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第1章 「放送部」④

リステリア国放送部、とうとう第一回目の放送が始まる。


どうぞ、お楽しみください!

 新月の夜は間近にせまっていた。

【放送部】の音声担当としての役割を与えられたリルファーナは、放送用に準備された台本をとにかく読みあげる練習をする。

 台本はテンマが書いたものだ。

 リルファーナは、いつもどこかとぼけているようなテンマの様子しか見ていなかったから、台本のなかみが不安だった。しかし――いざ渡された台本を読んでみると、聞く人の目線を考え、練られた内容になっていることが分かり驚く。


(これは才能……かもしれない……)


 リルファーナが感心していると、ランティスがそれを裏付けるように言った。


「グランヴェル国では、貴族の暇つぶしに観劇(かんげき)が流行しているんだが、そのなかで二つ……とくに人気の演目があるんだ。どちらもテンマが書いたものだ――」


 テンマが書いたことにも、もちろん驚いたが、それ以上にそんな人物がリステリア国の……しかも自分の読みあげる台本を書いているなんて、巡り合わせの奇跡としか言いようがない。


「なんか、ますます緊張してきた……」


「リルファちゃんなら大丈夫デスよ! 声とってもキレイだし、放送中は僕もそばにいますよ」


「オレもだ。放送中は魔力の消費が激しいからあまり(かま)ってはやれないが、いざとなれば放送を切断することもできる。気楽にやるといい……」


 なるべく放送事故は起こしたくないが……そう付け加えたランティスは、さっきからずっと円卓の上に広げたカナディス大陸図の上に、何かの紋様(もんよう)を描くように水晶(クリスタル)を並べている。きっと何か意味があるのだろうとは思うが、それが何であるかリルファーナには見当もつかなかった。

 大陸図の上――リステリア国の王都を中心にして、花が(ほころ)ぶような形で並べられた水晶は、ランティスが触れるたび、淡い輝きを()びる。


(綺麗……)


 読む練習を忘れ、ランティスの指の動きと、並べられた水晶を見つめていると、隣にいるテンマが囁いてくる。


「ランティスは今、ひとつひとつの水晶(クリスタル)に自分の魔力を注入しているんデス……」


「テンマは魔術詳しいのね?」


「うん。僕も簡単な魔術はできるんデスよ。でも、ランティスは特別……」


「そうなんだ……。じゃあ、あのお花のように並べてるのは何か意味がある?」


「――これは水晶魔法陣(クリスタルグリッド)だ」


 リルファーナの質問にこたえたのはランティスだった。


水晶(クリスタル)……魔法陣(グリッド)?」


「オレの魔力をこめた水晶(クリスタル)で音声送信するための術式をつくっている。遠くの地まで音声を送信する……これを叶えるためには、少なくとも三つの魔術を施す必要がある。ひとつは音声の送受信範囲を指定すること。そして音声をのせるための周波数と繋がること。さらに放送中に途切れることなく音声を魔力にのせて送り続けることだ――」


 魔術の知識に乏しいリルファーナだが、ランティスの言ったことはきっと容易(たやす)くできることではないと想像はつく。


(誰でもできることなら、とっくに世界は変わっているはずだもの……)


「範囲は、カナディス大陸だよね?」


「そう。範囲を指定するために、カナディス大陸図の上で魔法陣(グリッド)を組んでいる……」


「じゃあ、周波数(しゅうはすう)……っていうのは?」


「周波数とは、目には見えないが大いなる自然が放っている【気】のようなもので、それぞれが独自の波形で空間を()たしている。オレの場合は鉱物界の周波数ということになるな……」


 ということは、ランティスはこれから鉱物界の周波数というものに繋がろうとしているのか……。

 ――人間界に、植物界に、鉱物界……。

 人間も、植物も、生きるために多くの恩恵を鉱物界から(いただ)いているのだとランティスから教えてもらった。

 さらに植物界と鉱物界にはそれぞれ精霊(せいれい)という存在がいて、この大陸の人間たちを見守ってくれているのだ。それが何故なのか、いつが起源なのかも分からないが、これが世界の真理なのだという。


