ウィズダム
その頃王都に残った第三騎士団副団長のブライアンは第三騎士団の専用寮内の自室で調べものをしていた。オーガの血を体内に入れられてからはあまりデスクワークをしなかったので少し苦戦していた。
「第二騎士団の頃は苦でもなかったんだが…」
頭を掻きながら机に広げた地図を睨む。そうしていると部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
返事をするとカメレオンの獣人レオンが両手にたくさんの資料を抱えて入ってきた。
「ブライアンさん、頼まれていた資料をお持ちしました」
「あぁありがとうレオン。そこに置いてくれ」
「わかりました」
レオンは指示された場所に資料を置きその中から一つを手に取り中を見る。
「ブライアンさん、団長に頼まれた調べものの進展はいかがですか?」
「うむ」
ブライアンは目頭を押さえながら地図から顔を離した。
デッドスポットへの出発前にオーネストはブライアンに「ここ数年で国内で起こった事件と発生場所を調べておいてくれ」と頼んでいた。ブライアンはレオンと共に国の記録を見て地図に印をつけていっていた。はじめは何故こんなことを頼んだのか不思議だったが、地図に印がついていくにつれてその理由がわかった。
「ここ数年で盗賊などによる襲撃などが異常に多く発生している」
レオンは持っている記録書をペラペラめくり頷く。
「確かに、第三騎士団ができる前からずっと増えてきてますね。最近は特に多い…忙しいわけだ」
「しかもそれらの事件のほとんどがこの王都周辺で起こっているようだ」
ブライアンが地図に描いたマークを指し示す。地図には事件が発生した場所に✕印が書かれていた。今年発生したものだけ見てもほとんどが王都の周辺に集中している。
「確かに多いですが…王都には貴族もいますし、狙うにはちょうどいいのではないですか?」
「それも考えたんだか、こいつらの目的がわからんのだ」
「目的がわからない?盗賊であれば当然金銭なのでは?」
「確かに金銭を強奪している事件もあるのだが、手当たり次第に狙っているというか…襲撃だけを目的にしているような素振りがあるんだ」
「襲撃が目的ですか?」
「金銭を狙った犯行の場合襲われる人や馬車の身ぐるみはすべて剥がされるんだが、半分以上の事件で物が盗まれていないんだ。そのかわりに馬車は徹底的に破壊されているのだ」
「それは妙ですね」
レオンはカメレオン特有の目をぐるんと回す。ブライアンはさらに年毎に分けた他の地図の✕印を示す。
「これは去年、こっちは一昨年のものだ」
「ふむ、すべて王都で多く事件が発生していますね」
「ところがだこの六年前の地図を見てみると」
そう言って広げた六年前の地図に描かれた✕印は王都ではなく国内にある商業の街“ストア”に多く見られた。王都にはほとんど✕印はなかった。
「六年前までは“ストア”が狙われることが多かったんだ。あそこは商人の街で王都よりもお金が集まる上に王都に比べると警備が薄い」
「王都は第一騎士団と第二騎士団がいますが他の街や村は第二騎士団しかいませんからね。確かに金銭強奪が目的ならストアを襲った方が利点が多いですね」
「なのにだ、五年前からいきなり王都での事件が急増してるんだ」
六年前の事件分布と五年前の事件分布を見比べると✕印のつき方が明らかに違った。六年前はストアに集中していた✕印が五年前の地図からは王都に集中しており、その後今年まで王都に集中し続けている。
「ターニングポイントは“五年前”のようですね」
「そのとおり」
「だから私に五年前の王国の記録を持ってくるように頼まれたんですね」
「団長が帰ってくるまでにある程度まとめておかなくてはいけないからな」
ブライアンは手近な資料をめくり始める。レオンも近くの机に座り資料をめくる。
「私も手伝いますよ。五年前に起こった出来事をまとめていけばいいんですね」
「うむ、すごく助かる!」
二人はひたすら五年前の記録を見ていった。
場所はデッドスポットのエルフの森のエルフの住む村“ウィズダム”。入り口の前で村長と思わしきエルフの女性にエミューリアが奇襲を受けていた。
「しばらく見ないうちに育ったのではないか?特に胸とおしりが!」
