第5章 「闇のなかの月明り」⑧
「大陸祭」の始まり。
リルファーナは、ひとり、リステリア国放送部の宣伝のため、大広場の舞台へと上がる。
大陸祭が始まった──
「大陸祭」とは年に一度、カナディス大陸の大国……グランヴェル国で、夏の時期に執り行われる盛大な祭りである。
植物達の生命力が漲り、数多の美しい花々が狂い咲く季節でもあることから「花祭り」とも呼ばれ、親しまれている。
だが、ただの祭りではない。
大陸と名のつく祭りに相応しく、各国の王族達がグランヴェル国に集まり、交流や会談が行われる。
会談の内容は主に流通に関してのことや、法律などの改定案の意見交換など多岐にわたる。
一般人にも関係のある案件の討議が行われるため、大陸中の注目がこの「大陸祭」に集まるのだ。
さらに「精歌隊」が、この大陸祭に合わせてグランヴェル国に巡礼として訪れる。
大陸祭の最後には、一般人の出入りを禁止し、巨大な水晶塔の建つ大広場で「精歌」を捧げるの儀式が執り行なわれる。
精歌隊の歌う姿は見えないが、大広場のはずれで「精歌」を聴きながら祈ると、その一年は幸運に恵まれると謂われており、実際これが目的でグランヴェル国にやってくる者が多かった。
グランヴェル国の王都に作られた大広場では、朝から催し物で賑わっている。
各国の伝統ある舞踊が披露されたり、珍しい品々を集めて「競り」が開催されていた。
街は街で、観光客向けに限定商品や、割引商品を謳って客引きに余念が無く、どこもかしこも人で溢れている。
リルファーナは緊張した面持ちで、大広場の舞台の上にひとり、立っていた。
ランティスの兄であり、リステリア国第一王子であるレイアルドの計らいで、放送部の宣伝のためにと、飛び入りで舞台に立つことになってしまった。
「は、はじめまして! リステリア国放送部のリルファーナ・ルナディアです。今夜、グランヴェル国の放送部にお邪魔させて頂くことになりました。ぜひ、聴いてください! あの……それから、リステリア国放送部では、まだ知られていないリステリアの見所をたくさんご紹介しています。放送日は新月の夜です。こちらも、宜しくお願いしますっ!」
眩しい陽射しのなか、大勢の人たちの注目を浴び緊張で身体が熱くなる。
短い宣伝文句をなんとか喋り終え、リルファーナは深々とお辞儀をした。
すると大きな歓声が湧き、リルファーナは驚いて顔をあげる。
「グランヴェル国へようこそ!」
「今夜、楽しみにしてるよ!」
「リステリアにも遊びにいくねー!」
温かな応援の言葉とともに、たくさんの人々が拍手を送ってくれる。
リルファーナも笑顔で手を振った。
舞台から降り息をついたところで、赤髪が特徴的な一人の青年に声を掛けられる。
「はじめまして。バナシール国で放送部をしている、ジェフと申します」
「バナシール国の……放送部の方!?」
(バナシールにも放送部があったなんて、知らなかった!)
てっきり放送部があるのはグランヴェル国とリステリア国だけだと思っていた。
そんなリルファーナの思いを汲んだのか、ジェフは感じの良い笑顔を浮かべながら、首を振る。
「我が国には大きな魔力を持つ魔術師がいないので、カナディス大陸全体への放送はしていません。国内のみの放送をしています」
「そうだったんですか……」
――それはそれで、なんだか勿体無い気がする。
(さっきの踊りも、すごく素敵だったし)
ちょうどリルファーナが登壇する前、バナシール国の伝統舞踊が催し物として披露されていた。
とても情熱的で躍動感のある舞いは、見ているとこちらまで身体を揺らしたくなるほど心を熱くさせ、観衆も湧き立っていた。
――大陸は広い。
国や地域によって、さまざまな文化があるのだと、リルファーナは改めて知った。
(巫女のせいで、一度、大陸は壊れてしまった……。けれど長い時間をかけて新たな歴史を積み、さまざまな文化が生まれてきたんだわ)
同時にカナディス大陸とゴシュナウト大陸が、今もひとつの地続きであったなら……と、想像してしまう。
それに――
(消えなくて良かった命が、たくさんあった……)
過去に起こしてしまった過ちに、リルファーナの胸は冷たくなった。
夕暮れ。
大広場での催し物は終了し、精歌の儀式のために一般客の退出が始まった頃、リルファーナは控えの間にいた。
マイラ夫人とコレットも一緒だ。
「精歌隊と一緒に歌うなんて、びっくりしたわ。けれど良い機会だから頑張りなさい! 衣装はちゃんと貴女に合うように直しておいたわ!」
「有難うございますマイラ夫人! 頑張ります!」
