帝国
ディニラビア帝国には一つの鉄の掟があった。それは『強者こそが正義』というものだった。この国のトップは単純な“強さ”で決められていた。定期的な選挙や世襲制度はなく、その時の王を殺せばそのものが新たな王となり国を支配してきた。前王は300年あまりディニラビアを支配してきた。あまりに長い期間王座に君臨してきたため、王を倒そうなどと誰も考えなくなっていた。だがある日その少年は現れた。その少年は魔物を引き連れ王に戦いを挑み、たった一人で当時の王族を皆殺しにし若くして新たな王となった。それが現在の帝国の王である“ヴァインリキウス・D・ディニラビア”当時10歳の話である。それ以降幾度となくヴァインリキウスを殺そうとしたものが現れたが誰一人ヴァインリキウスに敵うものはおらず、今では逆らうものはいなくなった。
そして五年前から積極的に他国を侵略し始め現在はその侵略をなぜか止めている。王の考えがわからず困惑していた家臣たちだが、とうとう新たにヴァインリキウスが動きを見せた。側近の二人に「アルバソルに赴く準備をせよ!」と命令した。初めは侵略かと思ったが兵の規模を聞くとそうではないらしい。二人の側近は命令のままに必要な準備を整えそのことをヴァインリキウスに報告するため王室に続く廊下を歩いていた。
「王がとうとう侵攻を再開するのかと思ったのだが、兵が少なすぎると思わないか?」
側近の一人、ランブル・ジェーンがずっと引っ掛かっていた疑問をもう一人の側近のニゲルにぶつけた。ランブルは帝国の人間にしては珍しく真面目で野心を持たない人間だった。
「兵が少ないのは侵略ではないからでしょう?わざわざ声に出さなくても予想できます」
ニゲルは綺麗な金髪をベリーショートに切った男か女がパッと見るだけではわからないほどの美貌を持った少女だ。年齢はランブルよりも若いがヴァインリキウスとの付き合いは彼女の方が長い。感情をほとんど出さないので周囲の人間には「何を考えているのかわからない」と怖がられていた。ニゲル本人もその事を知ってはいたが全く気にしていなかった。
ランブルはそんなニゲルと長い付き合いなのでこういった反応には慣れていた。
「あいかわらず冷たいな、少しだけでも笑ったりしたらどうだ?」
「その行為に意味があれば検討します」
そんなやり取りをしているうちにヴァインリキウスの自室に着いた。ノックをし返事が返ってきたので中に入った瞬間、色んな汗の匂いが混ざったような妙な匂いが鼻をついた。ヴァインリキウスの部屋は三つに別れており、扉を開けてすぐの部屋は書斎になっている。さらに左右に寝室が二つかり、片方はヴァインリキウスが普段眠る用の部屋で、もう片方の寝室は二人以上で眠る部屋だった。今はそちらの部屋が使われており中からはヴァインリキウスの声と共に若い女性の喘ぎ声が聞こえてきていた。そこで何が行われているのかを察したランブルは顔をしかめた。ヴァインリキウスは女性に対して異常な執着を持っているように感じられた。気に入ったというよりは目についた女性を強引に城に連れ込み無理矢理乱暴し、気がすんだら返すといった行為を何度も繰り返していた。特に結婚前や新婚の妻を狙っているように思えた。ランブルはヴァインリキウスのこの行為を心底嫌っていたが、自分の力ではなんともできないのもわかっていたので何もできず、そんな自分にも嫌悪していた。
しかしニゲルは表情一つ変えずにその部屋のドアを開けた。
「ヴァインリキウス様、報告に参りました。手早くご支度ください」
「!!?」
ニゲルの何事にも物怖じない、というか怖いもの知らずの行動にランブルはいつも驚かされていた。特に今は開けた扉のすぐ向こうでまさに行為の真っ最中の二人がいるのにだ。少し見えてしまったランブルは反射的に目をそらしたが、ニゲルはやはり表情一つ変えないどころかズカズカと中に入って二人をひきはがし、ヴァインリキウスとついでにそこにいた少女の着替えまでも手伝う始末だ。男のランブルですら目を背けてしまう程の光景にニゲルは全く動じていなかった。
