第1章 「放送部」③
とうとう、戦略会議が始まる。
田舎村しか知らないリルファーナは、ランティスから自国の情勢と、
「放送部」の一人として、あることを任される。
どうぞ、お楽しみください!
帰ってきたランティスとテンマと庭でお茶を楽しんだ後、リルファーナは二人に連れられ屋敷の地下室に向かっていた。
(戦略会議って、一体何をするんだろう)
しかも地下室で……。
コレットに屋敷を案内された際、地下室はランティスだけ、もしくはランティスに許可された者しか立ち入れないと説明されていた。
――この先に何があるのか……。
リルファーナは前を歩くテンマの肩をかりながら、地下室へ続く階段を降りていく。
「テンマは地下室って入ったことある?」
「あるよ! 僕はけっこう好きデス!」
「そうなんだ。ランティスの許可がないと入れないって、コレットさんに聞いたんだけど……?」
「そうデスね。ランティスの魔術のためのお部屋なのデス。でも……キラキラしていて、身体もとっても楽になるんデス。きっとリルファちゃんも好きデスよ――」
階段を降りて、ランティスが大きな扉の前に立つ。すると手を触れていないのに勝手に扉が開いた。
――空気が変わった!
足を踏み入れると、そこは真っ暗なのに、夜空を彩る星々のようなチカチカとした輝きがいくつも見えて、幻想的な光景が広がっている。
「今、灯りをいれる……」
ランティスの気配が奥に消えていく。
しばらくすると地下室は淡い灯火によって、お互いの姿が見えるくらい明るくなる。
リルファーナは部屋のなかを見渡し、感嘆の声をあげる。
「すごい――……、これ全部、貴石なの……?」
「そうだ。遥か太古から、大地に育まれた鉱物――貴石とも言うな……」
部屋いっぱいに、さまざまな美しい鉱物が並べられている。
色は、透明や乳白色、緑黄にリルファーナの瞳と同じ紫水晶。大きなものもあれば、手のひらおさまるくらいのもの、形も楕円や規則性がある六角形の先が尖ったもの、巨石の割れ目から光を放っているものまである。
(不思議……。ひとつひとつが意志を持ってるみたい……)
リルファーナが目を向けると、向こうもこちらを見ているような……そんな感覚がした。
「やっぱり、僕はここがいちばん居心地が良いデス。ランティスの鉱物たちが【闇】を寄せ付けないから――」
被っていたフード付きのマントを脱いだテンマの瞳が、どこか寂しそうに揺れていた。
「テンマは【闇】に魅入られやすい。普段はヒツジの毛でつくったマントで防御してはいるが、定期的に浄化が必要だからな。ここにいれば鉱物たちが無条件に癒してくれる……」
「テンマが【闇】に……」
夏でもフードを被ったままの格好にそんな理由があったなんて――。
闇の存在をリルファーナは、クリスティナの手紙で知っていた。
力を持つものに取り憑く【闇】。闇は力を与えてくれる。そしてそのかわりに、力を与えられた者は身体と精神を病んでいく。
精霊の愛し子のクリスティナは生まれつき身体が弱く、一年の大半をベッドの上で過ごしていた。それが【闇】せいだと気づくまでに時間もかかった。
「僕が僕じゃなくなっていくカンジ……もう二度とあんな思いはしたくないデス……」
「安心しろテンマ。オレのそばにいれば大丈夫だからな」
ランティスがそう言って、くしゃりとテンマの頭を撫でる。その姿はまるで兄弟のようにも見えて、リルファーナは二人の間にある温かな絆を感じた。
「本題に入るぞ――」
ランティスの表情が引き締まるのがわかった。
たくさんの鉱物に囲まれた部屋。リルファーナとテンマは大きな円卓の席につく。
そして一人、立ったままのランティスが声高らかに宣言をする。
「ここに【リステリア国放送部】を設立する――!」
――放送部……。また……聞き慣れない言葉。
「あの……ランティス、放送部ってなんなの?」
リルファーナが右手を上げて質問する。横に座っているテンマは既に理解しているようで、ただ無邪気な笑顔を浮かべている。
「順を追って説明しよう……」
ランティスが円卓の上にカナディス大陸図を広げる。
「ここがリステリアだ……」
大陸図のなかのリステリアの位置に目印をつけるように、薄紅色の水晶を置く。
ついで、グランヴェル国の上には琥珀の貴石を、さらに大陸の東側に位置するノルカディア国の上には瑪瑙を置いた。
「オレは勅命で、リステリアの観光本部に梃入れする任務につくことになった」
(勅命……ということは、国王様からの大事なお役目ってことだよね?)
