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第4章 「魂の軌跡」④

ランティスの過去世……曄藍ヨウラン


リルファーナの過去世……精霊の巫女。


そして過去世で二人の親友であったエルファイスから、ある報告を受けます。


 曄藍(ヨウラン)、十五歳――

 成人を迎える歳だった。


 親友のエルファイスから、曄藍と巫女は、ある報告を受ける。

 それは喜ばしいことであると同時に、寂しさも一緒に連れてくる。


「実は……デューセ国の第一王女と婚約が決まったんだ――」


 エルファイスは照れながら、でもとても幸せそうな表情をしてそう言った。

 突然のことに二人は目を丸くし驚いたが、すぐに親友を祝福する。


「おめでとうエルファイス! びっくりしたわ!」


「おめでとう! その嬉しそうな顔を見ると「政略」……というわけじゃ無さそうだな?」


「ありがとう、二人とも!」


 エルファイスが笑顔で頷く。

 それから婚約に至るまでの経緯を簡単に説明してくれた。

 最近……王子という立場のエルファイスは、外交のため、出掛けることが増えていた。

 それは曄藍も巫女も知っていて、以前より神殿に来る回数もめっきり減っていた。

 外交先の隣国――デューセ国で、エルファイスは第一王女と接する機会があり、そこで聡明な彼女に心を奪われたのだという。

 熱心に手紙や贈り物をして、想いを実らせた。


 デューセ国の第一王女――レノア姫は、次代の女王だ。

 つまりエルファイスは、女王に婿入りするという形になるだろう。


(もともと、自国の王位にも興味なかったのは知っていたが……)


 ――それにしても思い切った決断だ。


「エルファイスは紳士だし、王女が好きになるのも当然よ……」


 まるでお伽話に瞳を輝かせるように、巫女がうっとりと呟く。

 少し複雑な気持ちが巡ったが、曄藍もエルファイスが頼りになる男で、他人を慮る優しさがあることを知っている。なにより「精霊の愛し子」なのだ。

 きっとこの先、どんな道を進んだとしても、精霊の加護があるだろう。


「そうだな。お前ならきっと女王も支えていけるだろう」


「ヨウランの言う通りだわ。――最近、デューセ国は大変だと聞くし……」


「そうなのか?」


 曄藍は隣国の事には詳しくない。いや、自国のことだって良く分かっていない。

 興味と関心のすべては、愛する巫女の事だけだ。


「ああ。デューセ国は今、隣国のロナード国と、リュカ共和国の領地を巡って小競り合いが続いているんだ。事態は緊迫しつつある……」


「リュカ共和国の領地? デューセもロナードも大国だろ? どうしてそんな小さな領地を欲しがるんだ?」


「……もしかして災害のせい、かしら?」


「その通り。発端は……両国で大きな災害があったことがキッカケだ」


 さっきまでの幸せそうな表情は消え、エルファイスは眉を寄せて語った。


 デューセ国は干ばつ。

 そしてロナード国は、大雨で洪水が起き、甚大な被害が出たという……。

 もちろん諸国は支援をしている。

 それに、年数はかかるが計画を立て、両国ともに再興に向けて動き出したところだ。


 しかし、そこでロナード国は、豊かなリュカ共和国に目を向けた。

 リュカ共和国は、小さいが豊かな土地がある。

 四季はあるが、一年を通して穏やかな気候で、作付けもしやすかった。

 手に入れられれば、財政はぐっと楽になる。


「でも、そんな一方的に奪おうとすることにデューセは批難の声を上げた。デューセだって苦しいんだ……でも自国のなかで解決しようとしている。リュカの領地だって、本当は喉から手が出るくらい欲しいはずななのに……」


「リュカ共和国はなんて言ってるんだ?」


「リュカの代表者は「属国になるのは構わない」と……。そのかわり「どこの属国になるかは国家間同士で決めてくれ」だそうだ……」


「なんか、めちゃくちゃだな」


「多分リュカは……いつかはこうなる事を予想していたんじゃないかって思うよ。弱小だしね。だけどそのせいで、デューセとロナードの国境では臨戦態勢が敷かれた……」


「まさか――戦争が起こるのか?」


 曄藍は息を詰める。

 巫女も細い肩を、ぶるりと震わせた。


(もしも、本当に国家間の戦争になったりしたら……)


 小競り合いや、国家事業への不満から、民が反乱を起こす話しは聞いたことがある。

 しかし戦争となると、まず規模が違うだろう。

 それに……同じ人間が、人間に刃をむけて傷つけ合い、殺し合いすら正義になってしまう。


 ――そんなこと事が起きたら、精霊たちの嘆きは計り知れない。

 戦争が起きた場所では、何年も草木は芽生えないだろう……。


「だからこそ戦争にならないように――俺がデューセに行く! レノア姫もそのせいで心を痛めているから……隣で支えて、護っていきたいと思ったんだ!」


 エルファイスが力強く言った。

 その瞳には、確固たるものが宿っている。

 ――曄藍も同じだ。二人とも護りたい者がいる。


(見つけたんだな、お前も……。大切な者を……)


