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異世界でまた君と  作者: 長星浪漫
第三章
47/49

終戦の裏で

 ヴァインリキウスがオーネストによって打ち負かされた時、それを離れた場所から観察している影が一つ。

「皇帝が倒されたか」

 感情のない声で目の前の出来事をただ言い表したのはヴァインリキウスの一番の部下であるニゲル。しかしその声には自分の王を失った悲しみはまるでなかった。そんな彼女の後ろにどこから現れたのか一人の女がいた。ニゲルは驚くこともなくその女の名前を呼んだ。

「アルプスね、早かったじゃない」

 現れたのはアルバソル王国第2王子ドラゴの側近のアルプスだった。

「移動魔道具を使いましたからね」

「それもそうね」

 相変わらず感情がこもらない声だが口調そのものはヴァインリキウスと話す時よりくだけている。アルプスはニゲルの隣に並びヴァインリキウスが倒された方向を見る。

「随分派手に倒されていましたが、大丈夫なのですか?」

「問題ないわ。仕込んでおいた転送魔法の作動も確認したし」

「本当ですか?」

「しつこいわね、ヴァインリキウスが死の危険に陥ったりした時に発動して私の指定した場所に転送されるようにしてあるわ」

「そうですか、ではそこに向かい対象を保護しましょう。あの方もすでにここに来ています」

「本当?」

 その言葉を聞いたニゲルの声色が少しうわずる。

「あの方をお待たせするわけにはいきません」

「わかってるわ、行きましょう」

「待ちなさい」

 すぐにでも向かおうとするニゲルをアルプスが呼び止めた。

「なに?」

「行動の前に着替えてきなさい」

「え?あー」

 ニゲルの服は血で汚れていた。先程自分でつけた傷からの出血痕だった。

「確かにこれであの方の前に出るのはダメね、着替えてくるわ」

「あと、あの方直々のご命令もありますのであなたにはそれを実行していただきます」

 そう言って一枚の紙をニゲルに渡す。ニゲルはそれを受け取りため息をついた。

「はあ、早くあの方に会いたいけどあの方直々のご命令なら仕方ないわね」

『では後ほど』

「えぇ、わかったわ」

 二人は闇に紛れて動き始めた。




 「………うん?」

 ヴァインリキウスは目を覚ました。

「ここはどこだ?」

 まだ少しボケている頭を徐々に覚ましながら辺りを見渡した。部屋の壁にいくつか火がついたろうそくがかかっているが窓一つなく全体的に薄暗い。部屋自体は結構広いが、ろうそく以外は本当に何にもない様子だった。

「…」

 しばらくなんともなしなに部屋を眺めていたヴァインリキウス。しかし段々頭が覚醒していくにつれて自分になにがあったのか思い出した。

「そうだ!俺はあの寄生虫に!…ん?」

 自分が負けたことを思い出し立ち上がろうとしたヴァインリキウスは何かに手を引かれ勢いよく座らされた。

「なんだ?」

 ここで初めてヴァインリキウスは自分の状況を把握した。ヴァインリキウスは椅子に両手両足を縛られていた。

「なんでこんな状態に?いやそもそもどうして俺はここにいるんだ?」

 巨兵は確実に四散消滅した。それに巻き込まれ自分も死んだはずだった。助かる隙なんてなかったはずだ。そうして色々考えていると暗闇の奥から急に声が聞こえてきた。

「目覚めたようだな」

「だ、だれた!」

 自分一人だと思っていたヴァインリキウスは驚き声をうわずらせながら声のした方を見るとそこには見慣れた顔が座っていた。

「ドラゴ・J・アルバソル…」

「ふむ、俺の名前が認識できるくらいには目覚めたようだな」

 ドラゴは嬉しそうに微笑んだ。傍らには先日邂逅した時に見た従者が控えていた。ヴァインリキウスはその姿を見て「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。その反応にドラゴは首を傾げた。

「何を怯えているんだ?」

「いや、それは…」

 自分がアルバソル王国を壊滅させようとしたことはドラゴも承知しているはずだということはわかっている。ドラゴとは長い間裏で繋がっていたが、そんな関係も無視して勝手に動きドラゴも殺してもいいかと思ったくらいだった。そんな相手を目の前にして冷静ではいられなかった。

