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第1章 「放送部」②

ランティスの屋敷にやってきたリルファーナ。


戦略会議を前に、王子としてのランティスの現状を知る。


「王位継承権を放棄、全然知らなかった……」


どうぞ、お楽しみください。

 翌朝。

 柔らかなベッドの中で、リルファーナは目を覚ます。

 昨晩は疲れていたせいか、部屋に案内され湯浴みをしたあとすぐに眠りについた。おかげで目が覚めた時、改めて自分が寝ていたベッドの大きさや、ただの寝室とは思えないほど豪華なつくりの部屋を目の当たりにして驚いてしまう。

 それに滑らかな肌触りの寝間着。香油を付けられた蜂蜜色の髪の毛からは、さわやかな花の香りがした。


「別世界……だわ……」


 起き上がったリルファーナは息をつく。

 この国の第二王子であるランティスの屋敷で、自分は客人として、もてなしを受けている。


「リルファーナ様、お目覚めになられましたか?」


 そう言って寝室に入ってきたのは、三十代半ばくらいのお仕着せを纏った侍女のコレット。


「あ、はいっ。おはようございます!」


 昨日出会ったばかり侍女との関係に戸惑いはあったが、コレットの細やかな気配りの数々にリルファーナは心から感謝をしていた。


「おはようございます、リルファーナ様。朝食の用意ができております。まずお顔を洗い、お召しかえを致しましょう」


 コレットはそう言うと、リルファーナに手を差し出す。

 リルファーナ生まれつき、左脚……正確には左膝から下が思い通りに動かない。走ると転ぶし、痛みが出る時もある。原因はわかっていないが、歩くのには問題ないし階段などは手摺(てす)りをつかって慎重に降りれば大丈夫だ。

 でも支えがあると有難い。仕事とはいえ嫌な顔ひとつせずそばにいてくれる侍女にまた感謝しながら、リルファーナは手をかりて立ち上がった。

 多分すべて……ランティスの采配のおかげなのだと思う。


(ちゃんと、お礼を言わなきゃ。それに、お仕事も頑張らなきゃ……!)


 心の中で気合いをいれる。

 着替えが終わると、今度は髪を整えられる。コレットが慣れた手つきでリルファーナの長い髪を梳き、編み込んでいく。鏡越しにその手際の良さに見惚れながら、手持ち無沙汰のリルファーナはコレットに話しかける。


「あの……ランティスは? 朝食はもうとられたんでしょうか?」


「いいえ、ランティス様は朝早くに城に行かれました。朝食もきっと、そちらで食べられるのだと思いますよ」


「そうですか。ずいぶん早いですね……」


 リルファーナも普段から規則正しい生活をしていて、朝も比較的早く目覚める。しかしランティスはそれよりもさらに早いというのか……。


「今日は戦略会議? があるって言ってたけど……」


「お昼過ぎには戻られるとのことです。それまでリルファーナ様には、ゆっくりして欲しいと申してました」


「分かりました」


「さあリルファーナ様、出来上がりましたよ。気になるところがあれば直しますので仰ってくださいませ」


 コレットに導かれ、姿見の前に立つ。

 鏡の中に映っているのは、髪や肌、爪の先までぴかぴかに磨きあげられた自分の姿。とても畑仕事をしている村娘には見えない。


(それに、とても綺麗なドレス――)


 深い紺色に純白のレース。足首まで届く長めの裾には銀糸で緻密な刺繍が施されており、それはまるで暗闇に浮かぶ星の(またた)きのようだ。胴の部分が絞られているドレスだが、この幾日かの暮らしで細くなったリルファーナの身体には少し大きくて、コレットは上からレースのリボンを巻きつけてうまく調整したようだ。

 夏のこの時期に合わせて通気性の良い生地(きじ)が使われているようだし、袖口も肘上(ひじうえ)で少し広がっているから動きやすそうだ。


「直すところなんて……、わたしには勿体無いくらい素敵にして頂いて、有難うございます」


「リルファーナ様はとてもお綺麗です。明日は、明るいドレスも着てみましょう!」


 コレットが満足そうに頷いたが、リルファーナは慣れないこの姿に落ち着かなかった。

(――絶対、汚さないようにしなきゃ!)

 きっとこのドレスはリルファーナが今まで地道に蓄えてきた貯金より、高値のものに違いないから……。




 朝食を終えるとコレットが屋敷のなかを案内してくれた。

 コレットの他にも侍女は何人かいて、よく教育が行き届いているのか、庶民のリルファーナにも笑顔で話しかけてくれる。朝食を作ってくれた料理番の青年には、食べ物の好き嫌いや、好みの味付けなどを熱心にきかれた。

 屋敷のなかを案内された後、今度は外に出る。

 季節は夏だから、屋敷の庭にも色々な花が咲いていて、リルファーナの心を和ませる。


「リルファーナ様、せっかくですからヒツジの所にも行ってみましょうか」


「ヒツジ……!」


 ランティスは一匹だけ羊を飼っている。 名前は「ヒツジ」といって、とても人懐こくて愛らしい雌の羊だった。

 屋敷の裏手に、なんとなく仕切り程度に設けられた柵のなかでヒツジは草を()んでいた。

 リルファーナの姿を見つけたヒツジは、昨日と同じく瞳を輝かせて近寄ってくる。


「ヒツジ……抱きしめてあげたいけど、このドレス汚せないから……」


 毛刈り後とはいえ、柔らかな毛並みは心地が良くてつい顔を(うず)めたくなってしまう。湧き上がる衝動を抑えながらリルファーナはヒツジの背中を撫でる。


「そろそろ喉が渇きませんか? せっかく天気も良いことですし……このまま外でお茶に致しましょう」


 コレットの提案に頷くと、小さなテーブルと日除けの傘に、椅子、ティーセットがあっという間に運ばれてきた。外でお茶……と聞いて、ピクニックのような気楽なものだと想像していたリルファーナは手間をかけてしまったと申し訳なく思う。

