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第5章 「闇のなかの月明り」⑥

ジューダの発した声によって、命を繋いだリルファーナ。


ジューダの正体とは。


そして、リルファーナ自身にも、ふたたび蘇る記憶が……。

「その響き……そんな、まさか……」


 エルドルが呆然(ぼうぜん)と呟き、立ち尽くす。

 一方でジューダは、エルドルを制する声を上げたあと、頭を抱え(うずくま)ってしまった。


「大丈夫ですか? ジューダ王子」


 なんとか命を繋いだリルファーナは、ジューダの身を案じる。

 ジューダは苦しそうに呻いていた。

 一体、彼の身に何が起こったのか……。

 先ほど彼は、エルドルではなく「エルファイス」の名を呼んだ。しかも「女」のような声音で。

 怪訝(けげん)に思いながらも、リルファーナはまず、ジューダの様子を確かめようと(きびす)を返した。

 背中にはエルドルがいるから、また剣を向けられるかもしれない。


(でも、もう……覚悟はできてるから……)


 一度決心したせいか、リルファーナの心は落ち着いていた。

 ただランティスの顔だけはどうしても見れなかった。痛いくらいの彼の眼差しが、こちらに向けられているのは分かってはいたが。



 ジューダは頭を抱え、荒い呼吸を繰り返していた。

 再度ジューダに声を掛けようとリルファーナは口を開くが、それは言葉にならなかった。

 何故ならズキリと頭が鈍く痛んだと思った瞬間、(まぶた)の裏に(ひらめ)く光景に、意識の全てを持っていかれたからだ。

 ――記憶だ。それも「精霊の巫女」の……。


(全部、(おも)いだしたと思ったのに……まだ、何かが……)


 頭がぐらつき、リルファーナはぎゅっと瞼を閉じる。


「リルファちゃん――!」


 よろめき、倒れそうになった身体を、駆け寄ってきたテンマが間一髪で支えた。

 背中に微かな(ぬく)みを感じながら、リルファーナは湧き上がってくる記憶の奔流(ほんりゅう)に身を任せる。


(ああ、そっか……あなたは……)


 記憶は一筋の光となって、リルファーナに答えを導いていく。

 (つむ)っていた(まぶた)の力を緩めて瞳を()っすらと開ける。すると視界の向こうにも、ぼんやりとした光が視えた。

 光は三つ……。それぞれが違う輝きだとリルファーナにはわかった。

 光は目の前にいる人物に重なり、懐かしい姿をリルファーナに()せた。


 ランティスは、ヨウランに。

 そしてエルドルは、エルファイスに。

 そして、ジューダは……。


『――お久しぶりですね。レノア様』


 無意識で口をついて出きた言葉に、リルファーナは自分で自分に驚愕する。

 言葉につられたジューダが顔をあげた。

 瞳に強い困惑の色を浮かべていたジューダだったが、彼は驚くことにこの瞬間、薄っすら微笑したかと思えば、つい先ほどと同じ声色で応えたのだ。


『――ご機嫌(うるわ)しく……巫女様……』

 

 我に返ったジューダは、はっとして自分の口元を手でおさえる。

 見守るエルドルの瞳から一筋の涙が伝い落ちた。


「俺は、今……何を言った? 魔術か? 俺は今、俺では無い何かに動かされていた……」


「それはジューダ王子のなかに眠る、レノア様の声です。ジューダ王子は、レノア様の生まれ変わりなんです」


 リルファーナが告げると、ジューダの困惑の色がさらに濃くなった。


「俺が……レノアの生まれ変わり……」


 これが真実だ。

 リルファーナだって驚いている。いやリルファーナだけじゃない。此処にいる誰もが、この数奇な運命の巡り合わせに驚いている。

 ジューダは動揺しているようだが、一方では、思い当たる節があるようで逡巡している。

 リルファーナの視界に浮かんでいた光も、今はもう完全に消え去っていた。


(ジューダ王子のなかの、レノア様が目覚めた……?)


