第5章 「闇のなかの月明り」③
リルファーナの魂を滅しようとするエルドル。
そして、リルファーナの魂にかけられた呪いを解き、護ろうとするランティス。
相反する二人の戦いが始まる。
煌めく白光と、それすらも覆ってしまうほどの濃密な闇とが、ぶつかり合う。
ガキィッッ!
刃が交わった瞬間、空間を揺るがす音と衝撃が部屋中に伝播する。
窓ガラスは割れ、豪華な調度――テーブルや上質な布がはられた椅子も倒れ、花瓶に挿していた花も、エルドルの闇の残滓に触れて朽ち果てていた。
「――っぐ!」
「ふふ……そんな力では私を倒せないよ」
刃が交錯した向こうで、エルドルが余裕の笑みを浮かべて言った。
「そんな力」――この場合は魔力の大小のことを指している。剣だけでの戦いならば、ほぼ互角だろう。
ランティスは落ち着いて、いったん後退すると剣を勢いよく振り下ろす。
シュンッ……
それは光を帯びた衝撃波となった。
剣先から一筋の白光がうまれかと思えば、エルドルに向かって空間を裂きながら突き進む、鋭い「波」となる。
ランティスは攻撃を放つと、間髪入れず踏み込み、さらに斬りかかる。
「オレは、負けないっ!」
「私の想いを覆すことは、君にだって無理だ……!」
エルドルは闇を孕んだ風を巻き起こし、光の波にぶつける。
それから斬りかかってきたランティスにもきっちり対応し、闇でできた刃で受け止めた。
二つの相反する魔力が剣を介してせめぎ合う。
不意にエルドルが操る闇でできた剣身が不自然に波打った。それはボコボコと脈打ち、這うように表刃を蠢めいたあと、突如――蛇のような触手となり飛び出す。
「……くっ!」
エルドルの剣から生まれた真っ黒な触手は、ランティスの剣に絡みつく。
手首にまで及んだそれに、ランティスの攻撃の手が緩む。その隙をエルドルは見逃さなかった。
ランティスの剣を押しやると、下から鋭く一閃する。
キイイン……。
弾かれた水晶の剣は持ち主の手を離れ、シュルシュルと弧を描き、後方の床に突き刺さった。
さらにエルドルは空いている左手を翳し、激しい疾風を放つ。
咄嗟にランティスは両腕で防御の構えをするが間に合わず、身体ごと吹き飛ばされ、背中から壁に激突した。
「ランティスっ――!」
「ぐ……はっ……」
苦痛に身体を折るランティス。
しかしすぐに血の滲んだ口許を拭いながら立ち上がった。
少し離れた場所で、心配そうに眉を寄せて、こちらを見ているテンマに言う。
「心配、するな……。リルファーナを頼む」
「わかりました……」
ランティスは床に突き刺さった剣を引き抜いて、もう一度エルドルに対峙する。
その様子を面白くなさそうに見ていたエルドルも、ふたたび剣を構えながら言った。
「もっと本気でかかっておいで、貴石の魔術師」
「……もう手加減はしない」
「手加減?」
「まだ心のどこかで、おまえを傷つけたくないと思っていたようだ」
「戯言を……」
「ああ。痛みのお陰で、だいぶ頭が冷えたよ――」
ランティスは左手の指先で空中に「紋様」を描きはじめた。
それは鉱物界の叡智を汲んだ魔法陣だ。
しかもランティスの左手は普通の人間と異なり、鉱石化している。
遥か太古――大地に己の肉体と命を捧げ、手に入れた「力」のひとつ。
つまり、ランティスの描く魔法陣は、鉱物界の精霊「鉱脈」と真っ直ぐに繋がり、大いなる力をもたらす術式……。
『闇のなかに在る光明よ――』
ランティスは懐から月長石を取り出すと、魔法陣の中心に翳す。
『そして、闇を貫く力を――』
さらに雷水晶を翳し、魔法陣を発動させる。
ランティスは剣の切っ先を魔法陣の中心にあてがう。
すると眩い光が、燃え上がる炎のように力強く剣を包んでいく……。
雷の要素を含んでいるせいか、青く微細な熱量がバチバチと音を立て、辺りに漂っていた闇の残滓を浄化していく。
「エルドル、さっきの台詞そのまま返す。――オレの想いを覆すことは何人たりとも無理だ。とくに、おまえにはな」
そう言って、ランティスは強い浄化の光を宿した刃を、エルドルに向けた。
本当の戦いはこれからだ……。
一方、テンマはリルファーナの前に立ちはだかる、ジューダと対峙していた。
とにかく今は、リルファーナをエルドルから遠ざけ、安全な場所に連れて行くことが最優先事項だ。
テンマの力では、強大な魔術師であるエルドルには、到底敵わない。
けれど――
「そこを退いてください、ジューダ王子。僕はアナタより強い……」
「この女は危険因子だ。渡さない」
「仕方ないデスね」
丸腰のまま、両腕を広げ、リルファーナの前に立つジューダ。
彼は魔術師でもなんでもない。
テンマは素早く懐に入り込むと、渾身の力を込めてジューダの腹に拳を突き立てる。
「……っ、は……っ……、ゲホっ……」
強烈な一撃に、ジューダはあっけなく膝を折り床に倒れた。
腹を抑えて痛みに呻く。
「リルファちゃん……迎えにきましたよ」
「…………」
テンマは気を失っているリルファーナの顔を覗きこむ。
リルファーナは、額に汗を滲ませ、苦しげに呼吸を繰り返している。
汗で顔にはりついた柔らかな髪の毛を、優しい手つきで払うと、テンマはリルファーナの腕を自分の首にまわした。
それから膝裏に手を差し込み、リルファーナの身体を持ち上げようとして、ふと背中に違和感を覚える。
何か……冷たく硬いものが当てられたと思った次の瞬間、テンマの身体は崩れ落ちていた。
――全身が、痺れて動かない……!
「な……に、を……」
テンマの背後には、荒い呼吸をつくジューダが立っていた。その手には短剣……いや、見たこともない細長い棒のようなものを握っている。
「はあ、はあ……俺には力が無いからな。だから隙ができるのを待っていた。魔術は使えなくとも、科学で発明したものは扱える」
「……もしかして……それ、は……」
「ゴシュナウト大陸で発明された、電気発生装置だ……」
ジューダは、科学が発達したゴシュナウト大陸と交易を結んでいる、ノルカディア国の王子だ。
カナディス大陸の事ならば、あらゆることに精通し、知識もあるテンマにとって、こればかりは盲点だった。
「……電、気?」
「貴石の魔術師は、雷水晶の秘めたる力を魔術に取り入れるが、この装置は……雷水晶が常に放っている周波数を、瞬間的に強化できる……。武器として使えば、電気で身体が痺れて動けなくなる」
ジューダは懐からナイフを取り出すと、動けないテンマの首筋にあてがう。
そしてランティスに向かって叫んだ。
「貴石の魔術師! ――仲間の命が惜しいなら大人しくしろ!」
「……く…っ……」
テンマが悔しさに歯噛みした。
読んで頂き有難うございます!
バトル……難しいですね。
修業を積みたいと思います……。
次回。
テンマの命を盾に、ランティスを脅すジューダ。
そして、とうとうリルファーナが目覚める。




