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異世界でまた君と  作者: 長星浪漫
第一章
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桜色の思い出

 第三騎士団が正式に国の正規軍として認められる式典が行われる日がやって来た。オーネスト率いる第三騎士団は朝から大忙しだった。

「団長!早く着替えてください!」

「いや、うん…着方がわからない…」

「はぁ!?ちょっとこっち来てください!」

 オーネストは式典用の礼服を着るのに苦労していた。スーツなら着たことはあるしこの世界の礼服も着たことがないわけではないのだが、今回のは今までで一番豪華だった。フリルや装飾がいっぱいついているのでボタンを探すのも一苦労だった。

「じっとしててくださいね!」

 文句を言いながらも礼服を整えてくれているのは第三騎士団の魔術師部隊隊長で参謀でもあるエルフの女の子の“エレビア”だ。背伸びしながらオーネストの前のボタンをとめていく。

「まったく、これくらいはできるようにしておいてくださいよ!」

「ごめん、難しくてさ」

「だからって覚えなくていいわけじゃないですよ!もぅ!」

 喋りながらも手を止めないエレビアを見ていると新婚の頃の妻の姿と重なった。

(さつきもこうして仕事に行く前の身支度を手伝ってくれたなあ)

 忘れたつもりでも消しきれない記憶に思いを馳せていたせいで自分を呼ぶエレビアの声に気づくのが遅れた。

「団長!終わりました!団長!」

「はっ、わかったありがとう」

「なにぽーっとしてるんですか!」

「いや、なんだか新婚さんみたいだな…なんて思って」

「はぁ!?」

 エレビアは一気に顔を真っ赤にした。

「な、ななななにバカなことを言ってるんですか!?ほ、ほら!できましたよ!?」

「う、ごめん」

 明らかに動揺してそっぽを向く。エレビアはにやけるのを必死に我慢していたのだが、オーネストはそれに気付かず怒られたと思って謝る。微妙な空気が流れている部屋に新たに人が入ってきた。

「エレビア、わしの礼服の上着知らないか?」

 入ってきたのは第三騎士団副団長で獣人部隊の指揮をとる“ブライアン・オーガス”。種族はオーネストと同じ人間なのだが、ある理由で体の中にオーガの血が混ざっているので身長は三メートル近くあり、筋肉も普通の人間の数倍ある。そのため特注の礼服なのだがかなり苦戦しているようだった。騎士団ツートップの手のかかりように照れも吹き飛んだエレビア。

「さっき着ていたでしょう!?また引きちぎったんですか??」

「緊張で少し力を入れただけなんだが…」

「ご自身の腕力をちゃんとコントロールしてください!というかブライアンさんは昔同じことをやってるんでしょう!」

 エレビアの言う通りブライアンは昔第二騎士団の団長を務めていた。その時も今日と同じような式典はあったのだが、

「あの時はまだちゃんと人間だった。しかし、今はあの時と勝手が違う」

「わかりました!予備はブライアンさんの部屋の中ですから!探しましょう!団長は早く部下に指示をだしにいってください!」

「うん、ありがとう、エレビア」

 エレビアは一礼するとブライアンを押しながら部屋を出ていった。

 第三騎士団は総勢35名の小規模な騎士団だ。だがそのメンバー一人一人がかなりの曲者ぞろいでまとめるのに苦労していた。身なりを正しながらみんなが集まる大広間への扉を開けた。

「おせぇぞボンクラァ!」

 開けた瞬間暴言が飛んでくるのも日常茶飯事。暴言を吐いたのは獣人部隊でブライアンの直属の部下の一人、狼の獣人の“ヴォルフ・ウォーガン”だ。

「なんで礼服を着る習慣がない俺達のほうが準備が早いんだよ!!」

「ヴォルフ、無駄に噛みつくな。団長、申し訳ありません」

 それをいさめたのがヴォルフと同じくブライアンの直属の部下の一人、カメレオンの獣人の“レオン・スクアーマ”だ。

「そうにゃヴォルフ兄ぃ!団長(おにぃちゃん)が可哀想にゃ!ねー」

 そういって飛びついてきたのが猫の獣人の“キャシー・シーフス”。第三騎士団入団前にオーネストに助けられたことからオーネストを「お兄ちゃん」と呼びとてもなついている。

