エルフの村
まずは木材の加工技術について話をした。エルフの木材の加工技術は素晴らしく街にいるエルフは木を使ったアクセサリーショップや食器店を営んでいる場合が多く、平民から貴族まで女性を中心にかなり人気があった。前回の訪問の時に何人か王都に移ったらしく、移住者の現状と木材の加工技術の王都との技術協力などについて話された。
次にエルフのお菓子に関して熱く語られた。エルフは木の実や野菜を使ったお菓子作りが得意でこちらも木材加工と同様に王都にも何軒かお店がある。エルフの部族ごとに得意なお菓子が違ったり同じお菓子でも味が違ったりするらしい。ちなみにエレビアは故郷で母親に教わったアーモンドをいっぱい使ったパウンドケーキが得意だ。エミューリアとアルクィナは今後の出店予定と経営について話し合った。
次は弓と魔法の指導について話した。弓を得意とし魔法を効率よく利用できるエルフを王国の弓や魔法の技術指導者として派遣してほしいというお願いだ。しかしこれだけはアルクィナも難色を示した。自分たちの戦闘技術を無闇に広げたくないのと、言動から推測するにアルクィナはエミューリア以外の人間をあまり信用していないようだった。エミューリアはあくまで狩猟や魔法研究のための技術提供と言っているが、実際にはどう使われるかわかったもんじゃない。エレビア、フェニー、ネムも初めて出会った時は違法な魔法実験の触媒にされそうになっていた。エミューリアは頑張っているが王都に蔓延る“差別”はとても根が深い。
技術派遣に関しては魔法に関する手書きの資料をいくつか持って帰るということでまとまった。他にもいくつか話しあい本日の会談は終了となった。部屋を出ようとした時、オーネストだけ呼び止められた。他の二人は今回の会談の議事録をまとめなければならないので先に外に出た。オーネストはかなり不安な心持ちでアルクィナと向かい合う形で席についた。始めに話し出したのはアルクィナだった。
「“落ち果て”を初見で、しかも一撃で倒したそうじゃな」
アルクィナは品定めするような目でオーネストを見る。
「は、はい」
今までの言動からアルクィナがどういう人間なのかわからず少し警戒しながらじっくり考えて答えた。
「なぜ倒す方法がわかった?ルディとシルヴィは教えなかったはずじゃが?」
“落ち果て”を倒す方法については教えない、これはどうやら村長命令でもあったようだ。オーネストはルディとシルヴィに説明したようにアルクィナにも自分が説明できる範囲でなるべく詳しく説明した。
「自分にも完全に分かっているわけではないのですが、“落ち果て”と対峙した時に体の中に“声”みたいなのが聞こえたんです」
「“声”?」
「はい、なにをしゃべっているのかはわからなかったんですけど、とにかく苦しそうでした。その“声”が聞こえるところを切ったらたまたま倒せたんです」
(エミィたんも同じようなことをいっていたな…このオーネストという男、本当になんなんじゃ?)
「あの、どうかされました?」
「団長さんよ、もう一度聞くぞ?」
「はい?」
「お主とエミィたんはどういう関係じゃ?」
「え?それはさっき…」
「立場の話ではない、もっと深いところの話じゃ」
「深い?それはどういうことですか?」
「お主ら、遠い過去の記憶を持っておらんか?」
「!!」
「その反応を見るに持っているのじゃな」
「なぜそう思われたのですか?」
アルクィナの前でその話をした覚えはない。そんな素振りも見せていない。今の質問の仕方からエミューリアに以前聞いた訳でもなさそうだ。オーネストのあまりの驚きようにアルクィナはクスリと笑う。
「妾もだてに千年以上生きとらんということじゃ。お主とエミィたんを見るとの、もう一つの記憶が見えることがあるんじゃ。お主らとは違う誰かの記憶がの」
「…」
オーネストは黙るしかなかった。前世のことを隠すつもりはない、だが言うつもりもない、言っても信じてもらえないだろうし信じてもらえたとしても説明できる自信がない。黙ってしまったオーネストをしばらく見ていたが答えは期待できないと思ったアルクィナは追求はしなかった。
「まぁ話したくないならよい、答えを求めたわけでもないからの」
「…ありがとうございます」
「礼を言うとは変なやつじゃの。さて、話したいことはすべて話したし堅苦しい会談はここまでじゃ」
アルクィナが席を立ったのでオーネストも立ち上がった。二人が部屋を出るとちょうどエミューリアとエレビアの仕事も終わったようだった。
「あら!二人も終わったのね、夕食まで時間があるみたいだけどどうする?」
