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第3章 「歌聲が導く未来」②

グランヴェル王城まで、もうすぐ……という時に元気がないテンマ。


テンマを気遣うリルファーナと、ランティスの考えとは……



 順調に旅路を経て、リルファーナ達ははグランヴェル国の王都へ入った。

 馬車の中から見えるグランヴェル国王都の街並みは、リステリアとは違う豪華さがある。理路整然と立ち並ぶ建造物は、どれも凝った掘り細工や飾り付けがされており、グランヴェル国の豊かさが感じられる。

 商人達の身につけている服にしても、貴族と変わらないくらい立派だ。

 大陸の中心――そんな言葉がリルファーナの頭に浮かんだ。


「あれ? テンマ、具合悪い?」


 グランヴェルの街もすごいね、と声を掛けようとして隣にいるテンマを見ると、いつも無邪気にしている少年は表情がかたく、蒼ざめて見えた。


「どうした? 大丈夫かテンマ。まさか【闇】に関係しているのか?」


 リルファーナの声に反応して、目を閉じていたランティスがテンマの顔色を窺う。

 テンマは慌てて(かぶり)を振った。


「闇じゃないデス! 僕は大丈夫デス!」


「無理しないでね。疲れたなら、わたしの寄りかかってもいいんだよ」


「ありがとう、リルファちゃん……」


 一瞬、笑顔を見せたテンマだったが、すぐにまた憂いを帯びた表情に戻ってしまった。


(王都に入ってから、だよね……?)


 朝はいつもと変わらず元気だった。原因が何か考えていると街並みを見ていたテンマがポツリと零す。


「ここは、僕の生まれ育った場所デス……」


「そう、だったんだ……。テンマはグランヴェル国の出身だったのね」


「オレがテンマを見つけたのも、グランヴェル国(ここ)だ……」


 二人の出会いの事や、テンマがどんなふうに生きてきたかをリルファーナは薄っすらとしか知らない。あまり触れないようにしてきたのもある。


「だから色々と……考えてしまっただけデス。体調は大丈夫デス……」


「テンマ……」


 以前テンマは言っていた。

 闇に侵された時、家族は不気味がって離れていった。そしてその時に助けてくれたのはランティスだけだったと――。

 その話を聞いた時、リルファーナはテンマのなかに深い哀しみと孤独があることを感じ取った。


(本当は、家族に受け入れて欲しかったんだよね……)


 きっと辛かったに違いない。その時の気持ちを、生まれ育った街を見て思い出してしまったのだろう。

 だが今のテンマは【闇】に心を侵食されてはいない。それを考慮すれば、家族だって安心してテンマを受け入れられるはず……。


「テンマは、家族のところに帰りたい?」


「それは……」


 リルファーナの問いに、テンマがもじもじと言葉を濁す。


「大切だと思うから。テンマの本当の気持ち……」


「僕は……僕から家族を、家名を捨てました。今の僕はテンマ・シーヴォ」


「うん」


 テンマが必死に自分の気持ちを言葉で絞りだそうとしている。


 ――もし家族のもとに行きたいのなら、そうさせてあげたい。


 自分にできる協力は惜しまないつもりだ。テンマが居なくなったら、それはとても寂しいことだけど……。


「僕は家族のこともちゃんと考えて……考え抜いて、決断したから後悔はしてないデス。……ただ……」


「ただ……?」


 リルファーナとランティスは息を詰めて、テンマの次の言葉を待った。


「ただ……また、独りになってしまったら……って、想像してしまっただけデス……。独りはイヤ」


「――っ! 独りなんてさせないよっ! わたしたち放送部で一緒でしょっ!」


「オレもだテンマ。絶対見捨てたりはしない……!」


 リルファーナが冷たくなっていたテンマの手を握り、ランティスは腕を伸ばしてテンマの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 弱々しく吐きだした言葉。


(テンマは寂しかった記憶を思い出して、それで、元気がなかったんだ……)


 独りになってしまうかもしれない……その不安がテンマの心に雨を降らせていた。

 その気持ちはリルファーナにも理解できた。今はこうして温かい人達に囲まれているが、ずっと一緒にいられるわけじゃない。未来のことを考えるとどうしても暗い気持ちになってしまう。


