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『寝る子は育つ』という言葉があります。
我が国では『よく眠る子供は大成する』と言います。
生き物が眠りにつくのは、神のご加護が得られるからだと信じられているためでしょう。
事実、十歳になるくらいまで、よく眠る子供は魔力量が増えることが判明しています。
ですから寝坊しても、居眠りしても怒られることはありません。
というわけで、おやすみなさい。
両親が心配になるくらい私は寝続けました。
赤ちゃんのときは、授乳のときくらいしか起きていなかったような気もします。
寝てばかりで、さぞ手のかからない赤ちゃんだったことでしょう。
母親が心配になり起こせば、ぐずり、癇癪を起こしてから寝るという、困ったちゃんでもありましたが。
部屋の調度品は立派で、両親は美男美女で、召使いがいるということから、いいところのお家だろうとは思っていました。
実際は、貴族だったことに驚きはしなかったものの、面倒臭いとは思いましたよ。
だって、貴族ってお勉強や習い事が大変でしょう?
お勉強が始まると、家庭教師の先生の声を聞いているうちにいつも眠ってしまいます。
二度寝もそうですが、居眠りも気持ちよく眠れますよね。
もちろん、勉強中に居眠りしても怒られることはないので、安心して眠れます。
眠りの時間が長いこともあり、両親とのふれあいがないので気づかなかったのですが、母親が妊娠していました。
つまり、弟か妹が生まれるわけですね。
そのときは気にしていなかったのですが、生まれてからが大変でした。
私とは違い、妹は大層手のかかる子だったのです。
食欲旺盛でよく泣き、なかなか寝つかない。
家の者たちは、大変ながらも楽しそうに世話をしています。
子育ては本当に大変ですから、やりがいを感じられているのはいいことだと思います。
ですが、できれば早く泣き止ませてくれませんか?
うるさくて眠れません。
赤ちゃんに泣くなと言うのは、無理なのは理解しています。
なので、父親に直談判しましょう。
「お父様、お願いがあります」
「どうした?」
父親は、突然現れた私に驚いています。
この時間に起きているのが珍しいからでしょうか?
「泣き声がうるさくて眠れません。部屋を変えてください」
「ティレニア、あの子はまだ赤ん坊だ……」
父親がまだ言葉を続けようとしましたが、私は自分の要望を伝えます。
「窓がない部屋が好ましいですが、なければせめて北向きの窓にしてください。それと、寝台の天蓋の幕はもっと分厚い生地のものにしてください。あと、新しい枕も欲しいです」
今の部屋は東側に窓があって、太陽が昇り始めると、容赦なく光が当たるのが嫌です。
カーテンはあるものの遮光性はほぼないし、ベッドについている天蓋だって可愛いだけの飾り。
この際だし、私の安眠を妨害するものは、徹底的に排除させていただきましょう。
「……ティレニアが部屋を移るつもりなのか?」
「安眠できる部屋があれば、今すぐにでも」
父親は勘違いしたのでしょう。
私が妹の部屋を移せと言っているのだと。
「わかった。好きにしなさい」
父親の許可が下りました。
我が家の家令であるスチュアートが早速準備してくれるらしいので、私は図書室でお昼寝でもして待つことにします。
陽が完全に傾いたころ、用意ができましたと、新しい部屋に案内されました。
住み込みの使用人たちの住居区に近いその部屋は、すでに薄暗く、明かりが灯されています。
妹の部屋は遠く、北向きの窓、天蓋の幕は濃い藍色の布に変えられており、完璧です。
枕は明日、商人が屋敷に来るので、好きなものを選んでいいと。
これで、耳栓も目隠しもしなくていいようになります。
久しぶりの安眠。ぐっすりとよく眠れました。
泣き声にも、朝日にも邪魔されない目覚めです。
遅めの朝食を食べていると、商人が到着したと知らされました。
食べ終わってからでいいと言われたので、しっかりと味わっていただきます。
「ティレニアお嬢様、本日は枕をご希望とお伺いしましたが」