 ――ひとりきりのお茶会。隣にはヒツジと、給仕のコレット。


「そういえば……王家の人たちはお城に住むものだと思ってました。クリスティナ様もそうだったから。ランティスは違うんですね?」


 果実入りの紅茶で喉を潤しながら、リルファーナは疑問だったことを聞いてみる。


「そうです。第一王子のレイアルド様は王城にお住まいですが、ランティス様は王位継承権を放棄した際に、この屋敷を改築し、住まいにしました」


「王位継承権を放棄、全然知らなかった……」


「リルファーナ様は王都から離れた場所で暮らしていたのですから、無理もないですわ。クリスティナ様もずっと不在ですし――」


 クリスティナとの手紙のやり取りが続いていたら、もしかしたら情報は得られていたかもしれない。けれど、第一王女であるクリスティナはリルファーナと同じく【精霊の愛し子】で、身体が元気になると精歌隊の一員として旅立ってしまった。


「では次期国王は、レイアルド様ということになるんですね」


「その通りでございます」


 ランティスは王妃としか血の繋がりがない。でもレイアルドは確かに現国王と王妃の嫡子(ちゃくし)だった。


「ランティスは出自(しゅつじ)を気にして、継承権を放棄したのかな……?」


「世間はそう見ていますが、ランティス様自身は違うようです。自分には王位に就くよりもやるべき事があると、魔術のお勉強に没頭していらっしゃいました。確か……ランティス様が十三、四歳の頃ですね」


「そんなに小さな頃から……」


 リルファーナは驚く。ランティスは自分より四つ上だった。十三、四くらいといえば、リルファーナは十歳でちょうどこの城にきた年だ。


「でもご安心くださいませ。ランティス様はご家族とはとても仲が良いんですよ。レイアルド様もよくこちらに遊びにいらっしゃるんですよ」


「そうなんですか……」


 第一王子が遊びに来るくらいだ。本当に家族間の(みぞ)はあまり無いのかもしれないということか。それにしても――


(ランティスの「やるべき事」ってなんだろう)


 大切な事があるのに、ラーニャ村まで来てもらったり、色々と面倒をかけてしまっている。

 ――もし手伝える事があるなら、力になりたい……。

 リルファーナが考えていると、隣にいたヒツジの耳がピクリと動いた。そしてヒツジが顔を上げたと同時に声が聞こえる。


「リルファちゃーん。ただいま〜!」


 声の主は、昨日同様、黒いフード付きマントですっぽりと顔と身体を隠した少年――テンマだ。その隣にはランティスもいる。ランティスも変わらず身体の右半身だけすっぽりと覆うように、魔術師の象徴である黒いマントを身につけていた。

 さっそくヒツジが嬉しそうに駆け出し、テンマに飛びついている。

 一方ランティスはそのままリルファーナのもとまで歩いてくる。


「ランティスおかえりなさい」


「ああ。庭でお茶をしてたのか……」


「うん。今日は屋敷の中と、お庭を案内してもらっていたの。ランティスは? 何をしてきたの?」


「オレは仕事だ。国王に話したいことがあってな。向こうもオレに鑑定してもらいたいものがあって、それで帰るのが遅くなった……」


「鑑定してもらいたいもの?」


「ああ。隣国の商人から珍しい鉱石が送られてきたらしい。美しい鉱石だった……とりあえず「宝の持ち腐れになるから、オレにくれ」と言ってきた」


「国王様に、強請(ねだ)ってくるなんて……」


 驚きと同時に、つい笑ってしまう。コレットの話しは本当だ。血は繋がっていなくとも親子としてお互いを受け入れてるのだろう。


「少しは元気がでてきたようだな――」


 ランティスは深い夜のような色の瞳を細めた。それからリルファーナの姿を眺め、逡巡の後に言う。


「リルファーナ、これを身につけていろ」


 美しい(あお)色の貴石(きせき)のついた指輪を己の手から外すと、リルファーナの左手を取り、人差し指に嵌める。


「あ! 僕とお揃いデス!」


 そばにやってきたテンマが「ほら」と言ってフードを取る。赤みを帯びた茶色の髪に、太陽のような黄金の瞳。悪戯っ子のような笑顔を浮かべてなければ、どこか神秘的にも見える容姿の少年だ。

 テンマは長い前髪を手で(すく)って耳にかける。テンマの左耳には指輪と同じ碧色の飾りがぶらさがっていた。


「緊急時にはこれを土に埋めるか、そっと大地に触れるだけでもいい。それだけで居場所がオレに伝わるからな……」


「僕のは耳飾りだから、地面に倒れるだけの簡単仕様なのデス!」


「わかったわ。何かあったらこの指輪で大地を触ればいいのね?」


「ああ、オレはこの大陸の鉱脈と繋がることができるから、情報がすぐに届く。使うような事態が起きないことが一番だがな……」


 とりあえず慣れない王都で迷子にだけはならないようにしよう……そうリルファーナは思った。


次回。


はじまった戦略会議の内容とは。


「おまえは音声担当だ」


「むりむりむりっ! だって私、なにも分からないから!」



宜しくお願い致します!

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