「団長~エレビアはどこ行ったんや?」

 ふらっと現れたのはエレビアの友人で魔法部隊のフェニーとネムだ。二人ともハーフエルフで姉のファニーはなぜか関西弁のような言葉を使っている。

「エレビアはブライアンの上着の替えを探しにいったよ。とりあえず今いるメンバーだけでも出発の準備をしよう」

 オーネストはメンバーを整列させる。第三騎士団は少数ながら五つの部隊が存在している。オーネストが主に指揮をとる剣士部隊、ブライアンが指揮をとる獣人がメインの戦士部隊、エレビアが指揮をとる魔法使い部隊、隠密活動を行う忍部隊、武器の開発・メンテナンスを行う技術部隊だ。部隊別に整列が終わった頃に上着を見つけたブライアンとエレビアが入ってきて全員が揃った。

「よし、じゃあ行くぞ!」

 オーネストを先頭に第三騎士団は式典が行われる王宮へ向かった。




 今回の式典は王座の間で行われる。オーネストたちは開始の30分前についたがそこにはすでにたくさんの人が集まっていた。第一騎士団の団長と副団長、第二騎士団のアルフォード団長と副団長、上級貴族の面々に国の政治家や王室御用達の商人等々…普段滅多に会えない人たちがいっぱいだった。ただ、全員が『人間』だった。

「あれが、新しい騎士団ですか…」

「第一王子の提案らしいがなにを考えてい るのやら」

「獣風情を王宮に入れるとは…汚らわしい…」

 あちこちから陰口(主に獣人にむけて)が聞こえてきた。しかもわざと聞こえるように言っている。

「ヤロォ」

 ヴォルフが陰口を言った人間の方を睨み付けようとしたが、ブライアンがそれを止める。

「落ち着けヴォルフ」

「ですが、ブライアンさん…」

「今は言わせておけばいい、これから変えていけばいいのだ」

「…はい」

「ですから団長、その剣を握る手を緩めてください」

「え?」

 ヴォルフが見るとオーネストが腰にある剣の柄に手をかけていた。

「すまないヴォルフ、あんなことを二度と言われないように僕ももっと努力するから」

「…フン、わかったよ」

 まだ陰口を言っている奴等はいたが先程よりは気にならなくなっていた。

 団員を位置につかせたあとオーネストは他の二つの騎士団の団長の元へ挨拶に行った。

「本日は式典に来てくださってありがとうございます」

「おめでとう、オーネスト。元上司としても鼻が高いぜ」

 素直に喜び、称賛してくれた第二騎士団団長アルフォード・ギルクリードに対し第一騎士団団長ウィリアム・リュボン・ビルグリムは立派な口ひげをいじりながら不快そうな声でつっかかる。

「フン、田舎出身のイモ剣士が調子に乗るな。どうせすぐに問題を起こして解体されるに決まっている。それにほとんどが亞人の騎士団なぞ頭がどうかしているとしか思えん」

「…」

 オーネストは一呼吸おいてこの日一番の笑顔を作った。

「ご指摘ありがとうございます。そうならないように精進します…ただですね」

 オーネストが表情を変えずにウィリアムの目を真っ直ぐに見る。

「僕達のほうが第一騎士団よりこの国に貢献できてると思いますよ?」

「なっ!?」

「ブフッ」

 ウィリアムが怒りだす前にさっさと逃げるオーネスト。顔を真っ赤にしているウィリアムをアルフォードが笑いを噛み殺しながらなだめている。戻ったオーネストをエレビアが注意する。

「団長!あまり火種をまかないでください!」

「ごめんごめん、でもそこまで悪い気はしてないんじゃない?」

「ム…まぁ、そうですけど…」

「団長、もうすぐ始まりますよ」

 ブライアンがそう言うのと同時に音楽が鳴り始めた。王座へは長いレッドカーペットがひかれており、オーネストたちはその両脇に並んでいる状態だった。

「国王さまの入場です!」

 音楽が一層大きくなり、始めに入ってきたのとは違う大きな門が開いた。そこから入ってきたのはアルバソル王国の王様の“エルドラド・J・アルバソル”。立派な金色の髭が顔の周りを覆っていてまるでライオンのような印象を持つ。

