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序章 「精霊の愛し子」①

精霊信仰の強いカナディス大陸を舞台にした、魔術×ラジオ×恋をテーマにした長編恋愛小説、開幕です!

 遥かな太洋に二つの大きな大陸がある。

 ひとつは科学が発展していったゴシュナウト大陸。もうひとつは魔術が発展していったカナディス大陸。二つの大陸はもともとひとつだったという――

 太古、人間たちの争いを嘆いた「精霊(せいれい)」が大陸を真っ二つに裂いたのだとか……。


 カナディス大陸では精霊信仰が色濃く残っている。

 産まれたときから精霊の恵みをうけた「精霊の(いと)し子」と呼ばれる者たちが存在している。

 精霊の愛し子は一年をかけて大陸中を巡る。それは精霊達からの恩恵を(たま)わる旅だ。

 精霊の愛し子が大陸の豊かさを願って歌う「精歌(せいか)」というものがある。

 年に一度、カナディス大陸のなかでも一番国土が大きく繁栄しているグランヴェル国では、「精歌隊(せいかたい)」が集合し、大陸の安寧を願い「精歌」を捧げる祭りが()り行われる。

 精歌は、精霊と人間の絆を深め大陸全土の豊穣を願うばかりでなく、災厄をも取り除くとも(いわ)れていた。


 カナディス大陸は、ふたたび精霊の怒りをかわないよう、国家間での戦争や内紛も起きていなかった。表向きは穏やかで平和に見えている。

 だが、水面下では国の利益を求めた闘いが熾烈(しれつ)をきわめていた――




 グランヴェル国の北側に位置するリステリア国。

 季節は夏だ。

 芽吹いた植物たちが一斉にその命を輝かせる。種類も数多(あまた)、色とりどりの花が咲き乱れ、国中が甘い薫りに酔いしれている頃。

 リステリア国の首都から馬車で丸一日かかるラーニャ村では、花も踊るような季節にひとり()に伏している者がいた。


 リルファーナ・ルナディア。

 来月、十七歳になる彼女は、十日前、育ての親であるハンナ・ルナディアに永遠の別れを告げたばかりだった。ハンナの老いた身体に貰い受けてしまった病は高熱を長引かせ、ついに命の灯火まで消し去ってしまった。


 一生懸命にリルファーナは看病をした。

 けれど快方にはほど遠く、村医者をしていたハンナは自分が助かる見込みが無いことを悟ったのか、朦朧とする意識のなか、リルファーナに大切なものを仕舞っておく戸棚から一通の封書を持ってこさせて言った。


「おまえは、独りではいけない……。わたしが死んで困ったら、これを持ってリステリアの王城にいきなさい」


 ハンナの言葉に、リルファーナは思い切り(かぶり)を振った。


「わたしはまだ母さんと一緒にいたい! だからお願い。まだ諦めないでよっ、ハンナ母さん!」


 ――弱気な言葉なんて聞きたくない!

 元気になって、また一緒に街に薬草を売りに行ったり、天気の良い日はピクニックに出かけて、新鮮な空気の中で一緒にお弁当を食べたい。

 リルファーナは紫水晶(アメジスト)に似た色の瞳から涙を零しながら、ベッドに横たわっているハンナにかじりつく。

 ハンナは血色の悪くなったシワシワの手のひらで、リルファーナの艶やかな蜂蜜(はちみつ)色の髪をゆっくりと撫でながら言った。


「もう……とっくに、心の準備はできているはずだよ、リルファ。わたしの大切な娘……」


「準備なんて……まだ、早すぎるよ……。きっと、良くなるから、頑張ってよ……」


 ――ハンナのいう心の準備……。

 リルファーナが十五の誕生日を迎えた頃から、ハンナは折に触れ話しをしてきた。


『わたしはいつまでもリルファのそばにはいられない。リルファーナ、純粋で優しい……そして精霊に愛された子。死は誰にでも等しくおとずれるものだよ。だから、わたしが死んでしまったとき、困ることのないように、まずはちゃんと心の準備をしておくんだよ』


 いつでもハンナの言うことを守ってきたリルファーナだったが、この時ばかりは容易ではなかった。

 ハンナがいなくなるなんて、怖くて、想像するだけでも、哀しみで心が潰れそうになった。一晩中泣き腫らした顔でハンナに会いに行くと、ハンナは困ったような顔をしながらも、リルファーナを抱きしめてくれた。


