再会
少し長めです
式典が終わりエミューリアは専属のメイドを従え自室に向かっていた。
「本日は大変でございましたね」
「そうかしら?」
エミューリアはそこまで大変に感じていなかったが、式典の後王座の間をを出る前にソーレに式典の件で謝られ、さらにオーネストについてのフォローも受けた。
「お兄様はオーネストの事をとても信頼しているのね」
「まぁあの方は一年前の式典の時に身を呈してソーレ王子を守られていますからね」
「その話も聞いたわ」
何気ない会話をしているうちにエミューリアの部屋についた。
「今日は夕食はどうされますか?」
「今日は自分で作るわ、エルフの族長さんに教わった料理を試してみたいから」
「左様でございますか、料理長には私から伝えておきます。それでは姫様、本日もお疲れ様でした」
「えぇ、また明日」
「姫様…大丈夫ですか?」
「え?」
「その…手が震えていらっしゃるので」
メイドに言われ自分が少し震えているのに気づいた。
「大丈夫よ、心配かけてごめんね」
「いえ、もし何かあればお呼びください。すぐにでもかけつけますからね!」
一礼するとメイドは別の仕事に向かった。それを見送るとエミューリアは自室に入り後ろ手にドアを閉め、その場に座り込んだ。
「うそ…こんなことって…こんな奇跡があるなんて…」
エミューリアの目から涙がとめどなく溢れだす。口を押さえ肩を震わせながらただただ涙を流し続ける。落ち着きを取り戻すまで泣いた後エミューリアは立ち上がり手早くお忍び外出用の目立たないローブを身にまとった。そして部屋の外側の窓を開ける。夕陽が沈みかけていて街の方では少しずつ街灯の灯りが点き始めていた。エミューリアは辺りに誰もいないことを確認し部屋に隠していた“こっそり外出用の靴”に履き替え、風の魔法を靴に付与し三階の自分の部屋の窓から近くの木に跳び移った。そしてゆっくりと下に降り懐から出した地図を確認する。
「第三騎士団の新しい寮は…あっちね」
地図を懐にしまい夕闇に紛れながらエミューリアは第三騎士団の寮に向かった。
その頃、第三騎士団は正規軍になったことで手に入った専用の寮でオーネスト以外はくつろいでいた。オーネストはというと式典の事をエレビアに滅茶苦茶怒られ、明日までに反省文(原稿用紙約100枚)の提出を義務付けられた。
「読書感想文とかすらまともに書けなかったのに…」
でもエレビアが本当に怖かったのでとにかく頑張って書いていた。
「お、終わる気配が全くない…」
現在30ページ程書いて筆が止まっていた。気分を変えようとコーヒーを淹れることにした。立ち上がりコーヒーメーカーの所へ行こうとした時、寝室の方で「コツコツ」と音がしたような気がした。
「鳥かな?」
自分の部屋が二階にあることもあって始めは気にしていなかった。コーヒーを淹れて机に戻る。するとまた「コツコツ」と音がした。気にせず反省文を考えていたがその間も「コツコツ」という音が聴こえてきた。
「なんなんだ!?」
さすがに腹が立ったオーネストは寝室に入っていった。寝室は八畳くらいの広さでベッドと小さな机があり、壁に服をかける用のフックがいくつかついているだけの部屋だった。外側に窓がありその向こうには木が何本か密集して生えている。オーネストはまず部屋の中を調べたが音を発するようなものはなかった。
「となると、やっぱり窓の外か…」
鳥が中に入れてもらいたくて窓をつついているのか?などと考えながらオーネストは窓を開けた。
「あ、やっと開けてくれた」
「え?」
窓を開けたら声をかけられ一瞬ひるんだ後、目の前の木の上にいた人物を見て心臓がつぶれるかと思うくらいビックリした。
「エミューリア王女!!?」
目の前にはエミューリアがいた。何故いるのかオーネストにはわからなかったがそこにいた。オーネストが口をパクパクさせているとエミューリアは体勢を変えて目標を見定める。
「そこ閉めないでね!」
「は…」
考える間もなくエミューリアはオーネストの部屋の窓に向かってジャンプした。窓までの距離は約二メートル、エミューリアは動きづらそうなローブを着ている。
「危ない!!」