「リルファーナ様の関係者ということで、私達は特別に大広場の入場を許されたのです。今から楽しみですわ」
コレットも精歌隊が間近で見れるとあって嬉しいのだろう。いつも以上に声が弾んでいる。
二人に手伝ってもらい、リルファーナは精歌隊の衣装を身につけていく。
一枚一枚が透けるくらい薄く織られた麻布を、幾重にも全身を覆うように纏っていく。
マイラ夫人の手腕のおかげで、衣装はリルファーナの身体にぴったりと馴染み、何枚も重ね着をしているにもかかわらず、とても動きやすい。
「リルファーナ姫、少しいいかな?」
「エルドル王子! ジューダ王子もご一緒ですね。お疲れ様です!」
準備が整った頃合いに、エルドルとジューダがやってきた。
(わあ……今日はまた一段と、とても豪華だわ……)
二人の王子は、いつもより何倍も豪奢な衣装を身につけていて、リルファーナはその眩しさに何度か目を瞬いてしまう。
少し離れた場所から、マイラ夫人が目を剥いてこちらを見ている。
きっと王子たちの衣装が気になって仕方無いのだろう……。
「リルファーナ姫、精歌の儀式の前に、一度ちゃんと話しておくべきだと思って……」
「お話、ですか……?」
「謝りたかったんだ。君を傷つけてしまったことを」
エルドルの言葉にリルファーナは目を丸くする。
「謝られることなんて、なにも……」
確かに、少し怖い思いはした。
けれど……エルドルにはエルドルの事情があってしたことだ。
「いや……今になって、ようやく自分の犯したことの重大さに思い至った。闇を呼び込み、呪いをかけるなど……正気の沙汰では無いな。どうか許してほしい……」
「許すもなにも……。わたしは何も知らずに生きてきたので。精歌の巫女は、エルファイスの事を親友と慕っていました。だから……生まれ変わりであるエルドル王子に「幸せになってほしい」と、わたしは思っています」
「有難う……」
エルドルが微笑みながら、しっかりと頷く。
「では儀式のあと、放送のときにまた会おう――」
「はい、よろしくお願いします」
去っていくエルドルとは逆に、今度はジューダが話しかけてくる。
「儀式が終われば、エルドルはもう魔術師ではいられなくなる。この意味が解るか?」
「……どういう……ことですか?」
「今夜をもって、グランヴェル国放送部は終わりになるかもしれない」
「終わりって、そんなっ!」
何故かと訊こうとしたところで、先ほどのジェフとした会話を思い出すリルファーナ。
(強い魔力が無くちゃ、放送はできないんだ……)
「エルドルの力の源泉は「闇」だ。浄化の儀式が終われば力を失ってしまう……。ここへ来る前に、今夜の放送をするための魔力の供給を、貴石の魔術師に頼んできたところだ」
「どうにか……続ける方法は無いんでしょうか」
「難しいだろうな。出来たとしても、せいぜい国内だけの小規模なものになる。それで続けていくかどうかは、エルドル次第だな」
バナシール国放送部も、国内でのみの放送だと言っていた。
強い魔力を持った魔術師がいなければ、大陸全土に向けた放送はできないと……。
「あいつの声が聴けなくなると思うと残念だが、仕方がない……。だから今夜は、エルドルのために良い放送ができたらと思う」
「わ、わかりました!」
少し寂しげな余韻を残して、ジューダは去っていく。
(放送部が無くなる……)
グランヴェル国放送部が終わってしまったら、たくさんの人たちが残念がるのは目に見えている。
放送しているエルドルは楽しそうだった。
どういうキッカケで放送部を始めたかは分からないけれど、きっと今、エルドルが一番悔しがっている気がした……。
放送部のことをぼんやりと考えながら、リルファーナは大広場に向かう。
群青が滲んできた空には、真っ白な満月が浮かんでいる。
まだ気温は高いが、吹いてくる冷気を孕んだ微風が、身体の熱を宥めてくれた。
大広場に建てられた水晶塔が、満月の光を受けて、淡い輝きを放っている。目を凝らすと水晶塔の前に、ランティスとナギが立っているのが見えた。
「ランティス、ナギさん、もうすぐですね……!」
リルファーナが声を掛けると、二人は振り向く。
「ああ、いよいよだ――」
そう答えたランティスの瞳の奥に、積年の想いが見えた気がして、リルファーナの胸はぐっと詰まる。
ランティスはリルファーナの呪いを解くために、人生の全てを費やし、果てには命すら投げ出そうとした。「オレの愛を受け取ってくれ」と抱きしめながら言われた時、ランティスがずっと想っていた相手が「精霊の巫女」の魂を持つ自分のことだと知った……。