 あれから二年……。

 怖れいていたことが現実になる。


 ハンナがもう焦点の合わなくなった瞳で空を見つめ、一瞬、これまでの人生を懐かしむように優しく微笑んだあと「生きて……ちゃんと幸せにおなり……」と、掠れ声で呟いた。

 それから数時間もしないうちに、ハンナは息をひきとった。


 リルファーナは近所の村人達の力を借りながら、ハンナの葬送(そうそう)を済ませ、墓をたてた。

 人は死んで土に還ることで、精霊と融合し、永遠の存在へと変化するという言い伝えがある。

(精霊になったら、わたしのことは忘れてしまうのかな……)

 一人きりになったリルファーナは、寂しさと哀しみにとらわれ、何をする気力も起きず泣き暮らす日々を送っていた。




 (のど)の渇きでリルファーナは目を覚ます。

 カーテンは締め切っていたが、部屋の中が暑くなってきたから、昼に近い時間帯だろうか。


「……っ」


 起き上がると、沈みきった紫水晶(アメジスト)の瞳からまた涙が溢れた。

 ハンナがこの世を去ってから十日。

(そろそろ、ちゃんと生活しないと……)

 ハンナが残していってくれた財産はあるが、それだけでは到底暮らしていけない。それに一人でも働けるようにリルファーナは花や植物を育て、ハンナに教えてもらいながら薬草を調合し、それを売って稼ぐことを覚えた。だから余裕はなくとも、なんとか一人でも生活していけるだろう。


 ゆっくりと台所に向かい、まずは渇いた喉を潤すため水を飲む。

 ふとテーブルの上に置いたハンナから渡された封書が視界の隅に入る。

 ――ハンナに言われた言葉が蘇る。

 ハンナはこの封書を持ってリステリアの王城に行くようにと言った。しかし王城に行くのは庶民として暮らしてきたリルファーナにとって、かなり勇気のいることだ。

 それに……。


(わたしが国王様の血をひいているといっても、受け入れてもらうのは難しいわ。何より、わたしがハンナ・ルナディアの娘でいたいもの……!)


 リルファーナ・ルナディアは世間には認知されていないが、王族の血をひいていた。

 現リステリア国王と、城勤めをしていた侍女との間にできた子供――それがリルファーナだった。


 国王の子供を身篭った侍女は、城を出て単身、隣国のグランヴェル国へ渡る。

 身寄りもなかった侍女は、当時グランヴェル国で産婆をしていたハンナ・ルナディアの評判を街で聞きつけ、頼ったのだという。

 ハンナは事情を抱えた身重の若い女を見捨てることもできず家に招き、面倒の全てを引き受けた。そして無事にリルファーナが産まれた。

 しかし不幸なことに、長旅ですっかり身体の弱った侍女は出産後、衰弱していき還らぬ人となってしまった。

 ハンナは残されたリルファーナを引き取ると、自分の娘として育てた。

 そしてリルファーナが物心つく頃、出生にまつわる全てをハンナは教えてくれた。


 さらにリルファーナが十歳になった時のことだ。

 ハンナは荷物をまとめリルファーナを連れて、グランヴェル国からリステリア国のラーニャ村へと移住した。

 何故ハンナが故郷を離れる決断をしたのか、その時は分からなかった。

 ただ……ラーニャ村に越してきたあと、一度だけリステリアの王城に連れていかれたことがある。


 リルファーナがそこで出会ったのは、あごひげをたくわえた屈強そうな男で、さらにこの人が自分の父親であると告げられ、びっくりした記憶がある。

 本当の「お父さん」であるはずなのに、親しみはこれっぽっちも湧いてこなかった。

 リルファーナは母の顔も知らない。だがそれを哀しいとは思わなかった。

 自分を慈しみ、抱きしめ、一緒に笑ってきたのはハンナとだから……。

 父親――リステリア国王はリルファーナを見て、なんとも言えない苦い表情をした。だからますます、リルファーナは父とは思えなかった。


 ――けれど、今なら解る。


 何故、ハンナが故郷を捨てリステリアにきたのか。どうしてリルファーナを王城に連れて行ったのか。


(全部、わたしのためだったんだよね? 母さん……)


 リルファーナがいつか一人で生きて行かなくてはいけない日のことを考えて、困ることのないように、ハンナは国王のもとに連れていってくれたのだろう。国王の血をひいていると言えば、生活くらいは保障されるかもしれない。

