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異世界でまた君と  作者: 長星浪漫
第三章
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騎士団長の休日

 アリベルトの一件のあと第3騎士団には順番に長めの休暇が与えられた。普段は激務に追われて休みたいと思っているが、いざ長めの休みをもらうと何をすればいいのかわからず部屋にこもりがちになってしまう。オーネストもその一人で、そうしていると必ず頭に浮かんでくる顔があった。

(…エミューリア…)

 アリベルトの一件の後エミューリアと長い間会えていなかった。以前はちょくちょく王宮から抜け出して来ていたのだが、ソーレ王子にも秘密にしていた一件の後というのもあって簡単には出られそうにないみたいだった。そのかわり忍やキャシーに頼んで手紙のやり取りはしていた。「自由に会うことができない」以前からわかってはいたがその期間が長く続くほど思ってしまう事がある。

(やっぱり僕とエミューリアでは“身分”が違うのか)

 以前はそこまで深く考えてこなかった。しかし最近は事あるごとにその考えが頭をよぎる。その度に不安な気持ちに押し潰されそうになった。

「いやいや!再会した時に誓ったじゃないか!自分の気持ちよりも何よりも彼女が確実に“幸せ”になれるようにするって!」

 しかしエミューリアは前世と同じように自分に好意を寄せてくれているように感じる。前世のさつきの頃よりも行動力もある。場合によっては自分の身分を捨ててでもオーネストの元に来るかもしれない。

「仮にそうだとしたらその気持ちは嬉しい…でも…」

 この国では平民と王族の結婚は法律で禁じられている。もし自分が無理にでもエミューリアと結婚してしまえばエミューリアは王族でいられなくなるだけではなく、最悪国外追放もありうる。そんな事がエミューリアの幸せになるはずがない。

「仮に僕と一緒になれたとしても…」

 前世でさつきが目の前で車に轢かれた映像が鮮明に甦る。

「…彼女の気持ちを裏切ってでも、僕は彼女が“生き”続けられる“幸せ”な道を選ぼう」

 彼女が生きてくれてさえいれば会えなくなることはない。しかし、心のもやはまだ晴れなかった。

「…買い物でもして気をはらそう」

 オーネストは外出用の服に着替え部屋を出た。




 オーネストが町の中を目的もなく歩いていると突然視界が真っ暗になり同時に声が聞こえてきた。

「だ~れにゃ?」

 いつもより声を低くしているが口調と顔に当たる肉球の感触でわかる。

「キャシーでしょ?」

「にゃはー、ばれたかぁ」

 ばっと手を放しオーネストの目の前に移動する。キャシーは猫の獣獣人で戦闘はからっきしだが「自分から出るすべての音を消す」事ができるので、潜入などの任務を基本としている。今日はオーネストと同じく休みである。

「団長、偶然にゃ」

 くりっとした丸く青い目を輝かせながらオーネストの隣に立ち体を擦りよせてくる。

「キャシーは一人かい?」

「そうにゃ、特にやることもないのでブラブラしているにゃ」

 そう言って上目遣いに見上げてくる。それに気づいたオーネストはキャシーの頭を優しく撫でる。

「よかったら一緒に来るかい?」

「いくにゃ!いっくにゃー!」

 キャシーは喜んでオーネストに強く抱き締めた。

「痛い痛い」

 オーネストが笑いながらキャシーを離れさせる。そして二人で街道を歩き始めた。オーネストの隣でキャシーは密かにガッツポーズをしていた。

(にゃふふふ♪二人きりでお散歩…いや、これはデート!!必ずものにしてやるにゃ!!)

