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第2章 「満月の夜の祝福」②

 放送部の取材ため、マイラ夫人のドレス工房へやってきたリルファーナとテンマ。


「ちゃんと顔をお上げなさい、放送部のお嬢さん!」


「は、はいっっ!」


「な、なんで……僕までっ!?」


 ぜひ、お楽しみください。

「はじめまして。この店の支配人のマイラと申しますわ。以後、お見知り置きを――」


 年齢はコレットと同じくらいだろうか。

 まるで夜会の主役のように誇らしげに微笑みながら、完璧だといえる所作でドレスをつまみお辞儀をするマイラ夫人。


(とても素敵な人だわ……)


 鼻腔をつく薔薇の香りですら彼女自身のものであるかのように優美だ。

 それに何より身につけているドレス――輝かんばかりの、黄金の刺繍と真珠(パール)が散りばめられたドレスは、技術もさることながらマイラ自身を美しく際立たせている。

 ずっと見つめていると、その輝きにクラクラと目眩を起こしてしまいそうだ。


「はじめまして。リステリア国放送部、音声担当のリルファーナ・ルナディアです! 今日は取材を宜しくお願い致します!」


「同じく、放送部の作家のテンマ・シーヴォといいます!」


 二人は元気よく挨拶をする。

 瞬間――マイラ夫人の瞳がキラリと冴えた光を放つ。さらに手に携えていた扇子を一振りすると、夫人の背後に控えていたお針子に見える婦人数名が、リルファーナとテンマを取り囲んだ。


「な、なんで、僕までぇ――!?」


 困惑した様子のテンマは、美しい婦人たちに全身をくまなく採寸されていく。

 一方、リルファーナはマイラ夫人に全身を観察されていた。

 夫人は閉じた扇子の先でリルファーナの顎をクイと持ち上げたあと、うっとりと呟いた。


「黄金……というよりは、極上で濃厚な蜂蜜色の髪。瞳は大地に愛された紫水晶(アメジスト)……あら、」


 夫人が目線を下に落とす。


「お胸はずいぶん小ぶりのようね……」


「っ……!」


 羞恥で、頰が熱くなる。


「ぼ、僕は何も聞いてないデス……よ」


 なんだか居たたまれなくなってリルファーナは俯いた。すると夫人はふたたび、グイッと扇子の先で強引にリルファーナの顎を持ち上げる。


「ちゃんと顔おあげなさい、放送部のお嬢さん。小ぶりなお胸が悪いとは言ってなくてよ!」


「は、はいっっ!」


 マイラ夫人の迫力に圧されて、リルファーナは背筋をピンと伸ばし、顔をあげて立つ。


(わ、わたし、どうなっちゃうの〜……)


「あなた、右と左の身体の調和が取れていないわね……原因は、何かしら?」


「み、見ただけで分かるんですかっ!? じつは左脚が生まれつき悪いので、重心が右に傾いているんだと思います」


 夫人の観察眼に驚く。初見でそこまで見抜かれたのははじめてだった。

 リルファーナは歩く時、自然に左脚を庇うような動きになってしまう。姿勢が崩れないようになるべく気をつけてはいたのだが――


「もちろんよ。立った時、服からでている両腕の肌の見え方が左右で違うのだもの……。私のドレスは依頼者の為に計算して作っているのよ」


「すごいですね……」


 ドレス作りの奥深さが垣間見えた気がした。

 正直、リルファーナは服装に気を使ったことがない。田舎では服屋や宝飾品を売っている店がない。たまにやってくる行商人から買うか、反物を買ってきて自分で仕立てるかしかない。技術があるわけではないから、とても質素な作りだ。


「恥ずかしながら、わたしは田舎育ち……美しいドレスとは(えん)の無いところで育ちました」


 隠してはいないが、夫人にはリルファーナが素人同然だとすぐ見抜かれてしまうだろう。

 それなら全てを曝け出して、その上で色々教えてもらったほうが取材としては良いかもしれない。


「まったく知識がないので、変なことを聞いてしまったらすみません。マイラ夫人の工房のドレスはとても評判が良いと聞きました。社交界で噂の的だと……。ドレスを作る上での秘訣とか、コツとかあるんですか?」


「そうね……。それを語る上で、(わたくし)のことを先に話させてちょうだい」


 夫人はリルファーナの腕を取り、手際よく採寸をしながら話し始めた。


(わたくし)は小さな頃から綺麗なドレスがとても好きだったの……。家もそこそこ裕福だったから、おねだりをして新しいドレスをたくさん仕立ててもらったわ。だけど、自分が好きな色や、装飾が優れたドレスを着ても、なんだかしっくりこない気がしていたの。色は好きなのに髪の色に合わない。髪に合わせれば、今度は瞳の色が霞んでしまう……。じゃあ自分を完璧に活かす為には、何を身につければ良いのか……そう考えるようになったわ」


