表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/33

第4章 「魂の軌跡」②

ランティスの過去生、曄藍のお話になります。


精霊の巫女との出会い編。

 遥か太古――

 どれくらいかと問われれば二千万年ほど。

 カナディス大陸とゴシュナウト大陸が、地続きの大陸であった時代。


 王都から馬車で半刻ほどの場所にある「神殿」の前に、幼い「曄藍(ヨウラン)」は佇んでいた。

「神殿」とは、精霊を唯一神として祀った祈りを捧げる場所だ。

 神殿の役割として、人が生きるために必要な恵みをもたらす精霊に感謝の精歌を捧げ、さらに儀式で種まきや収穫の日取りを決めたりする。

 人々は無病息災を祈願するため神殿を訪れ、願い事を(つづ)り寄付をする。願い事は精霊にもっとも近いとされる「精霊(せいれい)巫女(みこ)」が、成就のために祈祷するといわれていた。

 王族も、(まつりごと)采配(さいはい)がうまくいき平和な治世が続くように、折に触れ神殿に足を運んでいた。


「なにか、神殿にご用ですか?」


 五歳の曄藍(ヨウラン)は神殿の前で声をかけられた。

 ここまできたのは良いが、この先どうして良いか不安になっていたから、ちょうど神殿から出てきた背が高くて若い青年が声をかけてくれて心の底から安堵する。


「親に、神殿に行くように言われたんです」


「何故ですか?」


「それは……」


 すぐに言葉がでなかった。


(なんて言えばいいんだろう……)


 ここに至るまでの経緯(いきさつ)を話せばいい。けれど幼い曄藍は、今までの自分の身に起きた諸々の出来事と、それに伴って生まれた感情を言葉にできるほど整理ができてはいなかった。

 それに本当のことを話して受け入れてもらえるかの不安もあった。

 悩んだ末、口から出たのはたった一言。

 それも今朝、起き抜けに父親から告げられた言葉――


「他の人達と違うから、神殿に行くように言われました……」


「そうですか」


 神殿の青年はとくに顔色を変えずに頷いた。

 そのことに少なからず驚きながらも、曄藍は「自分以外にも同じことで神殿にやってくる人がいるかもしれない」と思った。


「……入りなさい」


 そう言われて、曄藍はほっと胸をなでおろす。

 青年に連れられて、神殿の正面ではなく裏手のほうから建物のなかに入る。

 石造りの内部は夏の日差しを遮っているから、ひんやりと冷たくて心地が良い。

 曄藍(ヨウラン)は狭い部屋の中に案内されると、まず全身をくまなく観察される。


「あまり、汚れてはいないようですね」


「……はい」


「では、これに着替えてください。終わったら巫女様のもとにお連れしましょう」


「分かりました」


 曄藍(ヨウラン)は素直に頷く。

 渡されたのは、布切れをただ繋ぎ合わせただけの簡素な麻の衣服。何度も洗いをかけ使い古されているためか、表面は擦れて白く毛羽立っている。

 身体は毎日清めているから綺麗だった。

 というのも、曄藍は比較的裕福な家の生まれだった。


 曄藍の生きてきた五年という月日のなかで転機となったのは三歳のとき。

 母親が病気で精霊のもとへ召された。

 悲しみに暮れていた父親は、寂しさを埋めるように若くて美しい女を娶る。

 曄藍にできた新しい母親は、笑顔が優しい人であったが、繊細で、曄藍の特殊な性質を気味悪がった。

 特殊な性質――曄藍(ヨウラン)は「大地」の精霊の声を感じることができた。


 この時代、精霊の存在を身近に感じ取れる者は、特別視されていた。

 風の精霊の声を感じられる者は天候をよめたり、植物の精霊の声を聞ける者は作物(さくもつ)を豊かに実らせることができた。

 そういう者は「精霊の愛し子」と呼ばれ、神殿に入ることができた。

 曄藍(ヨウラン)もまた「精霊の愛し子」だった。


 しかし他の「精霊の愛し子」と違う性質が、曄藍にはあった。

 大地の精霊の声を聞けた曄藍は、道端に転がっている小石の一粒からでも、遠くの大地で起こっている現象を感知したり、大地との繋がりが深い故に、哀しみや寂しさに心を揺らすたび、共鳴するように大地は唸り地震をおこす。

 大きな被害が出たわけではない。けれど家族は皆、曄藍を怖れた。


 家のなかで曄藍は空気のような存在になっていた。

 誰も見てくれない、誰も触れてくれない、名前を呼ばれることもない。

 自分がいるだけで、家族は表情をなくす……。


 そして今朝――久しぶりに父に声を掛けられた。

 久しぶりにまともに家族の顔を見たと思った。

 父の表情はただただ疲れ切った旅人のようにシワシワとしていて、低く声を震わせながら曄藍(ヨウラン)に「神殿に行け」とだけ言った。


神殿(ここ)は良いところだ……)


 感覚的に分かるのだ。

 だって大地の声が穏やかだから――

 曄藍は着替えを終える。

 古くて傷んでいても、柔らかくて締めつけのない衣服を身につけると、心まで塗り変わった気がした。


「では、ついてきなさい。【精霊の巫女様】のもとへ案内します」


「はい」


 それからは無言のまま回廊をすすむ。


(精霊の巫女って、どんな人だろう)