 一方オーネストはやけにしっぽをフリフリしているキャシーを微笑ましく見ていた。

(喜んでるのかな?キャシーは本当に妹みたいでかわいいな)

 微妙にすれ違う思いを抱きながら二人は色んなお店を廻り始めた。

 その途中、ある雑貨屋で二人はエレビアに出会った。エレビアはオーネストを見てパッと顔を輝かせた後、オーネストにくっつくキャシーに気づいて顔をしかめる。

「何をしているのですか?キャシー」

 キャシーは余計にオーネストに体を擦り寄せものすごいどや顔をエレビアに向けた。

「見てわからないにゃ~?デートしてるにゃ、デ・エ・ト♪」

「んなっ!?」

 怒りのオーラが漏れるエレビア。

「デートじゃないだろ?散歩しているんだよ」

 オーネストの訂正もすでに耳に入っていない様子のエレビア。エレビアの怒りの眼差しはキャシーに向けられている。それには気づかないオーネストだがエレビアが手にしているものに気づいた。

「新しい眼鏡を探してるの?」

「え?へぁっ!?は、はい!!」

 キャシーに意識を向けていたエレビアはオーネストが側に近づいているのに全く気づかなかった。慌てたエレビアは手に持っていた眼鏡を落としそうになった。

「そ、そうなんです。先日の任務でまとまったお金も入りましたし新しい眼鏡を買いに来たんです」

「一人で?」

「いえ、フェニーとネムも一緒に来ているのですが、ネムが食べ物の屋台に釘付けになっていたのでフェニーに任せて私だけ先にここに来たんです」

 フェニーとネムはエレビアの幼なじみで二人ともハーフエルフだ。エルフの森では活躍してくれた。

「しかし、いざ眼鏡を探してみるとどれがいいのか自分ではわからなくて…今かけているものと同じものをと思っていたのですが同じものもなくて」

「ふーん…」

 オーネストがなんとなく眼鏡が置いてあるコーナーを見渡した。そこには色とりどり様々な形状の眼鏡が並んでいた。中には宝石や魔法石でフレームが作られているものもあり値段がとんでもないことになっているものもあった。そんな中からキャシーが一つの眼鏡をエレビアに進める。

「これなんかどうにゃ?」

「どれです?」

「つけてあげるにゃ、それまでのお楽しみにゃ」

「はあ…?わかりました手早くつけてくださいね」

 エレビアが眼鏡をしているのは魔眼の効果を制限するためだ。普段は特殊な魔法を刻んだ眼鏡をしているのだが、少しの間なら普通の眼鏡でも大丈夫だ。それでも裸眼になる瞬間は危ないので目をつぶる。その間にキャシーが眼鏡をかけた。

「どうですか?」

 顔をあげたエレビアを見てキャシーとオーネストは吹き出しそうになった。エレビアがつけていた眼鏡は前世で読んだ漫画に出てくるようなガリ勉キャラがつけている牛乳瓶の底のような分厚さのレンズがついた眼鏡だった。

「どうですか?」

 不安そうに聞いてくるエレビアに笑いをこらえながら返答に困っていると、同じく笑いをこらえフルフルと震えながらキャシーが答える。

「にゃっふふふ…とてもよく似合ってるにゃ…よ?ぷくく、鏡で見てみるといいにゃ」

 キャシーは近くにあった鏡をエレビアに向けた。

「こ、これは!」

 オーネストとキャシーはからかったことを怒られると思ったがエレビアの反応は違っていた。

「これはいいですね」

「にゃ?」

「ん?」

 エレビアの予想外の反応に笑いが消し飛ぶ二人。エレビアはかけている眼鏡を指でつついたりしながらビン底眼鏡を称賛した。

「このレンズの分厚さなら魔法を施せば今使っているのより魔眼を制御できそうです」

「え、ちょっと?」

 似合っているかどうかはともかくシリアスなシーンでその眼鏡をつけていたら確実に吹き出してしまう。

「キャシーにしてはいい選択ですね、これにします。では買ってきま…」

「ストップにゃ!」

 キャシーがエレビアの眼鏡を取り上げた。

「何をするんですか!?」

 慌てて目をつぶるエレビア。

「からかっただけだにゃ!気づくにゃ!!」

「え?そうなんですか?」

 二人がきゃいきゃい喧嘩を始めたので止めようとした時一つの眼鏡が目がとまった。

(これは…)