「ち、違うんだ!アルバソルわー攻撃したのは俺の指示じゃなくてだな?えーっと…そ、そう!力が暴走してしまったんだ!」

「ほぉ?その割には我が国に攻めてきた巨兵や魔物の群れは妙に統率がとれた動きをしていたが?」

「そ、それは…」

 言葉をつまらせあちこち視線を動かすヴァインリキウス。その様子を見たドラゴは思わず吹き出した。

「ぶふっ!ははははははは!そう怯えるなヴァインリキウス」

「へ?」

 ドラゴの明るい様子に思考が止まるヴァインリキウス。ドラゴは構わず続ける。

「その事であれば気にしなくていいぞ、騎士国家マルスの助力もあって被害はそこまで出ていない。敵はすべて王都を狙っていたので他の村や町にも被害はなかった。まぁ王都周辺の城壁が少し削れた程度だ」

「そ、そうた…」

 ひきつった笑顔を作ってはいるがヴァインリキウスの心の中は気が気じゃなかった。

(あれほどの戦力を送り込んで損害が城壁だけだと?いや、この場合はよかったかもしれない)

 ドラゴから自分への殺意を感じなかったヴァインリキウスは下手にでながらドラゴの真意を探ろうとした。

「で、ではなんで俺を助けてくれたんだ?」

「簡単だ。俺にはお前の固有魔法が必要だからだ」

(やっぱり!!)

 ヴァインリキウスは内心ガッツポーズをした。

(ドラゴは俺の“テイマー”の力を欲している。うまく取り入ることができればまださつきちゃんを諦めなくてもいいかもしれない!さつきちゃんを追いかけることができれば地位なんてどうでもいいからな!)

 この状況に陥っても今だにエミューリアを諦めないヴァインリキウス。その心内を感じ取ったのかアルプスは不快そうに顔をしかめた。一方ヴァインリキウスは笑みを消すことなく続ける。

「お前のその固有魔法が欲しいからこそお前を助けたわけだし、我が愛する王国を攻め落とそうとしたことも気にしていない」

「そ、そうか!よかった!」

 ヴァインリキウスは縛られた状態でできる限りの忠誠の意志を現した。

「俺は今日からドラゴの手足となって尽くすことを誓う」

「ほぉ」

「だからさ、早くこの手足を縛ってるやつを解いてくれよ」

 話しはまとまったとばかり解放を持ちかけるヴァインリキウス。しかしドラゴはさっきから同じ笑みを浮かべたままヴァインリキウスに答える。

「いや、その必要はない」

「え?」

 ヴァインリキウスは始めドラゴが何を言っているのかわからなかった。しばらく固まっているとドラゴが続けた。

「その縛っている鎖を外す必要はない」

「は?いや、なに冗談言ってるんだ?訳がわからない…?」

「訳など知る必要はないぞ?お前は今ここで俺に殺されるのだから」

 そう言うとドラゴは立ち上がる。控えていたアルプスがどこから出したのかサーベルをドラゴに渡していた。その様子を見たヴァインリキウスは自分のおかれた状況を正しく認識し取り乱す。

「な、ななななに言ってんだよ!?話が違うじゃねぇか!」

「話が違う?なんのことだ?」

「俺の固有魔法が欲しいんだろう?だったらなんで俺を殺すんだ?俺が必要なんだろ!!」

 必死の形相で食いかかるヴァインリキウス。だがドラゴはやはり変わらぬ笑みを浮かべたままサーベルを磨く。

「少し違うな、欲しいのはヴァインリキウス、お前じゃなくてお前の()()()()()()()

「………」

 とうとうヴァインリキウスの理解が及ばず口をパクパクさせてフリーズしてしまったヴァインリキウスに静かに剣を向けながらもやはり笑みは消えなかった。

「そうだな、知る必要はないと言ったが、ここまで成長してくれたんだ。冥土の土産に教えてやろう」

 ドラゴはサーベルを向けたまま話し始めた。

「家族にも言っていないが、俺は“ギフター”、つまりエミューリアやオーネストと同じ部類の人間だ」

「お前が!?」

「だが、俺の固有魔法は特殊な能力で今まで使ったことがないんだ」

「嘘だろ!なんで使ったこともないのに効力を知ってるんだよ!?」

 固有魔法は発動して初めてその力がわかる。一度も発動したことがないのなら効果どころか自分が魔力持ちかすらわからないはずだ。しかし、ドラゴは当たり前のようにこう答えた。