「すごい美意識ですね」


「なるほどデス」


 採寸を終了したテンマが、隣で頷きながら紙に筆を走らせている。


「私は自分に似合うドレスを見つけるため、最初はとにかく素敵な着こなしをしているご婦人を、観察して観察して観察しまくったわ。ドレスばかり見ていると、どの職人によって作られたかまで見抜けるようになったの。ドレスに施されている装飾もだけど、とくに職人の個性は輪郭(りんかく)に表れていたから……」


「輪郭……?」


「そうよ。特に身体の曲線を美し見せるため、ドレスの輪郭をどうするかは重要だわ。私はそこから少しずつドレス作りのほうに興味が傾倒していった……。独学で勉強を始めて、自分で自分が最高に美しく見えるドレスを作ることが目標になったわ」


 昔を語る夫人の瞳は、成功した今でもなお、夢を追っているかのように輝いて見えた。


「自分のドレスを作る……簡単なことじゃないですよね……」


「両親は寝ても覚めてもドレスのことだけ考える娘に呆れていたわ。そろそろ結婚も考えなくてはいけない歳が近づいてきて……私は最後の我儘(わがまま)だと両親を説得して、グランヴェル国にいる優秀なドレス職人に弟子入りをしたわ。そこで(いち)からドレスの作りかたを叩き込まれた。作り方だけじゃないわ。師匠はドレスを身につける上での心の在り方や、本当の美しさ……という観点からも厳しく教育してくれた」


 夫人の口調に熱がこもっていく。

 きっと師匠との日々は、彼女にとって何にも変えがたい大切な経験だったのだろうと想像できる。


「やがて私は、一人一人の個性に合わせたドレスの型、色の提案、積み上げた観察の経験を活かして、誰からみても印象の良い着こなしになるような条件を作り上げた。そしてグランヴェル国で商人をしていた今の夫と出会い、結婚したわ。リステリアにきたのは夫の仕事の都合よ……愛する人と離れて暮らすのは嫌だから……」


 そう言って夫人は微笑む。

 ――ドレスだけじゃない。歩んできた人生が夫人の美しさを際立たせている。

 リルファーナは、自分の意識が広がっていくのを感じていた。田舎で育ち、見てきた世界があまりにも閉じたものばかりだったと実感する。


(本当に素敵な女性だな……)


 自分の手でしっかり幸せを掴み取っている。

 それは彼女自身の努力が実ったからだ。心から尊敬してしまう。


「夫人の作るドレスの美しさは「夫人の人生そのもの」だったんですね。わたしはこれからドレスを作ってもらうわけですが……わたしは足が悪いです。なので(かかと)の高い靴もはけません。そんなわたしでも、綺麗にドレスを着こなせるでしょうか……?」


「自分の弱点に目を向けたらキリがないわ。弱点ではなくて、自分の良いところに目を向けるのよ。あなたの良いところはどこ?」


「わたしの良いところ……?」


 そんなこと今まで考えたことなんて無かった。自信の無いところだったら幾らでもあげられる。


「あなたにも良いところは沢山あるわ。胸が小さいことだって弱点じゃなくてよ。そのぶん、胸元にたくさんのレースや刺繍を施したドレスがよく似合うし、踵の高い靴が履けなくても、そのぶん腰の位置を高めに設計したドレスすれば良いわ。あなたの腰の細さは魅力的よ。それにあなたの濃厚で甘い香りのしそうな蜂蜜色の髪……夜会に行ったら殿方は唇を落としたくなるでしょうね。どれも……手に入れようとして手に入るものじゃないわ」


 マイラ夫人が、まるで美しいものを眺めるような眼差しでリルファーナ見つめる。


(そんな風に見つめられたら、自分には魅力があるんだって勘違いしてしまいそう……)


(わたくし)は、腕の長さ、足の長さだけじゃない、指の長さひとつひとつ、鎖骨の浮きや、首の()り具合まで……その人のすべてを完璧に活かすドレスをつくるの。私は大陸のすべて女性を美しくすることが使命だと思っているわ!」


