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異世界でまた君と  作者: 長星浪漫
第一章
6/49

“落ち果て”

 “エルフの森”はデッドスポットというのもあって町からかなり距離があった。道も整備されていないので馬車を使えず一時間かけて歩き、そしてやっと森の入り口らしき場所が見えてきた。近づいていくと二つの人影があることに気づいた。

「エミューリア王女は下がってください。ヴォルフ、ドラキー構えろ」

 こんな場所に人がいることはおかしいと思ったオーネストは警戒しエミューリアを下がらせる。だがエミューリアがその警戒を解いた。

「大丈夫よ、あの二人私の知ってる子だから」

 そう言うと先頭を進んでいく。

「ちょっ!エミューリア!…王女!護衛(俺たち)より先に行かないでください!」

 慌ててエミューリアを追いかけるオーネストたち。森の入り口に近づくにつれて大気中の魔素の濃度が高くなっていき、呼吸をするのが辛くなり体が重くなってくるのを感じた。“神に祝福されし者(ギフター)”の二人とエルフ、ハーフエルフたちは“魔力機関”と“魔素循環機関”を、獣人たちは人間の数百倍の機能を持つ“魔素循環機関”のおかげで高濃度の魔素にもすぐに適応できた。やっと入り口のすぐ前まで着くと待っていた二人のエルフの少女が微笑みながら会釈した。

「お待ちしていました」

「お待ちしていました」

「久しぶりねルディ、シルヴィ」

 エミューリアはオーネストたちのことも紹介した。ルディとシルヴィは最後まで聞いた後で名乗った。

「お初にお目にかかります。森の案内をさせていただきます“ルディ”と申します」

 金髪のエルフが軽く頭を下げる。

「同じく、妹の“シルヴィ”です」

 銀髪のエルフが軽く頭を下げる。と、ここでエミューリアが首を傾げて妙な事を言い出した。

「ところでなんで私たちが来ることがわかったの?」

「え?」

 全員がエミューリアを見た後に双子のエルフを見る。てっきり先に行くことを伝えていたので案内役がいるものだと思ったのだがそうではないらしい。

「連絡できればしていたけれど、デッドスポットにどうやって連絡すればいいのよ?」

 ごもっとも、全員がそう思った。エルフの双子は微笑んだまま、なぜエミューリアの来訪がわかったのか教えてくれた。

「私たちの族長は千年の時を生きているエルフなのです。なので魔力がかなり強くなっていらっしゃいます」

「以前エミューリア様にお会いされた時にエミューリア様のことを大変気に入られたようで、別れた後もずっとエミューリア様のことを気にしていました」

「あまりに気になって仕方ないので族長は千年溜め込んだ魔法の知識から“未来予知”の魔法を編み出しまして」

「ざっくり“未来予知”だと精度があまりよくなかったので“エミューリア様の未来予知”と対象を絞ったところ今日のこの日の時間が一秒単位で正確にわかった次第でございます」

「………」

 誰もなにもしゃべらなかった。“未来予知”の魔法を独自に作り出したというのはとんでもなくすごいことではあった。それに千年の時を生きているエルフというのもそうそういない。ただ、魔法を作るにいたった過程が引っ掛かる。考え方によってはストーカーみたいに見えてしまうからだ。誰もしゃべらないのでルディが話を再開する。

「とにかく森の中をご案内します」

「皆さんついてきてください」

 双子のエルフはさっさと森の中へ入っていった。オーネストたちは我に返ると急いでその後に続いた。

 生い茂る木々や濃い魔素の影響で森の中は朝早くにもかかわらず薄暗かった。先頭を歩くルディとシルヴィが青紫に輝くランタンを持っているので行く先はハッキリ見えていた。移動中にルディとシルヴィが森について説明してくれた。