絶対飛距離が足りないと思ったオーネストはエミューリアを助けようと手を伸ばした。が、エミューリアは自分の靴に風の魔法を付与している。なんの問題もなくオーネストの窓に届き、勢いそのままにオーネストの胸に飛び込んだ。
「わあっと!?」
「きゃあ!」
オーネストはエミューリアをしっかり受け止めたが勢いそのままに後ろのベッドに倒れこんだ。エミューリアの長い桃色の髪の毛が桜の花吹雪のように舞い広がる。
「いってて…」
「あいたぁ…」
二人がそれぞれ痛む箇所を擦りながら目を開けると二人の視線が合わさった。エミューリアがオーネストを見下ろす形になっている。しばらくボーッとしていたがやがて我に返ったオーネストが青い顔をする。
「エミューリア王女!だ、だだだ大丈夫ですか!?ていうかなにやってるんですか!!」
少しパニクりながら起き上がりエミューリアから少し離れ怪我かないか確かめる。一方のエミューリアは黙ってじっとオーネストの顔を見つめている。
「エミューリア王女?」
「やっぱり…やっぱり……“まことさん”なのね?」
「…え?」
“まこと”という名前はオーネストの前世の名前だ。しかしこの世界でその名前を使ったことはない。
「どうしてその名前を知ってるんですか?」
「私…私は……」
エミューリアは目に涙を浮かべながら満面の笑顔で自分の“名前”をオーネストに告げる。
「私の名前は“小日向さつき”です」
「えぇ!?」
“小日向さつき”その名前はオーネストが前世で一番好きだった女性の名前だった。
「また会えるなんて…とっても嬉しい…!」
さつき…現エミューリアはぼろぼろ涙を流しながらもその表情は幸福に満ちていた。一方のまこと…現オーネストはまだ困惑していた。
「エミューリア王女が、さつき?いや、でもさっき…もしかして式典の失敗のフォローをしてくれているんですか?」
「式典で私とまことさんが初めて出会った時の事を話したよね?」
「は、はい」
「あの続き、ぶつかった私は近くの池に落ちそうになってそれをまことさんが助けてくれようと私の手を掴んでくれたんだけど、動転していた私は本だけは濡らすまいと本を投げたらまことさんの顔に思い切り当たっちゃって、痛みと驚きで完全にバランスを崩したまことさんは私と一緒に池に落ちちゃったのよね?」
「…」
エミューリアの言っていることはすべて事実だった。オーネストは困惑が少しずつ驚きと喜びと少しの後ろめたさに変わっていくのを感じながらこの話の最後を話し出した。
「…落ちた所から見上げた桜があまりに綺麗で…その後二人でしばらく眺めてて…」
「次の日、二人で仲良く風邪ひいちゃったのよね」
オーネストの中で疑問は確信に変わった。その後もお互いにいくつか前世の記憶で二人だけが知っていることを話し合った。
「やっぱり、さつきなんですね?」
「うん、そうよ…またこうして会えるなんて…嬉しい」
「僕もです、本当に嬉しいです」
「…なんで敬語?」
オーネストがエミューリアを前世の妻とわかってもなお敬語を使っているので涙を拭きながら少しむくれた。
「それに少しずつ距離を開けているのはなぜ?」
「いや、エミューリア王女がさつきの生まれ変わりっていうのはわかったんですが、今は王女と騎士ですから…」
「敬語は使わないで!妙に距離をとるのも禁止!」
「ですが…」
「お願い、悲しい気持ちになるから…」
「…わかったよ」
観念したオーネストは今だけはまことに戻って会話することにした。
「さつきはどうしてこの世界に来たの?」
とりあえず死んだ後の経緯を聞くことにした。
さつきは自分がエミューリアになるまでを簡単に話した。さつきとしての一生を終えた後、真っ暗な空間に放り出された。長い間さ迷っていると急に光が現れてそこに向かい辿り着くとエミューリアとして生まれていた。という話だった。
「物心ついた頃には王女としての教育がはじまってシーラ義姉さまと王族としてのマナーとかを勉強したわね…そして十歳くらいの頃に自分が“神に祝福されし者”だってわかったの」
「さつきも“神に祝福されし者”なの?」
「うん、まことさんもだよね?とにかく私はお姫様になっただけでも嬉しかったのにさらに魔法使いにもなれる可能性があるなんて最高じゃない?」