「……かっこいいデス……」


 少年のテンマまでもが、夫人に圧倒されている。

 ――使命。

 そんなこと考えたこともない。

 ただ好きなだけじゃない。誰かの役に立つという生き方――リルファーナのなかには無かった考え方だ。


「貴重なお話を本当に有難うございます。とても勉強なりました。最後に……大陸の女性達に向けて、伝えたいとはありますか?」


「そうね……美しさは「自分と向き合う」ことからはじまるわ。それはつまり人生そのものよ。あなたが何をしているのが好きか、誰といると心地よく感じるか、何を食べると満足するのか……それを感じながら生きることが美しさの源。――是非マイラの工房に一度おいでくださいませ。きっとあなたの望む美しさを叶えてみせましょう……」


 いつの間にか採寸は終了していた。

 これだけで、あとはドレス出来上がりを待つだけらしい。

 

「わたしのドレス、楽しみにしていてね」


「はい! 放送でもバッチリ宣伝しますね!」


「僕まで採寸されちゃいました。くすぐったかったデス……」


「マイラ様――少々、お話が……」


 今まで黙って見守っていたコレットが夫人に声をかける。


「ええ、分かっていてよ。王子様の贈り物のことでしょう?」


「その通りでございます。リルファーナ様、テンマ様は馬車でお待ちください。すぐに終わりますので……」


「……わかりました」


 リルファーナが頷くと、二人は話しながら部屋を出ていく。


 ――王子様の贈り物。


(王子様ってランティスのことよね?)


 コレットが話しているのだから間違いない。


「ランティスが贈り物……?」


「リルファちゃん、行きましょう!」


(ああ、そっか……ランティスは……)


 さっき馬車の中でテンマの話しを聴いていたから、リルファーナはすぐに理解にいたる。

 ランティスはきっと愛する人に贈り物をするのだ。マイラ夫人のつくる、完璧で美しいドレスを……。

 リルファーナは夜の闇のように深くて優しい藍色の瞳を思い出す。

 きっと心からの愛を(たた)えて、贈り物を手に、ランティスは愛する人に寄り添うのだろうか。

 なんだか急に、胸の奥が寂しさで痛んだ気がした。




「本屋に寄ってもいいデスか?」


 焼き菓子店で注文を終えて、馬車に戻るとテンマが言った。


「わたしは良いよ。コレットさん、お願いできますか?」


「かしこまりました」


 リルファーナは本屋と聞いて、ふと思いつく。


「歌の本もあるかな……?」


「歌、デスか?」


「そう。歌の書かれた本。多分、小さな頃にどこかで覚えた歌があって……。続きが知りたかったの。誰に聞いても知らないみたいで……」


「不思議デスね。きっと歌集もあると思いますよ!」


 コレットの案内で、王都で一番の品揃えを誇る本屋へと向かう。

 重い木の扉を開いて中の入ると、紙とインクの混じった匂いが身体中を包む。これもリルファーナにとっては初めての感覚だ。


「店主さんデスか?」


 さっそくテンマが髭面(ひげづら)の男性に声をかけている。


「最近大陸で人気の物語はありますか? それと歌集も探してるんデス……」


「最近の流行の物語はコレとコレ。……歌集ねえ……」


 店主が眉を寄せながら、奥へ引っ込んでいく。

 テンマが渡された本パラパラめくっている。


「テンマは本が好きなのね?」


「はい。新しい物語作る参考にもします!」


「放送部に、劇場用の物語……。テンマは忙しくなりそうだね」


 この才能溢れる少年の真剣な横顔を見つめていると、店主が戻ってきた。


「歌集は、あるにはあるけど、今は大したもんが無いな……」


 何冊か本を受け取り、リルファーナは中身を確認していく。どれもリルファーナが知っている童謡が中心の歌集だった。


「ちょっと違うかな……。これから入荷したりしますか?」


「そうだな。今は売れちまって無いんだけど、元【精歌隊(せいかたい)】が綴った歌集なら手配できるぞ。本物の精霊に捧げる歌がのってるヤツ――」


「すごい……そんなのがあるんだ。是非お願いします!」


 リルファーナ注文することにした。コレットが入荷したら屋敷に届けてもらうように手配する。

 【精歌隊】はこのカナディス大陸にとって特別な存在だ。リルファーナのような【精霊の愛し子】の集団が大陸各地を旅しながら精霊に捧げる特別な歌を歌う。


 ――きっと、美しく、清らかな歌に違いない。


 リルファーナが親しくしていた、リステリア王家の第一王女――クリスティナも今は精歌隊と行動を共にしている。

 姉と呼んでいたクリスティナは今頃どうしているのか……。

 いつかまた会いたい。そうリルファーナは思った。

 


次回。


「美しい、満月の夜。

 アナタにひとときでも愛を囁きたい――」


 グランヴェル国の放送を聴く三人。

 新キャラ登場します。

 よろしくお願いします!




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