「“声”がそう教えてくれた」

「“声”?」

「そう、物心ついてすぐの頃に頭の中に声が響いたんだ。その“声”が俺の固有魔法について教えてくれた」

「ど、どんな魔法なんだよ?」

 聞かれたドラゴの笑みが一層深くなった。

「俺の固有魔法は“収集者(コレクター)”、他人の固有魔法を奪う魔法た」

「他人の固有魔法を奪う?」

「そうだ、だが制約も多くてね、まず『固有魔法しか奪えない』。固有魔法を持つ人間は確認されている者だけでもほとんどいない。立場や環境によっては一生会うことなく終わることもありうる。しかも奪った時点の状態で固着してしまうからタイミングをしっかりと見定める必要がある。次に『奪える数に限りがある』つまり使用回数が決まっているんだ。その回数に達すると“収集者”は消える。そして最後の一つ、これが最も重要なことだ」

 ドラゴはサーベルの刃をヴァインリキウスに近づける。

「『奪う対象を自ら殺さなければならない』」

「ま、待ってくれ!!」

 ヴァインリキウスは鎖をガチャガチャと震わせて懇願した。

「俺はあんたに…いやあなた様についていきます!だから命だけは!命だけは!」

 どれだけ懇願してもドラゴの表情は変わらなかった。自分の言葉が届かないと悟ったヴァインリキウスは体を激しく動かし椅子を倒した。

「嫌だ!死ぬなんて嫌だぁぁ!!」

 芋虫のように地面をはって部屋の唯一の扉に向かおうとした時、その扉がゆっくりと開きヴァインリキウスのよく知る人物が入ってきた。

「ニゲル!!」

 目の前には自分の側近の一人で10年以上共に過ごした信頼できる部下のニゲルが立っている。ヴァインリキウスは地獄に仏と言ったような気持ちでニゲルに命令した。

「よくぞ生きていた!助けてくれ!!この鎖を切って俺を逃がしてくれぇ!」

「…」

 ニゲルは変わらない無表情で地面に転がるヴァインリキウスをじっと見つめ、その後ろにサーベルを持って立っているドラゴを見た。

「早く助けてくれ!そしてあのバカ王子を切り殺せぇ!!」

 ニゲルは最後にヴァインリキウスを見ると動き出した。

「これでなんとか逃げ切れる…」

 ここにいるのは王子と側近のみ。ニゲルの強さはヴァインリキウス本人がよく知っている。なにせニゲルが五才の頃から一緒にいるのだ。

 完全に安心しきったヴァインリキウスだったがその心は再び絶望に落とされる。

「ドラゴさま~!」

「え?」

 ニゲルはヴァインリキウスの隣を走り抜け、聞いたこともないような明るく女の子っぽい声でドラゴに抱きついた。

「お久しぶりでございます!!会いたかったですぅ!!」

 ドラゴは驚くことなくサーベルを持ったままニゲルを受け止めた。

「最近会ったばかりだろう?」

()()()」としては10年ぶりくらいですよぅ」

 すりすりと自分の頬をドラゴの頬に擦り付け、ほっぺにキスをする寸前でアルプスに引き剥がされる。

状況をわきまえなさい(殺すわよ)?ニゲル」

 アルプスの声色はいつも通りだったがその奥には明らかな殺意があった。ニゲルはそれを感じ取ったが恐れたりはせず「やれやれ」と首をふる。

「自分はずっとドラゴ様のお側にいたくせにこんなことも許してくれないなんて小さい女ねぇ、だから胸も私の方が大きいんだよ」

「胸部のサイズなど自慢にもなりません。そもそも一部分が強調されるよりも全体のバランスが大事なんです」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた二人にドラゴが一言「黙れ」と言うと二人はピタリと静になりドラゴの背後に並んで控えた。