「妾はエミィたんとおしゃべりしたいのじゃ~」
さっきのキリッとした雰囲気から一変したアルクィナにオーネストは内心舌を巻いた。エミューリアは苦笑いしながらもアルクィナの提案に従うようだった。
「私は騎士団の皆の様子を見に行きます」
「じゃあ、僕もついていくよ。一緒に行こう」
「え…」
思わず不満そうな声が漏れたエミューリア。しかしオーネストもエレビアも気づいていなかった。
「それじゃあ行ってきます」
「エミューリア王女、また後程」
「う、うん…」
ひきつった笑顔で二人を見送るエミューリア。その様子をエミューリアに抱きつきながら見ていたアルクィナはポソッと呟いた。
「フフフ…大変じゃのぉ」
アルクィナの家を出たオーネストとエレビアは村人を手伝っている団員の様子を見て回っていた。
まずはエルフの子供たちが集まっている学習小屋に行ってみた。
「あら~団長~、難しいお話は終わったんですか~?」
のんびりした声に呼ばれ振り向くと第三騎士団の牛の獣人の“メルグー・カウス”がエルフの子供たちと遊んでいた。メルグーは見た目はほぼ人で体の一部分が牛の獣人だから子供たちも受け入れやすかったのだろう。よく見てみると男の子の比率が高い気もする。
「今終わったんだ。楽しそうだな」
「ええ~とぉってもいい子ばかりですよ~、今も楽しくおしゃべりしてたんですぅ~」
こうして話している間にも子供たちの何人かがメルグーに無邪気な質問をしていた。
「牛のお姉ちゃん!わたし聞きたいことがあるの!」
聞いてきたのは女の子。メルグーは笑顔で答える。
「いいわよ~なにかしら~」
「あのねあのね!どうやったらそんな大きなお胸になれるの!?」
「!?」
思わぬ質問にたじろぐオーネスト。そんなオーネストを横目でにらみながらも自分の胸に手を当て聞き耳をたてるエレビア。質問した女の子以外にも何人かの子供がその質問に食いついていた。メルグーは狼狽えることなく変わらない笑顔のまま答えた。
「そうねぇ、わたしの場合は乳牛の遺伝子の力だけど、普通の人はどうするのかしらぁ?…あ、そういえばわたしが妊娠した時、胸が少し大きくなったわねぇ」
「…ん?」
少し話の風向きぐおかしくなりつつあるのを感じたオーネストとエレビア。メルグーは話を続ける。
「だから子供を作ればお胸も大きくなると思うわ~」
「子供ってどうやってつくるの~??」
目をキラキラさせてメルグーを見る子供たち。オーネストとエレビアは「まさか…」と身構える。メルグーは少女の一人の頭を撫でながら、今日の夕御飯を教えるかのような気軽さで続きを言う。
「えっとねぇ~オスの生し…」
「姉御ぉぉぉぉ!!」
どこにいたのか同じく第三騎士団のアルマジロの獣人マジロムがメルグーの口を封じた。
「む~?」
(姉御!子供たちに何を教えようとしてるんですか!?)
「むむむ~(だって嘘はダメだし~)」
(今の場合は嘘をつかないほうが問題なんです!!は!?)
気づくと子供たちがマジロムをじっと見つめている。マジロムはメルグーを押さえたまま笑顔をつくって代わりに答えた。
「…胸を大きくするなら牛乳がいいぞ!骨も強くなるしな!」
「ねぇ子供はー?」
「どうやって作るの~」
「ね~!!」
「うぅ」
どうしたらいいのか、狼狽えるマジロムから目を逸らしたオーネストはエレビアと次の場所に向かった。
次の場所に向かう途中少し遠くに物陰に隠れているヴォルフを見つけた。
「なにやってるんだ?」
「さあ?少し様子を見てみましょう」
その場に止まり様子を伺う二人。ヴォルフは二人に気づく様子はなかった。なにかを警戒するかのように物陰から顔だけだしあたりを嗅いでいる。
「まいたか…?」
周囲に誰もいないのを確認すると隠れている場所から出てくるヴォルフ。そんな彼の肩に手が置かれた。
「見つけたわ~ん、オ・オ・カ・ミちゃん」
「ぎゃあ~!!?」
ヴォルフをつかんだのは奇抜なファッションに身を包んだオカマのエルフだった。
「うおお!」
「いやん」
身をよじりそのエルフと距離をとるヴォルフ。身体中の毛を逆立て威嚇する。相手のオカマはお構いなしだ。
「あんら~!そんなに毛を逆立てちゃって~!きれいな毛並みが台無しよ~?」
「うるせぇ!近寄るな!!」
キバや爪を出し今にも攻撃しそうなヴォルフ。相手のエルフはそれでも気圧されない。
「あなたの毛を少しブラッシングさせてくれたらいいのよぉ~?すぐにすむから?痛くしないから~~」
じりじりと距離をつめてくるオカマエルフに一歩一歩引いていくヴォルフ。オカマエルフが走り出したのと同じタイミングでヴォルフは逃げる。
