終章 「捧げる愛は永遠に」①
「どこへ行くつもりだ、リルファーナ」
ランティスに声を掛けられて、どきりとする。
リルファーナは振り向くと、訝る様子のランティスに笑顔を作って答えた。
「ちょっと用事を思い出したから……。ランティスは先に帰っていて」
「こんな時間に? 夜更けだぞ。用事ならオレもついていく」
「ううん。ひとりで大丈夫だよ」
そう言って逃げるようにリルファーナは部屋を後にする。
広い回廊を進みながら、ちゃんと笑えていただろうか……と、少し不安になる。
(ごめんなさい。ランティス……)
心の中で謝罪しながら、リルファーナは外へ出る。
明るい満月が地上を照らしている。
リルファーナが向かっているのは、精歌隊が逗留しているといわれる邸宅だ。
少し離れた場所にあるが、道に迷うことはない。
何故ならリルファーナの進むべき道を、精霊たちが教えてくれるから。
「こっちだよ」……と言わんばかりに、風が背中を押したり、草木は揺れ、花々は顔を傾けて標べをつくってくれる。
「教えてくれて、ありがとう……」
リルファーナがお礼を言うと、甘い薫風が頰を撫ぜ、植物たちは嬉しそうに身体を揺する。
邸宅が見えてきた。
驚くことに門が開いており、おかげでリルファーナは誰にも見咎められることなく、敷地内へと足を踏み入れる。
大きくて立派な邸宅の玄関口には、ナギが立っていた。
ナギはリルファーナ姿をみとめると、微笑んで手招きをする。
「お疲れ様、良い放送だった……。そろそろ来る頃合いだと思って待っていた」
リルファーナは驚く。
ナギとは、待ち合わせをしていたわけではなかったからだ。
「ナギさんは、何でもお見通しなんですね」
「何でも、というわけではない。ただ……今の貴女の気持ちはよく理解できる……」
「…………」
ナギとリルファーナの間に、戯れるように風が舞い踊る。
月光が輝きを増し、小さな虫たちが一斉に高い声をあげ歌い始める。
数多の生命力が鮮やかにリルファーナに目に映っている。
それはきっと、ナギも同じだ……。
(わたしは、今、ナギさんと同じ景色が視えている)
それは二人が「精霊の巫女」だからだ。
リルファーナは呪いから解放されたことで、今まで視えなかったものが視え、身体の奥に波打つような力の躍動を感じている。
「貴女の力は強い。精霊に愛された貴女の魂が強いということだ。蘇った力が怖いか……?」
「…………はい」
リルファーナは素直に答えた。
「わたしは怖い。大切な人を傷つけるのが怖い……」
また「あの日」のように、哀しみと罪に心を失い、大地を壊してしまったらと思うと、恐怖でどうにかなってしまいそうだ。
――だから、ここに来た。
「ナギさん、お願いがあります。ナギさんにしか出来ないことです。わたしの魂を……封印してください」
「…………」
「お願いします――」
リルファーナは目を伏せた。
月明かりで生まれた自分の影が濃く伸びているのが見えた。
(わたしは……わたしが過去に犯した罪を赦せない。だから決めたんだ……)
同じ過ちを繰り返さないためにも……。
自分がこのまま存在していたら、きっとまた誰かを傷つけてしまうと思うから。
しかし、ナギは言う。
「貴女を慕う者たちの気持ちはどうなる。貴女がいなくなったと知れば悲しむだろう?」
「わたしのことは……旅にでも出たと、ナギさんが伝えてくれれば、」
「それで納得するものか。……クリスティナだって悲しむ」
「それこそ、大丈夫ですよ……。みんな……そのうち忘れてしまうと思うから……」
時が経てば、リルファーナがいないことが日常になる。
そうすれば思い出す事もなくなり、リルファーナの存在は、記憶の彼方に沈んでいってしまうだろう。
――だから、大丈夫……。
(放送部も、たくさんの人が参加してくれることになったし)
リルファーナひとりが消えても、すぐに誰も気に留めなくなる。
そして皆、このカナディス大陸で幸せに生きていけたら良い……。
「だからナギさん、わたしの魂を封じてください――!」
リルファーナは深く頭を垂れた。
足元にみえた自分の影が揺れている。
そこへ……背後から別の長い影が伸びてきた。
ナギのものではない。
はっとしてリルファーナは振りむく。
そこには月明かりを背負うようにして、ランティスが立っていた。
「ランティス……! 今の、聞いて……」
リルファーナは青ざめる。
よりにもよって、一番聞かれたくなかった人に聞かれてしまった。
「では、貴石の魔術師を説得できたら、またおいで――」
「待って……ナギさん!」
引き止めようとするが、ナギは足早に邸宅のなかへと消えいく。
「…………」
(……ランティス……、きっと心配して、追ってきたんだわ)
もっと気を付けていれば……と、今さら後悔しても遅い。
