すれ違い
会談の日から二日後、明日にはヴァインリキウスに答えを返さなければならない。一応選択の時間は与えられたが現状を考えれば選択の余地などなかった。「あの人に会えば何か変わるかも」と淡い期待を胸に秘めながら私、エミューリアは王都の外れにある今は使われていない貴族の廃屋敷に向かった。中に入るとまだあの人はいなかった。
「来てくれるかな」
数日前に私はここであの人ーーー前世で私の夫であったオーネスト・ファーレンと会っていた。だがその時に少し喧嘩をしてしまいまだ仲直りできていない。なので今回の急な呼び出しに応じてくれないかと思っていたが、少し待つと彼は現れた。
「遅くなってごめん」
まだ待ち合わせ時間までは少し時間があるのにそうやって謝ってくる。少し気にしすぎかと思うときもあるがそこも彼の魅力なのだ。
「…」
「…」
私が何も喋らないので沈黙が続く。オーネストの方も先日のことを気にしているのかどことなく気まずい雰囲気になってしまっている。あまり時間がない私は単刀直入に目的を話した。
「オーネスト、私結婚するかもしれないの」
「えっ…」
オーネストの表情がひきつった。明らかに動揺していた。私たちはお互いに前世で夫婦だったことを知っている。それでも私はオーネストの事が好きであるとも伝えてある。しかしオーネストからの返事はあまり喜ばしいものではなかった。先日の喧嘩別れはそれが原因である。
「相手はディニラビア帝国の皇帝、ヴァインリキウス・D・ディニラビア」
「!!」
先日喧嘩した原因はオーネストと恋仲になろうとしている私に対してオーネストに妙にそっけない態度をとられたことだ。しかし現実に私が結婚してしまうとなればオーネストも気持ちを変えてくれるかもしれない。オーネストの気持ちが変わったとしてもアルバソル王国の現状が変わるわけではない、しかし一言「行くな!」とでも言ってくれれば気持ちが大分違う。前向きな一言さえあれば帝国に行ってしまったとしてもこっそり脱走したり、なんならこのまま駆け落ちということも…いや、そこまでは欲は言わない、でもせめて何か一言…
期待を胸にオーネストの反応を待った。期待を込めてオーネストを見ると笑みを浮かべていた。
「お、おめでとう…」
「!!」
一番聞きたくない言葉だった。いや、オーネストの表情や声色から本意の言葉ではないということはよくわかるけれど…それでもオーネストの、まことさんの口から聞きたくなかった。
「なん、で…」
私は次の言葉が続かなかった。喉はカラカラで意識がぐらつくのを感じた。オーネストは苦しそうな笑顔のまま呪いのような祝福の言葉を並べた。それを聞いた私はもうこの場にいることができず無言でその場を走り去った。
走り去るエミューリアの背中を見つめながらボクは情けなくその場に座り込んだ。エミューリアの婚姻の話はソーレ王子から聞いていた。相手についても…ディニラビア帝国は以前から注視していたがまさかこのような形でアルバソル王国に来るとは思いもしなかった。ソーレ王子の話によるとディニラビア皇帝はエミューリアに大層ご執心らしかった。しかも断れない状況にあるらしい。それを聞いたときは全身の血が引いていくような気がした。エミューリアを連れて逃げようかとも考えてはいた。しかしそう考えると同時に前世のさつきの死んだ瞬間がフラッシュバックしてしまう。そしてさっきエミューリア本人に改めてこの話を聞いたときはそのまま倒れてしまいそうだった。本当はエミューリアを誰にも渡したくない!このまま連れ去ってしまいたい!…そう考えたがすべて心の中で押し潰した。ディニラビアへ行くことは不幸なのかもしれない、でも自分と一緒にいるのはもっと不孝な結果になるかもしれない、そう考えると今のボクには何もできなかった。
その日の夜。私、エミューリアは自室で明日の準備をしていた。夕食の席で正式にヴァインリキウスの申し出を受けたのだ。その時私はひどい顔をしていたような気がするのだがヴァインリキウスはそれは無邪気に喜んでいた。準備といってもほとんど使用人がやってくれたようですぐに自分の準備は終わった。なので椅子に腰掛け今までとこれからを考えると不安が押し寄せてくる。すると突然ドアがノックされた。
「ど、どうぞ!」
ビックリして声を裏返しながらも入室を促し入ってきた人物に目を見張った。
「シーラ義姉様?」
それは滅多に私の部屋に来ないシーラだった。シーラはどこか落ち着かない様子で私の側に来た。
「どうしたんですか?」
驚き声をかけるとシーラはどこか複雑な表情を浮かべながら私の隣に立ち背中に手を当てた。
「その…大丈夫?」
「え…」
シーラの私を心配する言葉に驚いた。今まではソーレお兄様の実の妹ということで度々ライバル視されており優しい言葉など聞いたことがなかった。
「その、あなたとてもひどい顔色をしていますわよ」
「…!」
思わず近くの鏡を見るとなるほど、かなり顔色が悪い。
「ディニラビアの方々は気づいていなかったみたいですけどあなた、ずっとそんな顔色でしたわよ」
普段なにかと突っかかってくる義姉がわざわざ部屋に来てくれるほど心配させてしまったようだ。そして言葉から考えるとお兄様やお父様たちにも心配をかけていたのだろう。私は無理矢理笑顔を作った。
「ご心配をお掛けしてごめんなさい。でも、大丈夫ですから」
「エミューリア…」
精一杯の大丈夫アピールだったがシーラの顔は優れないままだった。そしていきなり抱き締めてきた。
「お、お義姉様!?」
あまりの事に驚いているとシーラは声を震わせながら
「ごめんなさい」
と謝ってきた。何の事だかわからず言葉を返せないでいるとシーラの方から理由を言ってくれた。
「先日の会談の時、あなたが選ばれた瞬間私、心から安心してしまいましたの」
「…」
知っている。しかしその事に私は特に怒ったりはしていない。そう伝えるがシーラは自分が許せないと言った。
「あなたがどれほどの絶望を感じているかわかっているのに、知っているのに、私は、私は…!」
私を抱き締めながら震えるシーラの背中を優しく撫でる。シーラの思わぬ一面を知った私の心は少し落ち着いていた。
「シーラお義姉様、ありがとうございます。おかげで少し落ち着きました」
シーラを少し引き離し顔を見て今度は自然に笑う。シーラはまだ少し戸惑っているようだ。
(…そうだ、私にはオーネストだけじゃなくて守りたい人は他にもたくさんいるんだった)
オーネストに出会うまでにたくさんの人に出会ってきた。それらすべてが自分にとって大事な存在だ。…覚悟は決まった。
「シーラお義姉様、ありがとう」
「え?」
礼の意味がわからずキョトンとするシーラをもう一度抱き締め「いってきます」と言うとシーラが驚いて体を離して顔を見てきた。この時の私の中にはもう迷いはなかった。