「テンマ、おまえが家に戻らないつもりなら、正式にオレが後見人になろう――」


 なんの前置きもなく、ランティスの口から驚く提案が飛び出す。


「え……」


 突然のことにテンマもリルファーナも目を丸くして、ランティスを見つめた。


「いや、それでは(ぬる)いな。テンマさえ良ければオレの養子(ようし)にならないか? ちゃんと手続きもする。そうすれば寂しくないだろ?」


「でもランティスは王族……デスよ? 僕みたいなの、反対されるに決まって……」


「ならオレも家名を捨てるまでだ。大丈夫だ……オレは税金に頼らずとも、生活できる能力は持ち合わせているからな。テンマが勉学に励みたいというなら、放送部をやりながら学校に通ってもいいし、芸術に秀でた家庭教師をつけてもいいぞ……あとは、そうだな……」


 逡巡(しゅんじゅん)しながらテンマの今後について語るランティスに、二人は呆然としていた。ランティスは冗談を言うような人ではない。だから語っていること全て、本気なのだ。


「テンマがランティスの養子に……ってことは……」


 リルファーナが、頭のなかでランティスの言葉を咀嚼(そしゃく)する。


「そ、そっか! ランティスがテンマの、お義父(とう)さんになるのね――!」


「僕のお義父(とう)さん! ――デス!」


 ――とても良い考え! 


 家族という結びつきなら、テンマは孤独を感じることが無くなるかもしれない。


「お義父(とう)さん――と言う、その呼び方だけは複雑だな」


 ランティスが苦い薬草茶を飲んだ時のように、眉を寄せてなんとも言えない表情をする。


「ふふ……良かったねテンマ」


「ランティスが、僕のお義父(とう)さん……」


「そうよ。テンマのお義父(とう)さんだよっ!」


「だからそのお義父(とう)さんの連呼はやめろっ! 今まで通りに名前で呼んでくれ――」


 困るランティスを揶揄(からか)うように、テンマと顏を合わせて笑うリルファーナ。


(良かった……。いつものテンマに戻ったみたい)


 テンマの固かった表情が、いつもの無邪気なそれに戻っている。

 苦い顔をしているが、ランティスもきっと安堵しているに違いない。だって夜明け前のような深い色の瞳が、優しく(すが)められているから。


「ゴホン……とにかくだ――」


 軽く咳払いをしたあと、ランティスが急に真剣な目つきに変わる。

 リルファーナとテンマは姿勢を正した。こういう時のランティスは何か大切なことを伝えるのだと、理解しているからだ。


「オレ達放送部は、グランヴェル国での諸々(もろもろ)を滞りなく終わらせて、無事にリステリアに帰ることが目的だ。いいな?」


「わかったわ!」


「了解デス!」


 元気な返事に満足そうに頷くランティス。


「もうすぐ王城に入る。その前に心構え的なことを伝えておくが……まず、王城に入って三日後の夜、来賓を集めた夜会が(もよお)される。各国の交流が目的というところだな」


「わたし達も参加するということ?」


「その通りだ――。そこで忠告だが、夜会では隙を見せるな」


 ――隙? 隙とはなんだろう。


 リルファーナは首を傾げる。


「一見、このカナディス大陸は平和だ。だがそれは武力による戦争が無いというだけで、水面下では自国の利益を求めて、他国の資源を貪ろうとしている者もいる。夜会では各国の要人が集まるからな、誰がどんな思惑で近づいてくるかわからない……」


「わたし達、放送部にも?」


「注意するに越したことはない。オレ達は新参者だから、利用価値があるかどうか見極めようと近づいてくる者はいるかもしれない」


「なんか、現実味がないけど、一応わかったわ……」


 ランティスの忠告を心に刻むリルファーナ。

 田舎者の自分に利用価値など、はっきり言って無いだろう。


(あ……でも逆に、わたし達に近づいてくる人には気をつけたほうが良いってことになるのかな?)