ランティスの表情は月明かりを背負っているせいで見えない。
けれどゆっくりと近づいてくる気配は、どこか威圧的でリルファーナは後ずさる。
「ランティス、怒ってる……?」
おそるおそる訊いてみる。
するとランティスは、歩幅を広げ一気に詰め寄ると、離れようとするリルファーナの細い腕を掴んだ。
「ああ、怒っている。呪いを解いてもなお、おまえの心を救えていないオレ自身にな……!」
強い力で腕を掴まれ、見上げたランティスの表情は、闇夜のなかでさらに翳りを帯びていた。
リルファーナは首を振る。
「わたしのことは、もう……いいよ」
「良くない! 何故おまえは、いつも生きることから逃げるんだ!」
「っ……ランティスには言われたくないよっ! ランティスだって、わたし達の為に死のうとしたくせに!」
「それはっ……! それしか方法が無いと思っていたからだ。オレはずっと、おまえを救うことだけ考えて生きてきたんだから……」
そんなふうに真っ直ぐに言われたら、胸が熱くなる。
愛しいという気持ちが溢れてきてしまう……。
「もう……呪いは解けたんだし……ランティスは自由になったんだよ」
リルファーナは顔を背けながら言う。
腕を掴む力が、さらに強くなった。
「……そうだな。オレは自由だ。だからオレが何をしようと勝手だろ」
「そうね……やっと、わたしという重荷から解放され…………っ!」
リルファーナの言葉は最後まで続かない。
強く掴まれた腕をひかれ、ランティスに抱き締められる。
甘い痛みがリルファーナの胸にはしった。
「――生きろ! リルファーナ!」
力強いランティスの声が耳朶に響く。
同時に熱い鼓動までもが、身体に伝ってくる。
(ランティス……あなたは、どうして……)
こんなに求めてくれるのだろう。
リルファーナが心の奥に閉じ込めている、弱くて、折れそうなところに手を伸ばしてくれるのだろう。
(……好き……ランティス……)
今、この時だけなら許されるだろうか。
リルファーナは、自分の両腕をゆっくりと、ランティスの背にまわす。
「好き、ランティス」
呟いた想いに応えるように、ランティスがリルファーナの身体をしっかりと抱き締める。
「オレだって……ずっと好きだった。曄藍の魂を継いでいるからじゃない。リルファーナが懸命に生きようとしている姿をずっと見ていたから……。愛している、リルファーナ……」
「ありがとう……ランティス……」
――幸せだ。
あまりにも幸せで、胸がいっぱいで涙がでてくる。
(この温かさ……忘れない……)
溶けあうような温かさに、ひととき身を委ねたあと、リルファーナは回していた両腕を解いた。
ランティスの腕も離れていく。
だが惜しむように今度はリルファーナの両手を、己の両手で包むように優しく握りしめる。
「ランティス、わたしね……決めたの。わたしは大好きな人達がいるこの大陸を壊したくない。もう転生もしない。ナギさんに魂を封印してもらう……」
「オレはこの大陸がまた壊れようが構わない。おまえを哀しませる世界なら、いっそ壊れてしまえばいい。オレは……おまえが生きていてくれれば、それで良い……」
「もう……っ、……ランティス、それは物騒すぎるでしょ……」
リルファーナは泣きながら笑ってしまう。
愛しい人が、自分の「生」を望んでくれることが、とても嬉しかった。
(ああ……わたし、本当は……)
「リルファーナ、生まれた意味を知っているか?」
「え……生まれた意味……?」
リルファーナは首を捻る。
一方、ランティスは優しく瞳を眇めて頷く。
「人は皆――『幸せになるため』に生まれてくるんだ。どんなに穢れを負った魂でもな」
「……、幸せに……なるため……?」
「そう――だからリルファーナ。おまえは生きていて良いんだ。どんなに強大な力を持っていようが、おまえは、一人のおまえとして……幸せになるために生まれてきたんだ」
見開かれたリルファーナの瞳から、大きな雫が溢れる。
「わたし……、わたしは……っ……」
うまく、喋れない。
ランティスの言葉が、リルファーナの心の奥に佇む深い闇を照らすように、真っ直ぐに突き刺さってきたから。
(わたし……みんなを傷つけるのが怖い。……けれどそれ以上に……こんなわたしが……生き続ける意味がわからなかったから――)
「大丈夫だ、リルファーナ……」
月明かりを頼りに、濡れたリルファーナの頰にそっと唇を寄せるランティス。
宥めるように口付けたあと、しっかりとリルファーナの瞳を見据えて言った。
「オレたち……、今度こそ幸せになるために生きるぞ――」
「――っ、…………はい……」
頷くとランティスが嬉しそうに笑ったような気がしたが、溢れる涙でそれは見えなかった。
次回。
最終回。放送部一同は……。
5月5日。新月の日に更新します。
ということで、新月の夜にお会いしましょう!