「頑張れ、エルファイス! お前の無事をここで祈っている――」


「エルファイスならきっと導いていけるわ。どうか、気を付けて行ってきてね」


「ありがとう。……ヨウラン、巫女のことは頼んだぞ」


「ああ。分かっている」


 曄藍はエルファイスと硬く握手を交わし、励ますように肩を叩いた。

 そんな二人の様子を見ながら巫女が「寂しくなるわね」と呟いた。


 ――皆、同じ気持ちだ。


 ずっと幼い頃から一緒にいたのだから。

 お互いの絆は心の中にあっても、片翼を失ったような喪失を感じてしまう。

 こんな日が来ることを考えていなかったわけではないけれど……。


「巫女が寂しくないように、手紙を書くよ」


「――わたしも!」


「さっさと落ち着かせて、婚約者を連れて遊びにこいよ!」


 親友に見送られ、エルファイスはデューセ国へ旅立っていった。




 それからひと月ほど経った、新月の晩――

 神官長から全員礼拝場に集合するようにとの、お達しがあった。

 何事かと思いながら、眠たい目をこすっている幼子を伴い、曄藍は礼拝場へと向かう。


 礼拝場の壇上には、相変わらず誰よりも豪華な衣を纏った神官長が、鷹揚な笑みを浮かべて立っている。


(待て……神官長の隣にいるのは、誰だ……?)


 曄藍は注視する。

 神官長の隣には、幼い女の子が立っていた。皆の視線に、顔が強張っているのが分かる。

 ――はじめて見る顔だ……。

 曄藍は礼拝場を見回し、巫女の姿を探す。


(最近、姿が見えないな……)


 深い溜め息をつく。

 ここひと月ほど、巫女は皆の前に姿を現さない。

 神官長に聞くと「巫女様は忙しいのです」としか返されなかった。

 エルファイスがいなくなってから、容易に会うことも出来なくなったのが悔しかった。

 

 精霊の巫女以外の全員が集まったのを確認し、神官長は声を上げた。


『精霊に愛されし者達よ。

 ――新たな「精霊の巫女」の誕生をここに告げよう!』


 神殿中が拍手に包まれているなか、曄藍だけが混乱していた。

 ――新たな、精霊の巫女だと……?


 壇上に立っている女の子が、なんとか笑顔をつくり丁寧にお辞儀をする。

 それを見て神官長は満足気に頷いている。


「待ってください! では、精霊の巫女様はどうなるのですかっ!」


 曄藍は賞賛の声を割り、壇上に向かって叫んだ。

 しん……と、礼拝場が静まりかえる。

 

「精霊の巫女様は、ここに()わす方だけですよ。……ただ、そうですね、「前」精霊の巫女は、精霊の導きにより、此処から旅立たれたのです」


「なっ……! どこに行かれたのですか!」


「さあ……どこでしょう……」


 曄藍はただ瞠目し、きつく歯噛みした。


(どうして、オレは気付かなかったんだ!)


 後悔しても遅い。

 もうここには、曄藍の護りたい者はいないのだ。



 曄藍は一人、山に登った。

 魔術師になると決めた「あの場所」に向かっていた。

 新月の夜だから、チカチカと瞬く星明かりと、大地の鼓動を頼りに歩を進める。


『鉱脈よ――、精霊よ――』


 辿り着いた先で、曄藍は大地に身を委ねる。

 大地の源である鉱物界は、曄藍の意識を包み込むように受け入れた。


 密かに魔術の勉強をはじめてから、曄藍は鉱物界の精霊そのものである――鉱脈(こうみゃく)と繋がりを深めていった。そして少しずつだが鉱脈の要素に、己の魔力を絡ませ、出来ることも増えてきた。


 ――だがこれは新たな試みだ……。


 でも、上手く行くという確信がある。


 幼い頃から、曄藍は小石の一粒からでも、遠い大地の情報を受け取れた。

 それは天気や温度といったものだったが、鉱脈と繋がっている今ならもっと多くの情報を引き出せるはずだ。


『鉱脈よ、精霊よ――、オレを導け! オレの愛する巫女のもとまで導け!』


 曄藍は願いながら、鉱脈の意識の奔流(ほんりゅう)に触れる。

 すると奔流は、金色の帯を紡ぎ出し真っ直ぐに伸びていく。


(この帯はきっと、巫女のところまで続いている……!)


 曄藍は迷わず、金色の帯が伸びていく方向へ意識をのせた。

 地続きの大陸の奥底で、曄藍の意識は真っ直ぐに巫女を目指す。


 金色の帯の終着――、曄藍は巫女の姿を確かに視た。


ここまでお付き合い頂き、有難うございます!


真実が明かされる第4章。

まだまだ続きますが、見届けて頂けたら嬉しいです。


私も精一杯、書きたいと思います。

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