「ランティスが一番、大変そう……」


「普通の魔術師には無理だろうな。オレは鉱物界の周波数のもとである――鉱脈(こうみゃく)、簡単にいえば精霊の住処(すみか)に意識を繋げたまま魔術を使えるから可能になるが……」


「ランティスは、この大陸で三本の指に入るくらい強い魔術師なのデス!」


 テンマが誇らしげに言う。

 今の説明だけでも、きっとランティスが稀有(けう)な力の持ち主だということはわかる。


「音声の送り方はなんとなく理解したけど、それをどうやって聞くの?」


「じゃん! それはコレを使うんデス!」


 テンマが(ふところ)から何かを取り出して、円卓の上に置いた。


「これは?」


 見た所、それは手のひらにちょうど乗るくらいの小さな(ふた)がついている箱だ。


「音声送信したものを、これで受信できる」


 ランティスがさらに仕組みを説明する。


「この箱……受信機は音声をのせた周波数にだけ反応するように、特殊な鉱物で作られている。箱を開けることで自動的に再生が可能になるんだ。再生できるのは一度だけ……」


 リルファーナは試しに蓋を開けるが、今は何も聴こえてこなかった。

 箱の中は小さな穴が三つほど開いている。


(きっと……わたしの声が、ここから聞こえるってことだよね……)


 想像するだけで、じわりと汗が滲む。


「グランヴェル国でも同じ手法で音声放送しているんだ。ちなみのこの受信機はグランヴェルの王子から依頼されてオレがつくったものだ。受信機(これ)の専売特権はオレが持っているから、自由に使用できるし、向こうは満月の夜の放送だが、オレたちは新月の夜にやるから邪魔にはならないだろう……」


「これさえあれば、大陸のどこにいても放送を聞くことができるんデス!」


「うう……ますます緊張してきた。やっぱり素人のわたしじゃ……役不足じゃないかな?」


 リルファーナは台本を握りしめながら、か細く呟く。


「そんなコトないデス!」


「オレの人選に間違いはないから大丈夫だ――」


 弱気になるリルファーナに、二人は軽い励ましの言葉をかけた。




 ――新月の夜。

 月の明かりが無い夜は、鉱物界の発する周波数は比較的穏やかなのだという。

 ランティスの屋敷――地下室は静けさに包まれていた。


 円卓に台本を置き、必死で目を通しているリルファーナ。

 その隣で、いつでも指示出しが出来るようにと、紙と羽根ペンを準備しているテンマ。

 二人と円卓をはさんだ対岸では、ランティスが水晶魔法陣(クリスタルグリッド)に両手を翳して瞑想している。右半身を隠す黒いマントから突き出た右手は黒い手袋で覆われていた。


「そろそろ、始めるぞ――」


 音声送信のための準備は整ったようだ。


「うん……」


 リルファーナは頷く。心臓が爆発しそうなほど大きな音をたて始める。

 テンマが三本……指を立てる。

 これはあらかじめ決めていた開始のための合図。


 三、二、一、……


 リルファーナは、しっかりと息を吸って――


『カナディス大陸のみなさん、こんばんはっ!

 新月の夜いかがお過ごしでしょうか?

 リステリア国放送部、音声担当のリルファーナ・ルナディアと言います!』


 元気よく……と意識していたら、練習よりも早口になってしまった。

 咄嗟に、隣にいるテンマが「もっとゆっくりでいいよ!」と書いた紙を目の前に滑らせてくる。


(い、息が……)


 まくしたてるように喋ってしまったせいか、リルファーナは息切れを起こしてしまう。

 焦りと緊張で、背中が強張っている。

 リルファーナは、落ち着け自分……と心の中で己に言い聞かせた。


 ――練習したとおり、ゆっくり……。遠くにいる誰かを想像して……。


『す、すみません。緊張してしまって……。

 今日は第一回目なので、放送部のみんなの紹介と、リステリア国の最新情報をお届けしたいっ……したいと思います!