「この森について今のうちにお話しておきます」

「ご存じの通りこの森はデッドスポットです。位置的にはアルバソルの北の端にあたる場所にあります」

「しかもここの魔素濃度は国内のみならず世界的に見てもトップクラスの高濃度となっており普通ならば近づいただけでも即死んでしまうかもしれないくらいです」

「だから俺たち亞人の方が適任だってわけか」

「エミューリア王女は前回はどうやってここに来たんですか?」

「昨日宿泊した町で出会ったがエルフと獣人の冒険者パーティについてきてもらったの」

「…そのパーティも災難だったろうなぁ」

「なにか言った?」

「いえ、なんにも」

 オーネストたちの会話が終わるのを待って森についての話を再開する。

「魔素が濃くても迷い混んでくる動物はたくさんいます。特に虫の魔物が多くいます」

「このランタンの光と匂いは魔物避けとしてはたらいていますから安心してください」

(このランタン線香みたいな匂いがすると思ったらそんな意図もあったのか…)

 森の奥に進むにつれて闇が深くなっているように感じた。双子のエルフの持つランタンがより光って見える。不意に双子のエルフが足を止めた。

「?どうしたの?」

 ルディとシルヴィは同時に振り返る。その表情は森に入ってからもずっと同じ笑顔のままだったがランタンの光と周りの暗さで同じ顔でも不気味に見えた。

「しかしこの森で最も気を付けなければならないのは“高濃度の魔素”でも“魔物”でもありません」

「もっとおぞましい存在がこの森にはいるんです」

「もっとおぞましい?それは一体…」

「おい団長!なにかいるぞ!」

 ヴォルフの嗅覚がなにか異常を感知した。人間よりも五感が鋭い他の獣人たちもそれぞれ武器を構える。オーネストはエミューリアをかばいながら剣を構える。エレビア、フェニー、ネムは魔力を練り始める。ルディとシルヴィは微笑んだまま前方を指差した。

「こちらがこの森の()()()()()()()()()()()

 森の奥からなにかが這いずりながら近づいてくる音がする。

「ぐっ、臭ぇ…」

 ヴォルフが鼻を抑えた。オーネストたちもあまりの悪臭に顔をしかめた。ゆっくりゆっくりその()()が近づく音が大きくなっていき、何かが腐ったようなひどい臭いも強くなっていく。そして()()は姿を現した。

「な…んだ、こいつ?」

 目の前に現れたのは本当に『何』なのかわからない存在だった。ルディとシルヴィは慣れているのか鼻を押さえもせずに表情を崩すことなく“それ”が『何』なのか教えてくれた。

「これがこの森で最もおぞましく恐ろしい存在、“落ち果て”です」

「“落ち果て”?」

 “落ち果て”は2メートルくらいの大きさで山の形をしている。ゲームとかで見るスライムに近い感じだが、体の色は濁った灰汁のような黄みがかった灰色をしており常に頭部から何かが流れ出ていて、さらには肉が腐りそれを放置し続けたようなとんでもない臭いまでしている。目や口はないのにオーネストたちに向かって動いている。

「名前なんてどうでもいいだろ!こっちに来るぞ!!」

「うちらに任しとき!ネム!」

「うん…エレビア、サポート、頼む」

「我らを守れ光の加護を!“シャイン・ウォール”」

 半球の光の幕が全員を覆う。フェニーとネムが攻撃魔法を放つ。

「弾けろ炎!“ブレイム”」

「雷の連牙…“サンダグロウ”」

 エレビアのバリアをすり抜け先にネムの雷の連撃が表面の肉をえぐりとばし、フェニーの炎が“落ち果て”の肉体の上の部分を爆散させた。

「やった!」

 全員がそう思う中、オーネストは倒せていないことがわかっていた。その予想通り吹き飛んだ肉片が集まりあっという間にもとに戻る。

「は!?」

「なんなんだよこいつはぁ!??」

 エレビア、フェニー、ネムの魔法は第三騎士団の中でも、いや、王国の中でもトップクラスの攻撃力を持っている。その攻撃をまともにくらいながらも消滅しない。それはヴォルフたちにとってあまり良くない事実だった。団員が焦り出す。そんな中、オーネストは妙に冷静だった。