20分ほどあとには何食わぬ顔で書斎の椅子に座るヴァインリキウスと同じく表情を一切変えないニゲルが隣にいた。ランブルは居心地の悪さを感じていたが、これも仕事だと思い兵の準備が整ったことを報告した。ヴァインリキウスは報告を聞くとニヤリと笑った。
「よし、では予定どおり明日アルバソル王国に向けて出発するぞ」
意気込むヴァインリキウスにランブルは恐る恐る手をあげ質問した。
「あの、ヴァインリキウス様…恐れながら一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「ん?いいぞ」
「今回の兵の数ですが、いくら相手が小国のアルバソル王国だとしてもいささか少なすぎるように感じまして…」
「なるほど、最もな疑問だな。たが少ないのは当たり前だ今回は侵略ではないからな」
「は?」
「目的は“求婚”だよ、ランブル」
「“求婚”…ですか?」
ヴァインリキウスはまるて夢を見るようにうっとりとした表情で語る、今までヴァインリキウスのそんな表情など見たことがなかったので鳥肌がたった。ヴァインリキウスは気にせず続ける。
「五年前に初めて見た時から大好きになった。いや、それよりもずっと昔から大好きだ!俺とあの人は結ばれる運命にあるんだよ!」
ヴァインリキウスの言葉にどんどん熱がこもってくる。普段からテンションは高いことが多いが今のヴァインリキウスのテンションは見たことがないほど高く異常だった。
「今回は邪魔者はいない。力もある。絶対にうまくいく!」
ヴァインリキウスがここまで一人の女性に固執するのは初めてだった。本当に惚れているのもわかる。ではなぜ先程のように女性を部屋に連れ込むことを続けているのだろうか?ランブルのこの質問にヴァインリキウスは当たり前のように答えた。
「本番のための予行練習だ」
ランブルは言葉を失い、改めてディニラビアという国の異常さを痛感した。明日の打ち合わせを済ませ報告がすべて終了し、部屋を出ようとしたときニゲルだけ残るように言われた。ランブルは先に部屋を出ていった。外に出るとあのまとわりつくような臭いがなくなり少し落ち着いた。
「ふぅ、やっと解放された…しかしニゲルはよく王と二人になることが多いが何を話しているのだろう?」
ニゲルとヴァインリキウスが二人きりになるのは以前から何度かあった。しかし話の内容までは聞いたことがなかった。
「それに何故今まで力で他国を侵略してきたのに今回はこんな回りくどい方法をとるのだろう?」
王の普段と違うやり方に不安とぬぐいきれない疑問を感じながらも明日の準備を急ぐランブルだった。
ヴァインリキウスの部屋に残ったニゲルは極秘の報告をしていた。
「“あちら”には伝えてあります。そして『例のもの』に関しても配置完了しております」
「そうか♪」
右手でペンをもてあそびながらヴァインリキウスは満足そうに笑った。それを見てニゲルはため息をついた。
「始めからこうしていればよかったのでは?わざわざアルバソル王国に入る必要はなかったと思います」
「害獣駆除の時も言ったろ?ピンチを助けるのがロマンなんだって、まぁ結局うまくいかなくてこうなってるんだけどな」
「ですが、とうとう動くのですね?」
「あぁ、こうなったら力ずくでも手にいれてやる」
ヴァインリキウスは机の引き出しから取り出したある女性の写真を眺めて顔をにやつかせる。
「もうすぐ行くからね?エミューリア…」
ニゲルが見ているのも気にせず写真にキスをするヴァインリキウス。ニゲルは慣れているので気にせずそれを眺めるだけだった。
そして次の日ヴァインリキウスはアルバソル王国へと進行を開始した。