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序章 「精霊の愛し子」②

──育ての親を失ったリルファーナのもとへ、やってきた青年の正体とは?


お楽しみください!

(この人は、わたしが国王様の血をひいていることを知ってる……!)


「貴方はいったい……」


 リルファーナは、青年の深い藍色の瞳を(うかが)うように見る。


「……一度、会ったことがあるだろう」


 青年が不機嫌そうに眉を寄せた。だがそれは一瞬だけで、気をとり直したようにリルファーナに向かって言う。


「オレは、ランティス・ソワール・フォンセ・リステリア。──リステリア国の第二王子だ」


「第二王子……!」


「そうだ。おまえとは幼い頃だが、城で一度だけ会ったことがあっただろう。忘れたか……?」


「城で?」


 リステリアのお城に行ったのは、リルファーナが十歳の時だ。

(あ、まただ……)

 リルファーナの思考の奥を、なにかが(かす)めていく。それは深くて、濃い、夜明け前の空のような色。その色の瞳を持つ少年と会ったことがある。


 ──そう、目の前にいる青年の瞳のような……


「あっ……、もしかして、クリスティナ様といた男の子……」


 この国の第二王子──ランティスは「そうだ」と頷いた。

 リルファーナは驚く。


(まるで別人。でも瞳と髪の色は同じだわ)


 十歳のリルファーナは、リステリアの城で庭を歩いていた時に、二階のバルコニーに子供がいるのを見つけた。

 自分より少しだけ歳上のお人形さんみたいな可愛い女の子と、見た目……女の子にも間違われそうな綺麗な顔立ちの男の子。

 男の子が持つ瞳の色が、様変(さまが)わりする夜明けまえの空を切り取ったかのように(きら)めいていて、リルファーナはそれがとても素敵でドキドキした。


 あの時、男の子はすぐにどこかに行ってしまったが、女の子──クリスティナと仲良くなった。

 クリスティナは、この国の第一王女だった。つまり……腹違いのリルファーナの姉。

 二人は年に数回、手紙のやり取りをずっと続けていた。だが、クリスティナが「精歌隊」の一員になり、大陸の巡礼に行ってからは手紙でのやり取りも困難になってしまった。リルファーナはそれが残念で仕方なかった。


(懐かしい。今、クリス姉様は元気かしら。きっと元気よね。大好きな人のそばにいられるんだもの。いいな……わたしは独りぼっちになっちゃった……)


 また、自然と涙が浮かぶ。

 その様子を見ていたランティスが、また眉を寄せる。


「ずっと、ひきこもって泣いていたんだろう? それにちゃんと眠れてないな……ひどい顔をしている。髪もなんだか(から)まりすぎて……毛刈(けが)り前のヒツジのようになっているが……」


「わっ……み、見ないでっ!」


 自分の恰好(かっこう)のことなんて、すっかり失念していた。

 羞恥にかられ、咄嗟(とっさ)に、肩にかけていたショールを頭に(かぶ)ると、リルファーナはランティスに背を向ける。顔が熱い。おかげで涙はひっこんだ。


(一応、わたし、年頃の女子なんだけど……)


 情けない。もしハンナが生きていて、ショールを頭に被ったリルファーナを見たら大笑いしていたかもしれない。


「だって……ランティス様のような方が来るなんて……思ってなかったし……」


「ランティスと呼べ──」


「でも、」


「構わない。だがオレのことは間違っても「義兄(あに)」とは呼ぶな。クリスティナのことは「義姉(あね)」と呼んでいるだろ? クリスのことはそれでいい。腹違いだが父親が同じだからな。だがオレは第二王子だが、母上がどこかの貴族と交わってできた子だ。つまり……おまえとは一滴の血の繋がりもない」


「……」


 どうやら王家にも色々と事情があるようだ。

 だがリルファーナには関係のないことだ。ランティスを義兄(あに)と呼ぶ気もない。

 所詮、リルファーナは庶民だ。

 ずっとハンナの娘として生きてきたし、それはこれからも変わらない。

 どれだけ貧しくなろうと、ちゃんと働いていく覚悟だってある。国王と血が繋がっているからって媚びたりなど絶対にしない。


「アナタはさっき「国の為に働け」と言ったけど、税金を滞納してるわけじゃないし、今は……ちょっとひきこもっていたけど、ちゃんと働いていきますから。だから……お引き取りください」


 ショールを被り、背を向けたままリルファーナははっきりと言った。

 しかしランティスが去る気配はない。


「オレは、ハンナ・ルナディアに頼まれてきた……」


「母さんに?」


 ──どういうことだろう。

 リルファーナは首を傾げる。


「ああ。自分に何かあった時はリルファーナを頼むと……。自分からすすんで城に行くことはしないだろうからと、オレは託されたんだ」


 リルファーナの視界に、ハンナから受け取った白い封書がちらついた。

(母さん、心配性なんだから……。でもわたしは、ひとりで稼いで生きていくって決めたもの……)