 オーネストは手に取りよく見る。

(この眼鏡、前世でさつきがつけていたのにそっくりだ…)

 何の特徴もない普通の黒ぶち眼鏡、さつきはいつもそれをつけていた。昔の思い出を思い浮かべていると喧嘩を終えたキャシーがオーネストの持っている眼鏡に気づいた。

「団長?それ買うにゃ?」

「え?いや、買わないよ」

 無意識に隠すように眼鏡をもとの位置に戻すオーネスト、そして今度は別の眼鏡が目に入った。

「これ、エレビアに似合うんじゃないか?」

 手に取ったのは赤いフレームの眼鏡だった。オーネストはそれをエレビアに渡す。エレビアは少し照れながら恐る恐る眼鏡をかけた。

「ど、どうですか?」

 おずおずと上目使いに聞いてくる。オーネストはとても似合っていると思ったのでその気持ちをそのまま伝える。

「うん、とっても似合ってるよ」

「そ、そうですか…じゃ、じゃあこれにします」

「あ、ちょっと待って」

 お会計に向かおうとするエレビアを呼び止めた。エレビアは立ち止まり「どうかしましたか?」と首をかしげた。オーネストはエレビアから眼鏡を受け取り自分の財布を出した。

「せっかくだし買ってあげるよ」

「えぇ!?」

「にゃっ!?」

 あまり部下を特別扱いするのはよくないが、エレビアには作戦に関してだけではなく、色々やらかした後の処理など、職務以外の事に関してもたくさんこなしてもらっているのでいつかお礼をしなくてはと考えていた。それに眼鏡であれば職務に関連した出費でもあるので、何か言われても言い訳しやすい。エレビアも始めは遠慮したがオーネストが断固として譲らないので根負けして厚意に甘えることにした。これで解決かと思ったが、キャシーが駄々を滅茶苦茶こねたので一緒にリボンを買ってあげた。

 それぞれの買い物が終わり三人は店の外に出た。

「じゃあ僕たちは行くね」

「あっ…はい…」

 キャシーにさっきよりもがっしり腕をホールドされながら去ろうとするオーネストをエレビアが残念そうに見送ろうとしていると、そのエレビアの背中を押す者が現れた。

「団長はん!この子も一緒に連れてってあげて?」

「フェニー!?」

 後で追い付くと言っていたネムとフェニーがそこにいた。フェニーはエレビアの肩に手を置きオーネストの近くまで押していく。

「別にいいけど、三人で予定があるんじゃないの?」

「もうすんでん。ええから、連れていってあげてぇな」

「ち、ちょっとフェニー!?」

 抵抗するエレビアの耳元でフェニーは囁く。

「チャンスがあるなら逃さん方がええよ?」

 フェニーの言葉にネムも頷いた。そしてさらに一言。

「その眼鏡、団長はんに選んでもろたんやろ?よぉ似合っとるで」

「…っもう!」

 観念したエレビアはオーネストに一緒に行っていいかと聞いた。オーネストは「もちろん」と答え、むくれるキャシーをなだめながら同行者を一人増やして散歩を再開した。




 三人で歩いていると今度はヴィオラに出会った。ヴィオラはオーネストにまとわりつくキャシーと隣にひかえるエレビアを見て嫉妬のオーラを放ちながら「私もご一緒いたしますわ」と有無を言わせず着いてくることになった。

 男一人に女性三人。

(これ、もしエミューリアに見られたらどう思うだろう?)