(僕なら…)

 剣を抜き構えようとした時、ルディとシルヴィがエミューリアの手を引っ張り“落ち果て”がいない場所に引っ張る。

「エミューリア様、こっちです」

「えっえっ?」

 二人が無邪気な笑顔でエミューリアを引っ張っていく。そしてオーネストたちへ警告した。

「それは倒せませんよー」

「ここは逃げるが勝ちですよー」

 この場にそぐわないまったりした口調で全員に逃げるように促した。オーネストは抜きかけた剣を元に戻す。

「ここは二人に従うぞ!しんがりは僕がやる!」

「オーネスト!」

 先に引っ張れていくエミューリアが心配そうにオーネストの名前を呼んだ。

 オーネストは“落ち果て”と一定の距離をとりながら全員がその場を離れたのを確認し、魔法で大地を隆起させ“落ち果て”を足止めしつつその場を全力で走り去った。




 すぐにみんなと合流したオーネスト。エレビアが安心した様子でオーネストに近づく。

「団長、よかったご無事…」

「オーネストォ!!」

 エレビアよりも先にオーネストに走りよる影。正体はもちろんエミューリアである。エミューリアは他の人の目も気にせずオーネストに抱きついた。

「よかったぉ…無事だったぁ…」

「ちょ、さつ…エミューリア王女!」

 オーネストはなんとかエミューリアを落ち着かせ離れてもらった。エレビアは目を真ん丸にして呆然としている。その肩をフェニーが優しく叩く。それには気づかずオーネストはルディとシルヴィに改めて“落ち果て”について質問した。