 気持ちは嬉しいがリルファーナの気持ちは変わらない。


「そうだったんですか。わざわざ来てもらってごめんなさい。でも、わたしなら大丈夫です。だからもう……帰ってはいただけませんか?」


「そう言うだろうと思ってはいた。それにオレも、様子をみたらすぐに去るつもりで来たんだ」


 そういうことか……。

 リルファーナは安堵する。ならば、今すぐにでも帰ってほしい。

 いつまでも、こんなみっともない恰好をさらしていたくない。


「だが──気が変わった……」


「はい?」


「やっぱりおまえを王都に連れて行く。ちょうどよい仕事もあるしな。だから「働け」と言ったんだ」


「ちょ……ちょっと、わたしの話、聞いてました!?」


 いくらなんでも強引すぎる。

 リルファーナはくるりと(きびす)を返し、被ったショールの隙間からランティスを睨んだ。

 このまま抵抗しなければ、もしかしたら王都でなにか、おかしな事をさせられるかもしれない。


「わたしは行きませんからねっ!」


 (がん)と譲らない態度をリルファーナは示す。

 しかしそこでランティスは、かつかつとブーツの(かかと)を鳴らしながらリルファーナに近づくと、強引に細い腕を掴んで引っ張る。


「ちょっ……強行手段なんて、ひどいっ……!」


「おまえは一度、王都へ来い! 今からその理由を見せてやる!」


 リルファーナは両足で踏ん張って抵抗を試みたが、男の力に敵うはずもなく、十日ぶりに太陽の下へと連れ出される。

 一瞬、まぶしさに目が眩む。

 そして瞬きのあと、リルファーナは目の前に広がっている異変に気付いた。


「──え、ウソでしょ……」


 季節は夏。毎年、リルファーナの家を囲むように広がっていた庭には、種類も数多(あまた)の花々や、低木の木や、一見……雑草にも見えるがしっかり効能がある薬草が入り乱れながら生えているはず。


 だが──その庭の植物達がすべて枯れている……!


「どうして、こんな……」


 まるで落葉(らくよう)の季節のような庭だ。

 花は首を落とし散り始め、他の薬草達も葉さきが褐色になっている。しかもこの異変はリルファーナの家の庭だけだった。

 何か悪いことが起きている気がしてならない。

 この庭の植物達をハンナとリルファーナは愛していた。とくにこの季節の庭は、毎日なにかの発見があって楽しいし、二人の生活の(かて)にもなっていた。だからリルファーナも、この庭さへあればなんとか生活できると思っていた。 


「どうして、みんな枯れてしまったの? 母さんがいないから……?」


「いや、それは違う」


 ランティスが吹いてきた風で落ちていく花びらを眺めながら、さらに言葉を紡ぐ。


「これは、おまえが【精霊(せいれい)(いと)し子】だからだ。おまえの哀しみに植物達が呼応している」


 精霊の愛し子──それは精霊から祝福を受け生まれてきた存在のこと。

 そして精霊の愛し子は、普通の人間が持ち得ない能力があるらしい。


「おまえは、自分が【精霊の愛し子】だと知っているよな? 精歌隊(せいかたい)にも勧誘されたと聞いている」


「そう……だけど。でもわたしに能力(ちから)なんてないわ……」


 リルファーナは、かろうじて咲いていた花に指先を伸ばした。傷付けないように触れたが、指先が当たるとヒラリと花びらが散ってしまう。


「──っ!」


「はじめは微力でも、成長とともに大きくなるものだ。おまえはまだ精神も不安定で、自分の力を制御する(すべ)も知らない。オレなら、その力の()かし方を導いてやれる。だから王都へ連れていく」


 頷くしかないだろう。

 それよりも……ハンナが慈しみ、愛した庭をめちゃくちゃにしてしまった。それが今はショックで哀しかった。


「わたしのせいで……みんな、ごめんなさい……」


 哀しみがまたリルファーナの心を痛くさせたとき、ランティスが懐から何かを取り出す。


「感情に流されるな。それに諦めるな……まだ見込みはある」


「本当に……?」


「ああ大丈夫だ。少し時間はかかるが、夏の間には元どおりになるだろう。幸い……おまえの力と、オレの魔術は相性がいいからな」


 ランティスが取り出したのは、いくつかの透明な石。それを庭の土のなかに埋めていく。終わるとリルファーナのところへ戻ってくる。


「手を出せ」


「は、はい……」


 ランティスは最後に残った石を、リルファーナに手のひらに置く。


「これは、何の石? 魔法の石?」


水晶(クリスタル)だ──」


水晶(クリスタル)? まともに見たのは初めてだわ。綺麗ね……それになんだか、とても落ち着く……」


 ランティスに渡された水晶は、手のひらに吸い付くように馴染んだ。

(不思議……肩の力が抜けていく……)

