用の寝具を使うのは、また次の機会ですね」
エリセイ様が気落ちしていますが、彼の部屋に押しかけている私のために、大きなクッションを購入してしまったのです。
蹲って寝れば、体がすっぽりと入ってしまうくらい大きいものなんですよ。
「私のために用意してくださったのは嬉しいのですが、お邪魔している身なので、お金を使わなくても……」
「でも、今話題になっている人を駄目にする寝具ですよ?」
実はエリセイ様には言っていないのですが、これにも私が噛んでいます。
ちょっと寝転がりながら本が読みたくて、できればそのままお昼寝もしたくて。
それを叶えられるものを、と商人を通して枕職人に依頼したのです。
あの柔らかさを出すのに、だいぶ苦労しました。
体を包み込むくらい柔らかく、だけど体を支えられる固さも持つという、相反する感触を求めたのですから。
ですので、我が屋敷のお昼寝場所すべてに置いてあります。
費用は我が家が持ったのですが、だからと言って利益が入ることはありません。
父親が、お金よりも恩を売っておけと言ったからです。
意味がよくわかりませんでしたが、家令のスチュアートが私のおかげで融通が利くようになりましたと言っていたので、損はしていないようです。
「我が家にもありますので」
エリセイ様は、お昼寝が好きな私だから買ってもらったと思ったようです。
侯爵家なら、手に入らないわけないですよねと笑っていました。
仕事に行かれるエリセイ様をお見送りして、図書館に向かうことにします。
◆◆◆
図書館に一歩入ると、独特な匂いに包まれました。
紙とインクの匂いです。
たくさんある本棚にはびっしりと本が並べられており、中央部分には寛ぎながら読書ができるよう、机やソファーが設置されています。
その中でも一番大きな机に、知っている方々がいらっしゃいました。
皆様、一様にうつ伏せています。
本を枕代わりにするのは、いかがなものかと思いますが。
それにしても、皆様がお昼寝しているのを始めて見ました。
困惑していると、護衛の方が利用されるならどうぞと声をかけてくれました。
「こんなところでお昼寝とは珍しいですね」
いまだに、父親が定期的に殿下の様子を報告してくるので、お勉強などで忙しくされていることは知っています。
「経済を学ぶ前に予習をされていたのですが、剣術の指導が厳しかったようで」
小さな声とはいえ、会話をしていても誰も起きないのは、とても疲れているからなのですね。
「剣術とは、そんなに大変なのですか?」
代々、国家元帥を務めているライフィックの者としては、恥ずかしい質問なのかもしれません。
ですが、皆様が剣術の鍛錬されているのを見て、気になったのです。
「そうですね。まだ幼い殿下方にとっては、とても大変だと思います。私も覚えがありますが、体力がつくまでは、とにかくたくさん食べて、泥のように眠っていました」
護衛の彼も、王族の護衛を務めているのですから、とても強いのだと思います。
しかし、強くなるために、並ならぬ努力をされたのでしょう。
懐かしいというように目を細め、皆様を見つめるその眼差しは温かく優しいものでした。
結局、私は図書館で本を読むことを諦めました。
護衛の方は気にしなくてもと仰ってくれましたが、お昼寝の邪魔になってしまうのが嫌だったのです。
いつもならとっくにお昼寝をしている時間なので、少し疲れてしまいました。
どこでお昼寝をしようか悩み、ゆき様と初めて会った東屋にすることにしました。
ねこ様がいらっしゃらないお昼寝はなんとなく寒く感じます。
縮こまるようにして寝ていると、お腹の辺りが温かくなりました。
なんだろうと思って、重い瞼を開けると白いものがありました。
「……ゆき様」
「なぁーん」
たぶん、ただいまと言ってくれたんだと思います。
「お帰りなさいませ」
ゆき様を撫でようとしたら、ゆき様の方から頭を擦りつけてくれました。
そして、ごそごそと動き、私の腕の中に来ると、腕に頭を乗せて寛いでいます。
やはり、ねこ様とのお昼寝が一番気持ちいいですね。
ゆき様とのお昼寝を満喫して、屋敷に帰る馬車の中。
私は父親にお願いすることにしました。
「お父様、私も何か戦う術を学びたいです」
「……どうしたのだ、急に?」
いつものように無表情ではありますが、声に動揺が感じられました。
王子たちが剣術の鍛錬に疲れて寝ている様子を見て、護衛の方が言っていた、泥のように眠るというのを経験したいことを説明しました。
「確かに、厳しい訓練をこなすと、夢も見ずに、気がつけば朝だったということも多いが」
父親は経験ずみなのですか。
父親が言うには、眠っていた時間が一瞬に感じるそうです。
それは残念な気もしますが、やはり一度は味わってみたいものです。
「しかし、厳しい訓練を受けるにはまず、基礎と体力がなければ話にならない。すぐにできるものではないが、いいのか?」
まぁ、そうですよね。
妹と違って、走ったことすらない私ですから、しっかりと準備を行わないと怪我しそうです。
「お昼寝のためです。覚悟はできております」
「お前の、寝ることに対する執念はなんなんだ……」
あら。眠っている間は、何も煩わされることがなく、すべてから解放される至福の時間ではないですか。
その時間をより上質なものにしたいと思うのは普通でしょう?