周りの目を気にすることなくエミューリアの胸に顔をうずめながらおしりを触る。エミューリアは力ずくでエルフの女性をはがす。
「いい加減にしなさい!アルクィナ!ちょっ、ホントに離してぇ!」
「い・や・じゃあ!」
終わりが見えないやり取りに第三騎士団の面々も騒ぎを聞き付けて出てきたエルフたちもどうすればいいのか戸惑っているとオーネストがエルフの村長の肩をつかんで無理矢理引き剥がした。
「いい加減にしてください。王女が嫌がっています」
アルクィナをエミューリアから離したあとエミューリアに手を差し出す。
「お手を」
「あ、ありがとう」
少し照れながらオーネストの手を取るエミューリア。アルクィナは面白くなさそうにその光景を眺めている。
「お主、誰じゃ?」
オーネストにガンを飛ばしながらまるで不良のようにからむアルクィナ。オーネストは臆することなくエミューリアを後ろにかばいながら名乗った。
「アルバソル王国第三騎士団団長のオーネスト・ファーレンと申します」
「団長とかどうでもいいんじゃ、エミィたんとの関係は?」
「僕とエミューリア王女は…」
関係を聞かれ少し考えたが、ハッキリと
「主と家臣です」
と答える。エミューリアは密かに唇を噛みしめなにかに耐える。
「ほほぉ~?主と家臣~??」
先程のやり取りやその場の雰囲気からはそれ以上のものを感じたアルクィナだったが、本人がそう言っているのでとりあえずこの話は保留にすることにした。
「まぁいいのじゃ、妾もいきなり抱きついたりして悪かったのじゃ」
「アルクィナ様」
寄ってきたルディとシルヴィの頭を優しく撫でる。
「どうやらこの二人が世話になったようじゃしの、順序がおかしくなったが礼を言うぞ」
「え?あ、どうも…」
いきなり村の長みたいなしっかりした対応をされて面食らうオーネスト。アルクィナはルディとシルヴィを従えオーネストに手を差し出す。
「この村の長を務める“アルクィナ”じゃ。見ての通りエルフじゃ、よろしくの」
「よ、よろしくお願いします」
オーネストも手を握り返す。すると急に握られた手に力が入れられた。
「!!?」
そこまで痛くはなかったが急だったので驚いてアルクィナを見る。アルクィナは笑顔で手に力を込め続けながらオーネストの耳元に顔を近づけオーネストにだけ聞こえる声で囁く。
「小僧…今は引き下がるが、エミィたんと一番の仲良しはわしじゃからな?」
「………」
オーネストは「こいつやべぇ」という言葉を飲み込み笑顔を返した。
門をくぐった瞬間、急に体が軽くなった。
「なんだ?体が軽くなった?」
「というか…この辺りは魔素が濃くないですね」
「この村の周りはアルクィナ様の魔法で結界がはってあるのです」
「その結界のおかげで魔素は平常値ですし、“落ち果て”もここまで入ってこれないのです」
「アルクィナ様はすごいのです!」
まるで自分の事のように胸を張るルディとシルヴィ。当のアルクィナも胸を張ぢてふんぞり返る。
「そうじゃ!妾はすごいのじゃ!!…ところで団長殿?」
「なんですか?」
「あの二人はなぜ村に入ってこないんじゃ?」
振り返るとフェニーとネムがまだ門の外に立っていた。エレビアが駆け寄り、オーネストとアルクィナもついていく。
「なんで入らないの?」
エレビアか聞くとフェニーは困ったように笑う。
「あはは…うちら、さ?」
「うん、だからここで待ってる方がいい」
「あ…」
エレビアは二人が入らない理由を察して言葉に詰まる。オーネストは理由がわからなかったが、アルクィナはわかっていた。
「お主らハーフエルフなんじゃろう?」
「…気づいてはったんですか、そうですうちら二人はハーフエルフです」
「なんで入らんのじゃ?」
「え?そやからうちらはハーフエルフなんですよ?」
「…普通は入るのを嫌がるもの…」
どういうことなのかわからなかったのでエレビアに小声で聞いた。エレビアは一瞬悲しそうな顔になったが、理由を話してくれた。
「以前お話したように私たち三人は故郷から半ば追い出される形で出てきました。フェニーとネムがハーフエルフだという理由で、実際は他にもいくつも理由はあったのですが、大半はそれです。エルフという種族は他の種族と交わるのを嫌う傾向にあるんです。王都に来るまでにいくつかエルフの里をまわりましたがすべて同じ理由で断られました」