 まるで夜眠りにつくまえの静けさが、リルファーナの身体のなかに満ちていくようだった。


「おまえは変わらないな……。昔から、敏感に感じ取る体質だった」


「昔から?」


「いや……なんでもない。おまえは植物界の精霊に恩恵を与えられているんだ。そしてオレは【貴石(きせき)の魔術師】。鉱物界の深淵に繋がり、鉱物をつかって術を行使する──。植物も鉱物も同じ人間の世界で共存しているから、相性がいい……」


 ランティスはそう言うと水晶を握ったリルファーナの手を、己の両手で包む。

 大きくて、ひんやりとした冷たい手だった。

 季節のせいもあるかもしれないが、リルファーナはその体温を心地よく感じた。


 不意に、風ではない「何か」が空気を揺らし、リルファーナの癖のついた蜂蜜色の髪の毛を巻き上げる。頭に被っていたショールが落ちる。


 ランティスが何かの魔術を(ほどこ)していることだけは分かった。見上げた魔術師のラピスに似た藍色の瞳が輝きを増し、黄金の虹彩(こうさい)が柔らかく(きら)めいていて、リルファーナの鼓動を早めていく。


「さあ──歌え……!」


 ランティスの言葉にリルファーナは戸惑う。

 歌えと言われても、自分は精霊の愛し子であっても精歌隊ではない……。


「まず水晶(クリスタル)に意識を集中するんだ。それから……そうだな、ハンナ・ルナディアに最初に教えてもらった歌はなんだ?」


「母さんに、教えてもらった歌……」


 ──子守唄。

 一番最初にハンナが教えてくれて、一緒に歌ったのは子守唄だ。

 それは美しくて哀しい恋物語……。

 人間と精霊が出会い、月が満ちるようにお互いの想いが重なり、そして月が欠けていくように、やがて別れが訪れる。


『さあ、歌え! 哀しみを超える……愛しさを込めて──』


 頭の中でランティスの声が響いて、リルファーナは驚く。

 さっきまで冷たいと思っていたランティスの手は徐々に温かくなり、リルファーナの体温と重なり、まるでどちらが自分の身体かわからないほどに溶けあっていく。


 リルファーナは深く息を吸った。

 そして、唇にすっかり馴染んだ旋律(せんりつ)をゆっくりと紡いでいく。


(ハンナ母さん……)


 子守唄は、ハンナの温もりを簡単に連れてくる。

 ──身体の奥が熱い。


生命(たましい)はめぐり──

 神々のもとへ、

 風は……たなびく……精霊(アナタ)のもとへ──」



 リルファーナは瞳を閉じて、歌い続けた。


(母さん……わたしのそばにいてくれて、ありがとう)


 愛しい想いが溢れ出して止まらない。


 人は死んだら精霊になるのだという……。


(──なら、わたしも)


『リルファーナ!』


 頭のなかで切迫した声音で呼ばれて、驚いて目を開ける。

 ランティスの夜明け色の瞳に、リルファーナの紫水晶(アメジスト)の瞳が強く射抜かれる。


『リルファーナ、生きることを決して諦めるな──!』


「あっ……」


 リルファーナの身体の奥で生まれた熱が、一つのうねりとなり、行き場を求めるように上昇しはじめた。

(何が起こっているの……)

 よく分からない現象に、リルファーナはこわくなる。

 昇りはじめた熱は、やがて頭の奥で轟音を立てて弾けた──。

 リルファーナは身体のなかの衝撃に立っていられなくなり、崩れ落ちると同時に、意識も闇にのまれていった。

 目蓋の裏に一瞬、何か──とても古い記憶が蘇った気がしたが、思考は追いつかないまますべてを手放した。


 倒れたリルファーナを抱きとめたランティスは、ひとまず安堵の息をついた。

 意識を失った彼女を、なんとも言えない複雑な表情で見つめたあと、覚悟を決めたように呟く。


「何があっても……必ずオレが護ってやる……」


 ランティスは抱きしめる腕に力をこめると、眠るリルファーナの蜂蜜色の髪に唇を落とした。



読んで頂き、ありがとうございます!


次回。


第一章「放送部」①


目が覚めると馬車の中。

王都へと連れて行かれるリルファーナ。


「あ、アレは……なに!?」


「アレは、毛刈り後のヒツジだ──」


ランティスの屋敷で、リルファーナは思わぬ人物と出会うことになる。


どうぞ、よろしくお願い致します。


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