「続いて王妃様がたの入場です!」

 次に入ってきたのは三人の女性。この三人は国王の妃達で桃色の髪の明るい雰囲気なのが第一王妃の“アナーシャ”、黒髪で無表情なのが第二王妃の“リオーラ”、金髪でふっくらおっとりなのが第三王妃の“ナターシャ”だ。アルバソル王国では後継ぎを確実に残すために王または女王となった者は三人まで伴侶を持つことが法律で定められている。王妃が三人いるのはそのためだ。エルドラドは高い位置にある王座に座り、王妃達は王座の右側にある椅子に座った。

「続いて、王子、王女様がたの入場です!」

 最後に入ってくるのはエルドラドの息子や娘達だ。まずは第一王位継承者“ソーレ”、第一王妃の第一子で第三騎士団の設立者でありオーネストを団長にと指名した張本人だ。少し間をあけて続くのは第二王位継承者“ドラゴ”、第二王妃の第一子で親と似て無表情だ。さらに後ろに続くのが第三王位継承者“シーラ”、第二王妃の第二子で先を行くドラゴの実の妹にあたる。ここまでは一年前の式典でも見たことがあった。だが今回の式典では残りの継承者も参加する。

(この三人以外は見たことないんだよな、継承権第五位以下の王子や王女はまだ子供だって聞くし、第四位の王女はあまり王都にいないしな)

 ボーッとそんなことを考えていると初めて会う第四王位継承者“エミューリア”が母である第一王妃と同じ桃色の髪をなびかせてオーネストの目の前をとおりすぎる。

(あれ…?)

 エミューリアが目の前を通りすぎる時、オーネストはエミューリアになぜか懐かしい匂いを感じた。同時に頭の中にある一人の女性の顔が浮かんできた。そして次の瞬間には体が無意識に動きエミューリアの手を掴んでいた。

 周りの空気が凍りついた。時間が止まったのではないかと思うほど呼吸の音すら聴こえない。本来王族に許可なくその体に触れることは罪にすら問われる可能性がある行為だ。エミューリアは振り返りオーネストを驚きと戸惑いの表情でみている。そんな空気すら感じていないオーネストは静寂の中ポツリと呟いた。

「“さつき”…?」

 その声と同時に周りの時間も慌ただしく動き出した。

「無礼者!貴様…なにをしている!?」

「団長!?」

 他の騎士団員や大臣達がオーネストを捕まえようと動こうとした。だが、それをある人物が止めた。

「待ってください!!」

「えっ?」

 その声に再び辺りは凍りついた。声の主、エミューリアは掴まれた手を振りほどくこともせずオーネストに問いかける。

「あなた、お兄様が言ってた“オーネスト・ファーレン”…ですよね?」

「え……あ!!」

 遅れて自分がやってしまった事に気づいたオーネストは慌てて手を離そうとしたが今度はエミューリアの方が強く握ってきた。

「どうしてこんなことをしたんですか?」

「あ、えっと…その…」

 説明に困るオーネスト。しかしエミューリアは極めて優しく質問を繰り返す。

「あなたの中の理由をありのまま答えてください」

 エミューリアの目を見ると真剣そのものだったのでオーネストは無礼をしてしまったせめてもの償いとして自分の感じたものを話した。

「その…ずっと昔に好きだった女性の事を思い出しまして…」

 オーネストのこの発言に第三騎士団の女性数人が反応した。

「どんな女性だったんですか?」

「…太陽のような人でした。名前は小日向(こひなた)さつき、派手な人ではなかったんですが、とても優しくて思いやりがあって、でも自分の信念は絶対曲げないような芯の強いところもありました…」

 話していくと前世の記憶がどんどん甦ってきて無意識にしゃべっていた。

「初めて出会ったのは桜が満開の公園でした。僕は大学三年生で彼女は大学一年生でした。僕が公園の桜を見ていた時に本を読みながら歩いてきたさつきがぶつかってきて、そこから話すようになって、僕が大学卒業と同時にプロポーズして一緒に暮らすようになって…でも、僕のせいで死んでしまって…あっ」

 そこまで話して自分の今の状況を思い出した。しかし、エミューリアはそっと手を離し微笑んだ。

「私はその“さつき”という女性ではないですし、“桜”や“大学”もよくわかりません。でも、あなたがその人をとても大事に思っていたことは伝わりました。その気持ちに免じて今回のことについては不問にします」

「ひ、姫様!?」

 家臣達の何人かが不満の声をあげたがエミューリアと先に王座の左側に座っていたソーレの助言もあってその場は収まった。式典はなんとか無事に終わったがオーネストはこの後団員(主にエレビア)によってこっびどく怒られた。

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