「幸いなことにリルファーナは足が理由で踊れないから良かった。ダンスをしている時は、どうしても無防備になってしまうからな。助っ人は頼んでいるが……テンマ、夜会ではリルファーナのそばを離れないでくれ」


「了解デス! 社交会のことはよく解ってるつもりデス!」


 テンマが心得たと、拳をつくって胸に当てる。


「そうだな。おまえが居るから安心だ――」


「テンマは夜会に慣れてるの?」


「そうデスね……。僕の生まれた家は代々、王族の家庭教師を務める貴族の家系なんデス。だから社交会での立ち回り方は小さな頃から教育されていたんデス……」


「……そうだったんだ!」


 テンマの才能は家系と、そこで育成されて得たものなのだと、リルファーナは納得する。そしてそんなテンマがそばにいてくれることが、今はとても心強い。


「オレは不本意ながら、おまえ達と一緒に行動することはできないと考えてくれ……」


 ランティスが、苦々しく呟いた。


「王族だもの。色々とやることがあるんだよね? 仕方ないよ……」


「いや、今回は完全にオレの失態だ。オレのせいで放送部をだしに使われ、グランヴェル国に招待されたようなものだからな……」


「どういうこと?」


「以前すっぽかした見合いの尻拭いだ。――今回、強制的にさせられることになるだろう」


「ランティスが、お見合い!?」


「もしかして、コルネリア姫……デスか?」


「そうだ。はぁ……正直、気が重い……」


 珍しくランティスが弱音を吐いている。

 その様子を見る限り、見合いに乗り気でないことはすぐに分かる。


「コルネリア姫って? テンマも知ってるお姫様?」


「はい。コルネリア姫は、エルドル王子の妹君――つまり、グランヴェル国第一王女様デス。僕の父はコルネリア姫の家庭教師をしていたので、小さな頃に何度か会ったことがあります……」


 ――なるほど。やんごとなき身分の者同士のお見合いか。


(ランティスがお見合いをすっぽかしたから、エルドル王子が妹のために放送部を理由にして、わたし達……いえ、ランティスをグランヴェル国に呼んだわけね)


 家柄も申し分なく、結婚適齢期のランティスへの縁談話は持ち上がって当然だろう。

 王族同士の結婚は、国家間の結びつきにも関わってくることを、政治に疎いリルファーナでも知っている。俗にいう政略結婚だ。


「ランティスは……そのお姫様と結婚するの?」


「いや。断るつもりだ。というか今までも何度か断っているんだが、なかなか諦めてくれないんだ。だから今回こそ、きっぱり諦めてもらうように言うつもりだ」


 そう言い切るランティスに、リルファーナは内心安堵する。

 見合い……と聞いてから、なんだか急に落ち着かない気分になっていた。

 誕生日を過ぎたあたりから、リルファーナは時々――ランティスがそばにいる時だけ、こんな風に心がざわつく事があった。

 ランティスに話しかけられると妙に恥ずかしさを覚えたり、目が合うと胸にきゅっと甘い痛みが走るのだ。

 そして、その理由はもう……わかっている。


(コルネリア姫の、なかなか諦められない気持ち……ちょっと、解るかも……)


 ランティスは王位こそ継承しないが、王子でしかも魔術師だ。将来は安泰なのは間違いなく、伴侶にするにはこれ以上無いというくらい魅力的だ。


 ――でもそれだけじゃない。身分だけじゃない。


 ランティスの人柄だ。お金持ちは他に探せばいくらでも見つかるだろう。けれど田舎者のリルファーナの世話や、テンマの面倒を見る甲斐性と、人の心を(おもんばか)る優しさがランティスにはある。加えて容姿だって申し分なく格好良い部類に入る。


(そんな男のひとが目の前に現れたら、好きにならないほうがおかしい……。私だって、ランティスのこと……)


 ――いや、今は考えるのはよそう……。


 それにランティスには心に決めた女性がいるのだから。その人と一緒になるのが一番良い。


「ランティスだって、政略結婚は嫌よね……」


「そうだな。それにオレは結婚はしないと決めている」


「え……ええっ!?」


 予想もしていなかったランティスの答えに、リルファーナは驚く。


「オレはずっと昔からそう決めている。魂が震えるほど愛しいと想える者に、オレはもう出会っているからな。いくら政略とはいえ心が伴わない結婚は不誠実だ――」


「だったら、その人と結婚すればいいじゃない」


「無理だ。オレには幸せにはできない。護ることができれば、オレはそれで満足だ――」


「そんな……」


 ランティスの瞳は揺るぎなくて、深い愛情と、強い意志がそこには(たた)えられている。

 その眼差しを見たリルファーナの胸には切ない熱が広がっていった。

 自然と、想いが溢れてくる。


(――わたしは、ランティスのことが好き……)