さつきは前世ではお姫様が出てくるお話や魔法使いが出てくるような映画や小説が好きだった。この世界ではそれがすべて存在している。この事を知ったときのさつきの喜びようを想像すると少しおかしくなった。
「今はなにをしているんだ?王都では全然見ないけど…」
「私ね、今は人間と他の種族の友好の橋渡しをしてるの」
「橋渡し?」
「そう、この国に限ったことじゃないんだけど、この世界って前の世界に比べて種族の差がはっきりしているじゃない?その差がはっきりしているせいで種族による差別や偏見がとってもひどいの。だから私はそんな偏見や差別が少しでもなくなるようにいろんな種族の所へ出向いて友好関係を築けないか頑張ってるの」
「すごいなさつきは、生まれ変わっても夢が同じなんだな」
エミューリアはさつきだった頃も同じ夢を語っていた。「いつか世界から差別をなくす。そのために働きたい」その思いを生まれ変わっても持ち続けていたさつきに心から尊敬の念を持った。
「まことさんは今までどうしてたの?」
「僕はね…」
オーネストは今に至るまでの自分の人生を語った。前世での死因もすべて話しそして謝罪した。
「ごめんさつき、せっかく助けてくれたのに生きることができなくて…」
「ううん、立場が逆なら私も同じようになったかもしれない。だからその事でこれからは悩んだりしないで」
「…ありがとう」
「それに、またこうして会うことができたし、いいこともあったじゃない?」
「フフ、そうだね」
二人が話に花を咲かせているとドアがノックされた。
「誰だろう?」
オーネストがドアに近づき確かめるとどうやらエレビアのようだった。
「団長?反省文の方はどうですか?」
「え、あ…あぁー、まだできてないなぁ」
「だろうと思いました。お夜食をお持ちしました」
(夜食!?)
エミューリアが外を見るとすっかり暗くなっていた。オーネストと話すのがあまりに楽しくて時間を忘れていたようだ。
「ありがとう、今開ける--あ!!」
ドアノブに手をかけた時、目があったエミューリアの事を思い出した。オーネストはあわてて開けかけたドアを閉め直す。
「え!?団長??どうされました?」
エレビアは驚いていた。
「あぁいや、その…そう!部屋が散らかっていてな?少し待ってくれ!」
「は、はぁ?わかりました」
少し時間を作ったオーネストは急いでエミューリアの所へ戻った。
「隠れて!!」
「え?なんで?」
「僕は君の手を握っただけで牢屋に入れられそうになったんだよ?部屋に第二王女がいたらどうなるかわかるでしょ!?」
「私が説明すれば…」
「仮に信じてもらえたとしてもどうしても情報が上に行ってしまう。そうなれば例えさつきが「大丈夫」っていっても他か納得しないでしょ!」
「そうかもてしれないわね」
「だから隠れて」
「でもどこに…」
「団長~?まだですか?」
「えーと、じゃあ…」
なんとか隠れ場所を見つけエミューリアを隠した。エミューリアが隠れたのとほぼ同時にエレビアが部屋に入ってきた。
「やぁーエレビア!夜食ありがとう!」
「いえ、で?反省文の方は?」
「いや、その~まだ少ししかできてません…」
「だと思いました…さっきは100枚なんて言いましたがさすがに現実的な数字ではありませんでしたね、なので半分の50枚でいいです」
「まだ多いなぁ~…」
「なにか言いました?」
「いえ!喜んでるんだよ!頑張るぞ!」
「ではここに置いておきます」
「ありがとう、これは…“おにぎり”?」
「はい、以前団長に教えていただいたので作ってみました。携帯食ですし、夜食にはちょうどいいかと思いまして」
「うん、ベストチョイスだよ!エレビアはいいお嫁さんになるね!」
「は!?よ、余計な事は言わないでください!」
顔を真っ赤にして怒り喜ぶエレビア。エミューリアは隠れている寝室で少し顔をしかめた。
「そ、それでは私は部屋に戻りますね」
「わかった、お疲れ」
エレビアがドアノブに手をかけたところでピタリと足が止まった。
「?どうした?」
「団長、最後に一ついいですか?」
「なに?」
早速おにぎりを食べながら首をかしげるオーネスト。エレビアはゆっくりと振り返る。その表情はゾッとするほど見事な笑顔…
