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第5章 「闇のなかの月明り」⑤

精霊の巫女としての記憶を取り戻したリルファーナ。


贖罪の想いから、ある覚悟を決める。

 反射的に身体が(すく)み、リルファーナは両の拳をぎゅっと握った。

 こんなに激しくて暗い感情を向けられたのは初めてだ。

 今まで生きてきて、見下されることや馬鹿にされることはあった。でもリルファーナのそばには、同時にすべてを包んでくれる優しさもあったのだ。

 だから前を向いて生きてこれた。けれど……


「エルドル王子……、いえ、エルファイス……」


 消え入りそうな小さな声で、リルファーナは呟いた。


(そう、わたしは全部(おも)いだした。わたしの魂の記憶……)


 (まぶた)の裏にこの瞬間も巡っている。

精霊(せいれい)巫女(みこ)」として生きていた、遥か……遥か太古の記憶。

 その最期は壮絶で、心に孤独を秘めたまま、女の子は自ら命を絶つことを選んだ。

 ――同じ魂を共有していることが、いまだに信じられない。

 けれど、蘇っていく記憶のそばで、ランティスとエルドルの会話が聞こえてきたのだ。


『レノアを死に追いやった巫女を赦さない』


 その声を聞いたとき、リルファーナは悟ってしまった。

 巫女としての自分が亡き後、世界がどうなったのか。そしてその元凶をもたらしたのは、紛れもなく自分であったことを……。

 それだけに、真実を知ってひどく胸が痛んだ。


(わたしだけが、何も知らず生きていた……。二人を永い間苦しめてきたのは、わたしなんだ……)


 エルファイスが闇に染まってしまったのも、巫女が大陸を壊し、その時に巻き込まれたレノア姫が死んでしまったからだ。

 そして何より……最期の時まで巫女のことを案じ、そばにいてくれたヨウラン。彼は、ランティスだった。


 ランティスは自分が傷付くのも構わず、リルファーナを護るために戦ってくれていた。

 きっと……もうずっと前から、ランティスはリルファーナのために動いてくれていたに違いない。


(わたしが、二人の魂を狂わせてしまった……)


「――ごめんなさい。エルファイス、それにヨウランも……」


「リルファーナ……」


 ランティスの夜空のような色の瞳が、何かを言いたげに揺れていた。

 謝罪するだけじゃ駄目だということも理解している。

 それにリルファーナのなかの「精霊の巫女」は、親友であった二人の争いを望まない。ましてレノア姫の命や、たくさんの命を消してしまったことを、今さら無かったことにはできない。だから……。

 リルファーナは、エルドルにしっかりと向かい合い、覚悟を決めて言った。


「今のわたしに出来ることは、何でもします!」


「……へえ。ずいぶん腹を(くく)ったものだね。もっと絶望して泣き(わめ)く姿を見たかったのに」


 変わらず()てつくような眼差しでリルファーナを見据えるエルドル。

 思わず目を逸らしたくなったが、贖罪の気持ちがリルファーナを奮い立たせていた。


「そうか――なら……死んでくれる?」


 エルドルから凄まじい殺気が(ほとばし)る。

 そして闇の剣を振りかざし、リルファーナのもとへ足早に迫ってくる。


「っ! 駄目デス!」


「絶対にそんなことはさせないっ!」


 (しび)れた身体の内で、密かにずっと力をためていたテンマが、ナイフごとジューダの腕を捻り上げて束縛から逃れると、リルファーナの前に立つ。

 ランティスも素早く剣を拾い上げると、ふたたび魔術を発動させながらエルドルの行く手を塞ぐ。


「二人ともっ、わたしのことは良いからっ……!」


 このままでは、ランティスもテンマも傷ついてしまう。

 そんな哀しいこと、それこそ耐えられない……!


「エルドル王子! どうか、二人は傷つけないで!」


 リルファーナは懇願し叫んだ。

 しかし、傷ついて欲しくない肝心の二人は、エルドルと対峙する。

 振り返らず、まだ少年の……小さな背中を向けたまま、テンマが言った。


「リルファちゃんの過去のこと、ランティスからすべて聞きました。心配しないで。これから僕の書く脚本(シナリオ)では、何があっても必ず……お姫様は幸せになるって決まってるんデス!」


「……テンマ」


「テンマの言う通りだ! ――おまえは安心して(まも)られていろ!」


 力強いテンマとランティスの声に、リルファーナの視界が涙で滲んでいく。

 ふと、温かい感触が肌の表面に蘇ってきた。

 この温もりは、いつかランティスが抱き上げてくれた気遣いに満ちた優しい腕の感触か、いや……もしかしたら孤独な「精霊の巫女」に触れた(ただ)一人の、ヨウランの愛しさが込められた腕の熱さか。

 ――どちらでもいい。

 どちらも、今のリルファーナの心を温めてくれている。


(わたし……ランティスとテンマに会えて本当に良かった。二人のこと大好きだよ。今のわたしに巫女としての力があるかは分からない。けれど、もしそうだったとしたら……二人のいる世界を壊したくなんてない!)


 二人だけじゃない。

 リルファーナに優しくしてくれる人達。放送部を始めてから出会った人達。

 笑顔向けてくれた人達……。

 みんな大切だ。

 その人達のために自分が消えることなんて、怖くない――


「邪魔をするな! 今こそレノアの(かたき)を――」


 エルドルの闇の剣が咆哮(ほうこう)を上げ、ランティスの剣を弾いた。

 テンマが腕を広げ、リルファーナの盾になろうとする。


(絶対に、傷つけさせない……!)


 リルファーナは左脚の痛みも忘れ駆け出し、力いっぱいテンマの身体を押しやると、エルドルの操る刃の先に立った。


「リルファーナ――!」


 ランティスが叫び、腕を伸ばす。

 その深い藍色の瞳を一瞬見つめてから、リルファーナは目を閉じた。


(ランティス……わたしね、ランティスのこと好きだったよ。そして母さん……ごめんね……)


 心の中で育ての母――ハンナに謝る。

 ハンナは最期、リルファーナに言った。「生きて、ちゃんと幸せにおなり……」と。

 その願いは果たせないけれど、大好きな人がいる世界を哀しみに染める可能性は無くなるのだ。


(許してね、母さん。これが一番良いの……)


 だが――意外な人物の声が、エルドルの刃を止めることになる。


「おやめください! エルファイス様!」


 その「声」は男のものであるはずなのに、まるで女が喋ったような響きを持っていた。

 息をのんで、エルドルが静止する。

 驚いたリルファーナも、瞼をあけ振り向いた。


「ジューダ、王子……?」


 確かに「声」は、ジューダから発せられたものだった。

お読みくださり、有難うございます!


もうこの物語の行方は、予想がついたのでは無いかと思います。


いや……まだまだ頑張らせてもらいますが。


作者の思惑とは別に、キャラクターが動いていってしまう不思議に戸惑いながら、

書き進めております。


次回。


ジューダの発した声の意味とは。


リルファーナのなかの巫女の想いが動いていく。


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