我が家御用達の商人はたくさんの枕の他にも、ぬいぐるみや毛布なども用意していました。
「えぇ。もう少し高さと固いのが欲しいの」
要望を伝え、いくつか枕を選んでもらいました。
固さを確かめ、実際に頭に当ててみたりして、好みに近いものを探し出します。
残念なのは、すべて形は同じっていうところですよね。
せめて、頭の形に合わせたものがあるといいのですが。
「これは何かしら?」
見た感じ、猫のぬいぐるみに見えます。
脚を伸ばして、くてーっとしている猫です。
「どうぞ、お手に取ってみてください」
商人にすすめられて、大きなぬいぐるみを持ち上げてみました。
意外と毛並みがもふもふしていますね。
中身もしっかりしていて、弾力もあります。
そして何より、ふわりと香ってくる匂いがいい匂いです。
「いい匂いですね。なんだか落ち着きます」
「そちらは心を穏やかにする効果がある香りを発する枕なのです。ねこ様のお姿なので、より癒されることでしょう」
確かに可愛い猫さんなので、ぬいぐるみとして置いていてもいいと思います。
「あと、こちらもございますよ」
そう言って出されたのは、小さな猫のぬいぐるみでした。
脚を体の下に入れて、背中を丸めている猫。
こうやって使いますと、商人が使い方を見せてくれたのですが。
「好きな形に変えることができます」
脚が体を伸ばしたり、丸めたりと、いろいろな体勢を再現できるようです。
「もちろん、香りもついていますし、持ち運べる枕として利用もできます」
「それもいただきますわ」
即決です。
そういうのを求めていました。
好みに近い枕と、大小の猫枕を買いました。
ついでなので、理想の枕がないか聞いてみることにしました。
首を支えるように、高さと固さがあり、頭の部分は少し下がっていて包み込む感じの。
枕を使って説明すると、商人は見たことがないと言いました。
「枕職人に相談してみましょう」
「もし完成したら、一番最初に教えてくださいね」
商品化に成功すれば売れそうだと笑う商人。少し悪どい顔になっていますよ。
枕も揃い、安眠環境が整いました。
明日は家庭教師の先生が来るので、小さい猫の寝心地を確かめることにしましょう。
◆◆◆
先生が、おめでとうと言ってきました。
妹が生まれて、おめでとうと。
私はありがとうございますと返しました。
「お姉様になられたのですから、お勉強も頑張っていきましょうね」
頑張る気持ちはありますが、寝る方が大事です。
お勉強と言っても、簡単な読み書きと子供向けの神話や歴史の読み聞かせです。
短いお話でも、私はすぐに寝てしまうので、終えるまでに十日かかったりもします。
睡眠学習のおかげか、一度教えてもらったことはすぐに覚えることができました。
それでも、他の子供に比べたら遅れているでしょう。
今日もこの国の歴史のお話です。
前回の続きからでしたが、先生の朗読はとても気持ちよくて、すぐに睡魔がやってきます。
小さな猫を腕にかぶせるようにして、寝る体勢に。
あの香りを嗅いでいると、あっという間に瞼が落ちました。
終わりの時間になり、先生に起こされます。
「先生は、私が寝ている間は何をされているのですか?」
与えられた時間のほとんどを居眠りしてしまう私ですが、先生はつまらないのでは?と疑問に思って聞いてみました。
「今日はこちらを読んでいました」
先生の手には、何かの論文みたいな本がありました。
読書をしたり、刺繍をしたりと、自分の時間を楽しんでいると仰ってくれました。
先生としても、有意義な時間を過ごせているようでよかったです。
「なので、気になさらないでね。たくさん眠ることは、とてもよいことなのですから」
お嬢様の将来が楽しみですと、先生は言う。
私としても、早く魔法を使ってみたいけど、自分がどのくらい魔力があるのかもまだわからないのです。
ですから、今はひたすら寝て、できるだけ魔力を増やすのです!
そうそう。小さな猫の寝心地は、なかなかでした。
机にうつ伏せで寝るよりも、首に巻いて寝た方がよかったかもしれませんが。
お出かけの際には、重宝しそうです。
ストックがあるうちは、週2更新となります。