「団長、この部屋にもう一人誰かいらっしゃいますか?」
「ゴッフォ、ゴホ!な、なんで?そんなことを聞くのかな?」
おにぎりを喉につまらせながらできる限り冷静さを保ち、なるべく寝室の方を見ないように聞き返す。
「いえ、なんだか団長と違う匂いがするような気がしまして」
「に、匂い?」
「はい、ほんのり甘い匂いがします。団長、まさかとは思いますが式典でやらかした上に部屋に女性を連れ込んでいる何て事はありませんよね?」
「あ、あるわけないだろ」
声が震えそうになるのを必死でこらえ力強く否定する。実際嘘ではない。連れ込んだのではなく、エミューリアの方から飛び込んできたのだ。しかし万が一エレビアに寝室に隠れているエミューリアが見つかったら…そう考えただけで汗が吹き出てきそうだった。エレビアは特別製の眼鏡をくいっとあげながら一歩オーネストに詰め寄る。
「団長?」
「い、いやこれは…こ、香水だよ!」
「香水ですか…」
エレビアはまだ疑っているようで部屋をぐるりと見渡し寝室に目を止める。
「寝室に入ってもいいですか?」
「えぅ!?ど、どうして?」
「明らかに動揺してますね」
エレビアはまっすぐに寝室に向かう。オーネストは慌ててエレビアの前に立つ。
「ほ、ほら!反省文の続き書かなくちゃだから!」
「少し見るだけです」
なんとか寝室に入るのを阻止しようとするオーネスト、断固として入ろうとするエレビア。そんな攻防が数分続く中でオーネストはあることに気づいた。エレビアの口元にごはん粒が一つついている。それを見たオーネストはほとんど反射的に次の行動に出た。
「口にご飯がついてるよ」
エレビアの口元、下唇のすぐ下についているごはん粒を取りそのまま自らの口に運んだ。
「ほえ?」
(あぁ~!)
エレビアは何が起こったのかわからず思考が停止し、隠れて見ていたエミューリアはオーネストの行動に驚きなんともいえない気持ちになっていた。
時が止まったかのような沈黙。しかし時間はすぐに動き出した。
「は、はぎゃ~~!?」
「う、うわぁ!?」
突然叫び出すエレビアに驚くオーネスト。エレビアは再び顔を真っ赤にしてしていた。いや、今度は顔だけでなく髪の毛も身に付けている衣装も眼鏡もすべて燃えるように赤くなっている、ように見えた。
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!」
「え?なに?どうしたの??キャシーのモノマネ?」
エレビアは口元を押さえ少し涙を浮かべながらバタつく、必死に冷静さを取り戻し眼鏡を押し上げる。しかしまだずれている。
「私、もう寝ます!!」
「え?もう?」
「失礼します!!」
エレビアはものすごい勢いで部屋を出ていった。その勢いに驚いてしばらく固まっていたが、我に帰りエミューリアの所へ戻る。
「さつき、もう大丈夫だよ」
「…そうみたいね」
エミューリアはベッドの上に不機嫌そうに寝転がっていた。
「どうしたの?機嫌悪そうだけど」
「んーん、べっつにー?まことさんって優しくて天然さんなんだなぁって思って」
「あ、ありがとう?」
誉められたと思って礼を言うオーネスト。エミューリアはすくっと立ち上がり顔を思い切り近づける。
「ねぇ、まことさん」
その目は真剣だ。
「な、なに?」
「私、あなたが好きです」
「は?」
「この世界に生まれ変わってからずっと誰かを好きに思うことなんてなかった。でもあなたとまた会うことができて、こうやって話して、姿も声も全然違うけどやっぱり私はあなたが好きなんです!」
「さ、さつき…」
「まことさん、あなたはどう思ってるの?」
「ぼ、僕は…」
どんどん詰め寄ってくるエミューリアにオーネストは追い詰められ壁に背中をつける。吐息がかかりそうなほど顔を近づけ真っ直ぐに真剣にオーネストを見つめるその瞳には強く真っ直ぐな想いを感じとれた。
オーネスト自身もエミューリア…さつきに会えて心から嬉しいと思っていた。今の彼女が幸せなのも見ていてわかった。その姿を見てオーネストの心は決まっていた。
エミューリアを少し離れさせ一呼吸おきエミューリアに自分の『答え』を伝える。
「さつき、僕はその気持ちには答えられない」