 リステリアのことを知ってもらって、リステリアのことを大好きになってもらえたら嬉しいです!』


(ダメすぎる……声も、手も震えて……)


 始まりからこんな調子になってしまった。

 リルファーナは水晶魔法陣(クリスタルグリッド)の前に立っているランティスの反応をチラリと見る。

 するとランティスもリルファーナを見た。そして、しっかりと頷く。

『大丈夫だ』――声には出さないが、そう言われた気がした。


 魔術を施しているランティスは、どこか別世界の住人のように神秘的で美しく見えた。

 室内は風など無いはずなのに、ランティスの細くて艶めく銀色の髪の毛は、ふわりと宙に踊っている。

 ランティスの藍色の瞳に浮かぶ虹彩(こうさい)が煌めいたかと思うと、あたたかくて澄んだ空気が放たれ、リルファーナごと包んでいく。


(なんだか、呼吸が楽になってきた……?)


 リルファーナは台本に視線を移し、ふたたび喋り始める。


『まずは自己紹介から――。

 音声担当は、わたし……リルファーナ・ルナディア。

 え、と……わたしはリステリアのラーニャ村という田舎村の出身です。

 趣味はお花を育てることで、特技は薬草の調合です。ワケがあって王都にきていますが、ラーニャ村に戻ったら薬師(くすし)生業(なりわい)にする予定です。

 ちょうど今は夏だから薬草の採取には適した時期なんですが……皆さんは、ギザギザした形の少し黄色がかった草って、見たことありませんか?』


 テンマが、声には出さないが「ある!」と、口だけ動かして応えてくれた。


『このギザギザの葉っぱ、虫刺されや、転んで擦りむいた傷や、やけどにも……とっても効果がある薬になるんです。もしも外にいて怪我をした時は、数回噛んだ葉っぱを傷口に当ててください。消毒にもなりますよ。

 わたしの家では夏の間に()っておいたものを乾燥させて、冬は煎じたお茶にして毎日飲んでました。風邪予防としても効果があるので、ぜひ試してみてくださいねっ!』


 隣にいるテンマが、うんうんと、大きく首を縦に振っている。

 同時にランティスも「知らなかった」と驚いた表情でリルファーナを見てくる。


(二人とも、わたしの話をちゃんときいてくれてる……)


 なんだかそれが、ちょっとくすぐったくて、同時に嬉しかった。


『次はこの放送を陰から……といっても、わたしの隣にいるのですが、放送作家のテンマ・シーヴォをご紹介します! 

 グランヴェル国の方が聞いてたらびっくりすると思うんだけど、テンマは切ない恋愛劇で有名な「雪明りの姫君」と、喜劇として評判高い「あなたとの狂歌」を創作した人なんです。……残念ながら、わたしは観たことないんですけど……。いつか観てみたいなあ〜。

 そんな天才肌のテンマは、わたしから見て、とっても元気で可愛い男の子です。ランティス王子の飼っている羊を溺愛してます』


 そこでふたたび、テンマが数枚の紙を滑らせてくる。

 慌てて目を通すと、「追加でこれを読んで!」と書き殴ってある。


『あの、さっそくここで放送作家のテンマから指示が入りました……。

 ええっ……と、『リステリア王都で、劇場をつくりたいという貴族か、商人の方がいたら……特別に新しい物語を書くので言って欲しいデス!』との、ことだそうです……!』


 ――さすがテンマだ……。

 テンマは自分の価値を知っている。テンマが物語を書くと言えば、日常の(たの)しみを求めた金持ち達は声を上げるに違いない。


(これって、リステリアの大きな宣伝になるよね……)


『ではリステリア放送部、最後の一人をご紹介したいと思います! 