 ハンナは最期のときまで、リルファーナのことを心配していた。本当の母親でもないのに、ハンナは自分の全てをリルファーナに与えてくれたのだ。


「母さん、ありがとう……」


 ハンナの優しさに感謝する。あたたかい愛情は、リルファーナの閉じこもっていた心を少しだけ(ほぐ)してくれた。

 今はまだ哀しみでどうしようもないけれど「ちゃんと生きる」と心のなかでハンナに誓った。


 リルファーナがもう少し喉を潤そうと水桶に手を伸ばしたとき、外から馬の蹄の音が聞こえた。それからすぐに、この家の入口の扉を叩く音が響いた。

(……誰、かしら……)

 村の人ではない気がする。

 何故なら、リルファーナの家を訪ねて来るのに馬に乗ってくる者はいなかったからだ。それに近所の人なら、すぐに扉の向こうから声をかけてくる。


 一抹の不安がリルファーナの心によぎる。ただでさえハンナとの死別で心が痛いのに、一人きりだということを痛感させられて心細くなる。


 ドン、ドン……と、また扉を叩く音が響いて、リルファーナは椅子にかけていた薄いショールで身体を包んでから、ゆっくりと扉へ近づいた。

(昼間だし、危険な人ってこともないよね……)

 リルファーナは内鍵を開けると、少しだけ扉を開け、僅かな隙間から(のぞ)く。


 ――目の前に飛び込んできたのは、漆黒(しっこく)


 まるで月も星も見えない真っ暗な夜空。

 しかし、表面が僅かに起毛し光沢を帯びている。それが衣服だとリルファーナが気付いた時には、訪問者の手によって、扉が大きく開け放たれていた。


「――っ……!」


 リルファーナは言葉を失った。

 さっきまで見えていたのは漆黒。そして今、目に入ってきたのは漆黒を打ち消すような満月のような真っ白な光。


 一歩、二歩、リルファーナは後退る。

 そこでようやく真昼の太陽の光を背にした、訪問者の姿を眼に(とら)えることができた。


 漆黒。そして白……。

 それは訪問者である青年が纏っている衣裳だ。

 汚れひとつ無い白の詰襟(つめえり)の上衣は、袖を通しただけで前ボタンは外されており、白のクラバットシャツをのぞかせている。

 下履き(ズボン)も、上衣と同じ素材だ。だがそれが見えているのは右半身だけ。左半身は真っ黒な、滑らかで肌触りが良さそうな布で覆われている。


 右半身は白。

 左半身は黒。不思議な恰好だ……。

 まるで光と闇を両方を身に纏っているようだ。


 左半身を覆っている布は、年に一度だけ見回りにくる王都の役人が身につけているマントに似ていた。でも役人は身につけていたマントは群青色だった。


(……そういえば……)


 昔、王城に行った時のことをリルファーナは思い出す。

 たくさんの大人達がいて、そのなかに黒いマントを身につけている者がいた。

 確か、黒いマントをつけている者は、


「――魔術師」


 リルファーナは顔をあげ、青年の顏を見てさらに息をのむ。


 こんなに美しい顔立ちの青年をリルファーナは見たことがなかった。

 太陽の光を透かした銀糸。純度の高い鉱石を磨き上げたような完璧な造形と、怜悧(れいり)な瞳はラピスのように深い藍色で、黄金の虹彩(こうさい)が揺らめいて見えた。


(この瞳、どこかで……)


 リルファーナは既視感を覚えて、思考のなかで記憶のかけらに手を伸ばそうとしたとき、青年が一歩近づいて言った。


「リルファーナ・ルナディア……」


 低くて太めの男の人の声だった。

 浮世離れした見た目からいえば、つい聞き惚れてしまいそうな透明感のある声音を想像してしまうが、そうではなかった。

 そして自分の名前を呼ばれたリルファーナは、彼が何か用事があってここへ来た訪問者だということを今さら思い出す。

 青年はまた、その容姿とはかけ離れたしっかりとした声音でリルファーナに言い放った。


「リルファーナ・ルナディア。お前も王家の血を継ぐものなら、そろそろ国の為に働け――!」


「え……、ええっ⁉︎」


 リルファーナは青年の言葉に驚き、声を上げた。


次回。


青年はリルファーナに「この国のために働け」と言う。

青年の正体とは。

さらに、リルファーナの生まれ持った特殊な性質が明らかになる。


「その力の活かし方を、俺なら導いてやれる…」


次回も宜しくお願い致します。


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