初任務
エミューリアがオーネストの部屋に入ってくる数時間前、オーネストはエレビアとブライアン(主にエレビア)に怒られていた。
「団長!あなたはなんて事をしてくれたんですかぁ!!」
怒りの感情をのせた言葉が詠唱になって魔法が飛んできそうなほど怒るエレビアを前にオーネストは小さくなっていた。だがお構いなしにエレビアの言葉の銃弾がガトリングのようにオーネストを貫きまくる。
「国の法律をご存知ないんですか?いくら王室仕えの騎士だとしても王族に触れるだけで罪になるんですよ?仮に恋仲になろうものならよくて追放、悪くすれば連帯責任で団員全員強制労働なんですよ!!」
「はい…ごめんなさい…」
「心から!今までで一番!!今後ないくらい!!!反省してください!!!!」
「団長、さすがに今回はフォローできません。ソーレ王子が弁解してくれたから罰はなかったですが、本来は第三騎士団の存在そのものが危うかったんですよ?」
「軽率な行動をしてしまい本当にすいませんでした」
どっちが上かわからない。
「場合によっては相手にも迷惑がかかるんですよ!二度とやらないでください!」
そして現在、オーネストは思い出したエレビアの言葉を今やっと理解した。
「君の想いには答えられない」
自分がこのままエミューリアの想いを受け入れればエミューリアはとても喜んでくれるだろうし、オーネスト自身も本当はそうしたい。でも今二人がいる世界は前世とは異なり『身分』がはっきりした世界。そんな世界で考えなしに受け入れることがエミューリアの幸せになるのかわからなかった。いや、手に触れただけであの騒ぎならむしろ不幸にしてしまうかもしれない。
オーネストの『答え』にエミューリアは納得していなかった。
「なんで?どうして?」
オーネストの服の襟を掴んで問い詰める。ちゃんと理由をつけないと納得してもらえないと思ったオーネストは真っ直ぐにエミューリアの目を見て“理由”を話した。
「僕はね、この世界の生まれ故郷の『トラウィルス』に許嫁がいるんだ」
「いいなず…け?」
一気に血の気が引いた顔になったエミューリア。咄嗟についた嘘だったが信じたようだ。その様子に心を痛めながらも無意識に右手で耳たぶを触りながら話を続ける。
「そう、だからさつきの気持ちには答えられない」
「…」
呆然とするエミューリア。手を離し二、三歩後ろに下がった。その顔からは表情が消えていた。
「さつき…」
「帰るね」
エミューリアは着てきたローブを羽織りオーネストから顔を反らし、入ってきた窓に向かって進みながら靴に風の魔法を付与し窓に足をかけた。
「まことさん…いえ、オーネスト」
再び窓から危険な降り方をしようとしたのでオーネストは慌てて止めようとした。しかしエミューリアは気にも止めない。
「さつき…!」
「また、明日」
同時にエミューリアは飛び降りた。オーネストは急いで窓の外を確認したが、エミューリアは無事に着地し走り出していた。エミューリアの後ろ姿を見て安心したオーネスト。
「…今のさつき…エミューリアにとって、これがよかったんだよね?」
もしさっき想いを素直に受け取っていれば、さつきは喜んで今の地位を捨ててでもオーネストの隣へ来ることを選んだだろう。二人だけの問題ならばそれでもよかったのかもしれない。でも今では王族と騎士団の団長。背負ったいるものは簡単に捨てられるものではない。
「これが一番なんだ」
自分に何度もそう言い聞かせ開けていた窓を閉めた。
エミューリアは自分の部屋に向かう途中足を止め呼吸を整えた。そしてもう見えなくなったオーネストの部屋の方を見上げた。
「…嘘つき」
そうポツリと呟いたエミューリアは着ているローブを握りしめる。
「昔からのくせもそのまんまなのね…まことさんは嘘をつくとき耳たぶをさわる癖があるのよ、本人は無自覚だろうけどね、許嫁というのは嘘ね。なんでそんな嘘をついたのか?私もうっかり忘れてた、王族と平民は結婚できない」
王室での教育で最初の方に教わる法律だ。昔はそれに対して特に意見もなくやぶろうとも思わなかったが今は事情が違う。