 何故、今、だったのだろうか……。

 不思議でならなかったが、リルファーナはエルドルの闇に触れたことで、強制的に過去世の自分と向き合わされた。もしかしたらジューダも、エルドルの闇に近いところに身を置いたせいで、自分のなかの魂の記憶が揺さぶられたかもしれない。


「覚えていますか? わたし達、たった一度だけ会ったことがありましたよね」


「……」


 記憶を頼りにリルファーナは話を切り出す。

 それは精霊の巫女が、レノアと出会ったときの記憶だ。


「精霊の巫女」は世界を構成する「植物界」、「鉱物界」に愛される存在だったが、実は他にも類稀(たぐいまれ)なる才があった。それは――霊視の力だ。

 今のリルファーナにそんな才は見当たらないが、巫女はレノアと会っていた。

 巫女は「魂」の本質を見抜き記憶していたことで、今のジューダが何者なのか知ることができた。

 だが同時に、リルファーナの心は重苦しくなる。


「わたしのせいで、レノア様は命を落とすことになったんです。そして貴方とエルファイスを引き裂いてしまった……。ごめんなさい。今のわたしには謝ることくらいしかできません……」


 恨まれて当然だと思う。

 あんな事が無ければ、きっと二人は幸せになっていただろうから。


「レノアは、」


 ついにジューダが口を開いた。

 瞳はどこか遠くを見つめるように視線を揺らしていたが、口調だけはしっかりとしていた。


「レノアは……(とこ)に伏しながら、いつも巫女に会いたいと思っていた。レノアは孤独だった巫女の気持ちを痛いほど理解していたから」


「わたしも、レノア様のこと大好きでした……」


 精霊の巫女は、神殿から連れ出され、薄暗い屋敷のなかで日々を過ごしていた。

 そんな巫女のもとへ、美しい姫君――レノアは訪問してきたのだ。

 歳の近い女同士だったことや、生まれながら窮屈な思いをして生きてきた二人は、どこか通じ合える存在だったのだろう。

 彼女がエルファイスの婚約者だと知って、巫女はとても嬉しく思った。

 だけど会えたのは一度きり……。

 レノアが体調を崩してしまい、それきり会いに来ることはなかった。


 ジューダは彷徨(さまよ)わせていた視線を、今度はエルドルに向けた。

 その瞳は愛しい者を見る時のように、優しく(すが)められる。


「……ジューダ……君は……」


 エルドルは滂沱(ぼうだ)の涙を流していた。

 呟いた声は掠れ、手に持っていたはずの闇の剣も、いつの間にか消えていた。


「エルドル……、俺は満月の夜、「放送」を通しておまえの声を初めて聴いた時、意味の分からぬ衝動に駆られたんだ。その理由がやっと分かった。俺は……おまえの魂に惹かれたんだな」


 ジューダはそう言いながら、エルドルのそばへ歩み寄る。

 そして子供のように涙を流すエルドルの頰に腕を伸ばし、溢れる雫を指先で拭う。


「レノアの最期は、エルファイスに出会えた人生を愛し、エルファイスを愛し、生まれ変わった未来でもう一度、おまえに会いたいと願って幕を閉じた。……決して、不幸では無かったんだ」


「……レノア……」


「レノアはもういない。おまえは今でもレノアを愛していると言ったが、転生した俺はレノアそのものでは無いし、男だ。がっかりしただろう……?」


「まさか……」


 エルドルがジューダの指先に自分に手を重ねると、そのまま優しく握りしめた。

 お互いの温もりが重なり合う。


「唯一の親友だと思っていた君が、レノアの生まれ変わりで嬉しい……」


「エルドル……俺は、おまえの望みを叶えてやりたいと思っていた。だが俺のなかのレノアはそうでは無いらしい……」


「どういう意味?」


「復讐は望んでいない、ということだ」


「……レノア……でも」


 エルドルの瞳に、葛藤の色が見え隠れした。


「毎夜、夢をみるんだ。レノアが苦しみながら消えていく夢を……。そんなレノアの姿をみるたび、私は苦しくてどうしようもなくて、心は憎しみと哀しみに()かれていく」


「それは【闇】に支配されているからだ。おまえは心を制御し、闇を使役(しえき)していると思っているが、その魂は闇の声には逆らえない」


「でも……」


「俺は苦しんでない。俺のなかのレノアもだ。……俺の言うことが信じられないか?」


「……」


 ジューダの真っ直ぐな瞳に、エルドルはゆっくりと(かぶり)を振って答える。


「――いや信じるよ。君以上に、私を縛れるものは無いのだから……」


「そうか。良かった……」


 リルファーナは安堵の思いで、二人を見つめていた。

 自分の贖罪が消えたわけではないが、それでも現世で二人が思いを通わせることができて良かったと思う。

 穏やかな空気が広がっていくなか、ランティスとテンマだけは、まだ警戒を解いてはいなかった。

 とくにランティスは、冴え冴えとした冷たい眼差しをエルドルに向けていた。



読んで頂き有難うございます!


予測以上に、苦戦した挙句、くどくなってしまった回でした。


少しでも楽しんで頂けた部分があったら嬉しいです。


次回。


リルファーナの呪いを解くために生きてきたランティスは、

その想いを遂げようと、もう一度剣をとる。



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