リルファーナは田舎で暮らしていたから、政治のことはよく分からない。けれど国王やその臣下達が色々なことを考えて、国という組織を円滑に運営しようとしているのは理解できる。
「観光本部とは、簡単に言えば他国からの旅行者を増やし、商いを豊かにすることで、国益を上げていくことが目的の部門になるのだが……」
「梃入れということは、今、観光本部はうまくいっていないの?」
「将来的に厳しくなる可能性がある――ということだ……」
ランティスが琥珀を指で持ち上げる。
「旅行者に人気の国はまず、このグランヴェル国。大陸一の豊かさを誇っている。あらゆる才能がこの国に集結し、衣類、珍しい食べ物や宝飾品、最先端のものがここに集まっている」
次にノルカディア国の上に置いた瑪瑙を指先でトントンと叩く。
「グランヴェル国ほどでは無いが、旅行者に注目を集め始めているのが、ノルカディア国だ」
「ノルカディア国はなにが有名なの?」
「ノルカディアは、貿易が盛んだ。独自の海路でゴシュナウト大陸と交易を結んでいるんだ」
「すごい……!」
――ゴシュナウト大陸。聞きかじった程度だが、ゴシュナウト大陸はカナディス大陸と違い、科学というものが発展していると聞く。科学がどういったものかリルファーナは分からないが……。
「ああ、そしていづれ、ノルカディア国経由でゴシュナウト大陸への旅行者も増えて行くだろう」
「僕も生きているうちに一回は行ってみたいデスね!」
思いを馳せたのんきなテンマの発言に、ランティスは目を眇める。
「もう言いたいことは見えてきただろう? 統計によると、リステリア国は「旅行者が行ってみたい国第六位」だそうだ…!」
「アララ……」
「第六位ってことは、下から二番目!?」
一同、首をがっくりと落とす。
(リステリアって人気のない国だったんだ……)
はじめて知る事実。ちょっとショックだ。
「だからリステリアに旅行客を誘致するために、『音声送信』で大陸中にリステリアの宣伝をすることにした――!」
「それが【放送】ってことデスよ」
テンマがリルファーナを見てニッコリと笑う。
「そしてオレたち三人が、今日から【放送部】として活動していくことになる。すでに音声送信はグランヴェル国で一般的になっているし、ゴシュナウトでも電波放送という音声送受信が活発に行われているらしい」
「だいたい事情はわかったけど、具体的にわたしは何をすればいいの……?」
――問題はそこだ。
自分にできることといったら下働きくらいしか思いつかない。しかし……お手伝い程度だろうと、高ををくくっていたリルファーナに、ランティスは思いがけないことを投げてきた。
「リルファーナ、おまえは音声担当だ」
「ちょっ、ちょっと待って、それって……わたしの声でリステリア国の宣伝をするということっ!?」
「その通りだ」
「むりむりむりっっ! ランティスがやればいいじゃない! わたし何も分からないのよっ……」
「オレは音声送信担当だから駄目だ。魔術を使うからな――」
「じゃあ、テンマがやれば」
「僕はリルファちゃんが困らないように、台本を書く担当なのデス!」
じりじりと、逃げ場がなくなっていくリルファーナ。
(ぜったい! ぜーったい、無理だってっ!)
そもそも、音声担当がリルファーナでなければいけない理由などない。自分より適任者などいっぱいいるだろう。大陸中の人が聞くことになる音声をわざわざリルファーナが言う必要なんてない。
しかしリルファーナの心の声を読んだように、ランティスがとどめを刺した。
「おまえは【精霊の愛し子】だ。それにオレの魔術とも相性が良いから『声』を送りやすい……。これは決定事項だ。大丈夫だ、困らないようにテンマもオレもそばで助けになる」
「いよいよ本領発揮する時デスね! 大陸の人たちみんな、リステリアに来てみたいって思えるように頑張る!」
テンマはやる気を漲らせている。その隣でリルファーナは青くなっていた。
「放送は新月の夜に決行する――。それからもうひとつ肝に銘じいておいてほしいことがある。この【放送部】はリステリアの未来の為だけじゃない、大陸の未来にもかかわってくる案件だ。もしこのままグランヴェルとノルカディアだけが繁栄し、利益の独占状態なっては、リステリアを始めとする他国はどうしても不満が出てくるだろう。精霊に守護されたカナディス大陸で争いはご法度だ。争いが【闇】を呼び、嘆いた精霊がまた大地を裂かないようにするためにも……絶対に成功させるぞ――!」
汗ばんだ手のひら握り、リルファーナはごくりと唾をのみこんだ。
(今の話は、できることなら聞きたくなかった……)
大陸の未来だなんて、いくらなんでも重すぎる。
ランティスは本気だ。
それに今のこの状況……逃げるわけにもいかない。
(新月の夜……あと、七日しかないじゃない……)
リルファーナは七日後の自分を想像し、遠い目をした。
次回。
新月の夜。
リステリア国放送部の幕が上がる。
『新月の夜。いかがお過ごしでしょうか? はじめまして、リルファーナ・ルナディアですっ』
12月7日、新月の夜、更新予定!