「まことさんは私の事を思ってああ言ったんだろうけど、私はあきらめない」
握った拳を天に突き上げる。
「私は!絶対にまことさんの事をあきらめない!絶対にこの世界でもまことさんと一緒になってやる!頑張るわよぉ、オーーー!!」
天に誓ったエミューリアは凄い勢いで自分の部屋に走っていった。
次の日、第三騎士団はソーレ王子の執務室に集まっていた。執務室といっても前世の都内で借りれば月30万円くらいかかりそうな広さだった。
「やぁ、昨日はお疲れ様」
「昨日はすいませんでしたぁ!!」
ソーレ王子の挨拶と同時に額を床に擦り付けたオーネスト。昨日のことでオーネストからなにか謝罪はあるだろうな、と思っていたソーレ王子もその激しさにビックリしていた。隣にいたエレビアはなにやら分厚い紙の束を差し出した。
「ソーレ王子!我らが団長に反省文を書かせました!これを読んでいただいてどうか昨日の事はお許しください!」
エレビアが持っていた反省文はソーレ王子の側近を通してソーレ王子に渡された。最後のページ数が「50」となっていたのでソーレ王子は今読むことを断念した。
「反省の気持ちは伝わったよ、でも昨日の事はそこまで大事にはなっていないからあまり気にしないでね」
「はい!ありがとうございます!!」
「じゃあ本題に入るね」
「イエス!マイロード!!」
若干のやりづらさを感じながらソーレ王子は今日からの事を話し始めた。
「第三騎士団は昨日から正式に王国の騎士団として認められた。改めて仕事について説明しておくね。まずは各騎士団の違いを確認しておこう、まず第一騎士団は貴族のみで編成された騎士団で仕事は主に上流階級の警備。第二騎士団は平民を主に作られた騎士団で王都以外の国中の町や村に存在していて、主な仕事は市民の守護。そして、君たち第三騎士団は僕たち王族直轄の騎士団。普段の仕事は第二騎士団の仕事とほぼ変わらないけど僕たち王族が直接任務を頼むことが多くなる」
「王族に関する任務が多くなるということですか?」
「特に王族の護衛任務に関しては今まで第一騎士団をメインで扱っていたけど、今後は第三騎士団をメインで扱うことになる」
「第一の連中がいい顔をするとは思えませんが」
「それについては気にしないで、僕の方から説明してなんとか納得してもらったから」
(やっぱり反対はされたんだな…)
「説明はここまで、早速だけど第三騎士団にある仕事を頼みたい」
「いきなりですか?」
「うん、詳しくは僕からじゃなくて彼女からしてもらうよ」
ソーレ王子が合図をすると扉が開き一人の女性、オーネストにとって今はできれば会いたくなかった女性が入ってきてソーレ王子の隣に立つ。
「任務の内容は“エミューリアの護衛”だよ」
(まじか…)
オーネストは心の中で頭を抱えた。昨日のことがあるので他の団員もざわつき始めた。ざわめきが静まるのを待ってエミューリアが話を始める。
「改めまして、私は第四王位継承者で第二王女のエミューリア・B・アルバソルです。今回、あなたたちには私の護衛をしていただきたいのです」
「護衛、ですか?」
「そうです、明日から数日間私はある方に会いに行くのですがその道中の護衛を頼みたいんです」
「ある方?」
「“エルフの森”の族長に会いに行きます。その道中の護衛をお願いしたいのです」
「“エルフの森”…」
“エルフの森”とは文字通りエルフが住まう森である。ただ、場所に問題があり、エルフが好んで住む土地はほとんどが魔素濃度が異常に高い“デッドスポット”と呼ばれる場所にある。今回エミューリアが行こうとしている“エルフの森”がある場所も立ち入りが固く禁じられているような危険地帯である。この姫様はそこへ向かおうと言うのだ、普通なら考えられない。そんな団員たちの気持ちを察してかエミューリアは追加の説明をする。
「大丈夫です。私は以前行ったことがありますから」
「!!?」