「近寄るなって言ってんだろうがー!!」
「待ちなさ~い!」
腰をくねらせながらものすごいスピードでヴォルフを追いかけるオカマエルフ。それを見届けたエレビアは「うん!」と頷く。
「仲良く交流してましたね!」
「あ?うん?」
そうは見えなかったがそうしておこうと思ったオーネストは次の場所に向かった。
次の場所に着いたオーネストは自分の目を疑った。部下の一人が地面に埋められていた、その周りにはスコップを持ったエルフたちが困惑した顔で立っている。そのあまりに異様な光景にオーネストとエレビアは息が止まるかと思うくらいびっくりした。
「おい!なにをしている!?」
状況がわからなかったがとにかく部下を助けようと近づくとオーネストに気づいた埋められた部下があろうことか笑顔で挨拶してきた。
「団長!お疲れ様です」
「え?…あ、あぁ?お疲れ…?」
埋められた部下、コウモリの獣人の“ドラキー・グリザイユ”だ。状況がまるでわからないので周りのエルフに聞いてみると
「いや、こいつが木陰でぐったりしていたんでね、大丈夫か?って聞いたらいきなり埋めてくれって言われてよ」
「わけがわからなかったんで初めは断ったんですが泣きつかれて」
「で、埋めてみたらみるみる元気になって…なんなんですこいつは?」
ドラキーは半獣人に分類されている。
獣人は大きく分けて3種類いる。ヴォルフやレオンのように見た目が完全に獣の『獣々人』、見た目は人間で体の一部が獣の『人獣人』角と耳、尻尾が獣のメルグーや皮膚が緑の朧月がこれに該当する。そして普段は完全に人間の姿で、ある条件下でのみ獣人になれるのが半獣人である。人間の姿の時獣技は使えないが獣人の時の身体的特徴は反映される。こうもりの半獣人のドラキーの場合、日光に極端に弱い。
「だからこの人たちに頼んで埋めてもらっていたんですよ」
すごく気持ちよさそうにしているドラキー。周りのエルフたちはそんなドラキーを憐れんだような気持ち悪がっているような妙な目で見ていたが。オーネストとエレビアは急に恥ずかしくなりとりあえずエルフの皆に頭を下げた。
「うちの部下がすいません!!」
ドラキーを放置し(そうするしかなかった)、次の場所に向かうオーネストとエレビアの顔には疲れが出ていた。部下たちの想定外のトンチンカンな行動の数々に頭を抱えた。
「うちの部下たちって結構ポンコツなのかな?」
「まぁ、ちゃんと役にたっている者もいましたし」
「それもそうだな、後はフェニーとネムか」
二人は中央広場で他のエルフたちと今日の夕飯の用意を手伝っていた。オーネストとエレビアが近づくとエプロンをつけたネムが二人に気づいた。
「団長…エレビア…お疲れ…」
ノールックで野菜の皮を向きながら話しかけてくる。
「料理のお手伝い?」
「そう…フェニーと二人で…さっきまで…キャミィも…いた」
独特な間を挟みながらゆっくりしゃべるネム。その後ろではフェニーが慌ただしく動いていた。
「下ごしらえできたでー!」
「ありがとうフェニー!」
「これもお願い」
「任しとき!」
他のエルフたちと連携しながらテキパキ動いている。その様子にネムは顔をほころばせる。
「こんな光景を見られるとは思わなかった…」
「えぇ、私も嬉しい」
門の所で聞いた三人の昔話。ハーフエルフへの差別、偏見、色んな事に悩まされたのだろう。しかしこの小さな村には少なくともそんなものはない。今エレビアとネム、フェニーの目には自分たちが望んでいた景色が広がっているのだろう。その喜びの気持ちは計り知れない。
「エレビアも二人を手伝いなよ」
「え?ですが他に仕事が…」
「僕がやっておくからさ、それにエレビア料理うまいしね」
不意に誉められ顔を赤らめる。
「そ、それではお言葉に甘えさせていただきます」
エレビアはオーネストに礼を言うと着替えて輪に加わった。オーネストはアルクィナの家に戻ろうと歩き始めると近くの家の影から綺麗なサクラ色の髪がはみ出していた。オーネストはそれに近づき声をかけた。
「エミューリア王女?」
「ち、違いますよ~?」
「ばれてますって」
「……どうもー」
頭をかきながら出てきたエミューリア。
「いつからいたんですか?」
「さっきあなたを見つけたばっかりよ!それよりオーネスト!!」
胸をはり、できる限り威厳のあるポーズをするエミューリア。なにか妙な提案をされると確信したオーネストは心を「無」にして待った。そしてエミューリアは予想通り予想外の妙な提案をしてきた。
「今から私とデートして!!」