「ねぇ、あれは『何』なの?」

 ルディとシルヴィは顔を見合せ頷くと森の入り口から変わらない表情で質問に答える。

「あれはこの森で最もおぞましい存在」

「あれは“欲望”の成れの果て」

 最後は二人で声を揃える。

「あれは“元”人間なのです」

「あれは“元”人間なのです」

「!!」

 全員が驚愕した。先ほどのアレが元人間?にわかには信じられない話だった。

「あれはこの森に侵入してきた人間の成れの果て」

「落ちるところまで落ちちゃった残念な存在」

「だから私たちはこう呼びます」

「“落ち果て”と」

「あれが本当に“元”人間…なの?」

 エミューリアが少し震えながら問う。

「動物が魔素を取り込みすぎると魔物になっちゃうのは知ってますよね?」

「それは人間種も同じです」

「ただひとつ違うのは“肉体強度”」

「動物であれば体が魔物に変化するのにも耐えられます」

「そして人間種も魔素を取り込みすぎると体が変化を始めるんです」

「でも人間種、特に亞人ではない人間はその変化に体がついていけずに途中で溶け出して崩壊していき」

「そして最後にはあんな感じになっちゃうんです」

「アレは死んでるのか?」

 オーネストの疑問に双子のエルフは首を傾げる。

「わかりません」

「動いているので死んではないと思いますけど」

「生きているとは思えません」

「さっきも見たように体は常に腐り落ち続け」

「意志があるのかもわかりません」

 ヴォルフほ先ほどの凄まじい匂いがまだ消えず少しイラつきながら双子を睨む。

「倒す方法はねぇのかよ?」

「…ありません」

「先ほどご覧になられたように体がちぎれてもすぐにくっつき再生します」

「体の表面は“毒”と“酸”が混ざった性質をもっています」

「チッ」

「でも意志がないのなら襲ってくることはないの?」

「いえ、あれらは私たちを狙って移動しています」

「え?意志はないって…」

「はい、“意志”はないです」

「でも“本能”のようなものはあります」

「私たちのような新鮮な肉を喰らいたいという“本能”が」

「僕たちを…喰らう?」

「実際にそうなのかはわかりませんが、私たちの仲間が何人かアレに取り込まれました」

「肉を喰らえば元に戻れると漠然と思っているのかもしれません、まぁ本当のところはわからないのですが」

「しかもこの数年で“落ち果て”の数は増えています」

「増えた?アレは子供を作れるの!?」

「まさか、それはできません」

「じゃあ、分裂しているの?」

「それも違います」

「じゃあ、どうして増えるんだ?」

「簡単です。この森に近づく人間が後をたたないからです」

「このデッドスポットに!?」

「なんでわざわざこんなところに来る人がいるの?」

「それはここが、“エルフの住むデッドスポット”だからです」

「どういうこと?」

「エルフが住むデッドスポットには手付かずの“資源”があるのです」

「宝石や鉱石、希少な植物。さらに魔素を蓄積できる特殊な魔石に特殊な効能の薬草などがあります」

「そういった“資源”があるからこそエルフはそこに里を作るのです」

「そしてその事を知る人間が“資源”を手に入れようと対策を整えてやってくるんです」

「人によっては、私たちエルフを“資源”と見ている人もいますしね」

「そしてそのまま魔素に犯されあの姿になってしまうんです」

「“欲望”のままにこの地にやってきて、あの姿に成り果てる」

「“欲望”の成れの果て、だから私たちはアレを“落ち果て”と呼んでいるのです」

 アレが元は自分たちと同じ人間だった。欲望にとりつかれ後先考えずに森に入った結果があの姿。あの姿になってもなにかを求めてさ迷い続ける。

(“人間”っていうのはどこの世界でも業が深い存在なんだな)

 オーネストは“落ち果て”のことを哀れに思った。

「では、先に進みましょう」

 ルディとシルヴィが出発しようとした時、またあの異臭が漂ってきた。

「近くにいるぞ!」

 ヴォルフが叫んだのと同時に周りの木々を腐らせながら“落ち果て”が姿を現した。さっきの話を聞いた後に見るとよりおぞましく感じる。“落ち果て”はただ真っ直ぐにオーネストたちの方へ向かっていく。

「逃げましょう」

「こちらです」

 ルディとシルヴィは逃げ道を示した。エミューリアと第三騎士団もルディとシルヴィについていく。だが、オーネストは真っ直ぐに“落ち果て”を見て剣を構えている。それに気づいたヴォルフがオーネストの肩をつかむ。

「おら!さっさと行くぞ!」

「いや、大丈夫だ。多分アレを倒せる」

「はあぁ!?さっきあのエルフのガキどもが倒すの無理って言ってただろうが!?」

「わかってる。でも多分…いや、確実に倒せる」

「お前、なに考えて…」

「宿れ雷、炎と共に」

 ヴォルフの制止を無視し詠唱を始める。オーネストの剣に炎と雷が宿る。こうなると絶対に自分の意思を曲げないことは重々承知していたのでヴォルフは万が一の時のために少し下がって攻撃態勢をとり、アルマジロの獣人のマジロム、サイの獣人ライノスに他のメンバーの防御を任せた。エミューリアが今にも飛び出していきそうにしているのでエレビアとフェニーが必死に止める。

 “落ち果て”は真っ直ぐにオーネストに近づいていく、オーネストは呼吸を一定に保ちながら電気と炎を帯びた剣を切っ先が“落ち果て”の方へ向くように構える。“落ち果て”があと一メートルくらいまで近づいた時、オーネストが動いた。

「駆け抜けること雷の如く、切り焼き払え」

 一瞬だった。エミューリアたちが一つまばたきした間にオーネストは“落ち果て”の3メートルほど後ろにいた。オーネストの後ろでは“落ち果て”が真っ二つに切れており、上と下に分かれた体の中に薄い桃色の珠のようなものが見えた。

「“雷光絶火(らいこうぜっか)”」

 オーネストの決めと同時に謎の珠から炎が吹き出て砕け散った。“落ち果て”の体も崩れ落ち完全に消滅した。

「たお…した?」

 剣を構えたまま恐る恐る確認するオーネスト。“落ち果て”の体は完全に崩れ落ちもう跡形も残っていなかった。


 

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