“神に祝福されし者”であればデッドスポットに行ったとしても死ぬことはない。だが、エミューリアが“神に祝福されし者”だと知らない者がほとんどなので再びざわつき始める。収拾がつかないのでエミューリアは強引にまとめることにした。
「とにかく!明日は朝早くから出発します!今回は団長を含めて15人で編成してください!それでは、明日は遅れないように門の前に集まってください」
ここで解散になった。この後、オーネストはブライアン、エレビアと話し合い護衛の編成を決定した。メンバーは“神に祝福されし者”であり団長のオーネスト、参謀のエレビア、ハーフエルフのフェニーとネム、獣人部隊から9名、忍部隊から獣人2名で計15名で今回の護衛チームが編成された。獣人やエルフを中心に選ばれたのは魔素への耐性があるからだ。
次の日、指定された場所に集合時間の30分前に着いたが、すでにエミューリアかいて移動用の馬車を確認していた。
「あら?早かったわね」
昨日とは違い砕けた口調だった。オーネストたちは慌ててエミューリアを手伝い出発の準備を整えた。王女専用の馬車が先頭に一台、騎士団用の馬車が三台、荷物用の馬車が一台の計五台が並び、オーネストは五人ずつ参加団員を分け馬車に乗り込もうとした、だがその時、
「あっ団長さんはこっちだから」
「え?」
とオーネストはエミューリアに腕を掴まれ訳がわからないまま王女専用馬車に引っ張られていった。突然のことにポカンとする部下たちに向かってオーネストは指示を出す。
「エレビア!馬車内でのブリーフィングはまたせた!目的地に着いた後の動きを再確認しておいてくれ!」
「あっはい!わかりました!」
我に返ったエレビアがビシッと敬礼した。馬車への乗り込みを再開し始めた部下の様子に安心しながらオーネストは王女専用馬車に入っていった。馬車の中は王女専用と言うだけあって飛行機のファーストクラスのように綺麗だった。馬車の中は二人だけで防音もしっかりしているようだった。
二人は向かい合って座った。他の馬車の準備もできたようで馬のいななきが聞こえ馬車が動き出した。動き出してしばらくは黙って景色を見ていたが、エミューリアがじっと見つめてくるので我慢できずにオーネストからしゃべりかける。
「エミューリア王女、なぜ僕だけこの馬車なんでしょうか?」
「…ここでの声は外には絶対に漏れないわ、二人きりの時は敬語はなしでしゃべってくれないかしら?」
「………これはどういうことだ?」
「“どういうことだ?”とはどういうことかしら?」
「一昨日の今日で僕たちを指名するなんて…」
「今回のこの指名は本当にあの夜の事は関係ないわ。目的地の森に入ることを考えたら第三騎士団のメンバーが適任なのよ」
「まぁ“デッドスポット”にいくんだからな…じゃあ僕だけこの馬車なのはなぜ?」
「…」
エミューリアは無言でオーネストを見つめる。その瞳があまりに真っ直ぐだったのでオーネストはたじろいだ。
「私はあきらめないわ」
「え?」
困惑するオーネスト。一方のエミューリアはスッキリした顔をしていた。
「一昨日の事なら僕には…」
「許嫁がいるんでしょ?わかってる」
エミューリアは真っ直ぐオーネストの顔を見つめニコリと笑った。
「例え困難な道のりでも私はあなたを振り向かせてみせる。だってあなたに対する気持ちはずっと変わらないから」
「…!」
オーネストはなにも言い返せなかった。エミューリアが“法律”の事を知らないとは思えない。それをわかった上で言っている。でも今のオーネストにはどうするのが正解なのかまだわからなかった。
馬車は進み一つ目の町に着いた頃には日が暮れたので一泊し、次の日の朝早く出発した。二つ目の町に行く途中で盗賊に出会ったが全く相手にならなかった。無事に二つ目の町に到着し、一泊して準備を整え三日目の夕方に目的の町に着いた。その日はそのまま休み次の日の朝、町の入り口にオーネストたちは集まった。エミューリアも専用の鎧を着ていた。
「それではこれから“エルフの森”に向かうわよ!気を引き締めてね!」
「オーッス!!」
団員からの返事に頷くとエミューリアは騎士15人を引き連れ出発した。