久しぶりのの再会
その日の夜、アルバソル王国の王都の中にある今は誰も使っていない屋敷のバルコニーでオーネストとエミューリアは久しぶりに二人きりで会っていた。
「久しぶりねオーネスト」
「そうだね」
心底嬉しそうに笑うエミューリアに比べてオーネストは少し元気がないようだった。こうして会うことが嫌という様子ではないがどことなく元気がないように見える。でも時間が惜しいので気にせず話を続けるエミューリア。
「さすがにアークゴブリンの件については説明が難しくてさ、今日までなかなか会える時間が作れなかったの」
「そうだったんだね」
「私、あなたに会いたすぎて何度か抜け出そうと思ったくらいよ」
「そうだね…」
「…」
はじめは気にしていなかったが、生返事が続いたのでエミューリアも無視できなくなった。
「ねぇ」
「そうだね」
「ねぇ!」
「え!?な、なに?」
顔の近くで大声を出されオーネストが驚き顔を上げるとすぐ近くにエミューリアの顔がありまた驚いた。その様子を見てエミューリアは唇を尖らせた。
「ちょっと、さっきから上の空だけど私とおしゃべりするのがそんなにつまらないのかしら?」
「い、いや!決してそんなことはないよ!」
「ほんと~?」
「ほ、本当さ!」
じ~っと真正面から凝視され、オーネストも真正面から見返す。
エミューリアを間近でここまでしっかり見るのは初めてだった。再会したあの夜でさえここまでしっかり見たことはない。桃色の長い髪を後ろで二つに結び綺麗な青い眼が今はオーネストを睨んでいる。キメ細やかな肌に少し化粧をしていて、以前つけていた変装用の眼鏡もかけていた。前世のさつきと合わさる部分が多くて嫌でも頭で顔が重なり、思わず目をそらす。
「あー!目をそらした!」
「だ、だって!綺麗な人に見つめられたらその…照れるよ」
「む…」
唐突に誉められ言葉をつまらせるエミューリア。顔を赤くし照れながらそっぽを向いた。お互いに少し沈黙した後、気持ちを落ち着けたエミューリアが少し心配そうに聞いてきた。
「でもやっぱりいつもと雰囲気が違うよ?何かあったんでしょ?」
心配そうに聞いてくるエミューリアにオーネストは少し考え、最近あった貴族とのいざこざを話した。その時の最後の一言が気になっていることは伏せて話した。しかしエミューリアもその部分が気になったようだった。
「貴族の中にそういう連中がいることは把握はしているわ、ソーレお兄様も手を焼いているみたい。しかし“身分”か…この世界に生まれ変わって長いけど前世の日本にはなかった価値観だからね」
「うん…」
「この世界では“身分”がはっきりとした国が多いものね、この国も“身分”に関しては結構厳しいし」
『王族と平民は結婚できない』という法律があることを頭に浮かべながらエミューリアも沈痛な面持ちになった。しかし無理矢理表情を明るく戻した。
「でも私たちはそんなこと気にしなくてよくなるかも!」
「え?どういう事?」
「私ね最近“王族でなくなる方法”を探しているの」
「!!」
オーネストは息をのんだ。そんなオーネストの様子に気づかずエミューリアはニコニコ嬉しそうに話す。
「次の国王にはソーレお兄様かドラゴお兄様がなると思うし、私はもともとなる気もないしね」
「で、でももし王族でなくなったら家族関係はどうなるの?」
「その時の法律や場合にもよるけれど、アルバソル王国で考えるなら…もし王位剥奪なら国外追放」
「つ、追放!?」
「あくまで私が何か大きな罪をおかした場合だけだよ?もちろんそんなつもりはないからね?それで、私の場合は自ら王位を手放すから…免許の自主返納みたいなものかな?とにかく、王族としての権利を失って今の家族とは基本的に離れるて暮らすことになるかな」
「そんなのだめだよ!」
「最後まで聞いて?離れて暮らさなくちゃいけなくはなるけど完全に関係が切れるわけじゃないのよ?王族の権利がなくなるだけだし、王宮に関わる仕事に就ければ家族と全く会えないってことにはならないしね。むしろ平民になれれば前世の自分に近い生活ができるかもしれないわ。それに…あなたともまた、一緒になれるかも」
本当にそれが一番嬉しいと思っている顔をしている。そんなエミューリアの気持ちと覚悟を目の当たりにしても今のオーネストの心の中のトラウマは消えない。
「前にも言ったけど、ボクには許嫁がむっ…!」
言い終わらないうちにエミューリアはオーネストのほっぺを鷲掴みした。
「私はあなたの妻だった女よ?あなたが嘘を言っていることくらいわかるわ」
「…ぅ…」
反論はできなかった。エミューリアの手を外しゆっくり下ろす。エミューリアが前世と変わらない気持ちを持ってくれていることはわかったし嬉しかった。でも“前世と変わらない”ということが今まで以上に『最後の瞬間』を色濃くオーネストの頭に浮かび上がらせる。
(本人が幸せだと思って決めたことでも絶対そうなるかはわからない)
さつきが腕の中で息絶える姿が何度も脳内で再生される。オーネストは目をキラキラさせるエミューリアに自分の気持ちを押し殺してこう言った。
「…考え直したほうがいい」
「え?」
一緒に喜んでくれると確信していたエミューリアは鳩が豆鉄砲をくらったみたいな顔でオーネストを見る。
「家族と離縁まですることはないよ」
「でも、そうしないと一緒になれないし」
「…そこまでして一緒にならなくてもいいんじゃないかな?」
オーネストの思わぬ発言にエミューリアから表情が消える。
「どういう事?」
「せっかく王族に生まれたんだし、それに前世でもお姫様に憧れただろ?」
「何を言ってるの?」
「王族なんてなろうとしてもなれないだろ?…だから、そんな簡単にやめない方がいいよ…」
「オーネスト?」
「それに生まれ変わってまでまたボクを選ぶ必要なんてないよ」
「まことさん!!」
エミューリアが大声を出したのでオーネストは口をつぐんだ。エミューリアは怒り、戸惑い、悲しみ…様々な負の感情が入り雑じった表情でオーネストを問い詰める。
「なんでそんなこと言うの?」
「…君の…幸せのために…」
「私の幸せはあなたといることなの!」
エミューリアがすがるように叫ぶ。その声にオーネストは胸が引き裂かれるような痛みを感じた。本当は嬉しい、エミューリアの気持ちに答えたい、しかしオーネストの心は前世でのさつきとの最後の記憶に捕らわれていた。前世のさつきの死の瞬間が目の前のエミューリアに重なる。
エミューリアの真っ直ぐな好意が今のオーネストには苦痛となって襲いかかる。エミューリアの方も自分の言葉や気持ちがオーネストに届いていない、そして今までのオーネストの言葉には嘘はなかった。
「…」
「…」
長い沈黙がその場を支配した。エミューリアは怒りと悲しみがぐちゃぐちゃに混ざった気持ちに顔を真っ赤にしながら目を潤ませオーネストを睨み付けた。オーネストは自分の弱さを自覚し、エミューリアを傷つけてしまった自分の不甲斐なさに苦しみながらも今の考えを変えるつもりはなかった。
「…今日は帰る」
エミューリアはオーネストに背を向け屋敷から出ていく。オーネストはその場から動かずにその背中を見送った。扉から外に出る前に一度だけエミューリアがオーネストを振り返ったが何も言わずに外に出ていった。扉が閉まるとオーネストはバルコニーの手すりを背に座り込んだ。
「…これでいいんだ…」
込み上げてくる感情を押し殺し、オーネストはしばらくその場から動かなかった。