思いだし辛くなったのか唇を少し噛むエレビア。一緒に聞いていたエミューリアがエレビアの頭を優しく撫でる。
「エ、エミューリア王女!?」
「あの人は大丈夫よエレビアさん」
「え?」
見上げると暖かい笑みを浮かべたエミューリアが目に入った。
「アルクィナは大丈夫よ」
エレビアはアルクィナを見た。門を挟んでフェニーとネムと対峙している。
「早く入らんか」
再び理由を聞かれフェニーは困ったように笑う。
「えっと…せなからうちら二人はハーフエルフやねん」
フェニーの横でネムも頷く。
「それで?」
「えっと、うちらは入らん方がエエのかなと思って…」
「なぜそう思う?」
「え?せやからうちらハーフ…わぷっ」
フェニーが理由をもう一度言おうとした時、アルクィナはいきなり二人を抱き締めた。
「今まで色々あったんじゃろう。じゃが妾はそんなことは気にせん。じゃからハーフだのなんだのと言うのはやめるのじゃ」
「アルクィナさん…」
今まで何度かエルフの長にはあったことがある。しかしすべての場合でいい対応はしてくれたことはなかった。それどころか冷遇されるのが普通だった。フェニーもアルクィナの背中に回した手に力を込める。
「ありがとうな…」
アルクィナの暖かさに触れたフェニーは心からの言葉を口にした。
それを見ていたエレビアは無意識に涙を流していた。
「あんな方もいらっしゃるんですね…」
「『種族なんて関係ない』。考えてみれば当たり前のことなんだけどね、それをこの世界で貫くのは難しい。でもアルクィナはそれを貫いている。とても尊敬できる人よ」
よく見るとエミューリアも号泣していた。オーネストは二人に涙を拭くものを渡した。
「本当に心の広い人なんだな…」
オーネストはまだ涙が止まらないエミューリアに肩を貸しながら二人を門の中へ誘い入れるアルクィナを眺めていた。ふと、アルクィナと目が合った。途端にアルクィナがこちらに全速力で突っ込んでくる。
「え?なに??」
明らかにオーネストに向かっている。オーネストはどうしていいのかわからず、とりあえずエミューリアとエレビアから離れる。アルクィナはオーネストに狙いを定め地面をけった。
「なにエミィたんを泣かせとるんじゃあぁぁ!?」
鋭い飛び蹴りが飛んでくる。避けようと思ったが、それだとアルクィナが攻撃を外して怪我をするかもしれない。そんなことを考えている内には避けるタイミングを完全に失った。アルクィナの飛び蹴りはオーネストの鳩尾をとらえ蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた後、オーネストたちは村の中を案内してもらった。この村の家々はすべて木造で前世のログハウスのような見た目をしていた。そんな家が全部で16ほどあり、広い場所には畑がいくつかあった。人工の池もいくつかあり魚が養殖されていた。アルクィナを先頭にぞろぞろ歩いていると村のエルフの子供たちが駆け寄ってきた。
「ねぇねぇ、どこから来たの?」
「“落ち果て”を一人で倒したって本当?」
「王女様お土産ある?」
次々に質問され困っているとルディとシルヴィが子供たちを止めてくれた。
「お客様に失礼ですよ」
「質問は後で!先にアルクィナ様の家にいかなきゃいけませんからね」
「はーい!!!」
素直に返事をしたエルフの子供たちは「バイハーイ!」「あとでねー」と言いながら見送ってくれた。さらに進むと結界の端のあたりに大きな家があった。
「さ、入るのじゃ」
アルクィナに促され中に入る。入ってすぐアルクィナの使用人が全員分の食事を出してくれた。食事をすませた後、それぞれの泊まる部屋に案内された。部屋に荷物を置き、次は今回の目的のエミューリアとアルクィナの会談だ。エミューリアとアルクィナの会談にオーネスト、エレビアが同席することになり残りの者は自由時間で主に村の手伝いをすることになった。全員が出ていった後、来客用の大きな部屋に通され円卓を囲む形で四人が座る。使用人がそれぞれの前に水を置き部屋を出ていったところでアルクィナが会談の開始を宣言した。