 この放送部の発足人であり、放送に欠かせない技術、受信機の開発、魔力の供給をすべて(にな)ってくれている、リステリア国の第二王子で【貴石(きせき)の魔術師】といわれているランティス・ソワール・フォンセ・リステリア様になりますっ!』


 リルファーナとテンマは揃って手を合わせると、力のかぎり拍手をする。

 紹介された本人は喋るわけではない。けれどランティスは王族だ。敬意を示さなければいけないだろう。


『ランティス様は、王族らしく、リステリアのことをいつも考えてお仕事をされています。

 そしてこの度の人事異動で、観光本部へ配属になったのをキッカケに放送部の発足にいたりました。

 リステリアに旅行に来たときは、王都にある観光本部に立ち寄ってみてくださいね。もしかしたら……ランティス様に会えるかもしれませんよっ!?』


 やっと三人の紹介が終わった。

 リルファーナは息をつく。

 気づけば少しずつだが緊張も(ほど)けてきているし、手の震えも最初にくらべてマシになってきたようだ。


(よし、じゃあ、次の話題に――!)


『ではここでリステリア観光本部からの、お知らせです――――』


 あとはほぼ、言う内容は決まっている。

 なるべく聞きやすいように、舌がもつれないことを祈りながら、リルファーナは懸命に喋り続けた。


 観光本部からのお知らせは、この時期リステリアにやってきた旅行者に向けて、オススメの美味しい食べ物や、お土産を買うのにぴったりな市場の場所、自分だけの装飾品を工房で作製体験できる企画などの情報が詰まっていた。


(わたしも、いつか行ってみたいな……)


 ラーニャ村しか知らないリルファーナは、行ってみたいと思う場所がたくさんあった。

 リルファーナは外の世界に目を向けずに生きてきた。日常を慎ましく送るのが自分の身の丈に合っていると思っていたし、外の世界に興味を持つキッカケも無かった。

 だから、こうやって知らないことを知っていくのは面白いし、行ったことのない場所の魅力的な情報は、想像するだけでなんだかワクワクしてくる。

 

 ――もしかしたら、リステリアにいても、リステリアの魅力を知らない者もいるんじゃないか……。


 ならば、旅行者を増やすためだけの内容だけではなく、リステリアの人達も楽しめる放送にしていったらどうだろう……。

 薄っすらと浮かんだことを考えながら喋っていると、「そろそろ終了デス!」と書いた紙が滑ってくる。


(もう半刻たったんだ……!)


 放送は半刻と決めていた。それ以上はランティスの魔力の供給が不安定になりかねないからだ。

 

『……そろそろお別れの時間になりました。始まってみると、あっという間ですね〜。

 リステリア国放送部では、リステリアの魅力をこれからも、たーっぷりとお届けしていきます!

 この場所がオススメ! わたしのお店を宣伝してほしい! などなどありましたら、ぜひ観光本部までお手紙ください。――取材させて頂きます!』


 やっと終わりが見えてきた。

 この放送を聞いた人がどう感じたかは分からないし、そもそも……聞いてくれる人がいるかも分からない。でも、少しでも楽しんでもらえたら嬉しい。

 リルファーナは笑顔でしめくくる。


『それでは、また新月の夜にお会いしましょう!

 リステリア国放送部でした! (つたな)い音声担当でごめんなさいっ!

 おやすみなさいっ!』


 ランティスは魔術の発動を止めて、ふうっと息をつく。テンマは「終わったー!」と大きく背伸びをして、リルファーナは無言で円卓に突っ伏した。


「……頑張ったな、リルファーナ。テンマも……」


 ランティスがリルファーナの蜂蜜色の髪を優しく撫でる。

 その大きな手と温かさに、リルファーナの心臓はまた飛び跳ねた。


「わたし、まだドキドキしてるみたい……?」


「リルファちゃん、良かったデスよ!」


 放送部の三人はお互いの顔を見て、微笑みを交わしあった。


次回。


第2章「満月の夜の祝福」が始まります。


次の放送のために、ランティスから課題を与えられたリルファーナとテンマは、

街へと出かけることになった。


どうぞ、宜しくお願い致します!

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