 と少し不安になりながら歩いていると人が集まっているのが見えた。

「なんだろう?」

 気になった四人は人混みに近づき見えた光景に驚いた。

「この平民が!」

 二人の貴族の男が平民の男の子とその子を庇うその子の父親とおぼしき人物を二人がかりで殴る蹴るの暴行を加えている。父親はかなりガッチリした体格で貴族の二人くらいなら倒せそうだが、平民が貴族に逆らった場合の代償をわかっているのか必死に耐えている。守られている男の子は父親の名前を叫びながら泣いている。貴族の二人はそれを見て笑う。

「何があったんですか?」

 近くにいたおばさんに聞くと、あの親子二人と貴族二人がすれ違った時、急に貴族の二人が男の子に対して「ぶつかった」「悪口を囁いた」などといちゃもんをつけはじめ、親子が逆らえないことをいいことに暴行を加えているということだ。それを聞いたエレビアはあることを思い出した。

「あの二人、第2騎士団で問題になっている二人です。貴族なんですが、貴族の中では下の方で普段から鬱憤が溜まっていて、それを定期的にこうして自分よりも身分が低い人をいじめて楽しんでいるようです」

「下級とはいえ、貴族は貴族だから第2騎士団でも対応できる人間が少ないのか」

「そのようです。いかがいたしますか?」

「…あまりソーレ様の威光に頼り過ぎたくないけど、このままじゃあの親子が危ないな。よし。あの親子を助けるぞ」

「はい」

「といっても全員では余計に刺激してしまう。ヴィオラは第2騎士団の詰め所に行ってこの事を報告してきて。できればアルフォードに来てもらって」

「わかりましたわ」

 すぐに行動に移るヴィオラ。

「キャシーはエレビアと二人であの親子をあの場所から逃がした上で傷の治療をお願い」

「了解です」

「わかったにゃ」

 キャシーとエレビアが人混みのなかに消える。二人が親子を救い出す隙を作るのは自分の仕事だ。オーネストは人垣を抜けて親子と貴族がいる場所に行った。

「もうやめてください」

「あぁ?」

「なんだ?お前?」

 暴行をやめ二人はオーネストにターゲットを切り替える。野次馬がどよめいた。

「もういいでしょう?その親子が何をしたというんですか?」

「ん~????」

 貴族がジロジロとオーネストの顔をなめまわすように見る。貴族二人の視線が完全に離れたタイミングを見計らってキャシーが音もなく親子をその場から連れ出した。オーネストはそれを確認し、内心ほっとしたがまだ問題は目の前に残っている。

「見たところ…平民じゃないか」

「平民が、貴族である僕たちに意見するのか?」

「ん?いやまて、こいつの顔どこかで…」

 二人のうちの一人がオーネストの顔をまじまじと観察し、誰だか気づいた。

「こいつ第3騎士団の団長じゃないか?」

「はぁ?そんなバカな……本当だ、チッ、王子が後ろについてるってわけか」

 貴族二人は乱暴をやめ悔しそうにオーネストを睨み付ける、いくら平民でも王族の息がかかった人間、貴族とはいえ立場は下の方の自分たちでは後が怖い。

「ぐぬぬぅ…」

 悔しさを噛み殺しながら二人はその場を後にしようとする。その二人の背中にオーネストは叫ぶ。

「もうこのようなことはしないでください!民が不安がります!」

「貴様ぁ」

 今にもはち切れそうな怒りを必死に押さえ込みながら二人のうちの一人が言葉を絞り出す。

「勘違いするな、平民がぁ…お前がそうしていられるのは王子の力だ!お前の力ではない!」

「王子の後ろ楯がなければただの平民だということを忘れるな!」

「!!」

 普段なら気にも止めない言葉だったが今のオーネストの心にはグッサリ刺さった。二人が立ち去ってすぐにキャシーが側に現れた。

「あの親子はエレビアとヴィオラが治療したにゃ、団長?大丈夫にゃ?」

「え?あ、あぁもちろん」

 そもそもエミューリアとして生まれ変わったさつきに再会できたのはソーレ王子に認めてもらったからだ。それがなければもしかしたら今でもお互いの存在を知らなかったもしれない。一度考え始めるとどんどんマイナス方向へ思考がいってしまう。オーネストは嫌な考えを振り払うように頭を振った。

(余計な事は考えるな!僕の望みは“エミューリアが幸せになること”なんだから!)

 無理矢理自分の気持ちを押さえ込みながらオーネストはキャシーたちと別れ先に騎士団の寮に戻っていった。)

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