 心の中で呟いてみると、止められない愛しい想いが奔流のように押し寄せてくる。

 けれどリルファーナにとって、これは叶えたいと願う恋ではないし、願ってしまうほど愚かではない。

 ランティスには、大切にしたい女性がいるのだ。


 それでも切なさに胸が痛くなってしまうのは、きっと……なんでも完璧にこなしてしまうランティスが「らしく」ないことを言うから……。


(ランティス、好きだよ……だからね――)


 リルファーナは膝の上においた手で、ぎゅっとドレスを握った。

 そしてありったけの好きだという気持ちを込めて、ランティスに想いを告げる。


「わたしは、ランティスが幸せになることを祈ってるね……」


 そう、叶えたいと願う恋ではない。


 こんなにも心から好きだと想える人に出会えた。それ自体がもう奇跡で、リルファーナにとっては舞い上がってしまうくらい嬉しいことだった。


 だからこれ以上、望むものがあるとすれば……


 ――ランティスが、好きな人と幸せになれますように……。


 愛する人の幸せを心から願うこと。

 リルファーナにとっては、それが「愛する」ということ。


「……有難う、リルファーナ……」


 ランティスが柔らかく微笑んだ。

 その声音がいつもより優しくて、リルファーナは泣きそうになってしまう。


「リルファちゃん……」


 テンマが、リルファーナの背中をいたわるように撫でてくる。

 その温かい手が、少しリルファーナの切なさを少しずつ溶かしていった。




 グランヴェル王城が見えてきた。

 王城の隣には、そこそこ高い塔が立っており、この時期は来賓用の宿泊施設になるらしい。

 速度を落としたはじめた馬車が、やがて完全に止まると、ランティス、テンマ、リルファーナの順に降りる。

 テンマがリルファーナの手を取り、降りやすいように手伝ってくれた。

 数刻ぶりの大地の感触を味わいながら、リルファーナは顔をあげると同時にそこにいた人物に目を奪われる。


(わ……あ。すごい、綺麗なひと……)


 思わず口が開いてしまいそうになる。

 リルファーナ達が立っている道の先に、お伽話からそのまま出てきたかのような可憐な美女がいる。

 リルファーナの蜂蜜色よりも、眩しく太陽のように輝く金髪は(まと)めて結い上げられていて、惜しげもなく見せている真っ白な首筋や肩は、みずみずしくシミひとつない透明感のある肌。小さな顔、大きな瞳は豊かな柘榴(ざくろ)のような深い色。歳の頃はリルファーナと同じくらいに見える。