(わたしの勘違いじゃなければ、だけど……)
「陽が完全に落ちたら、儀式を始める――」
ナギが、水晶塔に触れながら言った。
陽が完全に落ちるまで、あと半刻ほどだろうか。今はまだ、山裾に姿を隠した太陽の残滓が燻っている。
満月を仰ぎながら、リルファーナはふと疑問に思った。
「ランティスは、何を手伝うの……?」
「オレは、水晶塔の強化をお願いされた。そう難しいことではない……」
「水晶塔は、何に使うものなの?」
「この水晶塔は精歌隊の所有物で、大陸の主要都市に配置されている。水晶は鉱物界が人間にもたらした恩恵のひとつ。力のある者が手順を踏み扱えば、大陸のどこにいても繋がりあえる。故に――これを使うことで、大陸全土に精歌隊の歌が届けられる」
「――歌が! グランヴェル国にいなくても、精歌が聴けるってこと⁉︎」
「ああ。声はぼんやりとしか伝わらないだろうが、歌の力ははっきりと伝わるだろう」
「そうなんだ……。放送の時のように、声ははっきり伝わらないんだね」
「やりようによっては、はっきりと歌も聴けるようにできるが……やるか?」
「ええっ! そんなことができるのランティス」
さすがにリルファーナだけでなく、ナギも驚いていて目を見開いた。
ランティスだけが涼しい表情で、言葉を紡いでいく。
「放送を聴くために使う受信機でなら、聴けるようにできる。――簡単だ。水晶塔の周波数を定めれば良いだけだからな。魔力の弱い魔術師でもできるぞ。あとは自然に、各都市にある水晶塔同士が連携してくれるから声は簡単に届く。放送部のとき、オレはいつもカナディス大陸図の上に魔法陣を組むが、水晶塔が既にその役割を果たしてくれている……」
「ははっ……恐れいったよランティス殿下」
ナギが笑いながら肩を竦める。
一方、リルファーナは大きな答えを見つけた気がしてならなかった。
(魔力が弱い人でも、水晶塔があれば、……声は届けられる!)
これは、あらゆることの解決の糸口になるのではないか――
脳裏に、バナシール国のジェフの顔や、ジューダの寂しげな様子が浮かんだ。
「申し出は有難いが今回はいい。貴方も今夜の放送部で魔力を使うのだし、貴方のなかの術式を使わせてもらえれば、浄化の儀式もずいぶん楽になるのだから」
「術式……?」
リルファーナは首を傾げる。
そう……とナギが頷いて言う。
「ランティス殿下は呪いを解くために、己の「魂」を核として、身体全体に複雑な術式を作り上げている。鉱物界と繋がり、鉱物界の一部となって浄化に有効な叡智を組みあげてきたのだろう。これは誰にも真似できないであろうな……美しく緻密な……宇宙を模した紋様のような術式だ。それを浄化の際に、使わせてもらう」
「そんなことをして、ランティスの身体は大丈夫なんですか?」
不安になる……。
ランティスはリルファーナの呪いを解くためなら、自分の命すら厭わない。だからランティスの中にある術式を使うことで、辛かったり、何か苦しいことが起こるなら嫌だ。
「大丈夫だよ、リルファーナ」
優しく目を眇めながら、ランティスが言う。
「本当に?」
「それについては「精霊の巫女」として誓う。命を害することは無い――あくまで術式を転写させてもらい流用するだけだ」
「良かった……」
リルファーナは安堵する。
いくら呪いが解けたとしても、ランティスが傷ついてしまったら意味が無いのだから。
「さあ、リルファーナ姫もそろそろ準備を」
「はい。それでは行って参ります」
「ああ、また放送の時にな――」
陽は完全に落ちた。
精歌隊の列に加わろうとしたリルファーナのもとに、駆け足でやってくるテンマの姿が見える。
「テンマ、来てくれたのね!」
「リルファちゃんの歌、楽しみデス! ……あれ?」
明るい満月の光の下、テンマが怪訝な顔をしてリルファーナの顔を覗いてくる。
「リルファちゃん、何か悩みごとデスか?」
「う、うん……悩みというか、何とか出来ないかなって……」
「何を、デスか?」
「放送部のこと。あのねテンマ……お願いがあるの――」
「リルファちゃんの頼みなら! 僕は何をすればいいデスか?」
「あのね、わたしね……」
リルファーナが、そっと耳打ちした内容に、テンマは驚きながらも瞳を輝かせた。
読んで頂き、本当にありがとうございます!
今月中に完結させたいのに。
一向に終わりません……。
次回。
浄化の儀式。
満月の放送にて、エルドルが出した答えと、リルファーナとテンマが考えた、新しい放送部の在り方とは……。