「俺の部下二人が失礼したな」

「…は?いや、ちょっと待て!!」

 目の前で繰り広げられた今の状況に全くそぐわないやり取りに呆気にとられていたヴァインリキウスは現状を思い出し混乱する。

「ニゲル!なにやってるんだ!冗談はいいから早く俺を助けろ!聞いているのか!?」

 怒りをにじませるヴァインリキウスは感情のこもらない眼差しで見つめるが答えようとはしなかった。

「裏切るのか!?今まで一緒にやってきた俺を!」

「…」

 それでも答えないニゲル。ヴァインリキウスがさらに食って掛かろうとした時、ドラゴがサーベルを再びヴァインリキウスに向けたのでヴァインリキウスは黙った。

「俺から訂正と説明をしよう。まず最初に訂正だが、ニゲルは始めから俺の部下でスパイだったんだ」

「はあ?なに言ってるんだお前?俺がニゲルと会ったのはこいつが五才の頃だぞ?そんなことあり得ないだろ!」

「それがそうでもない。俺はそれよりも前、ニゲルが三才の時に我が国のスラムで拾ったんだ」

「は?三才?いや、だからといってその時の記憶が…そもそも自我とかがあるわけないだろ!」

「そうでもないさ、この子は特別でね?生まれる前からの記憶を持っている」

「なに!?」

 そんな話を本人から聞いたことがない、それよりもヴァインリキウスはニゲルに対してある可能性を考えていた。

「ニゲルも転生者なのか?」

「“も”ってことはやはりお前もそうなんだな」

 ドラゴはサーベルを突きつけたまま満足そうに頷いた。

「だがニゲルはそれとは少し違うかもしれん、前世での人生の記憶ではなく“知識”のみを保有している感じだ。故に自我も生まれた瞬間、体内にいた頃からあるそうだ」

「そんな、だとしてもなんで俺に近づいて…」

「お前の存在と固有魔法については俺が調べた。そして、お前に帝国のトップになってもらうためにニゲルを派遣しお前を手助けさせたわけだ。正直途中で帰らせざるおえないかと思っていたが本当によくやりきってくれた」

「えへへ~」

 嬉しそうに頭をかくニゲル。その横でアルプスは小さく舌打ちした。そのあまりに今までと様子が違うニゲルを見てヴァインリキウスの困惑はすべて怒りに変換された。

「俺を騙してやがったのか!?このクソビッチが!!」

 ニゲルに対して罵詈雑言を並べるがニゲルは眉一つ動かさず聞き流している。その態度がヴァインリキウスの怒りに油をそそいだ。

「俺よりもこの陰険くそ王子をとるってのか?あぁ!?こんな暗そうでいかにも人に嫌われてそうで、そのくせわがままそうなばか野郎に!!」

 その時ドラゴの横を何かが走り抜けた。それが何かわかったドラゴは少し慌てた。

「ニゲル落ち着け…!」

「ぎゃあ!」

 少し遅かった。ドラゴが止めに入る頃にはニゲルの足がヴァインリキウスの頭を踏みつけていた。ヴァインリキウスを見下ろすニゲルの顔は怒りに満ちていた。

「あ?なに自分のこと棚にあげてドラゴ様に無礼な口を聞いてんだ?このくそがあぁぁ!!」

「へぶっ、がっ」

 ニゲルは怒りのままにドラゴを踏みつけたり蹴ったりしまくった。

「てめぇどの口がドラゴ様をけなしてんだ?あぁ!?なんとかいえコラァ!!」

「やめろニゲル」

 誰にも止められないかと思うほどに暴れていたニゲルだが、ドラゴに肩を捕まれ名前を呼ばれると嘘のように静かになった。

「ごめんなさい、ついかっとなって…」

「俺のことを想ってくれているのは嬉しいが、今はダメだ下がっていろ」

「はい」

 おとなしく元の位置に戻るニゲル。ドラゴはヴァインリキウスを確認した。

「よかった、まだ生きてるな」

「がふっ、助けて…命だけは…」

「お前の固有魔法は我が国のために大いに活用させてもらう、じゃあな」

「やめっ…」

 容赦なくサーベルが振り下ろされ物が切り落とされる音とともにヴァインリキウスは絶命した。

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