 美女はまるで花が綻ぶように、ぱっと笑顔を浮かべて歩いてくる。後ろには護衛のためだろう、剣を帯びた騎士が従っていた。

 ランティスが、ざっと自分のマントを(ひるがえ)しながら膝をついた。

 美女の頬がかすかに紅色に染まっていく。そしてランティスの前まで歩いてくると、白くてか細い手をそっと差し出した。

 ランティスはその手を恭しく取ると、そっと指先に唇を落とした。


「お出迎え感謝致します。コルネリア姫」


 ――コルネリア姫! ということは彼女がランティスのお見合い相手。


 リルファーナは、二人の様子を息をのみ見守る。


「お待ちしておりましたわ、ランティス様。……国王も、エルドル兄上も、今は外せなくて。わたくしが出迎えで申し訳ないのだけれど……」


 本当に申し訳無さそうに眉を下げるコルネリア姫。その表情すら見惚れるほど美しい。


「とんでもございません。カナディス大陸一の美姫と(うた)われる貴女に迎えてもらえるのは、逆に幸運というものでしょう……」


「ふふ……お上手ね。ランティス様も、それからリステリア放送部の皆様も、ようこそグランヴェル国へ。歓迎いたしますわ」


「コルネリア姫、紹介しましょう」


 ランティスが立ち上がり、コルネリア姫の手を取ったままエスコートするように、リルファーナとテンマに向き合う。


「まず、リステリア国放送部、音声担当のリルファーナ・ルナディアです」


「まあ、可愛らしい子ね。放送聴いていましてよ。とても素晴らしい歌声だったわ。機会があれば、わたくしのピアノに合わせて歌ってくださらない?」


 コルネリア姫が、キラキラとした瞳でリルファーナに問いかけてくる。

 リルファーナは緊張しながらも、教わった通りドレスの端をつまみ、ゆっくりとお辞儀をする。


「コルネリア姫様、リルファーナ・ルナディアと申します。わたしの歌などで良ければ、いつでもお相手致します」


「嬉しいわ!」


「そして、テンマ・シーヴォです」


「コルネリア姫様、お招き有難うございます」


 テンマがすっと一歩進み出て膝を折ると、ランティスと同じくコルネリアの手を取り、指先へ口付けをする。コルネリアは微笑みを深めた。

 さすがお姫様だ。指先への口付けは挨拶だから、動揺することもない。


(もし、わたしがランティスからされたら、卒倒してしまいそう!)


 想像しただけで顔に熱が集まってくる。

 いけない、と思って気を紛らわそうとするリルファーナ。


「久しぶりねテンマ。名前を聞かなかったら、あなただと気づけなかったでしょうね。最後に会ったのは……幼い頃だったから」


「覚えていてくださったんデスね。姫様」


「もちろんよ。グルセニア先生のご子息だもの。もう家には戻らないつもりなの?」


「はい。家名は捨てたので……」


「そう……でも、ランティス様と一緒なら心配ないわね。放送部応援しているわ。わたくしの力が必要な時はいつでも言ってちょうだい」


「はい。ありがとうございます」


 コルネリア姫が親しげにテンマと話している。

 さっき事情を知ったばかりのリルファーナは、緊張もなく落ち着いたテンマの様子を見て、間違いなく上流階級の出身だと納得してしまう。


「では、わたくしはこれで失礼いたしますわ。ランティス様、後ほど――」


「わかりました。後ほど」


 ランティスが苦笑いを浮かべながら返す。

 後ほど……というのは、見合いのことだとすぐに解った。

 ランティスが、美しい姫と二人きりで会うのだ。その気が無いと解っていても、なんだかまた落ち着かない気分になる。

 コルネリア姫が完璧な動作でお辞儀をすると、そばにいる騎士を従えて去っていく。優雅に歩を進めて、リルファーナの横を過ぎ去るその時――

 コルネリア姫がほんの少し首を傾けて、リルファーナにしか聞こえないくらいの声で囁いた。


「貴女のお母様のことは悼むわ。けれど……そのせいで、わたくしはすっぽかされたのよ。今度は邪魔しないでちょうだいね」


「――え……?」


 リルファーナは咄嗟にコルネリア姫を見るが、彼女は先ほどと同じように美しい微笑みを浮かべながら行ってしまう。

 コルネリア姫の言葉に、棘を感じた……。


(わたしのせいで、見合いが駄目になったってこと?)


 嘘をついている雰囲気ではなかった。では一体……。

 コルネリア姫の言葉を頭のなかで反芻しながら、今までのことを整理する。

 そこから浮かび上がる答えは。


 ――ランティスは、見合いを蹴ってラーニャ村に来てくれた……?


 きっとそうに違いない。それしか考えられない。

 真面目で、人情にも厚いランティスらしいといえばらしいけれど、お見合いをすっぽかしてリルファーナを迎えにきたなんて信じられない。


(単純に、お見合いが嫌だったのかも……?)


「邪魔しないでって、言われても……」


 そんなこと出来るわけでもないし、するつもりだって無い。

 それより、コルネリア姫には同情してしまう。


 ――ランティスには他に愛する人がいるのだもの。


 ランティスが愛する人はどんな女性だろう……。きっと素晴らしい女性に違いない。


(いっそ……ランティスが結婚してくれたら、わたしもコルネリア姫様もすっきりするのにな……)


 正体がわからないランティス想い人を想像しながら、リルファーナはこれからの事を考えて頬を崩した。




次回。


豪華絢爛なグランヴェル王城での夜会。


ドレスアップしたリルファーナは、王族達が集まる席で、奮闘する。

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