 ――きっと、すごくて……すごく立派な人なんだろうな……。

 幼心(おさなごころ)で想像を膨らませる曄藍。

 だから対面した【精霊の巫女】が、自分とそう変わらない可愛らしい女の子だったことに驚いてしまう。

 蜂蜜(はちみつ)色の柔らかそうな髪の毛に、澄みきった紫水晶(アメジスト)に似た大きな瞳。

 雪原を思わせる白い肌に、か細い身体……。

 今まで出会った女の子の誰とも似ていなかった。


巫女(みこ)様って……子供だったんだ……」


「確かに幼いかもしれませんが、この方は植物界、鉱物界のみならず、この世界のすべてに愛された存在なのですよ」


 (さと)されるように言われ、曄藍は慌てて「ごめんなさい」と謝罪する。

 その様子を見ていた巫女が、にっこりと笑って言った。


「子供なのは本当よ。アナタは鉱物界に愛された存在よね? お名前は?」


曄藍(ヨウラン)です」


「わあ、綺麗な名前ね。ヨウラン、これからよろしくね」


「巫女様のお名前は?」


「わたしは……」


 巫女は変わらず笑顔のままだったが、少しだけ困ったような表情をした。

 それを目にした瞬間、何故か……曄藍のなかに澱のように積もったままの寂しさが、ズキリと声を上げた。


「巫女様のことは、巫女様と呼びなさい」


「あ……はい……」


 青年に言われて、それ以上、曄藍は聞かなかった。


真名(まな)は、教えられないのかな?)


 気軽に名前では呼べない存在ということか……。

 残念だ。きっと綺麗な名前に違いないと思うから。


(それならいつか……巫女様と仲良くなれる日がきたら、まず名前を聞こう!)


 曄藍のなかに、ひとつ目標ができた。

 こうして俗世を離れた曄藍は、精霊の神殿でこの世界の(ことわ)りを学び、巫女を中心とした儀式や精歌(せいか)の唱和を学び始めた。




 時は進む。

 曄藍(ヨウラン)、十二歳――

 神殿での暮らしが当たり前となり、いつかの曄藍のように、幼い子供が神殿に入ることが決まると、世話係も務めるようになった。


 何より嬉しかったのは――巫女と気軽に話せるようになったこと。

 精霊の巫女は、儀式などでは表へ出るが、それ以外はほとんど姿を見せない。

 神殿を取り締まっている神官長に管理され、穢れないようにと何人(なんぴと)も巫女に触れることは許されなかった。

 

 しかし例外がうまれた。

 鍵となったのは、神殿によく出入りをしていた王子――エルファイスの存在だ。

 エルファイスもまた【精霊の愛し子】だった。

 王族としての役割があるため、神殿には属していなかったが、ほぼ毎日、城から神殿にやってきては朝の儀式に参加する。朝の儀式とは、神殿の礼拝場で精歌(せいか)の唱和をすることだった。

 歳が近いこともあり、曄藍とエルファイスはすぐに仲良くなった。


 エルファイスは、神殿に多額の寄付をしていた。

 だからエルファイスが神殿ですることは、大抵何でも許される。

 例えば……精霊の巫女に直接教えを()いたいと言えば、神官長は二つ返事で面会を許してくれる。

 それを利用したエルファイスは、朝の儀式のあとに曄藍を伴って、巫女を交えた三人だけのささやかなお茶会の時間を設けた。

 皆、歳が近いし、普段から窮屈な生活を強いられているエルファイスと巫女は、この時だけは肩の力を抜いて好きなことを語り出す。


(やっぱり巫女様だって、一人きりじゃ寂しいよな……)


 ぼんやりと曄藍は思う。

 儀式の時に見る美しくて清廉な巫女は、三人で話している時はちょっと無邪気で、はじめて会ったときのように可愛らしい女の子になる。

 

「ヨウラン、どうしていつも君の精歌は半音ずれるんだ? よく周りの者の声を聞いた方がいいぞ」


 朝の儀式のあと、いつものように三人が集うと、開口一番にエルファイスが言った。


「仕方ないだろ。オレは音痴なんだ」


「ふふ。でも、わたしは好きよ、ヨウランの歌声――」


 巫女が笑うと、まるでそこだけ光が集まったように空間が明るくなり、大地が穏やかに脈をうつ。


「ちゃんと精霊の意識に同調するように訓練しろよ、恥ずかしいだろ」


「ちゃんとやってるつもりなんだけどな……」


「ヨウランは仕方ないのよ。魔力が強いんだもの……」


「ヨウランの魔力が、」


「強い……?」


 巫女が微笑みながら首肯する。


「そうよ。例えるのが難しいのだけど、精歌が皆の意識を束ねた一本の糸だとすると、ヨウランは機織り機のようなもの。糸を取り込んだ瞬間、魔力を絡めていくの。精霊の意識に繋がることで、ヨウランは自分のなかにある魔力が揺れ動くから、声もズレてしまうんだわ。魔術師向きということね――」


「そうだったのか……」


 確かに精歌を唱えていると、自分のなかで膨らんでいくものがある。

 きっとそれが魔力なのだろう。


「わたしは好きよ。――ヨウランの……優しくてすべてを包んでくれるような歌声」


 巫女がまた「好き」だというから、ヨウランは照れた。

 そして心の中で思う。


(オレも巫女の歌が好きだ。いや、巫女のすべてが好きだ――)


 想うだけで充たされていく。

 身を焦がすような情熱的なものではないけれど、曄藍なかには芯の通った揺るぎのない巫女への想いがあった。

 まだ真名すら聞けていないけれど……。

 曄藍にとって愛するということは、巫女にすべてを捧げ、巫女を支えていくということだった。



 

読んで頂き、有難うございます!


第4章は長くなりそうなので、細切れでお届けしたいと思っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